第179話 ウルクの人生 (2)
シルバを扱き使い、とにかく野盗たちの動きを探った。元のエルフの村に住み込んでいる野盗たちは、彼女達をおもちゃのように扱って遊んでいる事も報告された。
ウルクの事もかなり心配で、久しぶりに使った簡易コテージの中で休ませているが、食欲は殆ど無く、キラービーの蜂蜜をスプーンで一口がやっとだ。
影響されて子供達も食べようとはせず、太郎が頑張って食べさせたのは小さなクルミパンを一つ、それを半分ずつだった。
「懲らしめても問題はないけど、やっぱり殺したくは無いの?」
「そりゃあ・・・ね。」
「スーとポチだけでも呼ぶ?」
「その方が良いかな・・・。」
太郎が悩んでいると、シルバが目の前でゆらゆらと揺れている。
凄く悲しそうな表情をしているのはとても珍しい。
「ククルとルルクも、もう少し食べてくれないかな。」
「ん~!」
「む~!」
二人とも口をつぐんで唸った。
「それにしても、この村ってそんなに危険だったのか?」
「ちょっと言い難いのですが・・・。」
説明しようとするシルバが何と言って良いか悩んでいる。
主従関係が有るとこれほど態度に変化が有るのだろうか?
「いいよ、気にしないで言って。」
「・・・エルフ達が移動したのがその理由のようです。」
「あー、ひょっとしてエルフ達が移動したから、そっちに逃げれば安全だと思ったって事?」
エルフの移動は魔王国内では有名な事件になっていた。逃げ場を探して、肩身の狭い思いをしていたワンゴ一味の手下達は、それを知ってエルフ達が隠れて住んでいた場所を探していたのだ。
その結果、見つかったのが兎獣人達の村で、最初はそれどころで無かったから見逃していたが、奇跡のクルミの発見と、生活の安定が可能になると、兎獣人の特性を利用して奴隷にして売ろうと考えた。
問題は長生きしないという事だったので、妊娠させてその子供を売るという事で野盗達は行動を開始したのだ。
「それで全員妊娠してるのか。」
「すでに妊娠していた者もいます。それも出産間近のようで。」
「酷い事を考えるわね、スーが知ったら耳の先まで真っ赤にして怒るわ。」
スーじゃなくても怒るのは間違いない。
「ワンゴの手下と知ったら余計にな。」
連れて来るのが可能なら、フーリンやダンダイルを連れて来た方がもっと簡単に解決するだろうが、今の太郎にその考えはない。
「あのクルミの木を壊して、彼女達を助ければ解決するか。」
「そうね。」
「壊しても問題ないよね?」
「問題ないわよ。少し成長力が凄いだけだから。」
アレは少しとは言わないだろう。
「そうだ、兎獣人の男達は・・・?」
「家の中に居ますが・・・。」
当然、死んでいる。
太郎は黙って立ち上がると、兎獣人の男の姿を探し、幾つかの壊れた家の中を覗く。
「酷すぎる・・・。」
ウルクにも子供にも見せたくないほど残虐な殺され方をしていて、身体がバラバラにされていないのが不思議なくらい斬り刻まれている。血生臭い匂いが充満していて、太郎は怒りよりも強い悲しみで身体が震えた。
「こんな事しなきゃ生き残れない世界ってイヤだな。」
付いてきたマナが太郎の腕を掴む。
「あんまり勝手に移動されると私の姿が維持できないんだけど。」
「あ、そうだった。ごめん。」
「いいわよ、それよりどうするの?」
「村は人が住めばいくらでも生き返るけど、この村に住みたいと思う人は、もういないだろうね。」
妙な言い回しをした太郎が、水の魔法を使って死体の身体を洗う。血が流れ落ちると、まだ若い姿の顔が見える。
「寿命が短いとはいえ、殺されるのは辛いからなあ。」
「経験者が言うと重さが違うわね。」
「アレは思い出したくないからね。」
すーっとシルバが静かにやって来た。
「野盗が来ます。」
「何人?」
「5名です。」
「新しいコテージが建ってたらすぐバレちゃうわね。」
「・・・いいよ、戦おうか。」
溜息を吐いて、消極的に、太郎は言った。
だが、それが太郎の決断だった。
