第152話 マナの木について思う事
「太郎のエッチ~。」
「根っこを見てるだけだろ。」
「穴が空くほど見つめちゃって、どうしたの?」
「ほら、大きい木ってさ、上の方だけが枝葉に分かれする訳じゃなくて、根っこの方からも枝分かれするじゃん?」
「するわね。で?」
「ほら、ココ。」
二人で見詰めた先には、根っこと地面の境目からひっこりとわずかに伸びる、以前のマナよりも小さい枝が、葉をいっぱいつけている。
「自覚が無いから何とも言えないけど、栄養が良いからなのかしらね?」
「以前はこんな事なかったんだ?」
「気にした事が無いわ。」
太郎が枝と根っこの境目に手を当てる。特に理由は無いが、何となく気になったから触っていただけなのだが・・・。
「そっち触るくらいなら私を触ってよ。」
「マナは突然とんでもない事を言うよな。」
「好きなんでしょ?こーゆーの。」
「嫌いじゃない事は確かだけども。」
珍しく辺りには誰もいないので、誘われるがままにイチャイチャしてしまった。
「我が居るのを忘れないでもらえるか?」
「アンタは寝てなさい。」
「偶然目が覚めたんだ・・・、ソレ楽しいか?」
楽しいけど口には出さない。
「そういえば、グリフォンってエッチな事しないよね?」
「望めばするぞ。特にしたいと思う事は無いが。」
「覚えたら楽しいかもよ?」
「お、おい、マナは何を・・・。」
「そーゆーもんなのか?」
「そーゆーものよ。」
「ふーん。」
あまりにもじーっと見られるのでなんとなくやりにくくなってしまった。スッと立ち上がり本題に戻る。
「根っこを切り分けたら世界樹って増やせないのか?」
「増やす???」
「そう。苗木みたいにさ、何本も有ったら燃やされる心配も減るんじゃない?」
「太郎って突然とんでもない事言うわね。」
「それ、俺がさっき言ったセリフだ。」
「うーん、楽しいのか?」
グリフォンが生真面目にこちらを見ている。
いや、これは普通の会話だから。
「葉っぱだけでそこら辺に放置してもなかなか枯れないだろ。生命力が強いなら、根っこが生えれば何本も増やせるんじゃないかな。」
グリフォンがとても嫌そうな表情だ。
何故?
「こいつが何体も居たらとんでもない事にならないか?」
「いや、それは別に、人の姿に成る必要はないだろ。マナだって木に戻ってる時があるんだし。」
「全員がコイツみたいに動き回ったらどうするんだ。」
「・・・どうしよう?」
普段なら葉っぱだけを持って行くところだが、はみ出ていた根から伸びた一部を切った。マナが小声で「イテッ」て言うからすごくやりにくかった。
その根を持って・・・いや、普通にマナに育ててもらえば良いじゃないか。
「無理よ。」
「本体から離れてるのに?」
「わかんないけど出来ないのよ。そもそもそれが出来るんだったら、ドラゴンに燃やされないくらい大きく成ったわよ。」
「それもそうか・・・。」
「うどんなら出来るかな?」
「試すのは悪い事じゃないわね。」
「よし、じゃあやってみよっか。」
「いってらっふぁ~い・・・。」
グリフォンが欠伸をしている。ここから動く気はないようだ。
ふにゃふにゃしながら手を振っているグリフォンに見送られた太郎とマナが、うどんを捜しに食堂へ行く途中、こちらは動かない・・・動けないトレントの周囲にキラービーが群がっていた。
「花が咲いてるわね。」
「おー、綺麗な薄ピンク色の花びらだ。」
「なんか太郎が言うと卑猥ね。」
「酷い偏見だ。断固抗議する。」
と、くだらない問答をしていたら、後ろから声を掛けられた。
「太郎様。」
「お、丁度良かった、探してたんだよ。」
「わたしですか、おっぱいですか?」
「わたしの方。」
「なんでしょうか?」
「これを成長させて根っこを生やして欲しいんだ。」
木の枝をうどんに見せると、少し驚いている。
「世界樹様ですか?・・・ちょっと・・・出来るかわかりませんがやってみます。」
「たのむよ。」
うどんが枝を受け取って、うんうんと唸っている。
「・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
