第154話 旅立ちと帰還
貰った種を育てる場所を確保する為に畑を耕す。ジェームス達が帰るというのでその見送りをする前に終わらせたい。と、言うのも、マナの木を持ち帰るついでに綿花の種も少し欲しいとの事。
「世界樹の木なんてリスクを背負うんだから少しぐらい我儘を言っても良いだろう。」
「綿花ってそんなに珍しいんですか?」
「そんな事は無いが種の方は一部が独占していてなかなか出回らないんだ。」
「なるほど。」
富の独占は何処にでもある問題だという事を再認識。
ハンハルトは商人が沢山集まる国だから、品数は多いだろうが、欲しがる人も多いことでその価値は高まる。需要が有るのにワザと供給しない事で釣りあげるという訳だ。
「魔王国内でも問題になった独占販売ね。」
と、フーリンさんは言う。
この世界に独占禁止法なんてないし、独占する事で富と権力の象徴にも成る。
「綿を大量に作っちゃえば・・・価格の暴落もするだろうなぁ。」
「・・・太郎君、とんでもないこと考えてないわよね?」
「想像しただけですよ。実際にやる気は無いです。そのまま使ってもクッションになるし、糸にすれば服も作れるし、沢山有っても困る事は無いですから。」
「綿花の服ですか・・・贅沢品ですねー。」
ただし、スーは編み物が苦手という事で、服を作ったりはしないそうだ。本人曰く、冒険者に成ったので服は買うのが定番らしい。
新たに耕した畑に綿花の種を均等に一粒ずつ埋める。
「全力で行くよー!」
「ちょ、マナまだ早いって・・・うわぁぁぁぁ!!」
足元から芽が出たかと思うと一気に成長していく。
花が咲いた。
実が出てきた。
実が割れるとモコモコと綿が出てくる。
綿花ってこんなにデカいっけ?
なんて思っている間に俺は綿に圧し潰されていた。
「ダズゲデ~・・・。」ムギュ
「あら、太郎が大変!」
「マナ様の所為ですよー。」
「手分けして収穫しましょうか、太郎君の場所を重点的に。」
小一時間ほどで太郎は助け出され、その後の収穫はエルフ達と兵士達が手分けをして続行。採れた綿で子供達が遊んでいる間に、ジェームス一行は帰路に立とうとしていた。
「なんか妙にデカい種だが、逆に良い土産になりそうだ。この種なら収穫量も多いだろうしな。」
「そうでしょ、そうでしょ。」
「今回は必要だから良いけど、もうちょっと手加減して。」
「そんなに必要なんですかー?」
「綿だけで布団を作るから。」
「贅沢品ね。」
「そう・・・ですね。」
遠慮がちに同意するフレアリス。
「誰が作るんですかー?」
スーの言い方は、私は作る気が無いといっているのと同義だ。
「エルフの人達がやる気満々でさ、仕事ができるのが嬉しいらしいよ。」
「そうでしょうね。何しろ細かい作業は得意みたいだから。」
「フーリンさんも作りますか?」
何故か空気が固まった。
なんでだ?
