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第131話 復興する街

 港に活気が戻り、人種と物品の流入が激しい市場は今日も大盛況で、建て直す音の響く貴族街にも沢山の人が働いていた。将軍が失われた事による葬儀はまだ行われておらず、その準備にも忙しい公国の王は、意地でも僅かな暇を作ってジェームスを呼び付けていた。


「私なんかより将軍とお話になられてはどうです?」

「お前が将軍になればいい。」


 空いた椅子を埋めるに十分過ぎるほどの活躍と知名度を持つ男は全力で断る。奴隷問題は全く解決しておらず、活気が良すぎて裏での取引も横行しているが、その全てを取り締まる事は出来ず、ギルドには連日のように行方不明者の捜索依頼が並んでいる。公認にも非公認にも関係なく、とても忙しく求められる男も、言われる事が解っているこの場に態々やってくるのは、休息が取れるという理由であった。


「毎日忙しいのは悪くないが、国王なのにこうも連日のように抜け出して大丈夫なのか?」

「お前が気にする事じゃないだろ。」


 国王と一般人の会話ではなく、ただの友人同士の会話である。


「それより、キンダース商会のほうは何かわからんのか?」

「とんでもない情報を掴んだのなら俺が公式に謁見を求めるだろう。」

「それもそうか。」


 国費のほぼ半分近くがキンダースからの特別融資枠で埋まっていて、乗っ取られても不思議ではない程の大金だ。それでも一度もそんな素振りを見せず、少しの優遇処置を求める程度でより多くの利益を得ているのは、誰の目からでも予想がつく。

 国民にはキンダース商会に支えられているという事情自体を知られていないので、国王様が頑張って国民の為に資金を調達したと思っている。


「奴隷制度を無くすのは無理だ。厳しく取り締まるにも時期ではないしな。」


 摘発があまりにも厳しく行われると、商品の流通が滞ったり、せっかくの商人達が警戒してしまい、復興と収益の増加に水を差しかねない。


「魔物退治だけやっていれば済むのなら面倒な話ではないんだけどなあ。」

「ソレのおかげで国内での人探しはやり易いだろう?」

「まぁ・・・楽に見つかる事も有るからなあ。しかし、変な肩書を布告してくれたもんだ。」


 それは「特殊任務捜査権」というジェームスの他にも数人が持つ肩書である。どうしても入れない場所、特に国営や公認の認可を盾に入室や捜索を断るやり口を止める為に作られた特別な捜査権で、これのおかげで不当に売り飛ばされそうになった労働奴隷を助けた事も有る。

 ・・・何故か美女ばかりの奴隷だったというのは言及しない。


「正式な手順で認可を得てしまうと取り締まりしにくいからな。」

「盾を壊す為の矛という訳か。何とも矛盾している。」

「そう皮肉るな。これでも頑張ったんだぞ、少しは褒めろ。」


 奴隷制度は目の前の国王が始めた事ではない。過去に遡ればいつの間にか始まってしまったような後追い制度で、内容ももの凄くお粗末だったのを歴代の国王達が少しずつ整えたのだ。


「あら、国王様がこんな所で、真昼間から酒と肴にジェームスですか、贅沢ね。」


 ノックも無しに部屋に入ってきた女性は、行方不明になったジェームスを連れて帰る専門だ。ジェームスがどこに行ったか分からなくなると必ず連れて来るので、殆どの人がジェームスを捜す時に彼女に頼むのだ。


「少しは休ませてくれないかな。」

「ダメよ。今日は約束したでしょ。」

「あ、稽古の日か。」

「女勇者は強くなったのか?」

「アンタ様に言う義理は無いわ。」

「一応国おu・・・あ、いや、何でもない。」


 公国内において彼女に勝てる男は存在しない。例えジェームスでも。無言の威圧に屈すると、酒を呑んで誤魔化す。


「どこかのお偉い様のおかげでマギは勇者の道を歩む事になるでしょうね。まぁ、あの一件以来、強さにはかなり執着するようになったけど。」

「本物の勇者様が我が国にご滞在頂けるのは光栄な限りだ。」

「使い捨てにする気満々だったくせに。」

「・・・それは俺の方針では無いからなあ。やりたい事をやりたい様に出来ないという、悲しい事情なんだが。」

「特権を乱用されても困るからな。」

「そうね。」

「国王相手にココまで言うのはお前達ぐらいだな。」


 嬉しくも悲しい息が漏れる。


「将軍達は陰で言ってるかもね。」

「・・・。」

「冗談だと良いわね?」


 ジェームスが苦笑いする。


「あんまり苛めると引退しかねんぞ。甘い汁は無理にしても普通の甘いお菓子ぐらい食べさせないとな。」


 国王は国民によって食べさせて貰っている。国民あっての国王だという事は復興事業や港の活気を見れば理解出来るだろう。国王としての資質に問題が有るかどうかはまだこれからだ。


「ああ、あの子の希望で少し旅に出る事にするから、暫く国から出るぞ。」


 口に含もうとした酒を器から零しそうになる。


「お、おい。いきなり過ぎないか?せめて、もう少し落ち着いてからでも良いじゃないか。」

「安心してくれ、海は渡らないから。」

「魔王国か?」

「その中間かな。」

「中間?」

「なんでも、エルフが魔王国を通過したって話を聞いてな、こっちに来ていないのならガーデンブルクなんだろうが、それなら魔王国のど真ん中を歩く必要はない。」

「それだけでどこへ行ったのか解るのか?」


 世界樹と自称する少女と話をした事でジェームスは簡単に予測できる。その詳細については国王に話していない。いくら親友といわれても秘密は有るモノだ。


「そんな訳だから、短くて半年・・・長ければ一年以上は不在にする予定だ。」

「以前と違って国内でも十分に依頼があるだろう?傭兵冒険家なんてやらなくとも生活できるはずだ。」

「おかげ様で色々と道具も揃ったしな。」

「そうね。」


 同意しているフレアリスは冒険に必要な道具の購入に銅貨の一枚も出していない。深夜の酒場のバイトは既に辞めていて、その怪力を活かして建設現場で働いていた。それも、あと数日で終わる。