「どう?」
「・・・成長しているんですけど、ちっとも育ちません。」
「成長はしてるんだ?」
「はい。成長しているという反応は有るのですけど、変化が見てわかりません。」
「マナは分かるか?」
「魔力不足じゃないかな?」
うどんの魔力量で足りない・・・だと・・・そういやどのくらいあるのか知らなかったな。
「じゃあ、俺なら足りる?」
「成長させるだけならそんなに必要なはずないんだけどなー。」
マナが解らないならだれにも解らない。
「成長のさせ方が解らないけど魔力譲渡って出来たよね?」
「じゃあ後ろから抱きしめてください。」
「え、あ、はい。・・・なんで?」
「前から抱きしめられたら枝が持てないです。」
そりゃそーだと納得したが、何か違う気がする。
「魔力の譲渡は近ければ近い程、伝達効率が高いと思ってくれればいいわよ。」
「なるほど。」
今度は素直に納得できた。
後ろからうどんを抱きかかえて魔力を送り込む。
何故かうどんの着ている服が消えた。
魔法で創り出したのだから、消えるのは解るが何で消したんだ。これじゃ、俺が変態みたいだ。トレントの咲く花から蜜を採取しているキラービー達が不思議そうにこちらを見ている。
ヤメテ、違うから。
「太郎様、もう少し集中してください。」
「ア、ハイ。」
トレントの持つ世界樹の枝が真っ白に輝く。凄く眩しい光が太郎の視界を奪うほどで、周囲までも真っ白になり、眩しくて目を閉じた。
数秒後に光が弱まり、少しずつ視界が開ける。
「・・・やっと見えるな。」
「出来ましたよ。」
「あ、根っこだ。」
枝の斬り込み部分だった箇所に真っ白いうどんの様な根っこが伸びている。髭のような細い根も生えていて、根だけを見ると長細い大根にも見える。
「凄いわねー・・・。」
マナも吃驚だ。
「もうくっ付いてなくて大丈夫ですよ。」
スッと離れると、消えていた服が戻った。
「凄い魔力ですね、創造魔法が扱えるとこんなに濃いなんて。」
「そうなんだ?」
「妊娠するかと思いました。」
「は?!」
「冗談です。」
真顔で言わないでくれるかな。
「そういう役目も有るんですけど・・・。」
「今は必要無いから、ね?」
少し寂しそうな表情のうどんをあえて無視し、根が生えた事で世界樹の苗木となったコレをどこに植えようか考える事にした。
うどんから受け取った苗木を持つマナは、妙に落ち着かない表情で、ソワソワしたりキョロキョロしたりしている。
「不安なのか?」
「ん~・・・なんか良く分かんない。私がもう一人いるような変な感じ~。」
「それはトレントも同じですね。仲間がいると気に成りますから。」
「初めての仲間と言うか妹か弟か・・・、いや、子供かな?」
「わたしの子供?!」
しかし、そう考えると・・・。
「太郎がパパになるのよね?」
ですよねー。
俺はついに植物の父親にもなるのか・・・?
「わたしも関わっているのですけど。」
「初めての共同作業?」
それは違う。
「それよりコレは何処に植える?」
「うーん。とりあえずトレントの傍にしようかなー。」
「どうしてです?」
「急に大きく成る事は無いと思うけど、この子に私と別の意志があったら・・・どうなるか分からないから。」
「じゃあ、この辺りで。」
「うん、そーね、よろしく頼むわ。」
「わかりました。」
世界樹の苗木は花の咲くトレントと、うどんのいつもの場所の間にそっと植えられた。植えた後に太郎の土魔法で盛り土をする。何となく少しだけ大きく成ったような気がしたが、目で確認できるほど大きく変化するはずが・・・。
「急成長してるわね。」
ニョキニョキと雨後の筍よりも早く伸びて行く。あっという間に俺の背丈より高くなった。隣で花の蜜を吸われているトレントも吃驚しているように感じた。キラービー達が驚いて俺に群がった。
「顔にしがみ付かれると前が見えないんだ。」
右目と左目に居たキラービーだけが場所を移動した。見えるけど、何となく頭が重い。マナも乗ってた。
「これは・・・もう一人の私に成ろうとしてるわね。」
なろう系植物かな?
