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第148話 村の常識

 突然やってきた兵士達だが、とりあえずの寝泊まりは家がすでにあるので問題は無く、エカテリーナにもう一働きしてもらって兵士達の食事も用意する。その料理を食べ終えた後のトヒラは、先ほどまでの硬い口調とは打って変わり、普段通りなのかどうなのか分からないが、かなり砕けた口調になっていた。

食後にはトヒラを連れて案内兼散歩をしつつ、周辺を歩くと今じゃただのおのぼりさんのようだ。まあ、見どころと言えば世界樹しかないのだが・・・と、思っていたらグルさん達の窯を必死に見ていた。あまりにもずっと棒立ちだったので、グルさんに変な目で見られてしまった。

用事は有るがまた後にする事にして、とりあえず他の場所へ。


「畑も見る?」

「是非。」


兵士達はエルフ達と共同で見回りをするコースを確認する為、別行動だ。


「なんとも、凄い畑だなぁ。」


 季節感の全くない畑は今も実が成っていて、定番のトマトをもぎって食べると目を輝かせる。


「美味過ぎてここ以外での料理が食べれなくなりそうだ。」

「それは流石に大袈裟のような。」


 先ほど食事したとは思えない勢いでトマトを食べている。その後ろから賑やかな声が聞こえたと思ったら、マナとグリフォンが子供達と一緒に畑の周りで遊んでいて、どうやら追いかけっこをしているようだ。なんでみんな浮いてるの・・・?

 トヒラはトマトを食べながら何気なく声のする方向に視線を向けて、口の中のトマトを吹き出していた。


「ななな、なんですあれは?!」

「子供達が遊んでるんです。」

「遊んでいる光景には見えないな、アレは何と言う戦闘訓練なのだろう・・・?」


 あー、そうなるのか。


「・・・子供?」

「騒がしいけど、言う事は良く聞くし、わがままはあんまり言わないし、まだ一歳に満たないのに優秀過ぎて困ってます。」

「え???」

「どうしました?」

「一歳未満の子供が空を飛べるはずないでしょう・・・ハハハ。」

「あー、九尾の方は生まれた時からかなりの素質があるみたいで、兎獣人の子の方はかなり苦労してるみたいでねぇ・・・。」


 目をパチパチさせて、確かめるようにじーっと見詰めた。

 口の周り汚いよ?

 気が付いて布をポケットから取り出して、恥ずかしそうに口の周りを拭う。


「確かに、あの二人は兎獣人か、フラフラしているがちゃんと他の子がサポートして・・・しかし、追われている二人がおかしいほど余裕なのですが??」

「マナとグリフォンが相手だからなぁ。」

「グリフォン?!・・・って、あのグリフォン・・・え・・・あんなに小さいのが?」


 確かに背は低いし小さいが、胸はデカイ。

 まぁ、関係の無い事だが。


「この村は何か特殊訓練でもする養成施設か何かなのかな・・・。」


 そんな真面目な表情で呟かなくても。


「そういえば、もう一つ協力・・・と言うか秘密にして欲しい事が有るんですよ。」

「まだあるんです?」

「まぁ、グリフォンの事もあんまり広めて欲しくは無いんですけど、多分それ以上です。」


 太郎はそう言って再びグルさんの所へ向かう。


「グルさーん。」

「なんだ、あいつを連れてまた来たってことは言うのか?」

「いいですよね?」

「俺が決めるこっちゃねーぞ、好きにしろ。」


 トヒラが不思議そうに二人を見る。


「ほれ、こいつだ。」


 それを受け取った太郎がそのままトヒラに見せると、トヒラはまたもや目をぱちくり。これ、そんなに珍しいモノなのかな。


「魔鉄鉱?」

「そうです。これの採れる鉱山が有るんですよ。」

「・・・天然の魔鉄鉱って初めて見ましたね。」

「ここから少し離れた山の麓に入り口があって、以前はちゃんと採ってたみたいですよ。採掘量がどのくらいだったのかは知りませんけど。」


 トヒラが分かり易い程の考えるポーズをする。


「世界樹が燃える以前にこの村で大量に採掘されたって話は聞かないですね。加工して鉄と魔石を分離していたかもしれませんけど。」

「分離できるんだ?」

「魔鉄鉱は作る事が出来るので無理に天然である必要は無いですけど、魔石の方は価値が有りますからね。」

「なるほどー。」


 ついつい口調がスーっぽくなってしまった。

 そういえば、スー・・・部屋から出てこなかったな。


「で、おめーらやってくれんのか?」

「え?」

「鉱山内部に住み込みで働くんだ、それなりに根性ねーとやってられんぞ。」

「わわわ、私達には無理ですよ!」

「おや、お困りですか?」


 何処からともなくうどんがやって来て、自然体の流れでトヒラを優しく包み込んだ。


「うにゃー・・・。」


 包み込まれたトヒラは動けず鳴くだけだ。


「あいつがこの村で一番怖い。」


 グルさんの評価は正しいかもしれない。

 うどんから解放されるのを待っていると、兵士達がエルフと何かを話しながら戻って来たので一度食堂に集合する事にした。

 話の内容は警備体制についてだけではなく、今後の方針についても話し合われる予定だったが、兵士達がそこまで踏み込んだ約束はできないと断ったために少し口論になっていた。

