第161話 二人目の魔女
縛り付ける蔓を緩めると、男は這いつくばって抜け出し、立ち上がると服を手の平で叩いて埃を落とした。
そして太郎達を睨み付ける。
「エルフのやった事は報告しておくからな。」
それは告口と言う。
「報告したところで何にも変わらないけど。」
「魔王国が仕切ってる村で何を偉そうに。」
なるほど、と太郎は思った。
ココは魔王国の直轄地で、新たに興した村だと思っているからこそ、この男は横柄な態度でいられるのだ。更に言えばエルフ達が魔王国内を通過した事件は有名で、身を隠してコソコソと移動する姿に、多くの誤解も生まれている。
「保護下に入ったエルフ共が。」
オリビアには何も響かない言葉だったが、もう一人のエルフは歯ぎしりをした。我慢したのはオリビアに睨まれたからだ。
「取引は成立していないから何も持って行かないでね。」
「なんだと、まだ言うか!」
「何度でも言うさ。」
「太郎殿、あまり関わらない方が。」
「オリビアさん、こういう時に狡いと分かってるけど、今は俺の立場を使わせてもらうから。」
オリビアは目を閉じ、分かり易く一歩引いた。
「・・・なんでお前ら無言になるんだ?」
質問に答える必要は無いな。
「とりあえずここは魔王国内らしいけど、俺は魔王国の国民じゃないからね。」
「お前もエルフなのか?」
「この場所の事を何も知らないの?」
「あー?あぁ、元々世界樹のあったところだろ。」
「それを知ってて良く来たね?」
「キラービーの蜂蜜の出所を知ったからだ。そうじゃなきゃこんなところ来るわけないだろ。」
「そのキラービーってさ、雄殺しなんでしょ?」
「・・・兵士が何とかするだろ。」
「ふーん。」
「あー、太郎さんの考えてることが何となく分かりましたねー。」
それはキラービー達が蜂蜜を定期的に運んでくるからで、今日はまだ来ていないことから、そろそろ来るだろうと思っている。運び終わったとしても一日一回は太郎の所に来るのだ。
何で来るのかは知らない。
「あ、来ましたよ。」
人混みを避けて上空から降りて来たキラービーは、太郎の前でふわふわと浮いている。もちろん蜂蜜をたっぷりと持って。
子供達が蜂蜜を受け取っているのを見て、逆に安心だと思ったのだろう。突然近寄ってきた男は、キラービーを鷲掴みにした。
「やった、これで俺も大金持ちだ!」
いきなり鷲掴みするとは思わなかったので太郎は驚いたが、この大胆過ぎる行動に対する報復を止める理由はない。仲間を突然奪われたキラービー達の怒りを買わない訳が無いのだから。
「そんなことして大丈夫なんですかねー。」
スーが冷ややかに眺めつつ、子供達の方に移動したのは、巻き込まれないようにする為だ。
「お前らが平気なんだから、平気だろ。」
事情を知らない男の結末はこれで決まった。
「お、なんだ、おい、やめろ!おまえら、たすけろ!」
誰も助ける訳がない。
「キラービーが安全な生き物だなんて誰も言ってませんよー?」
仲間を助けようとするキラービー達は襲いかかり、男の手から仲間が逃げた後も続いている。
魔法が集中して少し危なくなったので、太郎は止めた。もちろん男の為ではない。
『悪い事させたね。』
『この男なんなのですか?』
『知らない人。』
『絞っても良いですかね?』
『あー、流石にそれはまずいかな。』
『それは残念です。』
男は特に不能になった訳では無く、身体中が傷だらけになった。その理由を知っているスーがめんどくさそうに言った。
「あーあ、使いモノにもならなくなればいいのにー。」
「痛いぐらいで転がられても俺達に助ける理由は無いからね。」
「太郎さんって怒ると考え方が凶暴になるから、そっちの方が怖いですー。」
「そ、そうかな?」
子供達に見送られてキラービー達は帰って行った。それと入れ替わりで意外にも早く戻ってきたカールが、見た事の無い女性を連れて来た。
とても綺麗な人だが、何故か、どこかで見たような不思議な雰囲気がある。
マナが太郎の頭をペチペチ叩いた。
いつもよりちょっと痛い。
「太郎、太郎。こいつ、魔女よ。」
マナの言葉に周囲の者達が一斉に女性を見た。子供達が何の事か分からないような表情で太郎を見ると、驚いて固まっているようにも見える。
逸早く動いたのはグリフォンだった。
唸り声を上げて睨み付ける。
だが、飛び掛からない。
足が震えて動けないのだ。
