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第129話 カールと鍛冶職人

2021年開幕\(^o^)/


今年もよろしくお願いしますm(_"_)m




 カール達が帰ってきた。

太郎のお願いでもあった鍛冶職人も一緒にやって来たので、出迎えると、汗をぬぐいながら周囲を見渡している。


「おめーら、こんなところで生活してやがったのか。」


 口の悪い職人の名前はグル・ボン・ダイエという狸獣人で、重い荷物を重そうに背負っている。その後ろにはあの時の夫婦の職人もいて、この二人は到着したと同時にへとへとで座り込んでしまった。


「お疲れ様です。」

「あぁ、太郎殿は・・・相変わらず元気なようだな。」


 本来の隊長でカール・チャライドンは同僚のルカに挨拶するよりも、太郎に話しかけてきた。そして、翌日にはルカ達が半数の兵士を引き連れて魔王国に帰るという事も同時に告げられた。


「なんか慌ただしいですね。」

「年内までに帰ってくるように言われててな。それにルカはこの任務を興味本位だけで来たやじ馬だからな。」

「お前の代わりが他に居ないから代理になってやったんだぞ。」


 と、いつの間にかやって来たルカの周りには、キラービーが飛んでいる。


「おっ、お、お前?!」


 驚くカール達を見て大声で笑った。


「ここに居るとな、こんな事も常識になるんだ。」

「大丈夫なのか?雄殺しだろ?」

「大丈夫ですよ、今は毎日蜂蜜を貰ってます。」


 常識は投げ棄てるモノだと教わるような人生を送った者など存在しない。存在するはずがない。存在してはならないはず。

 カールは更に混乱したが、自分の頬を両手で勢い良く叩いて自身の混乱を止めた。


「し、師匠・・・ここに本当に住むんですか?」

「頼まれちまったしなあ・・・。」


 鍛冶職人の三人は凄い不安そうなので、とりあえず疲れと緊張を解してもらう為に浴場へ案内した。お湯は太郎がその場で出して満水にする。もう、驚き過ぎて疲れる暇もない。




 陽が沈む前に夕食となった食堂では、集落の全員が所狭しと集合している。流石にキラービー達はいないが、鳥は一番大きい奴だけが何故かグリフォンの頭の上に座って満足気だ。他の小鳥たちは世界樹に作った巣に戻っている。


「一ヶ月ちょっと不在にしていただけでこんなに変わるとはなあ。」

「色々ありましたので。」

「事細かく聞きたいが、聞いていたら寝れなくなりそうだから先に遠慮しておく。」

「助かります。」


 とは、太郎の本音だ。

 エルフ達が頑張って建築した美しい建物はカールも驚いていたし、兵士達が寝泊まりする宿舎も建て直されていたのだから、環境が良くなっているのは見ただけでも解る。


「で、なんでアイツは俺に胸を揉ませようとするんだ?」

「そういう趣味みたいなもんなので気にしないで下さい。」

「流石に気にするぞ・・・。」


 何度も断られてガッカリしているトレントのうどんは、今は木に成って溜め池の横に居る。他の兵士は何度か揉んだらしいが、咎めはしなかった。

 わちゃわちゃとしている太郎の子供達も食事の時は大人しく、エカテリーナとウルクの二人にこぼさない様に注意されつつも、モリモリと食べている。


「全員集まったのなら話をしていいか?」


 オリビアたちエルフも兵士達も、集められた理由はある程度推測していたから、食事を素早く終わらせて待っている。

 本来の隊長であるルカが兵士達に労いの言葉と、エルフや他の協力者に対してお礼を言っている。なんか、妙に丁寧だな。


「最後に、我々はこの土地から完全に撤退する事になった。」

「・・・どういう事だ?」

「ダンダイル閣下の意向ではない事だけは確かだ。」


 ルカが何やら腕を組んで考え込んでいると、カールが小さくもない声で言う。


「これはお前の方が得意だろ。」

「俺の方が・・・まさか、あの一派が騒いでいるんじゃないだろうな?」


 二人が何の事を言っているのか俺には分からないし、それ以上の会話はしなかった。再び実務的な内容に戻る。


「鍛冶職人については魔王国から給料が出ないのは承知しているよな?」

「知ってるぞ。」

「エルフ達は国内を通過する時は必ずダンダイル閣下に報告する事。これも承知しているな?」

「承知している。」


 俺の知らないところで色々やってるのかと思うと申し訳なく思ってしまう。


「太郎殿には申し訳ないが、今後の全面協力は無理だ。国庫の資金を使ってまで一個人に対して保護を続ける事が出来ないというのが今回の理由なのだ。勝手な事ばかりで申し訳ない。」