良く分からないので話を進める。
「これで布を作ってトイレ用にも欲しいなあ。」
「こ、これを使い捨てにするの?」
「いや、流石にそれは・・・洗って何回も使いますよ。」
まさかの尻拭き用にされるなんて思っていなかったので、みんな驚いているようだ。
「最近は慣れたけど、やっぱりこれだと痛いよ。」
それは尻拭き用に集められた、そこら辺のしっとりとした葉っぱだ。以前にトイレ専用で使っていた布はボロボロになってなくなってしまい、川の水で洗う者もいるが、暗かったり面倒だったりすると葉っぱで拭くのだが、たまに繊維が刺さって痛い事も有る。
「ここに居ると何度も常識を破壊されていくな。」
「貴族相手なら売れそうですけどね。」
マギの発言にジェームスが反応した。
「それ、いいな。大量に作っても消費されなければ意味はない。使って捨てる事を前提にすれば独占もしにくくなる。」
こうして将来の綿花が値崩れするのを予測する前に安定供給で一儲けしようと画策するジェームスだった。だが、今は関係が無い。
「途中までポチ達に送らせるから。」
「この小っちゃいの家で飼いたいわね。」
チーズの子供を見て目を輝かせる。
「ダメだ。」
「ポチちゃんのケチー。」
実はフレアリス。宿泊している間、毎晩とっかえひっかえしてポチやチーズ達を寝室に連れ込んで抱き枕にしていたのだ。
「どっかに話の分かるケルベロスって落ちてないかしらね?」
「話が分かるのは太郎くらいなもんだ。」
「わたしも分かるけど?」
「マナは別問題だ。」
「そんなことより、そろそろ行かないか?」
ジェームスの提案はすんなり受け入れられた。
ポチの先導で川を渡って向こう岸に着くと、子供達が手を振った。応じたのはマギだけで、フレアリスとジェームスは一瞥しただけですぐに前を向いた。まだ黒い土が広がる大地で魔物の出現は無いが、その先は深い森が続く魔物の巣窟のような場所だ。姿はいつまでも見えるが、声を届けるにはかなりの声量が必要な距離まで離れると、子供達は自然と解散していた。
「ココってやっぱり橋掛けた方が良いのかな?」
「いやー、今はまだ、必要無いと思いますよー。」
ハンハルトかコルドーへ行く道が一応存在するが、無いに等しいくらい誰も通っていない。今回のジェームス達も探り探りで過去にあっただろう名残を探して太郎の所に辿り着いたのだから、この方向から旅人が訪れる事は、可能性としてかなり低いのだ。
「橋に必要な木材よりも家を建設するのに必要な木材の方が重要だしなあ。」
オリビア達エルフ一行もそうだが、魔王国からも兵士が来ると確定しているので、大人数を支えるだけの住居が必要になる。まぁ、不足した場合はすし詰め状態になるだけだが。
「じゃー、仕事するかぁ・・・。」
妙に空回りする発言だが、やる気が無い訳では無い。その日はフーリンさんが丸太を運ぶのを手伝ってくれたのだが、もの凄くパワフルでいつも以上に作業が捗ったのは言うまでもない。
そのフーリンさんはその日の夜にまた来ると言ってあっさりと帰ってしまった。お土産にキラービーの蜂蜜と世界樹の苗を持って。
暫くはいつも通りの日常が続くと、コツコツと作業をしていたエルフ達によって布団と枕が完成した。第一号は当然の様に太郎のベッドに使われたのだが、最初に使ったのは子供達だった。
「ふかふか~♪」
「ふわふわ~♪」
はしゃぐ子供達は元々使っていた太郎の布団をどうするのかと言う問題に直面すると、奪い合いになった。ただ、思った以上に早く解決した。
「なんだ、喧嘩しないんだな?」
太郎が意外に思ったので、子供達に尋ねた。
「パパのお布団は客間に置いて交換して使う事にしたんだ。」
「・・・なるほどね。」
暫く客が来る予定もないし、客と呼べるような存在はそれほどいない。兵士やエルフ以外で全く知らない人が訪れる事も当分ないだろう。
・・・無いと思う。
これがフラグになるとは思いたくも無いが、そんな事を考えると例外や稀有や特別な事と言うのは発生しやすいのは何故だろう?
