第116話 狩りの獲物 (2)
村ではなく、まだ集落としての機能も出来始めたばかりの場所にポチ達は戻ってきた。道中何度もフラフラと倒れるので途中からは兵士が抱えていて、ポチよりも大きな体なので一人では運べず、二人でも辛く、四人でやっと持てる状態だ。何をされても苦情を言わず、暴れもせず、ただ運ばれている大きな体のケルベロスは、その時にメスだと判明したのだが、当然ポチは気が付いている。
「あ、おかえり・・・なさい?」
笑顔で迎えたのはエカテリーナで、軽い昼食の準備をしている。太郎に貰った本に書かれていた蒸かしたジャガイモが並んでいるだけの質素なもので、材料も調味料も不足している所為で味付けは塩のみだ。
それでも兵士達からの評判は上々で、塩だけだからこそ素材本来の甘さをより引き出している。既に食べ終えている他の兵士達が戻ってきたポチ達を見て駆け付けた。
「太郎殿は?」
「世界樹様と畑仕事をしているが、分かった直ぐ呼んでくる。」
数分後に現れた太郎は事情の半分も聞かないうちに、文字通り飛んできた。空中から降りてきた太郎を見たケルベロスのメスが、諦めたような表情になっている事に対してポチは説明しない。結果で理解すると思っているからで、その判断は正しかった事となる。
「解毒のポーションってどれだ?」
袋の中から次々と取り出すのだが、スーもカールも不在でどれがどれだか判らずに悩んでいる。兵士達も解毒のポーションの存在は知っているが使った事は無いという。
「我々には高級品なので、使う事が滅多に無いのですよ・・・。」
困っていると、マナがどこから取り出したのか自分の葉っぱを、倒れ込んで動かないケルベロスの口の前に突き出している。幼体のケルベロスがマナを見て唸る事も吠える事もしない。
「食べる力も無いの?」
ポチが応える。
「無理やり押し込んで構わないが、出来れば塗るとかかけるとかの方が良いと思う。」
「そうなの。」
マナが上顎を持ち上げて葉っぱを持った手をそのまま突っ込んだ。兵士達は驚いているが、太郎は驚かない。どちらかと言うと、葉っぱを食べさせている事の方に驚いているのだ。
「効果有るの?」
「さぁ?」
「・・・何で食べさせたの?」
「元気になる気がしたから。」
「分るの?」
「うーん、なんとも言えないけど、燃やされる前の私と今の私が何となく身体が違うのよね。」
マナの言っている事は誰にも理解できない。しかし、適当にポーションを飲ませるよりも効果はあるだろう。効果はまちまちと言われてはいるが、二日酔いに効くのは間違いないのだ。
「で、どうしたんだこれ。」
「大蛇に襲われたらしくてな。」
「皆は大丈夫だったの?」
「太郎殿のクロスボウを使わせていただきました。凄い威力ですね。」
「俺は威力が怖くて生物に向けて撃ったことは無いけど、命中したら犬の頭ぐらい吹き飛ぶってレビューがあったからなあ・・・。」
買った時は使うつもりで買ったが、この世界で魔法や剣術を覚えると使う価値が急激に下がってしまった。何しろ魔法の方が中る気がするし。
「あれ、子供も付いてきたの?」
「まずかったか?」
「問題は無いけど、言葉は?」
「太郎は話せるだろ。」
「そうじゃなくて、子供過ぎて話せないって事は無い?」
「あー、まぁ、良いとか悪いくらいは理解できるぞ。」
子供のケルベロスが二匹。母親にぴったりとくっ付いて震えている。実は太郎を見て怯えているのだが、その事に太郎は気が付かない。ポチはやっぱり説明しない。
『久しぶりだからちゃんとケルベロスの言葉になってるかな?』
震える二匹を見詰めて呟くと周りの兵士達もエカテリーナも耳を塞いだ。
『大丈夫だ、問題ない。』
『そうか。』
『お腹空いてるかな?』
