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第25話 報告

 歩いて帰ると意外と時間がかかった。小一時間ほど。道具屋の表の入り口から入ると、フーリンさんがいた。


「太郎君?!もう大丈夫なの?」

「はい、心配をおかけしました。」


 深々と頭を下げる。フーリンさんは怒っていないようで、むしろ心配していた。もう少ししたら迎えに行くつもりだったという事は聞いていなかったので、行き違いにならなくて良かったと思う。あの兵士の人そこまで言わなかったもんね。


「ダンダイルちゃんと行く予定だったけど、大捕物になってしまったからね。ちゃんとドーゴルちゃんと話しをしなければならなくなったそうよ。」


 歴代の魔王と、現魔王を軽々しく呼ぶフーリンだ。元々何かあった時の為の事を考えていて、ダンダイルに頼んでいた・・・と、いう事だが、この人はどこまで先を考えていたのだろう。


「もちろん何も起きないのが一番なんだけどね。」


 他人事(ひとごと)の様にマナが言ったので、フーリンは頭を抱えている。一つは勇者たちの動きが活発で、予想以上に魔王国軍が苦戦し、兵士の大半が警備と監視に回されていること。戦いを挑んでも勝てる者はいないのだ。魔王が直接戦えば勝てる可能性は有るが、どう考えても罠に飛び込む事にしか成り得ない。未だ魔女達の動向は掴めておらず、現魔王が戦場で斃れるという事態に成ったら、それこそ国が崩壊する原因になりかねない。

 国内はまだ平和だが、それは冒険者が多く集まっている事と、ハンハルト公国との国境側が安定している事が理由である。魔物の動きはそれほど活発ではなく、まだ十分に対処できている。

 冒険者が多く集まる所為で、犯罪も多発していた。カジノでの件もその中の一つで、冒険者のフリをして、この国に紛れ込んでいるであろう重犯罪者は一人ではない。それも、ここ最近になってたくさん集まっているという報告を受けていた。

 フーリンは過去に何度か勇者の撃退を成功させているが、あまり目立ってしまうと、他のドラゴンに目を付けられる可能性が有った。フーリンはドラゴンの中でも世界樹であるマナの良き理解者で、少数派のドラゴンだった。マナの研究をしていたあの頃から、マナの木の存在の重要性を理解していて、苦労して当時の魔王だったダンダイルに教えたのだ。他の魔王にも声をかけたが、信じてくれたのはダンダイルだけだった。

 そして、勇者たちが多く現れたのが太郎達が来る半年くらい前からで、それ以前から勇者はいたのだが、なぜこの時期になって多く集まっているのかは未だに謎だった。


「勇者と言うのが例え本物の能力を持っていても、使い方と目的を間違えれば誰かに利用されるだけの道具と変わらないわ。だからこそ、ちゃんと鍛えたかったのよ。」

「軍兵士の中で強い者ってそんなに少ないんですか?」

「昔はこの国にも勇者の力を持った兵士がいたんだけど、最近は全く現れていないわ。普通の基準でいう強い者はそれなりにいるけど、私が強いと思う兵士はいないわね。」


 国力を賄うために作られた奴隷制度と利用者からの税収。カジノを作ったことによる収益と、犯罪者の増加。この二つは確かに効果が有り、国営のギルドに依頼を出すくらいの余裕は確保できた。しかし、その結果、不幸になる人も少なくない。犯罪者であっても、国のために働いてくれれば赦免(しゃめん)したらどうだろうか?という案は全力で蹴飛ばした。ダンダイルも反対したし、会議でも8割の幹部が反対した。


「こんなに逼迫(ひっぱく)しているとは思わなかったわ。ちょっと前はもっと平和だったのに。」


 そのちょっと前が百年くらいありそうだ。実に50年間の空白は痛手だったのである。あの時太郎が死んでいなければ。もしも順調にこの国に来ていたら。


「冒険者で溢れるって、良い事だったわけじゃないんですね。想像とは違う感じだなあ。」

「仕事を求めてやってくる者も多いから、全てが冒険者ってわけじゃないけど。」

「スズキタ一族のところに行くのには今のままじゃダメねぇ。」


 スズキタ一族の昔住んでいた場所であって、現状のスズキタ一族は鈴木太郎の1人だけである。もっと鍛えないといけないが、俺を鍛えてくれたスーは今も寝ていて、完治するのに明日まで待った方が良いという状況だ。