それから更に時が過ぎ、例外ではなく、予定通りの人達がやって来た。もの凄い人数で、予定よりもかなり遅くなったのは大量の荷物も有ったからなのだが、その為の街道は完全に整備されておらず、かなり苦労した事が、彼らの疲労した表情で解る。何しろ食堂に集まるよりも早く宿泊する兵舎を決めているくらいだから、最初に挨拶した以降はオリビアともカールとも話をしていない。
翌朝の朝食の時間に食堂の南側にあるまだ何も手を加えていないただの広場に勢ぞろいし、太郎が来るのを待っていた。
「昨日はすまなかった。」
「予定より遅くなってしまってな。」
二人の説明では、道中魔物に襲われる事は殆ど無かったが、街道が狭く、一部広げたり伐採しつつ進んだ所為で遅く成ったという事だ。
「・・・なんかすごい人数になりましたね。」
「これから常に魔王国と往復させる予定だから、交代要員も必要でね。」
「蜂蜜なら種類も増えましたよ。」
トレントの花が咲いた事で、当初はトレントの花の蜜と竜血樹の花の蜜を混ぜていたのだが、太郎が分別するように言うと、しっかりと別々に集めて持ってくるようになったのだ。
「味が違うからびっくりしたのよ。」
「そりゃー花によって味は違うからね。」
今後はリンゴとミカンの花が咲けばその蜜も別々に集めてもらう予定だ。花が咲いていないのはまだ植えていないからで、マナに頼めばすぐに実が成るほどに成長すると分かっているから後回しになっていた。
「・・・で、何で集まったんです?」
「世話に成るのだから当然だろう。顔見せも必要だしな。」
オリビアが頷く。
「我々の方は太郎殿の事を知っているのでただの挨拶だ。今後も生活するのに必要な物は自分達で集めるし、狩りもする。食糧で心配するような事は起こさないから・・・。」
「私がいるのに困るわけないでしょ。」
マナの言葉は信頼と信用に足りる。エルフの村でもそうだったように、困ったら大量生産が即時可能だ。ただし、朝食に蜂蜜を食べるのは毎日ではなくなった。何しろ人数が多いので生産が供給に追いつかないのだ。蜂が増えれば良いのだが、そんな簡単に増える訳がない。
・・・増えないよな?
「そう言えばダンダイルさんは?」
「難しい用事が続いていて暫く来れなくなった。」
「忙しいんですね。」
「半分くらいは逃げだしたワンゴの所為でな。恥を話すようで言い難いが、太郎殿なら問題ないだろう。」
「だいぶ壊されたんですね。」
「まあ・・・な。」
そこからは更に言い難そうだったので詳しくは聞かなかった。聞いても特に意味は無いし、興味も無い。
話をしているうちにエルフの子供達が太郎の子供達と遊び始めたので、順番に朝食を摂る事になった。もちろん全員が同時に入れるはずはないので、待っている人達がワイワイと話を始めていた。兵士達は既に予定を組んでいるのか移動しているので、元々ここに居たエルフとやって来たエルフとの会話だ。
「昨日のベッド凄かったんだけど。」
「お風呂も凄いから。」
「毎日入ってるの?」
「タロー殿に言えばいつでも。」
「えー、そんな事言っちゃっていいの?!」
「遠慮し過ぎると心配されるから。」
「そーなんだ・・・。」
「あの、エカテリーナって子が食事を作ってるの?」
「そうなんだ。手伝うと怒られるからなんにも出来ん。」
「この人数も全部一人で作るのかな?」
「今日はそうだろうけど、今後は流石に大変だろうから。」
「個別に家と言うか食堂を作った方が良いだろうな。」
「キラービーがウロウロしてて怖いんだけど。」
「何もしてこないから安心して良いぞ。むしろ仲良くするとこっそり蜜をくれる。」
「あの鳥って・・・。」
「普通に会話できるぞ。」
「ねえねぇ、鍛冶してる人がいたんだけど。」
「興味があるなら弟子入りすると良いぞ。なんでも採掘に人をたくさん集めたいらしいから。」
「出来る事は色々とありそうだな。」
「それにしてもあのタローって人何者なのかしらね?」
「少なくともダンダイルと言う高官と普通に会話できるくらいだからな・・・。」
「オリビア様も認めているくらいだしね。」
自分達の食事の順番が来ても、話題は尽きる事が無かった。