『もう母乳は飲んでいないだろうから肉は食べると思うが・・・。』
『蛇肉と鹿肉だとどっちがいいんだ?』
『・・・血が多い方が良い。』
『じゃあ鹿肉だな。』
兵士達がバラバラにして運んだ鹿肉はまだ血抜きが終わってなく、本来ならここで血抜きをするのだが、持ち帰るのが不便で現地でバラしたという説明は受けていないが、太い木の棒に吊り下げられている鹿肉を見たら一目瞭然である。
一つを受け取り、二匹の子供の前にそっと置く。
『・・・凄い怯えてるんだけど、恐くないぞ?』
見詰められているので食べにくいかもしれないと思った太郎は、立ち上がって何も言わずにその場を離れた。
「た、太郎殿・・・。」
「うん?」
「今のは一体?」
「言語加護の事?」
「そ、それでケルベロスと話していたのですか・・・。」
「まぁね。俺の能力としては一番優秀なんじゃないかな。」
もっと凄い能力を持っているのだが、太郎にとってはどれも未熟で、言語加護についてもあまり理解していない。
「我々にはどれも凄すぎて訳が分からないですが。」
「俺も解らないからなあ・・・、とりあえず疲れてるでしょ?」
「え、あ、はい。」
「休憩したら倉庫の方を手伝ってもらっていいかな。」
「承知いたしました。」
翌日。
ケルベロスの親子は元気に溜め池の水を飲んでいた。そりゃ、もう、がぶがぶと。
「ポチより体がデカいな。」
「母親だからな。」
「元気になったらどっかいなくなると思てたんだけど。」
「ここの雰囲気の所為だろうな。凄く安心しているようだな。」
「ちっさいケルベロスはポチと出会った時よりも小さいな。」
「これから狩りを教えるところだろう。もしかしたら初めてでああなったのかもしれないな。」
「そりゃ気の毒なこった。」
自分の強さに見合った敵が出てくるゲームとは違うのだから、初めて出会った敵に食い殺されるのは自然の摂理ともいえる。あのケルベロス達は運が悪かったという事だろう。それにしても・・・。
「どうした太郎?」
「既にマナと子供の方が仲良くなってるぞ。」
マナが二匹の子供撫でまわしてニコニコしている。エカテリーナにも撫でられている。兵士達にも撫でられてる。完全に無抵抗だ。
「俺や太郎がやっても無抵抗だと思うぞ。」
「なんで?」
「そりゃもう、主従関係的に完全に下だからな。」
「誰の主従なんだ?」
「今回はどっちだろうな・・・直接聞いてみたら良いじゃないか。」
まだ名前の無い九尾の子供達がケルベロスを見て近付こうとしないのは本能なのかな。九尾の子供達はまだ名前が無く、特に俺が仕事をしている時に近づいたりはしないが、夜になると俺の寝室にやって来て一緒に寝るようになった。自分達の専用の家があるのに、寝るときは一緒なのでとても狭い。
そんな子供達が俺の傍まで集まってくる。
「こわくない?」
「恐くないよ。」
「噛まない?」
「それはわからないな。」
双子の子ケルベロスに近づく時俺の身体には九尾の子供が纏わり付いている。腕に足に肩に。近付いてくる俺を見上げているが、何故か泣きそうな表情をしている。なんでだ。
「まだ何も食べてないよな?」
「俺も食べてないぞ。」
「エカテリーナが遊んでいるくらいだから、すでに用意されてるだろ?」
「こいつらが気に成ってな。」
「・・・このケルベロスってメスだよな?」
「何をいまさら。」
「年上だよな?」
「そりゃそーだ。」
母親は子供二人がいろいろな人に触られているのを見て、凄く心配そうに見ている。流石に兵士達は自分達の領分を弁えているというか、仕事を優先している。いつもご苦労様です。
『恐くないからこっちおいで。』
『あ・・・う・・・。』
『ほーら食べ物だぞ。お腹空いてるだろ。』