「理由は納得できますので問題ないですよ。」

「そんなに簡単に納得できるのか?」


 驚いたように質問するのはカールではない。


「ダンダイルさんには色々と無理をお願いしていたという事ですよね?」

「まぁ、半分以上はこちらが勝手にやっていた事だが、正直に言うと世界樹に対する危機感がまるで無いんだ。」

「当然でしょう。」

「太郎殿は知っていたので?」

「いや、宮廷とか、派閥とか、貴族の争いには関わりたく無いですね。」


 いきなり核心を突くような言葉が出てきた事で二人の隊長が吃驚する。


「太郎殿はまるで見て来たみたいですな。」

「・・・軍人が自分達の意志とは別の事をしなければならない時の条件なんて限られてますから。」

「なるほど・・・。」


 と応じたものの、隊長とその代理は太郎の頭の中でどんな考えを持っているのか興味が湧く。エルフ達は巻き込まれる事を警戒していたので魔王国での活動は控えているから、今回の件で特に影響はない。


「我々はここに住めればいい。」


 と言うのはオリビアである。


「別に村長に成りたい訳じゃないから特に規制とか考えたくないんだけど・・・。」

「村長に成るとか以前に、太郎殿以外でこの村に住む者達を制御できる人はいませんよ。」


 グリフォンが居るだけでこの集落の危険度は凄いらしいのだから、侵略など微塵も考えていない太郎に対して無駄な警戒など止めて欲しいものだが、みんながみんな正しく認識してくれないというのも理解しているだけに太郎には想像したくない未来もある。


「なんにしても誤解は避けたいですね。」

「エルフが住み、ケルベロスとキラービーを飼い馴らし、グリフォンが守っていて、たまにドラゴンと九尾が遊びに来る村ですからな。」

「世界樹だけでもとんでもない事です。」

「それはその通りなんで諦めてますが、人の理解力なんて、間違った考えでも理解したと思ってしまえば誤解だと気が付くのに何年必要になるか想像も出来ないです。」

「失礼ながら太郎殿。本当は数千年生きているのではないか?」


 あまりにも真面目な表情で問われるので、つい笑ってしまった。


「まだ40年そこそこですよ。」

「それにしては達観しているというレベルじゃないですぞ。」

「そうでもないと・・・俺の居た世界なら俺よりも詳しい人なんてたくさん存在してるから。」

「我々が何も言っていないのに派閥や宮廷などと言う言葉が出てくるのが信じられないのですよ。」

「あ、あぁ、そっちの方ね。」

「まだ他にも有るのですか?」

「ダンダイルさんはちょっと優しすぎるんじゃないですかね。」


 どこが?

 二人の隊長がお互いを見た後に視線を太郎に向ける。


「少なくとも俺には優しい人と言う感じは有りましたよ。戦闘では凄く怖いというか、恐ろしい人ですけど。」

「その閣下は太郎殿と協力するように言っているのだが。」

「太郎殿の感性は俺達にはちょっと分からない事が多いな。」


 太郎が少し困った顔で笑う。


「人の想像力は無限大なんです。」

「そんな恐ろしい事言わんでください。」


 魔法はイメージとコントロール。それだけに世界の平和を願えば安寧が訪れ、破滅を願えば死の海と化す。それだけの力が自分に有るとは思えないし、思いたくもないというのが太郎の現状であり、今後の課題でもある。


「太郎達の話、めんどくさいんだけど。」


 マナがそう言うと張り詰めた空気が緩む。


「嬢ちゃんの言う通りだ、めんどくせーハナシなんかその時考えればいい。」

「そう言っている貴方が撫でている頭は世界樹様ですよ。」

「え、んが?!」


 慌てて手を放しているところを見ると、世界樹の危険性については理解しているという事だろう。ダンダイルとフーリンの事も知っている人だったら尚更だ。


「後で暇つぶしに付き合ってもらうからねー。」


 鍛冶仕事を見たいだけでそう言ったのだと説明すると、慌てふためいていた職人が、安心したのか動かなくなった。これが知っている人の普通の反応なのだ。弟子の二人もホッとしている。