「引き留めるのは無理だと解っている、頼むから早く帰ってきてくれよ。」

「あぁ。」


 それは友人に対しての返答だった。




 その日の午後。

 公認ギルド内にある訓練場でトレーニングをしながらマギが待っていた。ジェームスが来ると素振りと連続攻撃の流れを確認した後、対人模擬戦闘を行う。

 威勢のいい声が響き、鈍い打撃音も同時に発生する。受け止めた側は余裕が有り、攻める側は必死だ。


「太刀筋の流れは良いが力が弱いな。連撃は最初を防がれたら終りだ。」

「他の人との模擬戦では成功したんですけど。」


 ジェームスが冒険の時に一緒に活動していた知り合いに、マギの訓練を頼んだ時の話だ。直接観戦するつもりだったのを無理やり人捜しをさせられて見れなかったが、話だけは聞いている。


「ブルックは力圧しで戦うタイプだが、ちゃんと手加減も出来るだけの技術はある。わざと止めなかっと思った方が良いな。」

「やっぱり、そうなんですか・・・。」


 声に力を失う。


「一撃必殺の技なんて期待するな。想像もするな。そんなものは無い。純粋に技術と腕力で決まる。常に全力を出すんだ。常に格上と戦うと思って、気を張るんだ。」

「はい!」


 握っている剣を更に強く握り直す。額には汗が流れ、模擬戦用の木剣も傷だらけで、何度も打ち合った結果だ。


「少し厳しくするぞ。」


 ジェームスは片手で木剣を持ち、真っ直ぐマギに向ける。次の瞬間、その剣先がまっすぐ伸びてきた。再び鈍い打撃音が響くと、立て続けに響く。

 伸びてくる剣を払い除けながら、マギは少しずつ後退している。ただ真っ直ぐ伸びてきているだけなのに、その速さが尋常じゃない。耐えられなくなったマギが横に跳んで転がり、素早く振り向いた―――はずだった。

 マギの目の前には、振り下ろされた木剣の先端がピタリと止まった。

 握っていた力が無くなり、木剣が落ちて乾いた音が響く。


「ぐぅっ・・・。」


 悔しさに奥歯を強く噛んだ。


「まだ逃げるには早かったな。もう二三回は払いのけられた筈だ。恐怖心を克服するのは大変だが、諦めない気持ちを持つのも大事だぞ。」

「・・・はい。」


 その場に力なく座り込んでしまったマギに、今度は優しい声で話す。


「我流でもそれなりに強くなったんだ。野盗相手ならソコソコ勝ってたんだろ?」

「今思い出すと相手が驚くほど弱かったとしか思えません。」

「魔物と人では戦い方が違うからな。守りたいという気持ちで自分を奮い立たせていたんだろう。」

「何かを守りたいって言う気持ちは強いモノね。」

「ジェームスさんは守りたいモノが有るんですか?」

「・・・。」


 無言で木剣を片付ける。


「もちろん有るが、他人に言うほどでもないな。」

「・・・そうね。」


 何も守るモノが無くても、種族差だけで強いフレアリスは、あのドラゴンとの戦いの時にジェームスに助けられている。その二人の関係は公には知られていない。


「動きはかなり良くなっている。少なくとも下級兵士よりは強いから心配しなくていい。その程度強くないと今度の旅には耐えられないからな。」


 力を失ってしゃがみ込んでいた身体が痙攣したように立ち上がった。


「いいんですか?!」

「あぁ。ご両親にはちゃんと説明したんだろう?」

「はい!」

「・・・恋人がいると聞いているが?」


 ピンとしていた身体の力が緩み、少し曲がる。それだけで理解できた。


「・・・そうか。それは残念だったな。」


 恋人とは二十日ほど前にフラれている。男の方もかなり悩んだのかもしれないが、勇者として公に知れ渡ってしまったマギは何処にいても注目されてしまい、男としては傍に居るだけでも辛い。デートなんてした日にはずっとつけられているような気がするし、キスなんてできる訳もない。


「そう言えばどこへ行くのか決めていたみたいだったけど?」

「もちろんだ。俺の修業にもうってつけの場所だ。」

「ジェームスさんほどの人がうってつけって、危険なところでは?」

「道中はそうでもない。古い道が有るのは確認したしな。軍が利用している駐屯地の宿を借りられるから、そこまではただの散歩だ。」

「その先は・・・。」

「魔獣と野獣の棲み処のど真ん中を歩く事になる。」

「それって私が居るから平気じゃない?」

「そうだな。」

「長旅になるから荷物も多い。女性特有の病気にも困る事になるから今回は経験する事の方が重要だからな。」

「長旅に女性を連れて歩かない理由よね。」

「俺にはその苦労はわからんのだから仕方がないだろ。」

「そうね。」

「あの・・・目的地ってどこなんですか?」


 マギの不安な声に笑顔で応じる。そこにはマギが強くなりたいと強く願う原因となった人物がいるのだった。






 

 

 

 

A.女性特有の病気って何?

Q.生理です

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