「なんだあの家は?」
「冒険者がたまたま立ち寄ったんだろ。」
「それにしては作りが良すぎないか?」
「という事は、何か知っている奴が来たって事か。」
「うちのボスも生きてるか死んでるかわかんねえし、新しいボスも人使いが荒いしなあ。」
「おい、子供がいるぞ???」
彼らが見たのは兎耳の生えた少女の姿で、白いワンピースを着て佇んでいた。
「やっぱり雑魚じゃん。」
目を細めて査定しているかような言動の少女。
「小娘が何か言ってるな。」
「口と態度が悪い小娘に懇願させるのが趣味の俺にはたまらないけどな。」
発言者は白い眼で見られたが、逃げ遅れた小娘なら何をしても大丈夫だし、ボスにもバレない。そこまでは計算したが、その先の合算まで向かう事は無かった。
「あれ・・・動けない?!」
男達が気が付いた時には、急に伸びてきた草に身体が縛り付けられたからだ。もがいても抜けられず、腰の剣を抜こうとして失敗した。
「なんだ、魔法か?!」
「似たようなもんだよ。」
後ろから声がして驚くが振り返る事が出来ない。
目の前の兎耳の少女が近づいて来るのを見ているだけだ。
「さて、聞きたい事が有る。」
太郎が彼らから聞き出したかったのは、奴隷の売り先についてだ。基本的に奴隷は契約して初めて成立する。その契約の内容は、借金や犯罪など、負債を返済するのが不可能な状態であることから始まる。国が保有する奴隷の殆どは犯罪者で、犯罪奴隷と言われている。借金から奴隷になるのは個人契約において行われる。
奴隷になったモノの中には身体を売る事で少しでも早く奴隷から解放されようとする者が居て、国がその奴隷を容認してしまった事が問題の始まりだった。
奴隷の売買は、国からのみ行われるはずだったモノが委託に移行し、貴族の保有する奴隷権が更に問題を深めた。
結局は国も金が欲しかったからなのだが、金は全ての計画を狂わせる主原因として、古来から変わっていない。
娘を奴隷に売るという行為が平気で行われるようになったのも、金の所為なのだ。
「変装までさせて何をしたいのかと思ったら、そーゆーことだったのね。」
「魔王国内でも買い取るのは非合法だよね?」
「そもそも、何の罪もないのに勝手に奴隷にしちゃダメなんじゃない?」
「だよね。」
売る相手が解れば後はダンダイルに教えればよい。
ダンダイルなら根こそぎ逮捕して奴隷問題を少し手も良い方向へ向かわせてくれるだろう。
「で、こいつらどうすんの?」
マナの魔法で足止めした後に、後ろから脅せばペラペラと喋るような三下は、太々しくも動けないのを理由に寝てしまっている。殺さないという事を条件にしたのだから守られるだろうが、それにしても根性だけは座っている変な連中だ。
あ、シルバの魔法で眠り易くしてるのか。
なるほど。
「ダンダイルさんのところに手紙付きで送り届けるか・・・いや、シルバを使って今言えばいいか。」
「転移魔法は使えないのに、瞬間移動は出来るなんて凄いわね。」
「俺は出来ないよ、シルバが使えるからやってもらってるだけなんだから。」
「それには太郎様の魔力をごっそりと使っているんですけど・・・本当に大丈夫ですか?」
「へーきだよ。」
この村に来る時に5人を同時に移動させているのが平気なのだから太郎には問題が無い。魔力量の膨大さにはシルバも驚きを隠せない。
「じゃー、ちょっとダンダイルさんと話させて。」
「わかりました。」
説明が終わってダンダイルの了承を得ると、男達はその場から姿を消した。向こうでは目が覚めると同時に吃驚している事だろう。
こちらでは子供とウルクが目を覚ました。
『すみません、何故か凄く眠くて。』
『気にしなくていいよ。それより起きてくれるとホッとする。』
このまま眠って起きない方が可能性としては高いのだ。
『まだ・・・生きてますね。』
『うん。』
その笑顔は優しさに溢れていて、包まれる子供達は幸せそうだ。母性の塊のように感じる姿は、もう少ししかない生命を燃やしている、最期の前触れにしか感じられない。