昨日の鹿肉を目の前に置くと、母親の方が驚きつつ近付いてきた。その会話を聞いてマナは平然としているが、エカテリーナは耳を痒そうにしている。
『なんであなたはしゃべれるの?』
『言語加護だよ。てか、もう平気なんだ。』
『なんか良く分からない葉っぱを食べさせられてからすぐに良くなったわ。何なのアレ。』
『信じられるかどうか知らんが、世界樹の葉だぞ。』
ポチがそう言うと凄い吃驚しているようだ。そうか、それが普通の反応だよな。
『あの大きな木って世界樹なの?!』
『そうだ。助けてもらった上に世界樹の葉を食べたなんて経験は二度とないかもしれないな。』
母ケルベロスは俺の顔をじーっと見ている。凄く真剣な瞳で俺の心まで覗こうとしているようにも見える。
『貴方は良い主人を見付けたのね。こんな普人見た事ないわ。』
『俺ってそんなに変なのか?』
『俺が会った時はそうでもないが、今の太郎は変なんて常識跳び越えてるぞ。』
『え?』
しがみ付いていた子狐達が我慢しきれなくなってマナの方へ逃げた。そこにはエカテリーナもいるので安心だと思ったのだろう。ご飯くれる相手だしな。
おい、おかーさんって呼んだ奴、それだけはやめてくれ。
『俺の感覚が異常じゃなければ、マナよりも強く見える。それに精霊まで従えてるしな。』
『シルバの事か。』
スルスルっと風が纏わり付くと姿を現す。
『呼びました?』
ポチが耳をびくっとさせた。
『精霊って俺達の言葉喋れたのか・・・。』
母ケルベロスが吃驚して子供二人を庇うように腹の下に押し込んだ。ポチも吃驚している。まあ理由は違うが。
『全ての言語が理解できますよ。ただし文字は読めません。』
『へーっ・・・通訳してもらう必要はないけど凄いな。』
『普通はもっと驚くのですけど太郎様ですし。』
『太郎だもんなぁ・・・。』
『なんなんだ・・・。』
俺達を見守っているだけのマナ達が凄くつまらなそうに見ているので、解散したいがもう少し話す必要が有る。済まんが待ってて。
『とにかく元気になって良かった。』
『それは有り難いことだけど、なんで私達を助けたの?』
普人とは殺し合うのが日常の感覚だったのだが、この太郎と呼ばれる人にそんな感じは全くしない。むしろ、なぜか心が安らぎ闘争を忘れさせる。
『助けたのは俺じゃない。ポチとマナだろ。』
『お前に葉っぱを食わせた奴だ。マナは世界樹だからな。』
吃驚しすぎて鼻水を吹き出した。双子も吃驚してるぞ。大丈夫か?
『太郎、これが普通の感覚だ。ここは異常に満ち過ぎてるんだ。』
『この世界の常識はそれなりに勉強したんだけどなぁ。』
『太郎は存在が非常識だもんね。』
マナがケルベロスの言語を喋った。
『遂に普通に喋りやがったか。』
『ふふーん。ポチなんかに負けるわけないじゃない。』
エカテリーナと九尾の子供達が裏切られたような表情でマナから離れた。みんなで耳をもぞもぞとしている。
『じゃあ話が早いや、どうする?』
『住みたければ勝手にすればいいじゃない。』
『いいんだ?』
『ポチだってそれで良いと思ってるでしょ?』
『まぁな。むしろこれほど危険で安全な場所は無いからな。』
危険で安全?
『まぁ、後はお前達次第だが。』
『・・・宜しくお願いします。』
ポチより体のデカい身体が凄く低くなった。子供二匹もそれに倣っている。
『普通はもっと悩むんだろうけど、やっぱり太郎だよな。』
『太郎だもんねー。』
『おまえらなぁ・・・。』
知らない人が見たら確かに危険かもしれないな。知らない人が来るような場所ではないと思うが・・・。
こうしてケルベロス三匹が新しく加わった。
そして、こうも言った。
『ポチみたいな素敵な名前を私達にも下さい。』
『え?』
太郎の悩みも増えたのだった。




