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第151話 マナの木の変化

 あの日から子供達は修行に強く取り組むようになった。

 強く、と言うのも何か違う気がするし、今まで不真面目だったワケでもない。スーに言わせれば優秀過ぎて教える事が殆ど無いと言うが、経験則からの魔物退治の話や、洞窟での生活の仕方、野宿するときの注意点なと、覚える事は沢山有る。

 スーが教えられる事が無くなったのは戦闘術だった。


「俺の相手はしてくれてたじゃん?」

「太郎さんは大人だから遠慮するモノが少なくて済むんですよー。」

「子供達も擦り傷、切り傷を毎日作ってるよ。」

「あの日以来ジェームスが相手してますからねー。」


 ハルオとハルマは完全に師匠としてジェームスを見ていて、朝も早くから食事も半分のジェームスを外に連れ出して剣術の訓練に明け暮れている。マギの修業がいつの間にか子守をさせられていると嘆いていた事が有ったが、相手をするとなれば真剣にやってくれるので安心だった。


「ジェームスさんは真面目なんですよね。」

「そうね。」


 マギはこの村では一番小さいククルとルルクと並んで剣を振っているが、剣の腕がそれほど悪い訳でもない。相手がスーやジェームスだったから低く見られているが、野盗の下っ端程度なら一人で倒せるのだ。

 マギでもククルとルルクなら剣術でまだ勝てる。

 剣術だけに限るが。


「太郎さんは今日も畑ですかー?」

「フーリンさんが苗木を持ってきてくれる前に拡張したいからね。綿花も育てたいし。土地が必要になるのは畑以外にも家を建てたいから・・・。」ブツブツ


 語尾がドンドンと小さな声となる太郎に、スーは諦めたような溜息を吐き出した。


「エルフの大群が来ますからねー・・・。」

「なんか嫌そうだね?」

「ある程度予想できる事件が発生するハズですからねー。」


 太郎が不思議に思って考えたが、スーは笑っただけで教えてくれなかった。




 畑の仕事をしていてもトヒラの連れて来た兵士達は手伝ってくれないが、エルフの人達は手伝ってくれる。コツコツと黒ずんだ土を剥がして耕す。

 兵士達は畑仕事を良く分かっていないという理由で、警備や巡回には積極的に参加している。先日も巨大なレッドボアを仕留めて肉祭になったぐらいには活躍していた。


「太郎、今日はどれを育てるの?」


 うどんがいない時に植物を急成長させる魔法を使うのはマナの役目なのだが、マナはどうしてもやり過ぎてしまう。抑えて抑えて、どうにかコントロール出来るようになってきたが、マナに頼むときは長期保存が可能な根菜類がメインになっている。


「元々たいした選択肢は無いからな・・・。」


 小麦は必要分作って精製しているのでマナには頼めない。


「これは何で作らないの?」


 マナが持っているのは稲の種。

 精米していないのでここから芽が出る。


「田んぼを作りたいからね。」

「その為の土地作ってたもんね。」


 そう、俺の土魔法はドロドロしているので、田んぼの土にピッタリだ。

 なんて限定的な魔法だろう・・・。


「普通に武器や防具に土魔法使ってるのに、なんで出来ないの?」

「そんなの・・・俺が知りたいよ。」


 武器や盾は魔法で創り出せる。やる気になればそのまま形として残せる。しかし、少し変化させたモノを創ろうとすると、すぐに失敗する。

 魔法を覚えたばかりの頃は味のする水も創れたんだけど、最近は創っていない。いつか子供達に飲ませてみようかな?