「力関係というモノははっきりさせておくべきだと思うが、どうなのだろうか?」

「銀髪の志士に言って貰えて助かる。今回、皆に集まってもらったのはその再確認が本題だ。」

「力関係とか面倒なだけなので別に気にしなくても。」

「いや、太郎殿。それだけはハッキリさせないとダメです。我々は世界樹様の傍に居たいと願ってここに住まわせてもらっている立場です。戦えと言われれば戦いますし、死ねと言われればこの場で腹を斬る覚悟は有ります。」


 この時、太郎は今までにない程の冷たい視線をオリビアに向けた。睨んでいるのではなく冷めきった冷ややかな視線だ。

 太郎はマナの為なら死んでも良いと思ってはいない。自分が危機に陥ってでもマナを助ける気持ちは有るし、可能ならば、そうならない事を考えている。その為に訓練もしたし、何度か危機も乗り越えてきた。そして、それは自分一人だけの力ではない事も理解している。だが、命を捨てて生きるような考えは嫌いなのだ。

 そこには争いしか生まないのだから。


「た、太郎殿?」

「オリビアさんはみんなを守ってきた人でしょ。もう少し意地汚くても生にしがみ付いてくれる人だと思ってたけど、やっぱりこの世界って俺とは違うんだなあ。」


 太郎の言葉に何人かの心が冷える。


「国が滅びるなんてあっという間だよ。でも国は消えても人は残る。残った人達は生きる為に戦うのではなく、戦う為に生きるようになる。権力を得ても、力を誇示しても、いつかは自分の首に縄が掛かる。そんな簡単な事に気が付かないの?」


 シンとした空気が広がり、子供達でさえ騒がずに太郎を見ている。


「平等に生きるのがどれだけ難しい事か知っているつもりだけど、少なくともここに住むのなら力関係とか上下関係とか、ご遠慮願いたいね。恐怖政治なんてマッピラだよ。」

「おめーは世界が滅んでもこの村が残れば幸せなのか?」

「陸の孤島って言葉を知っていますか?」

「なんだそりゃ?」

「他からの交流を断ち切った人達ではなく、その土地から離れる事が出来ない人達の事です。まるで小さな島に住んでいて、何処にも行けないという事でも有ります。」

「この村が孤島のようになると?」

「多分、俺が・・・違うな、俺達が長く平和と安寧を求めるのならその方が良いと思いますよ。」

「もしかして太郎殿には世界樹と平和に暮らす為の考えがあったのでは?」

「最初の頃はあったけど、今は無いかな。逆に知れ渡った事の方が利益は大きいからね。」


 太郎とマナの二人しかいない島に住んでいたとしても、いつかは島を出たかもしれない。好奇心によって多くを知れば、もっと知りたくなる。その好奇心は自身を成長させるが、他人を殺す要素も持っている。子供が成長し、揺り籠から飛び出たら戻ろうとしないのと似ている。