「でも、なんだか不完全みたい。」
「トレントに近い世界樹って感じか?」
「どーゆーいみ?」
「あー、つまり・・・世界樹ほどの力はないけど、トレントよりも成長力が有って・・・あ、あ・・・。」
目の前で木が姿を変えた。まるであの時のマナと一緒だ。
「太郎!」
目の前の少女は確かに言った。
俺の名前を呼んだ。
「マナなのか?」
「そーよー。」
「あららー。」
「「わたしが二人いるわね。」」
「おれ、絶対に、間違いなく、余計な事した・・・よな?」
「「そんな事ないわよ。」」
キラービー達が逃げるように俺の頭から離れると、マナとマナが対峙した。
「ダメね、アナタを取り込んでワタシにしようと思ったけど、今のワタシじゃ無理だわ。」
「私の勝ちのようね。」
二人のマナは大きな世界樹を見上げた。一体、なにを勝負しているんだろう?
「記憶は共有しているみたいだけど、能力の差は歴然ね。」
「そーみたい。」
「で、どうするのよ?」
「太郎の責任で決めてもらおうか?」
「えっ?!お、おれ???」
「「決めて!!」」
「お、おぅ・・・。」
さて、どうしたモノか。
マナが二人に増えた事で起こる弊害を考える・・・。
背筋がゾッとした。
「ど、どちらか一人に纏まらないかな?」
「纏まるけど、そうすると取り込まれた方はただの木に成るわよ。」
「ただの木って、それは世界樹としての能力も消えるの?」
「あー、アレは無意識でやってるから、関係なく・・・そうね、確かにただの木に成っても問題ないわね。」
「いや、それだけでも普通の木じゃないから。成長速度も他と比べたら早いでしょ?」
「太郎がちゃんと世話してくれたらもっと早いわよ。」
今まで俺は何をしてたんだろう・・・。
「で、何で自然な感じで俺の肩に座ってるのかな?」
「「頭に乗れないからよー。」」
「それもそうか。てか、二人同時に喋られるとミミガー。」
突然、片方のマナが俺の頬にキスをした。するとキスをした時の姿勢のままスッと姿が消える。脳裏に「バイバイ」と言葉を残して・・・。
なぜか、凄く寂しさが込み上げてきて、自然と涙が出た。
「あいつ・・・ヤルわね。」
手の甲で涙を拭った時には、マナの言う意味は理解していて、あの小さな世界樹の方のマナは、俺に忘れさせない為の何かを刻んだのだ。
「傷跡を残さなくても覚えてるのに。」
「爪痕にしてくれ。」
「そうともいうわね。」
マナは肩車の位置に移動して、太郎の頭をペシペシと叩く。
「これから、こんな感じで増やすの?」
「そーだな、今度は元の木からやらなくても、この木が大きく成ったら同じように分ければいいんじゃないかな。」
「というか、その方が良さそうね。」
「うん。」
マナが何人も増えるのは想像したくない。
「太郎がちゃんと面倒見てよね?」
「それは勿論。」
急成長した苗木だったが、それでもまだまだ小さい世界樹の木を見詰める。これから沢山の苗木を作れば、突然この世から世界樹が無くなるという危険も回避できるだろう。後は、増やした苗木をどこに配置するかという問題が・・・。
「あら、フーリンが来たわね。」
そうか、フーリンさんに渡すのもアリか。
「ん?どこ?」
「あそこ。」
マナが指さしたのは天高く、晴天の彼方だ。
いや、何も見えないが。
「真昼間に来るなんて珍しいね。」
「そーねぇ・・・だいぶ魔力を抑えて飛んでるみたいだから、時間が掛かったのかもね。」
「いま、ドラゴンの姿なんだよね?」
「そーよ。」
「見てみたい。」
そう呟くと太郎はふわりと浮かび上がり、上空へと一気に昇った。
「ちょ、ちょっと~!」
「・・・。」
かなり上空まで来たのだが、姿は見えない。
「どのあたり?」
「もっと上。」
更に上昇する。
マナが頭をベシベシと強めに叩くので止まったが、姿は見えない。
案の定、後ろから声がした。
「迎えに来てくれたの?」
「あー、間に合わなかった・・・。」
「そんなにフーリンのドラゴンが見たいの?」
「チョットね、ちょっとだけ。」
「あんまり見せたがらないのよね。」
「・・・恥ずかしいんです。」
「そういうもんなの?」
「そういうモノです。」
強く言われたので諦めたが、それよりも持っているモノが気になった。
「あ、持ってきてくれたんですか。」
「わたしに御使いをさせるなんてね。」
「他に頼める人がいないので。」
またマナに頭を叩かれる。
「そんな事より地上に戻ろうよ。」
「そうですね、そうしましょう。」




