第117話 コルドーの調査団
『ホントにそれで良いの?』
『構いません。』
尻尾を激しく振っているので、良いんだろうけど、匂いがするって言ったらそのまま名前になるなんて・・・。これじゃあうどんの二の舞だよ。
『この子達は?』
『え?』
そんな輝く瞳で見詰めないでくれるかな?
面倒だなんて言えないし、俺の子供にだって名前が無いのに・・・。
この子達オスで良いんだよね?
よし!
『ケロイチロウとケロジロウで。』
『どっちが?』
『うっ・・・こっちがイチロウでこっちがジロウ!』
「チーズとケロイチロウとケロジロウか。」
名前を繰り返したポチが俺を見る。なんでワルジャウ語で言うかな。
ネーミングセンスなんてないんだよ。
ケルベロスがケロちゃんって呼ばれてる漫画を思い出しただけだよ。
うん。
で、どっちがどっちだっけ?
『チーズみたいな匂いがしたんだよ・・・。』
『アレは母乳の匂いだぞ。』
『だよね・・・。』
決まった名前を呼び合っているケルベロス一家とは反対側に九尾の子供達が勢ぞろいしている。お前らいっつもみんな一緒に居て仲が良いな。
ちなみに、名前だけは共通して理解しているのは、そういう世界だからとしか言えない。俺だって理解できないんだからそう思う事にしている。
こうして九尾で俺の子供達が叫んだ。
「ちちうえさまー。」
「おれたちにもー。」
「わたしたちにもー。」
「なーまーえー!!」
「くださいっ!!」
そりゃ当然そうなるよな。こいつらからしたら後から来た獣の方が名前があるなんて許せないもんな。しかも俺の子供だし。一晩考えた結果がこちら!
ハルオ 春男
ハルマ 春馬
ナナミ 七海
ナナヨ 七代
ナナコ 七子
翌日の朝に子供達に伝えると、飛び上がって喜んでいた。
スズキをとるかミカボをとるかは子供達に任せる事として、俺は逃げた。
疲れた・・・。一応漢字も考えたけど、一気に5人ってツラすぐる。
一応俺の使っていた日本語での文字も教えた。
人名は種族固有文字で全く問題ないしな。
名前を付けられているという意味で第一号のケルベロスが感想ではなく、俺の苦労を労ってくれた。一晩中唸ってたんだから少しは心配になる。あーモフモフが気持ちいい。
「そう言えばミカボナナハルって漢字で書けるって言ってたな。」
「九尾の国は太郎の世界と似てると、太郎が言ってただろ。」
「うん、かなり似てるっぽいね。建物の外観とかもそうだったし。話を聞いてもそうだったし。」
「ところで・・・。」
「うん?」
「スズキでよかったのか?スズキタじゃないのか?」
「あー、それは考えたんだけど、別に俺はスズキタ一族を守る気は無いからなあ。純血で最後の一人って事は、どう考えても守れないしな。」
「そんなもんでいいのか?種族とかって大切にするもんじゃないのか?」
「ポチにしては珍しく突っかかるな。」
「そういう訳じゃないんだが・・・。」
「ポチは同族が来たんだから大事にしろよ?」
「え、あ、うむ・・・。」
なんか妙にハッキリしない返事だな。
子供達がケルベロスの子供達と外で駆け回っている。
いつの間にか賑やかなのが当たり前になってきた。エカテリーナは参加していないが、マナも走り回っていて楽しそうだ。きっと燃やされる前のマナもこうやって過ごしてたんだろうな。
たまにはのんびり過ごそう。このまま昼寝でもするか―――
「太郎様。」
「うん?」
寝ようとして閉じた瞼を持ち上げると、そこにはシルバがいた。
「まだ数時間後になると思いますがコルドーからの一団がこちらに向かっています。」
「え?なんで?」
「理由までは分かりませんが、目的地がこちらなのは間違いないです。」
世界樹が大きくなったと言っても山を越えるほど大きくはない。見付かるにしてもまだ早すぎる。それにコルドーとは一悶着してるからあまり関わりたくない。というか、殺してるしなあ・・・思い出したくない。
「みんなに言った方が良いな。」
「私から伝えますか?」
「いや、俺が行くよ。」
そう言ってベッドから離れて、掃除をしているエカテリーナはそのままにして、出発直前の兵士を呼び止める。人数が少ないのですぐに広まると兵士達は緊張した面持ちだ。