『とりあえずウルクの仲間がこれ以上殺される事がないように、全員救出する。』
『ありがとうございます。』
『半分・・・四分の一くらいかな。俺にも責任が無い訳じゃないし。関わったからには・・・ね。』
マナがむくれている。
「むー・・・。」
「そんな顔しないでよ。」
「兎獣人の言葉が解らないのよ。」
意味もなく生やした兎耳をマナがピコピコさせる。
「シルバが居るじゃん。」
「あっ・・・通訳して。」
マナの兎耳が消え、シルバはマナにも使われる事になった。
「野盗は全員捕まえるのね?」
「うん。ダンダイルさんが応援を送っても良いって言ってくれたけど・・・。」
「どっちかって言うと邪魔よね。」
マナに言い難いという言葉はない。
「さっきの作戦と同じことをするにしても、それだと俺は何にもしてないんだよなあ・・・。」
「太郎様の魔力はかなり減りますよ。」
「普通はシルバを使ってこんな事をする発想もないし、シルバを使うこと自体が太郎にとっての魔法と同じなんだから、凄い事なのよ!」
「実感がまるでないけどね。」
ウルクが小さく咳き込んだ。
『大丈夫?』
『だ、大丈夫です。』
大丈夫じゃない人ほど大丈夫って言うのはなんでだろうな?
見た目だけならウルクは健康そうに見える。
肌にも髪にも衰えはない。
『それにしても、私達って何で生まれたんですかね?』
『え、どういう意味?』
『子供を産む事だけが私達の幸せなんです。いえ・・・私以外の仲間が、です。』
『ウルクは違うの?』
『太郎様の子供を産んだ後から、何故かもの凄く太郎様に会いたくなって。』
『何の影響だろうね?』
『わからないです。』
再び咳き込んだので話は中断された。
ウルクは自分が死ぬことを予期していて、もうすぐ死ぬだろうと思っているのだが、他の仲間たちと比べるとウルクは長く生きていて、逆にいつ死ぬのかが分からなくなると不安になってくる。
「ママ死んじゃうの?」
太郎は子供の問いに応えられない。
「まだ、大丈夫ョ。」
母親の言葉を聞いても安心できる要素はない。
「死ぬまでの期間がこんなに長いと・・・辛いわね。」
「真綿で首を絞められているようなもんだからなあ。」
「この村に埋めるのは危険じゃない?」
「連れて帰る事もかなり問題なんだよなあ。」
「太郎の村が卑猥になっちゃうわ。」
そういう心配ではないが、外れている訳でもない。兎獣人が発情期に入ると誰とでもやってしまうというのに問題が有るからだ。他人じゃなくても良いのか・・・?
「一度は城に保護してもらおう。」
「それがいいわね、ダンダイルに押し付けましょ。」
マナだから言える言葉でもある。
どのくらいの期間保護してもらう事になるのかは考えないでおこう。
「そういえば兎獣人って絶滅危惧種にならないの?」
「キグシュ?」
「絶滅するのを心配されるような種族じゃないの?」
「あー・・・自然淘汰される世界なんだから、誰も心配なんてしないわよ。」
「じゃあ、純血がここに居る人達で最後の可能性も有るんだ?」
「そーかもねぇ。」
スルっとシルバが現れる。
「準備出来ましたので実行しようと思いますけど、かなりの魔力を消費します。」
「いいよ、いいよ。気にしないで。」
「わかりました。では先に兎獣人からここに連れてきます。」
「頼む。」
太郎の魔力がガクッと減った。
大量のマナを太郎から吸い取った事で、身体が引っ張られる感覚が有ったが、体調に変化はなさそうだ。
「こっちには影響あったけどね。」
マナの服が半透明になってスケスケだ。
もちろん、直ぐに戻ったので良し。
「一気に抜いたとは言っても、シルバってあんまりマナコントロール上手くなかったのね。」
「そんなこと言えるのはマナくらいじゃないかな。」
コテージの外を眺めていると、一人ずつ兎獣人が現れる。
まるで”ぽんっ”と鳴っているようにも見えるがそんな効果音は無い。