「ワンゴ以外の犯罪者ってどれくらいこの町にいるのか分かってるの?」


 マナの質問にフーリンは回答を持ち合わせていなかった。


「20人から50人ぐらいはいるんじゃないかしら・・・、ただ今回ワンゴが捕まったことで引き上げる者も現れそうですね。たくさん出てってくれると助かるんだけど。」


 フーリンは思い出したように付け加える。


「今回の件は、スーちゃんの功績にしておいた方が無難ね。太郎君には悪いけど、強い者を見ると挑みたくなる輩ってどこにでもいるから。」

「そうですね、そうしてくれた方が俺も助かります。勝負を挑まれるなんて俺にはまだ早すぎますし。」

「それにしても、2万枚当てるなんてあの子にはそんな幸運あったのね。」

「あ、あー、それなんですが・・・。」


 太郎はちょっと言いにくかったが、隠すという行為が無用であることを思い出した。


「レースに出場している動物・・・魔物なのかな?なぜか会話が理解できたんですよ。言語なら何でもわかるだろうとは思いましたけど、そこら辺の犬の言葉が分かるようになるとなんか面倒な気がします。」

「あの神から貰った能力ね。良い事とは思うけど、確かに聞こえるって面倒ね。」

「一応不正ではない筈なので、そこで咎められたりはしないですよね?」

「そんなの太郎君の能力なんだから問題ないわ。・・・もしかして町にいる野良猫や野良犬から情報を訊けたら犯罪者の居場所とか分かるのかしらね?」

「試してはいないのでわかりません。少なくともあのカジノで聞こえたのはあの時出場した魔物達だけでしたし。」


 マナがポチを見る。


「ポチは他の犬の言葉は解るの?」

「俺にはそんな能力は無いぞ。ちゃんとした言語だったなら覚えることは出来るかもしれないが。」

「まあ、そうよねぇ・・・。」


 会話は長いが、あまり楽しい気分になれない。店も臨時休業にして、しばらくは引きこもり生活にする予定になった。なんとなく出掛けたい気分にもなれないからだ。



 翌日、スーは朝食に起きてきた。フーリンだけではなく、俺にもマナにも、ポチにも頭を丁寧に下げた。食欲は有るようだが、いきなり重いものを食べると胃が吃驚するので、緩くて柔らかい、軽めの朝食となった。その朝食が終わるのと同時に来客が有った。


「お久しぶりです。世界樹様。」


 マナが笑顔で応える。


「あー、変わらないわねぇ。3000年ぶりぐらいかしら?」

「そうですね。世界樹様とこんな場所で再会できるとは思ってもいませんでした。」

「こんな場所で悪かったわね。」

「えっ、いや、別にそういう意味ではありませんぞ。」


 元魔王のダンダイル。見れば風格のある髭と、肩まで伸びた白く長い髪の毛。顔は優しすぎず、怖すぎず、IT企業のワンマン社長っぽいイメージで、真面目な感じもする。悪い言い方をすれば、魔王らしさはどこにもない。スーとポチが僅かに震えているが、フーリンほどの強さも感じない。ただ、戦えばすごく強いというのはマナから聞いている。