子供達はあんまり理解していないが、マナとチーズは俺の傍に寄ってきた。
「どうするの?」
「出来れば穏便に済ませたい。目的がマナの可能性が一番高いけど、どうしてこんなに早く気付かれるか理由は分からないから、もしかしたらただの訓練で遠征しているだけかもしれない。」
チーズはまだワルジャウ語を理解しておらず、ケロイチとケロニも当然の様に分からない。ポチが説明してた。
「あれ、グリフォンってどこ行ったの?」
「あいつなら倉庫が涼しいとか言ってそこで寝てるぞ。」
「いや、寝るって言ってもそんな何日も寝てるの?」
「知らん。」
ですよね。まぁ、出てきても困るからそのままで居て欲しいけど・・・ちゃんと説明しないといきなり現れて殺しそうだ。
倉庫は建設がかなり進んでいて、もう完成寸前だ。石で補強した階段を降りると、目の前で人の姿で寝てた。それも仰向けで。
「幸せそうに寝てるなあ。」
「そりゃあ、私の木の傍だしね。」
「そうか、確かに一番安心して寝れる場所かもね。」
俺達が近づくとグリフォンは勝手に起き上がった。目を擦ってかなり眠そうだ。
「どーした?」
「コルドーからの一団がこちらに向かっているそうだ。」
「殺す?」
「ダメ。」
なんで不満そうに口を尖らすの。
「我の本分は守る事だぞ。タローの為ならそのくらいする。」
「そうだろうけど、今回はダメ。」
「じゃあ・・・どうしたらいい?」
「寝てて良いよ。」
「つまんないなぁ。」
「そのわりには幸せそうに寝てたじゃん。」
「世界樹の許だからな。」
「でしょう?」
マナがドヤ顔なのは可愛いけどそんな場合じゃない。グリフォンがここに居る事がバレる方が問題なんだけど、安心し過ぎて忘れてるな。
隊長代理が俺に声を掛ける。
「太郎殿。」
「はい?」
「ダンダイル様にお報せした方がよろしいのでは?」
「伝えたところで何も出来ないと思うよ。むしろ何事もなく終われば報せない方が良いと思う。」
「世界樹の事を広められるのも困ると思いますが。」
「それは何度も考えた事が有るけど、結局はバレるからね。」
「では、戦いますか?」
そっちが本命だろうな。
「準備はしても良いと思うよ。戦いたくはないけど。」
「承知いたしました。準備だけは整えておきます。」
「うん。」
兵士は直ぐに階段を駆け上がって他の兵士に報せている。もともと戦う覚悟を持ってきているのだから、兵士達にとっても本分とか本望とか言えばそうなるだろう。
作業を中止し、子供達をペンションに集め、エカテリーナがまだ食事を終えていない兵士達の分の料理を慌てて作っている。
一団がこちらに到着する頃には、午前中は終わっていた。
川向うに軽武装の男達が集まっている。ここまで来るのに何日かかったのか知らないが、コルドーの一団らしき男衆が世界樹を指差して驚いている。当然の反応だとは思うが、こちら側から丸見えという事は、あちら側でも丸見えなのだ。
どす黒い土が一部剥がされていて、畑も有るし家も建っている。一番大きな建造物は倉庫だが世界樹の方が目立っていて気にしている様子はない。
「調査しているみたいね。」
「豆粒にしか見えない距離なんだけど。」
川を渡ろうとはしていないのでまだ様子を見ているが、隊長代理が俺に確認してきた。
「川まで行きますか?」
「出来れば渡らずに帰ってほしいしなあ・・・。でもここじゃ話も出来ないし、仕方が無いから川まで行くか。」
兵士達とポチ以外はこの場に残留させ、川に近づく。俺は特に緊張はしていなかったが、兵士達の表情はそれぞれに緊張しているようだ。相手の顔もはっきりと見えると、向こうから反応が有った。
「我々は、コルドーより来た調査団、代表ザイルだ!」
という事はこの場合に返事をするのは俺ではない。
隊長代理が俺の顔を見たので肯く。
「我々は、魔王国の遠征訓練隊で隊長代理のゴースルだ。要件を聞こう。」
この人の名前はじめて知ったわ。
それに、遠征訓練隊って名目だったのか。
全く気にしてなかった・・・。
まぁ、いいか。
「この土地は中立だ。いちいち許可など必要ないと思うが?」
「そうなの?」
ぼそっと発した俺の問いに、近くの兵士が教えてくれる。