「たろうさま~!!」


 エカテリーナがうどんと共にやってきた。タマネギとトマトが好評でよく使うのだが、トマトの方は保存が出来ないので毎日一定量を収穫している。


「この辺りの採って良いですか?」

「いいよ。」


 手際よく収穫するエカテリーナと、大きな籠を背負ったうどんがその後ろを付いて行く。更にその後ろで収穫を手伝っていると子供達がやって来た。

 子供が一直線に目指しているのはスイカだ。疲れた時に甘くて瑞々しいスイカを食べて病み付きになったらしい。種も気にせず飲む勢いで食べている。


「・・・こんな凄いの、毎日食べれるって不思議な場所ですね。」

「そうね。」


 マギとフレアリスも子供に混じってスイカを食べている。ジェームスも気に入っているようだ。


「しかし、そろそろ帰らんとならんからな・・・。」


 その声に気が付いた子供が悲鳴を上げる。


「「帰っちゃうの~?!?!」」


 声の主はハルオとハルマだ。


「元々そのつもりだからな。」

「そうね。」

「いつ?いつ帰るの?!」

「そうだな、食糧とか確保できれば帰るが・・・。」


 何故か手に持つスイカを隠すようにする。こういうところは子供っぽい。それだけを隠したからってなにも変わる事は無いのだ。


「ずいぶん気に入られてますね。」

「そうだな・・・、しかしそろそろ帰らんとあいつが兵士を送り込んでくるかもしれんしなあ。」


 ジェームスが言う「あいつ」とはハンハルトの国王の事だが、それが分かるのはマギとフレアリスだけである。


「あんなの無視しても良いでしょ。」

「そう言われると困るが、正直なところ無視しても問題は無いんだよな。」

「ココに兵士を送り込んでくるって何だ?」


 ひょっこり畑に現れたのはスーとグリフォンで、グリフォンは「兵士」と言う言葉だけに反応して質問している。スーは世界樹の根元にある倉庫整理をした後で、寝ていたグリフォンを起こしてしまったらしい。


「なあ、どこの兵士だ?」

「あ、いや。来る事は無いから大丈夫だ。そんな個人的な事で兵士を使う事は無いだろうし。」

「・・・ふーん。」


 子供達のスイカを見ながら生返事をする。質問しておいても興味が無ければこの程度だ。態度が悪いと言えばそうなのだが、グリフォン相手に文句を言うのは太郎とマナぐらいなものである。

 ハルマがジーっと見られているのに気が付いて、切り分けられていないスイカを丸ごと渡すと、グリフォンは皮をものともせずガブリと食べ始めた。気持ちいい程のシャクシャクした音を鳴らす。種もそのまま飲み込んでるんだろう。

 スーがハルオからスイカを受け取ると、真上に投げて素早く剣を二振り。落下してきたスイカをキャッチするのに失敗して、四つに分断されたうちの一つを落としてしまうという残念な結果に終わった。

 食べ物で遊ばないでくれないかな。子供達が真似をしようとして失敗している。

 曲芸の練習に使われて失敗したスイカがあちこちにあり、マナとうどんが落ちたスイカを丸飲みする。子供達が真似をしようとして諦めているんだが、丸飲みは止めてくれないかな。


「みんな美味そうに食べるなあ。」

「実際、美味しいですからねー。」


 収穫作業を終えた太郎も子供達に混ざってスイカを食べる。食べ物を粗末にした事について子供達を叱ろうと一列に並べると、スーの姿もある。


「・・・叱り難いな。」


 結局、食べ物で遊ばないように強く伝えただけで、地面に落ちて汚れたスイカでも気にせず食べてしまう二人がいるおかげで、無駄な生ゴミが出る事も無く、みんなでワイワイ、スイカ祭状態だ。

 これだけスイカを食べても飽きないほど美味しいが、人が集まれば食べる以外でも口を使う事になる。ジェームスがいて子供達が揃っている事で、太郎があの日の結果について気になっていた事を訊ねる。