目の前の景色が突然変わったので、状況を理解するのに苦労しているようだ。
『あれ・・・ここは?』
『私達戻って来たの?』
『でも、どうして・・・?』
数秒毎に現れる兎獣人の姿を眺めていると、ウルクと子供達も嬉しそうに眺めている。全員が妊娠しているという事だったが・・・どう見ても子供も居るし、お腹の大きくない者もいる。本当に手あたり次第なんだな。
『あれ・・・あなたどっかで?』
太郎を見て気が付いた者が居る。
あの時に俺を襲ったウルクともう一人の方だ。
襲ったと言うと語弊は有るが。
『事情を知ってね、助けたんだよ。』
『あ、ありがとうございます。変な花を嗅がされて興奮してしまって・・・・気が付いたら男達に捕まっていました。』
『とりあえずもう少しで全員集まるから、もう一度移動する事になるけど良いかな?』
『もうこの村には住めないですからね・・・。』
そう言う彼女の表情は暗い。
『あれ?』
『どうした?』
『なんであの子が生きてるの?』
『あのこ?』
『ウルクです。』
『死ぬって知ってたの?』
『それは・・・私もこの子達を産んだら死ぬことが分かっていますから。』
『いやにあっさり言うね。』
『妊娠している間は少しだけ長生き出来ますが、産んだ後に長生きできないので、子供達が育ちきる前には私は死ぬと思います。』
『それが普通なんだね。』
『そうですけど・・・それが?』
シルバが姿を現す。
「全員連れてきました。」
『シルバ様だわ・・・。』
口々に呟きながら皆が自然と集まってくる。信仰の対象なのだから当然なのだろうが、ゾロゾロとやってくるのはなんか怖い。
『私達を助けてくれたようでありがとうございます。』
『あ、うん。』
『どうしました?』
『真正面に感謝されるとなんか気恥ずかしい。』
『ウルクも元気なようで。』
ウルクはコテージの中で他の仲間と楽しそうに話をしている。
子供の話か村の話か、内容は分からないが楽しそうでよかった。
・・・元気って表現も何か変なんだが。
『それでなんだけど、一時的に魔王国の城内で生活してもらうけど良いかな?』
『助けてもらった身なので贅沢は言いませんが、出来れば人の居ない山の奥か森の奥で、ヒッソリと生活したいです・・・。』
『男が産まれれば・・・ですけど。』
男が生まれなければ純血は守れない。
しかし、彼女達は野盗に妊娠させられているのだ。
『半分は元から妊娠していたので、その中から生まれてくれれば。』
『確か男の生まれる確率が低いんだったよね?』
『10人に1人産まれたら良い方です。』
『この村以外に兎獣人っていないの?』
『居ると思いますけど・・・どこに住んでいるかまではちょっと。』
シルバが揺らいだ。
「野盗がこちらに向かってきます。」
「なんで、そんなに早く?」
「先程捕まえた男達が戻ってこないのを不審に思っての事だと思います。」
「そっかー・・・。」
ここで逃げるという選択肢が有るのは太郎にとってありがたい。
「野盗はほっといて、一度みんなで城に行った方が良いんじゃない?」
そう言われる事なく逃げる事を考えている。
ただし、どうやって逃げるか、だ。
「全員を一度に運べる?」
「運べますが、太郎様の身体に影響が出る可能性が・・・。」
「俺のマナってそんなに減ってる?」
マナがじーっと太郎を睨む。
「減ってないわねぇ・・・。」
「大丈夫でしょ。」
「魔力の放出量が多過ぎて眩暈を起こすかもしれません。一人ずつ運んでいたのは魔力の調整と節約をしていたからなのです。」
「私だってあんなにいっぺんに使った事ないわね。」
「まあ、とにかく、来る前に移動しないと。」
太郎はテキパキとコテージを片付け始め、兎獣人達に見詰められる中、10分程で綺麗に片づけて袋に詰めた。その手際もそうなのだが、入る筈の無い袋に入っていくのがとても不思議で、太郎よりも袋の方に視線が集中していた。
「じゃ、頼むよ。」
逃げると決めた太郎の表情は晴々としていた。