 オリビアが気が付いた。それはキラービーの巣で太郎が言った言葉だ。


「互いに知る事が無ければ互いを不幸にする事は無い。と、いう事ですね。」


 無言で肯く。


「俺の居た世界は互いを知り過ぎた。お節介にも自分達の考えを押し付けた事で争いは起こった。知らないことは不幸だ。知る事こそ幸せになると思い込んで。」


 太郎はいまさらながら周囲から注目されている事に気が付いた。そして急に恥ずかしさが上回る。


「この話は止めましょう。良い事がない。」

「そんな事は有りません。我々には重要な事です。」

「太郎殿がそう言うのなら、我々はそれに従います。そして、そうでないと生きる方法を知らないという事なんです。」

「オリビアさんらしい考えなんだろうね。でもね、そういう常識の方を先に棄てて欲しいかな。」

「みんながみんな仲良く暮らす世界という訳ですか・・・。」


 一人の兵士が急に立ち上がって太郎に言った。


「で、では、我々の中で誰かを好きになって恋愛してもお咎めは無いと?」

「そんなの咎めた覚えはないけど・・・軍人の規定なの?」

「一応はダメという規定がある。行く先々で女を作られても困るからな。」

「他人に迷惑を掛けないのなら自由だよ。少なくともここではそうであって欲しいけど、軍の規定なら仕方がないんじゃないかな。俺にそこまでの権限は無いし。」


 あるだろ。と、カールとルカが心の中で呟く。


「あー、平等って意味ね。そっか、この世界って恋愛も大変なんだね。」

「太郎殿は苦労なさらなかったので?」

「フラれた事ならあるよ。」

「そ、それは・・・申し訳ない。」

「綺麗な女性に言われるとなんか凹むなあ。」


 少しだけ空気が和んだ。マナほどの効果が無いのは仕方がない。

 そのマナは珍しくなにも喋らずに聞き手に回って・・・いない。蜂蜜を食べるのに夢中だ。


「おめーの考えはそれでいいが、少なくともこの場所でしか通用しないぞ。」

「それは知りたくもないけど理解しているつもりです。力関係を無くしたいのは本心だけど、結局は誰かの傘の下にいないと生きられないって人は何処にでも存在しているから。」

「なんだ、もしかして解ってて言ったのか?」

「解りたくも無いですけどね。グリフォンが大人しいのも、ポチがいつまでも俺の傍に居てくれるのも、それなりの力関係が有ったからと言うのは自分では信じられない事です。でも、俺がもっと弱くて、一人ではどこにも行けず、歩くこともままならないようだったら、誰もここまで付いてこないでしょう?」

「太郎殿は時としてとんでもない事を平然と言いますな。我々が試されているような気がする。」

「そんなつもりはないけど。そうなっちゃうのかなぁ。」

「なるほど、半分は自分に言い聞かせているのですね。」

「それは、そう。自分が強いなんて過信しても良い事は無いから。」

「タローはめちゃくちゃ強いぞ?」

「そのわりには、なんかいつも負けるか引き分けの様な気がするんだよね。」

「我より強いのは我が保証するぞ。」

「グリフォンに認められるというのも想像の外壁を突き破ってるのですが。」

「俺が言っている事を皆が真剣に聞いてくれるというのも力関係だからね。」

「それは仕方のない事では?」

「それも、そう。俺がこの世界で自分を保つのに必要な強さってどのくらい必要なんだろうって、考える事が何度かあってね。」


 それを言うと少し考える。どんなに熟知した素晴らしい意見も、立場が変われば耳も貸さない。そんな事は太郎が元居た世界でも日常の様に有るのだから。


「太郎がどう考えているのかと言うのは、横に置いていいんじゃない?」

「うん。」

「いいんですか・・・。」

「うん。」

「命大事に生きていくとします。」

「うんうん。」

「・・・で、結局どうなるんだ。」

「うん?」


 ごちゃごちゃとした荷物の所有者の質問だ。


「俺達は何処に住めば?」


 もうこの話題から逃げたいと目で訴えている。


「ここの二階が客人用の宿泊スペースがあるのでしばらくそこにお願いします。」

「荷物はいちいち上げるのがめんどくせーな。」

「鍜治場はオリビアさん達に頼んで建設してもらう予定ですけど、細かい部分が判らないので来るのを待っていたんです。完成したらそっちに住んでもらえるように部屋も作りますよ。」

「うむ。俺を呼び付けたんだから期待してるぞ。」


 期待すると言うのなら太郎の方がもっと期待しているだろう。何しろ鉄製品の製造のみならず、様々な武器や防具のメンテナンスもしてもらえるのだ。

 重い荷物を背負って二階へ向かう姿を眺めていると、カールが疲れたように息を吐き出した。


「じゃあ・・・解散で良いか・・・な?」


 何となく締まらない終わり方になってしまったが、この村に住む以上はみんなが仲良くして欲しい。常に生死の境に身を置くような危険は御免被りたいし、住人同士の諍いなんて見たくもない。これから、この村がどう発展するか、一番重要なカギを握っているのが自分であるという事を再認識して、太郎はしばらくそのまま座っていた。






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