「なになに、どーしたのー?」
女性の方も驚いていて、周囲を見渡す。ポチやチーズ、うどんもいつの間にか太郎の傍に居た。安全かどうか分からないが、子供達を太郎の後ろに集め、暫く観察した後、太郎は確認した。
「あなた、魔女なんですか?」
「そーだけど、なにこれー?」
周囲の緊迫感とは全く逆の、のんびり過ぎる口調で応えている。
「なんで私が気が付かなかったのよ・・・。」
マナが凄く悔しそうに呟く。
「そりゃあ、無駄にマナを消費したくないもの。」
「ココに来た目的は?」
「え?彼に連れてこられただけだけどー、なんなのー。」
どう見ても戦いに来たという感じはない。赤く薄汚れたローブの様なドレス一枚着ているだけの女性に、何かする様子はない。
「太郎殿の知り合いかと思いまして・・・。」
「知っている魔女はいるけど、この人は雰囲気が全然違う。でも、マナはどうして魔女だって分かるの?」
「魔女が私以外にも生きてるの?」
「いるわよ、会うのはアンタで二人目だけど。」
「この小っちゃい子は何でこんなに口が悪いの・・・あら、あなた世界樹なのね?」
「見ただけで分かる人っているんだ・・・?」
「マナの流れはどんなに小さくしても隠し切れないのよねー。だから私が魔女だって気が付いたのでしょうけど・・・。」
「太郎殿、どうしましょう?」
グリフォンはその女性のマナの強さを感知しているのだろう。凄く怖い表情をしているのに、一歩も動かない。
「タ、タロウ、命令してくれれば攻撃するぞ。」
要するに覚悟を決めているという事だ。
「なんか、この人、魔女なんだろうけど・・・ねぇ?」
太郎が困惑していると、笑顔で太郎に近づいてきた。ゆっくりと、だが確実に近づいてくるのに、誰も動けない。
「あなた、ココの村長なの?」
「ま、まあ・・・そんな感じだけど。」
エカテリーナが太郎にしがみ付いたまま動かないので、太郎もすぐに動く事は出来なかった。
ただ、太郎の場合は怖くて動けないのではなく、困惑して動かなかっただけだが。
「へー、アナタ凄いチカラを持って・・・あ、あ、あーーー?!」
いきなり叫んだ女性が、グリフォンのように震えだすと、今まで震えていたグリフォンが息を吐き出した。
「あ、あれ・・・なんだ、恐くなくなったぞ?」
「太郎の潜在能力を読み取ったのよ、多分だけど。」
「なんで俺の潜在能力を読み取ると震えだすんだ。」
「そう言えばダンダイル様も太郎さんとは戦いたくないって言ってましたねー。そういうことなんですか?」
「そーよ、太郎は凄いんだから。」
久しぶりに見るマナのドヤ顔だ。
しかし、なんでだ。
「普通の魔法使いなら、太郎と戦おうなんて考える訳が無いって事よ。」
「とても良く分からん。」
女性が深呼吸して自分を落ち着かせると、にっこりと微笑んだ。
凄く変な女性なのは間違いないな。
「あなた、何者なの?今まで見てきた魔女の誰よりも凄い魔力量なんだけど。もしかして、魔人?」
魔人って何だ。
「いや、普人だけど。」
「そう・・・だとしたら神気魔法でも使えるのかしらー・・・こんなバケモノみたいな魔力見たのは初めてだわ。」
魔女にバケモノって言われた俺は何者なんですか。
「とりあえず、敵意は無いよね?」
先程まで敵意むき出しだった商人はいつの間にか逃げ出している。
「元々無いけど・・・あなたを見たら敵意どころか、生きているのも不思議なのよねー。私殺されないかしらー?」
「敵意が無いなら殺したりはしないというか、もともと、あんまり殺すのは好きじゃないからなあ。」
「そ、そう・・・よかったわー。」
なんなんだ、本当に。
「アナタの方こそこんな山奥に一人で何をしていたんですか?」
「え、ああ・・・話すと長くなるんだけど、聞いてくれる?」
敵意が無いのが解っても、スーとカールはこの女性を信用していない。今まで無言で状況を見ていたオリビアも不信が勝っていて、会話に割って入る。
「突然で申し訳ないのだが、魔女はまだ他にも生きているのですか?」
「さぁ・・・?」
考え込んでいるような雰囲気も無く、女性は答えた。
「私がココに来たというより、ココに村が有ったという事でちょっとねー。」
女性は太郎をじっと見つめる。
「アナタ私の子供みたいな感じがするんだけど・・・。」
「俺はちゃんと両親がいますよ。」
「えー、でも、あなたススキダと同じ魔力を感じるんだけどー?」
ススキダ?