 トヒラが代わりに話を聞く。


「なるほど、了承した。我々がここに居る限りの期間は約束しよう。」


 結果としてエルフ達は無駄骨を折っただけになる。なにしろ、定住する訳では無いし、また別の兵士達と入れ替わる予定なので、その度に毎回話し合いをするのが面倒なエルフ達が、約束状を作って決められたルールを守るようにして欲しかったのだから。

 ちなみに、このルールの内容はエルフ達の立場が下がらないようにする為のモノで、オリビアがいない間にぞんざいな扱いをされないように立場を平等とし、軍の高官が来ても変わらないことを宣言する為のモノでもある。


「ダンダイルさんが来てくれたら話がまとまると思うんだけど、元々平等だからね?」

「太郎殿に迷惑をかけない範囲でやります。」

「・・・そう言う事じゃないんだけど、やっぱり種族とか立場とか影響は出るのか。」

「我々の人数が少ないので・・・。」

「まぁ、そのうち帰ってくるからその時にまた話し合うという事にしよっか。心配するような事件が起きるんなら俺が対処するから。」

「それをもうすこし力強く宣言してもらえると助かります。」



 どういう意味だろうと考えていると、トヒラが答えの一端を説明した。


「・・・太郎殿は力でねじ伏せるつもりは無いのです?」

「ないよ。」

「でもかなり強いのは先ほどの戦いで解りますよ。それでいてこの村で一番偉いのなら、太郎殿がルールを決めてしまえば良いのでは?」

「自由に生きたいんだけどなあ・・・。」

「それは無理ね。」


 子供達を引き連れて帰ってきたマナとグリフォンが、何処から話を聞いていたのか、マナが太郎の肩にふわりと座った。


「無理かぁ・・・まあ、どっちの気持ちもわかるからなあ。」

「そーだぞ、タロー。わざわざ自分から命令される立場に成ろうとする奴もいるんだからな。」

「だよねー。」


 兵士達もエルフ達も、寄り添って生きているのではなく、代表がいて、その下に集まって来た者達なのだ。特に今ここに居るエルフ達は代表が不在で、心配になるのも無理はない。

 子供達はエカテリーナの手伝いをしていて、夜に必要になる食材や薪などを運んでいた。しかし、なんと言うか、俺に似ているかどうかわからないが、子供達は年齢以上にシッカリとしている。俺が子供の時はもっとわがままを言ったもんだが。

 兎耳の子供が一人、トトトッと、小走りにやって来た。


「おとーさーん。」

「どした?」

「ママ―・・・じゃなくてエカテリーナさんがお湯欲しいってー。」


 太郎はマナを肩にのせたまま立ち上がって厨房へ移動してしまい、残された者達がそれを見送った後に再び話し合いを始めた。トヒラの立場としては、勝手に決まり事を作りたくないし、今後に影響するような約束はしたくない事を改めて言った上で付け加えた。


「先住人の方が立場が上だと思っていたが、この村では通用しないという事も理解した。重要なのは、太郎殿に嫌われない事だ。エルフは特殊な種族だが、我々の国では特に規制はしていないだろう?」

「そのようですね。」

「つまりはそう言う事だ。」

「え?」

「特別視されているのではないかと言う不安が有るからそういう約束を作りたいのだろう?そんな事を考えるような奴は、少なくとも私の部下にはいない。信頼も信用もまだ何もないが、これから信じられるようになればいいのではないかな。」

「確かに・・・。」

「この村にはこの村の常識が有ると思ったが、まだ太郎殿の魅力だけでみんなが集まっているのだな。」

「太郎殿は凄いお方です。それは確かです。」

「それは私も同意する。」


 彼女の尊敬するダンダイルが大切に扱うような人物だから、最初から評価は高かったが、まさかあれほどの魔法力を持っていたとなれば、評価が下がる筈もない。

 それまでは黙って聞いていたグリフォンが遂に口を挟んだ。


「お前らの常識なんてタロー次第で変わるって事だろ。お前らが決めるなんて諦めたらそれでいいだろ。」

「お主は・・・本当にあのグリフォンなのか?」


 正体を見たい。とは直接的に言わない。


「元の姿に戻っても良いけど勝手に戻るとタローに怒られるからいやだ。」

「太郎殿ってどれだけ凄いんだ?」


 トヒラが頭を悩ませていると何処からともなくやって来たうどんに包まれた。


「なんとも神出鬼没な・・・しかし、これは癖になるにぁ・・・。」

「ついでに言うと、そのうどんはトレントで8万年生きてるからな。」


 トヒラを含め、兵士達は驚き過ぎて声も出なかった。

 その後、夕食も美味しく、広々とした風呂にも入り、遊びに来たつもりは無かったが、予想以上にのんびりと過ごしてしまった。ただ、トヒラは妙な視線を感じていて、その正体も解っている。それが一人ではなく、二人だった事に少し悩んでいた。


「・・・あれ?うどん殿は?」

「うどんは夜になると木に戻るんだ。」

「・・・そうなんだ。」


 何故か寂しそうなトヒラだった。






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