「で、ジェームスさんの見立てだと、子供達の強さってどのくらいなんです?」

「いきなりな話題だな。」


 子供達の視線がグイッとジェームスに集まる。


「人数が多い所為も有って全員で同時攻撃するには無理があったな。ただ、ちゃんと力関係を理解してグループ分けしてたのは子供とは思えなかったが。」

「それは多分、私がグループ分けして教えてた影響かもしれませんねー。」

「魔法も凄かったし、あの二人の子供・・・ハルマとハルオの二人は連携も良かった。というか、あの魔法・・・チョット普通と違ったんだが?」

「どの魔法?」

「あいつら三人の魔法だ。」

「あの魔法ねー、狐火ってゆーのー!」


 狐火って怪奇現象じゃないんだ。


「狐火か、なるほどな。」

「知ってるんですか?」

「いや、知らん。知らんが、まるでロープの様に一本に纏まるかと思ったんだが、尖端が緩んで解れててな、威力が半減するだろうと思って魔法障壁をぶつけたんだよ。」

「パパがねー、火遊びはダメって言うから、あんまり練習できなかったから・・・。」

「それで水の魔法はあんなに凄かったのか。」

「いっぱい練習したのー!」


 なんか喋り方がスーに似ているな。


「本当は組手魔法を使うつもりだったんだけど、魔法戦にならなかったからねー。」

「は?お前ら組手魔法が使えるのか?!」

「できるよー!」


 子供達が整列して座っているのでその場で魔法を組み上げて見せた。うっすらと網目状の筋が見える。


「私教えてませんけどー?」

「私が教えたのよ。」

「マナが?」

「うん。素質ありそうだったから。」

「かなり質の良い組手魔法ね。」


 網目を直接掴んで引っ張っているフレアリスの評価だ。


「直接触れるんだ?」

「基本的には防御魔法だからね。」

「こいつは魔法戦にしなくて良かったな。」

「そうね。・・・ひょっとして負けてたんじゃないの?」

「魔力切れで俺が魔法戦を嫌うだろうな。」

「素直に負けるって言いなさいよ。」


 ジェームスが憮然としている。


「その実力なら中隊長の指揮官クラスだ。」

「おじさんはどのくらい強いの?」


 その質問で憮然が不敵な笑みに変わる。


「おじさんか?おじさんは将軍クラスだ。」


 子供相手に自慢をするような人だとは思わなかったが、少なくとも自信は取り戻せたようだ。


「私ならハンハルトの軍隊を潰せるけどね。」


 今度は苦虫を噛み潰して、事情の分からない子供達以外が笑った。






 マナは今日もいつもと変わらない。ただし、本体の木の方はかなりデカくなっていて、根元にあった倉庫は木に減り込んでいるかのような状態で、倉庫の出入口の目の前まで木の根が広がっている。倉庫の中ではいつもグリフォンが寝ていて、長期保存の可能な食べ物があちこちに箱詰めして置いてある。勝手に食べられる事も無いが特に食べ物を守っている訳でもなく、ただ寝ている。


「それにしても大きく成ったわねー。」

「だよねー。」


 見上げても木のてっぺんは見えない。霞が掛かっているようにも見える。


「上まで行ってみる?」

「そうしよっか。」


 ふわっと浮き上がり、マナを肩にのせたまま上を目指す。

 ぐんぐんと上がっていくと、地面は遙か下の方だ。恐いという感覚はない。


「なんか大きく成っただけで特に変化は無いね。」

「そりゃそーよ、ただでかいってだけで普通の木と変わりは無いから。」

「でも周囲のマナを安定させてるんでしょ?」

「そーよー、結構範囲は広がったわね。今はあっちの迷いの森の方まで届いてると思うわ。」

「へー・・・。」


 そろそろ変化が有ると思って見に来たが、本当に大きく成っただけのようだ。


「ちょっとー、あんたたち何やってんの?」


 ココは世界樹の上だ。なんで声を掛けられたんだ?

 振り返ると真っ白い翼を背から生やした美しい女性が浮いていた。


「てん・・・し?」

「あら、驚かないのね?」

「天使くらいで驚くわけないでしょーが。」

「ふーん・・・それよりその葉っぱ。」

「葉っぱ?」

「そう、その葉っぱ、また狙われるわよ。」

「でしょうね。」

「かなり大きく成ったから見に来ただけなんだけど、あんたたちヘンなこと考えてないわよね?」

「へんな事って何よー???」

「その葉っぱの所為で色々あったのに忘れたの?」

「知らないわよ、そんなの。」

「葉っぱを煎じて飲ませると死者蘇生出来るって話よ!」

「死んだ奴にどーやって飲ませるのよ?」

「えっ?」


 天使が悩んでしまった。


「と、とにかく、私達の仕事邪魔しないでよね!」

「仕事って何だっけ?」

「マナの安定よ!」

「いらないんじゃない?」

「昔からやってるんだから仕方がないでしょ。そのうちミカエル様が来ても知らないからね!」

「へー、近くにいるんだ?ミカエル。」

「え、アンタ知り合いなの?」

「いや、知らないよ。」

「知らないくせにミカエル様を呼び捨てなんて・・・一体何なのよアンタ!」

「どーでもイイでしょ!」

「なんでマナが答えるんだ・・・。」

「とにかく、勝手な事しないでよね!」

「勝手にするわよー、べー!」


 アッカンベーするの久しぶりに見たな・・・。

 天使の方は顔を真っ赤にして怒り心頭だ。


「もーーー、しらないっ!」

 

 そう言ってくるっと背を向けて飛んで行ってしまった。本当にそれだけで来たのか。それにしてもすごい気に成る。

 

 気に成るんだよなあ・・・あの天使の名前。






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