「俺はスズキ・タロウです。それ以外に名前は有りませんよ。」
「スズキタ・ロウ?あれ、おかしいわね・・・。」
なんで自然にそこで切るの?
「あなた世界樹よね?何でススキダを知らないの・・・。」
「純血のスズキタ一族ならもう太郎一人だけよ。」
「・・・名前が凄く良く似ているような気はするけど、名前の問題じゃないわー。ほら、ホルスタン山脈の見える山奥の頂きにススキダの村ってあったでしょ?」
「・・・なんで知ってるんですか?」
「だって、あの子達、私の子供だもの。」
「スズキタ一族の村だったハズよ!」
「そんな事ないわー、あの村に最初に住んでたの私だしー。」
もしこの女性の言っている事が事実だとするならば、俺は魔女の子孫だし、スズキタ一族は魔女の子供と言う事になる。
そして、名前もスズキタではなくススキダという事に。
「じゃあ、マリアって知ってますか?」
女性は吃驚している。
「それ、私の名前なんだけど。むしろ、なんであなた達が知ってるのー?」
「俺達が出会った魔女の名前なんですけど。」
「えー、じゃあ、あの子かなー・・・マチルダって言うんだけど知らない?」
「しらないわよ。」
「そう・・・でも魔女狩りで生き残れたのねー・・・。」
その時いつも他の事に積極的だったうどんが、珍しく発言した。
「それは、ワルジャウ語が統一された後の話ですよね?」
「そうよー・・・ってあなた・・・トレントなの?」
「そうですけど、うどんです。」
その返答は意味が分からないんじゃないかな。
「そう、トレントに名前を付ける人がいるのねー。」
何で通じるの。
うどんが嬉しそうに微笑むと、女性も微笑み返した。
なんなのこの空間。
「それにしてもすごい村ねぇ・・・さっきから睨んでるこの子もそこそこだけど。」
グリフォンがそこそこって評価なのか・・・。
「我はグリフォンだぞ!」
「あら、そう・・・。」
女性の目が怪しく光った。
もの凄い威圧感が襲ってくる。
俺の後ろに居る子供達や、スーとポチは平気だったが、周りにいるカールやオリビア、グリフォンまでもが、泡を吹いてその場に崩れ落ちた。その他の者達が耐えられる筈もない。少し遠くに居る兵士やエルフも倒れているのだから、とんでもない事だ。
鳥もいなくなった。あいつら逃げ足だけは早いな。
その威圧をまともに受けて平気だったのはマナとうどんと太郎だけ。傍に居たのだが、抱き付いていたエカテリーナが力なく崩れるのを支える。エカテリーナはここに居る誰よりも弱いのだ。
「あれ、やりすぎちゃったかしらー。」
太郎が言いかけて、マナが先に叫んだ。
「なにすんのよー!」
「立場って大事なのよねー。もちろん敵意は無いから安心して―。あ、いえいえ、アナタと戦う気なんてこれっぽっちも無いから。ねー?」
同じ女性とは思えないほどの穏やかな口調だ。
敵意が無くてこの力は危な過ぎる。
「久しぶりに使ったから力の制御が出来なかったのよー。ほんとうよー。信じてー・・・ね?」
「本当に信じて良いんですかねー?」
「この状況で信じるのは難しいかな。」
「だろうな。」
と、ポチが同意し、マナとスーが頷いた。
そのころ、工房で作業をしていたグル・ボン・ダイエは、弟子の二人がいきなり倒れた事に驚いている。妙な威圧感を感じたが、離れているおかげで平気とはいかなくとも、目が回る程度で済んでいた。
「あいつら・・・何やってんだ・・・?」
周囲に異様な空気が張り詰めているが、それらをあえて無視して作業を続ける。
あいつなら大丈夫だろう。
別の場所で乾いた洗濯物を畳んでいたウルクは、その場で眠るように気絶していて、何が起きたのか全く知らなかった。




