第149話 スーと言う人物
風呂に入る少し前。
夕食が終わっても部屋から出てこなかったので、太郎が夕食をトレイにのせてスーの居る部屋に入る。勿論ノックはしたのだが返事は無かった。
スーはベッドの上で猫のように丸くなって、スースーと寝息をたてていた。
「・・・涙のあと?」
顔の周囲の布が少し湿っていて、枕はスーの頭の下ではなく、両腕に抱きかかえられている。
「寝顔だけ見ると子供みたいだな。」
そう呟いてトレイを小さな丸テーブルに乗せて部屋を出ようとすると、スーがむくっと起きた。しかし目は虚ろで、どこを見ているでも無くぼんやりとしている。
「たべる?」
スーが無言で肯いたので、一つしかない椅子にスーを座らせようとしたのだが、スーはベッドから動かずに目を閉じて口を大きく開けた。
太郎がパンを千切って口に入れるともごもごと食べる。
「・・・。」
飲み込むのを見ると、また口をアングリと開けた。今度はサラダをつまんで口に放り込む。スーは何故か少し不満そうな顔をしながら、バリバリと音を立ててから飲み込む。
「・・・。」
木の食器を手に持ち、スープをスプーンで掬って、零さない様にスーの口に運ぶ。
口を閉じた。
なぜ・・・。
あーっ・・・なるほど。
「ふーっ、ふーっ。」
再び口に運ぶと小さく開いたので、スプーンの先を口に近付けると、口をすぼめてスープをすすった。口の中で味わってから飲み込む。・・・なんかエロい。
小さく笑みを浮かべながらスーは視線だけを俺に向ける。
「十分冷めてるんだけどね。」
「・・・気分ですよー。」
スーがやっと喋ったとおもったら、目を細めて太郎の顔をじーっと見詰める。
「ペチャパイさんとの散歩は楽しかったですかー?」
ずいぶん棘のある言い方だが、マナもペチャパイなんだよね。
「夜は慰めてくださいねー?」
「お、おぅ・・・。」
スーがにっこりと微笑んで口をあんぐりと開いた。
こんな甘え方をするのも珍しいから最後まで付き合うか。
翌日の早朝。
いつも通りに食事をするスーの姿がある。
特に誰も心配していなかったし、心配するほどでは無いと思っているのだが、それは外見だけで、実際には一度壊れるとなかなか精神面での復帰は難しい。だが、スーは黒歴史を抱えている身であり、一度は克服しているので、そこまでどん底に落ちたわけでもない。それでも剣士としての矜持は内在していて、強くなるために努力してもあの男には勝てなかったという嫌な記憶が残る。
勝ちたいのに勝てない。
勝ちたいという気持ちが、勝てないという圧力に負けている。
勝敗は時の運といわせる段階にも至っていないのだから、魔術・剣術・腕力・体力のいずれも劣っていると思わされている。
「ワンゴはそれほど素早くないぞ?」
食後に子供達を集めて剣術の練習をするスー達を、暇を持て余して見学しているジェームスが言った。
剣術にあまり興味の無いフレアリスと、子供達と一緒に剣を振るマギは、同じ場所に居るが、発言するほどワンゴの知識はない。
「剣捌きは一流と言ってまず間違いないが、左右に揺さぶるだけのスピードが有れば、ダメージが通るかどうかは別として、攻撃は当たるだろうよ。」
「手数で攻めて揺さぶっていたつもりだったんですけどねー。」
「力任せに叩いてたじゃないか。」
「え?」
「なるほどな、それだけの実力が有ってもワンゴと対峙すると冷静さを失うか。まぁ、完全に失っていたような気もしなかったがな。」
ジェームスが腕を組んで何やら考えている。
名案が浮かんだような表情ではないが、何か思い付いたようだ。
「子供達も模擬戦くらい出来るんだろ?子供とは言っても優秀だが・・・。」
「優秀過ぎると思いますよー。連携だけで、ポチさんも手を焼くほどですからねー。」
「そういや飛べるんだったな・・・。」
「実力を測ってみたら?」
「フレアリスさんがやればいいと思いますよー。私は遠慮します。」
スーがはっきりと逃げた。ワンゴに負けるとあれほど悔しがるのに、子供達なら良いのか。それだけワンゴが特別な存在なんだろうけど。