「魔王の時からそうだったけど、もうちょっと威厳があってもいいんじゃないの?」

「ダンダイルちゃんは孫の教育大丈夫なのかしら?」

「お二人に言われたら何も言い返せませんよ。なぁ、太郎君。」


 魔王に同意を求められる日が来るなんて。生きていると吃驚する事の連続だ。


「あ、はい。そうですね。」


 ダンダイルは俺を一瞥すると。先日の事を怒るという感じは無く、テーブルについた。スーが飲み物を出そうとするので、それを止める。


「太郎君の水を飲んでみたい。」


 神気魔法の水はフーリンから聞いているようだ。マナがいつも飲みたがるので、テーブルに残っていた。


「私の飲みかけでも良いでしょ?」

「よろしいんですか?」


 マナから渡されて、その水を飲む。もうこれだけで力関係が分かるな。マナスゲー。


「・・・美味いですなー。ホルスタン山脈の雪解け水よりも美味い。」


 フーリンが俺達を座らせる。フーリンだけが立っているが椅子が足りないからだろう。ポチもそばに寄ってくると、ダンダイルは少し真面目な表情になった。


「今回の件については改めてお礼を言います。ただ、直接的な魔王国からの褒美などは有りません。太郎君は私の事を知っているね?」

「はい。存じております。」


 初対面の相手はやっぱり緊張する。


「そんな硬くならなくていいよ。面倒になって魔王を引退したのに、未だに俺のところに仕事が来るんだ。頼られるのは嫌じゃないが、最近はなあ・・・。」


 面倒だから引退するっていう仕事だったんだ、魔王って一体。


態々(わざわざ)来て愚痴を言いに来たのかしら?」

「あ、そんなつもりは・・・。」


 一つ咳をして会話を戻す。


「太郎君の魔法についてはもう隠せません。かなり噂が広まっているようです。世界樹様とケルベロスはそれほど噂になっておりませんが、話に聞くだけでもすごい魔法を使ったようですね。裏ギルドでは、太郎君の情報が集められているようです。あのワンゴを倒したことになっていますから。」

「ワンゴってすごいやつだったんですよね?」

「えぇ。1000人以上の部下を持っているはずですが、目下のところNo.2もNo.3も捕まえましたので、組織としては崩壊しています。はっきり言うとあの時に逃げられたら次に捕まえるチャンスが来るのはいつになるか分からないほどの大物です。純粋な強さも我が国の兵士では勝てる者がおらんでしょうなぁ。」


 言いながら自国の兵士の不甲斐無さに溜息をつく。


「そういう意味で今の太郎君は有名人です。しかしどうしてこれほど噂が広まったのかがまだ調査不足でして。」

「それでしたら、半数は逃げられてしまったというより、私の魔法で散らしましたので多分それが原因かと。」

「散らした?そんなに集まっていたのですか。」


 スーが頷いた。


「軽く見ても100人以上はいたはずなので、どうせ面白がって見に来た野次馬もいるだろうと思いました。」

「あの時動けなかった者達は全員じゃなかった・・・それなら確かに噂は・・・というか事実が広まっているという事ですか。スーは他に隠している事は無いよな?」

「隠しているつもりはありませんので、話せる事ならすべてお話しします。」

「では・・・そうだな、カジノを出たあたりからの話を詳しく。」


 スーが丁寧に説明する。ダンダイルが戦闘状況まで細かく説明を求めたのでそれにも答える。ワンゴの存在にもっと早く気が付いていたら逃げたのは間違いないと、スーは言った。ただし、こうも付け加える。


「私にちょっと驕りがありました。太郎さんも強くなっているし、私も以前より強くなったと思っていました。それに・・・負けるのは悔しいです。ワンゴには一度も勝った事が無いので。」


 僅かに震える声に反応してマナがスーの頭を撫でると、悔しさで涙を滲ませる。


「泣くな。お調子者の美少女が台無しだ。」

「そうよ、これ食べて元気出して。」


 マナから受け取ったものを確認せずに食べる。何度か噛むと、目が大きく開いた。


「こっ、これ世界樹の葉じゃないですか!ああああ・・・半分噛んじゃった・・・こ、こうきゅうひんがあああ・・・。売れるかな、うれるかなー・・・。」


 笑い声が交錯する。これはいつものスーだ。


「諦めて食べなさい。それより、ワンゴの方は?」

「私も強くお願いしていますが、正直に言いますと処刑しない方がいいかもしれません。今回の件でかなりの人数が出国したという報告が有ります。確かにあいつは犯罪者ですが、冒険者としては一流の方で、奴に助けられた者もいるのです。スーには悪いが、奴の表の功績の方しか知らない者も結構いるのですよ。まあ、だから王都の中で隠れて生活が出来たんでしょうけど。」

「逃げられたりしない?」

「それは保証いたしかねます。過去に牢獄から脱出した記録は有りますが、わが国ではありませんし・・・。」


 ダンダイルによる聴取は終わり、後は雑談のような話が続く。ダンダイルは久しぶりに世界樹様の姿を見れて喜んでいるようだが、危惧する事があまりに多く、老婆心と言葉の頭に付けたが、半分はダンダイルの苦労話を聞かされることになった。






健康状態を維持しててもマナの枯渇には耐えられませんでした。

ちょいちょい意識しないと、病気をしない事を忘れそうだ・・・。

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