「世界樹が燃やされる以前はそうだったらしいです。今は誰も近づかないので放置されている状態と同じですね。」
「なるほど。」
「その後、なぜか魔王国が管理する事で話し合いが付いたという事なんで、我々がここに居るのに問題は無いのです。」
「じゃあ、あの人達は?」
代理がコルドーの兵士達に応じる。
「管理を任されている我々の質問には答えるべきだ。軍事的行動であるのなら看過できん。」
「我々には関係のない他国との条約だろ!」
「なんで?」
ぼそっと発した俺の問いに、再び近くの兵士が教えてくれる。
「あの国が新しいからです。」
「そっか、燃やされた後に出来た国だったね。」
「そうです。」
代理が更に何かを言おうとする前に、コルドーの兵士達は向こうの代表の号令で川に侵入した。流れはそれなりに早い川だが、慎重に歩けばそれほどでもない。子供でも川遊びできる程度の緩やかな箇所も有るからだ。
兵士が代理に問う。
「応戦しますか?」
「まだ駄目だ。それによく見ろ、あいつらはかなり疲弊している。殆ど休憩らしい休憩をしていないんじゃないか。」
そう言われてよく見ると、服は汚れているし、顔色もあまりよくない。寝不足の者もいる様子で、たいした流れではないのにふらついている者もいる。
兵数はほぼ同じだが、戦う前に勝った事を確信した代理が言った。
「あいつらが剣を抜いてからでも余裕だ。上陸するまで待て。」
代理の推察はものの見事正確で、川を渡り切った兵士が両手を地に付いて休んでいる。もうヘロヘロだ。
「わ、我々の邪魔をするのなら戦うことになるぞ?」
肩で息をしながら、そう言ったコルドーの代表が剣を抜こうとした・・・あっ、ポチ!?
「うわっ?!」
双方の驚きを無視して、ポチが丁寧にコルドーの兵士を一人ずつ叩き潰し始めた。
「な、なにを・・・こいつケルベロスだぞ!?」
「ちょ、まっ・・・。」
コルドーの兵士達が逃げ惑いつつも川の流れの所為でうまく逃げれない。
「ポチ、やめっ・・・え?」
止めようとしたが隊長代理が俺を制止する。
「太郎殿、ここはポチ殿に任せましょう。」
「いいのかなぁ?」
「ケルベロスが頭の良い魔物と言われるのは、ちゃんと状況を把握して対応するからですよ。」
ポチが倒せば魔王国の兵士が責任に問われる事はない。ポチは俺の仲間だし魔王国とは関係のない立場だ。コルドーの兵士達からしてみれば直接魔王国との戦闘は避けるべきで、戦うのなら最低条件引き分ける。それが不可能なら可能な限り接触するべきではないのだ。その上で魔物にやられたとなれば責任を逃れる理由には十分だ。
そこまで考えている・・・と思う。
「まぁ、あの様子だとイチャモンを付ける気満々できたのでしょうけど、人選を誤ったとしか思えませんね。」
戦う気満々だった代理のセリフとは思えないな。
傍観しているうちに、コルドーの兵士達は戦意を失ってバラバラに逃げている。川向うまで逃げた兵士が再び集まる。ポチもそこまでは追いかけず、戻ってきたポチが俺の傍ぴったりにくっ付いて座った。
頭を撫でると尻尾をすごい振っている。
忠犬みたいだな。
しかし、飛沫が周りに飛んでるんで尻尾振るのやめてね。
「調査団と言っていましたけど、あいつらはどうしてこの場所を、しかもこの時期に来る事になったのか、その方が気になりますね。」
代理の言う事は尤もだ。
「しかもやたら好戦的ですし。」
「戦力も調査対象なのでは?」
「あー、確かにそれもそうですね。それなら余計にポチ殿には助けられましたな。」
「ポチだけであんなにボコボコにされたらこっちに来ようとは思わないだろうなあ・・・。」
「我々の強さも未知のままで助かります。」
そういうもんか。
しかし、どうにかしてこのまま大人しく帰ってもらう方法は無いモノか。
いろいろと諦めて座り込んでいるコルドーの兵士達は、まだ帰る気はないようだ。何かを思案している様子も窺えるが、本当にただ疲労困憊なだけかもしれない。
まさかあのまま野宿しないよね?
困るなあ・・・。
困るけど、どうしたモノか。
名前考えるのって・・・大変だよね。
誰か助けてぇ・・・/(^o^)\