「思いっきりヤッテ良いの?!」
子供の一人が嬉しそうに叫んだ。
ちょっと待て。
今まで手加減でもしていたのか・・・。
「良いですよー。ただし、あっちの広い所でやりましょうねー。」
「「「はーーーい!」」」
子供達の声が重なる。
なんでそんなに嬉しそうなの、キミたちは。
それを呆然と見ている男が一人。
「諦めて相手しなさいね。」
ポンと肩を叩かれたジェームスは苦すぎるコーヒーを飲んだ後の様な顔をしていた。
模擬戦用に作った木剣と木製の盾。太郎が手作りした木製のヘルメットを身に付けた子供達が太郎の前で整列している。ちなみにこのヘルメットの内側部分は、太郎の持ち込んだ座布団の中身の低反発マットを張り付けてある。そして木製ではあるが、どれもトレントの枝から作られていて、子供専用の装備にしては高級品の度が過ぎていた。
「何時の間にこんなもの作ってたんですかー?」
「前みたいな事が有ったら困るからね。」
「前みたいなこと?」
「あー、そう言えばあの時にスーはいなかったな。コルドーの兵士が調査に来た事が有ってね。」
「・・・その話なら子供から聞きましたー。大変だったみたいですし、私が太郎さんにトヤカク言う権利も無いですから、何も言いませんケドー。」
少し棘の在る言い方だが、それは同時に心配しているという意味でもある。言葉を発する前の僅かな無言は、関係する事が出来なかった悔しさも含まれているかもしれない。
「それにしても、ちょっとこの木剣だと短すぎませんかー?」
子供用の剣の長さは、大人で言えば短剣とそれほど変わらないが、それよりもさらに短い。
「短い分は土魔法でカバーすればいいよ。俺達がやってたみたいな訓練と同じでさ。」
「それもそうですねー。」
スーがチラッと子供達を見ると、既に土魔法で補強された剣が完成していた。
「だから優秀過ぎるんですよー。太郎さん、なにか教えたりしたんですかー?」
「一緒に寝るときに昔話をする事が有ったんだけど、俺の前の世界の話をしても意味が無いから、スーと修業した時の話をしただけなんだけど、見事に習得しているのは俺の教え方は関係ないな。」
ククルとルルクが苦労して土魔法を使っているようだが、どうしても完成した先からドロッと崩れ落ちていく。あの失敗の仕方は俺そっくりだ。
そんなところで似なくてもいいのに。
他の子供達がフォローしていて、仲の良さは抜群だが、少しずつ本来の力の差というのが現れているようだ。やはり九尾の力と言うのは凄いのだろう。
「やる気満々だな。」
「そうね。」
ジェームスとフレアリスが軽く引いている。マギなんかは見ているだけなのに汗をかいていて、既に緊張で疲労している。
「えっ・・・。」
気が付いたらマギはうどんに後ろから抱きしめられていて、するっと包み込まれている。ヒンヤリと冷たく、マギの緊張と汗が引いていく。
「さて、準備は出来たか?」
「「「はーい!」」」
子供達の返事は元気が良い。今の子供達には、スーには失われてしまっている、負けない気持ちと負けたくない気持ちが溢れるほど有る。
ジェームスは何も持っていない状態で歩き出し、川の手前で止まると、右手と左手に土魔法で作った剣と盾が具現化されると視線が集まる。
気が付いたジェームスが子供達の羨望に答えた。
「このくらいなら直ぐ出来るようになるぞ。」
マギが何故か凹んでいる。
「私の時は頑張ればいずれ出来るって言ってたのに・・・。」
うーん。素質の差かな?
勿論、口にはしない。うどんにナデナデされていて、それを受け入れている状態だ。
子供達とジェームスが一定の距離を開けて立つと、剣をぶんぶんと振ってやる気満々な男の子を見て、ジェームスが肩をすくめた。
「さて、もう待ちきれない顔してるから、始めるとしようか。」
その時、ふと閃いた!このアイディアは、マナの成長に活かせるかもしれない!
賢さ+5 やる気 ↑絶好調 「すこしエッチ」になってしまった
違う、そっちじゃないって。




