第112話 家とトイレと水路
未だに足りないモノだらけ…
世界樹もすくすくと育っているようです
用を済まして戻ってきたナナハルが、鼻を摘まみながら太郎に苦情を言った。
「厠が汚いのはどうにかならんのか。」
「そう言われても水路がまだ無いから。」
「トレントに浄化させればよいではないか。」
「ウンコや小便も綺麗な水になるの?!」
「わらわの所は汲み取り式じゃが、畑の肥料に使った余りをトレントの近くの土に埋めておる。」
「あんまり変わらないのでは?」
「後は水路を作って川に捨てるぐらいじゃの。」
「水は俺が居れば困らないけど、やっぱり排水は必要だよなぁ・・・。」
太郎とナナハルの周りでは子供10人に何故かマナとグリフォンが加わって追いかけっこをしていた。兵士達は隊長が不在の間もいつもと変わらない日課で、警備と狩猟と材木の確保を行っている。
「家ももっと必要であろう。」
「材木はなんとか集められるけど建築技術が・・・。」
「この家はしっかりとできておるではないか。」
「これは設計図通りに作ったから何とか。でも、特殊な材料が不足していて同じモノを作れないんだ。」
「特殊な?なんじゃそれは。」
「釘とか蝶番とか。」
「あー、なるほどの。じゃが、しっかりと組み立てる方法は他にもあるぞ。」
「凹凸を作って組み合わせるやつでしょ。知っているけど知識も技術も無くて。」
宮大工の様な技術が有る事を知っていても、到底真似が出来るとは思えず、太郎としては専門の人が来る迄諦めていた。
「仕方ないのう・・・子供達用に家を持ってきておるが、子らが大きくなれば家は必要になるでのう。」
「持ってきた?」
「圧縮魔法じゃ。ついでに所望しておったコメも持ってきておる。」
「じゃあ、すぐに水路も作って水田も作らなきゃ。」
ナナハルが凄く不安そうな表情で地面を蹴っている。
「しかし、こんなに硬くて大丈夫なのか?」
「剥がせばマンドラゴラの畑が作れるくらいは大丈夫。」
「これを剥がすのか?」
「そうだけど・・・俺はクワで剥がせるから。」
「いったいどんなクワじゃそれは・・・。」
そのクワを取り出すのに、自分の寝室のベットの横にある袋を取ってくる。その間にナナハルは遊んでいるグリフォンを呼び止め、この地面が剥がせるか試していた。
「硬いけどなんとか剥がせる。」
「その姿でも流石はグリフォンの爪じゃな。」
「で、どれだけ剥がす?」
「あそこに見える川までじゃ。」
「・・・あんなの何日かかるかわかんないゾ。」
絶望に近い感情を表面に出したグリフォンは、鍬を持ってそばまで戻ってきた太郎を見ていると・・・。
「なんで人間の力でそんなに簡単に剥がせるんだ???」
「これ、神様から貰った道具なんだよ。」
「はへ???」
「なんとも、太郎と子を作って良かったと強く思ったぞ。」
「我は子を作れん・・・・。作れる?作れない?うーーん。」
妙な事で悩んでいるグリフォンと、笑顔のナナハル。いや、あの、話を脱線させないでくれませんか。
「それより家ってどんなの?」
「何処に出せばよいかの?」
とりあえずペンションと隣接するようにして、溜め池の近くに出現させてもらうと、家と言えば家なのだが、これどこかで見たような建物に似ている。六角堂かな?・・・違った、これは五角形だ。屋根もしっかりしているし、扉も小窓も付いている。
高さがざっと3.5メートルくらい、中は畳10畳分くらい。高床式で、太い柱が5本飛び出ている。
「わらわがあの土地に住み始めた時、一人で作ったモノじゃ。」
「凄いなぁ・・・。」
「材料もすべて現地調達じゃ。今のお主と同じで鉄が無かったから全て木材じゃよ。」
「これ何日かかったの?」
「半年くらいじゃな。まぁ、その内の4ヶ月くらいは近くに木が無かったから取りに行く手間じゃ。」
近くに使える木材が有ればもっと早く完成するって事か。それにしてもこの五角形の家、見た目通りしっかりとした造りに成っている。手触りも良く、妙な温かみも感じる。
「子供専用の家はこれで何とかなるかな。」
子供なので成長すれば事情は変わるだろうが、今の姿なら広いだろう。
「十分じゃよ。」
「それにしても、かなり昔に作った奴なのによく腐らないね?」
「今はトレントで出来ておるよ。」
「ああ、張り替えたのか。」
「そうでなければもっとボロ小屋になっておるじゃろ。」
「トレントって木材として優秀なんだね。」
「強度の割に軽く、加工し易く、腐り難い。虫も付き難いし、食器に家具に何でもござれじゃ。」
「なるほどね~。」
などと感心している場合ではなかった。トイレ問題と水路問題を解決する為に、どす黒い土をグリフォンと二人で剥がし、邪魔な土を兵士達に運んでもらい、空からマナに、地上からはナナハルに、掘り進める方向を指示してもらいながら、排水路の工事を急いだ。しかし、一つ不安と言うか気になる事も有る。
「これ排水って事は排泄物も川に流しちゃうのか。」
「・・・何を当り前の事を言っておるのじゃ?」
そりゃそうだよな。汲取と水洗が混在してたし・・・、川で立ちションしている姿も無かったわけじゃないし。魔王国の治水は凄かったという事か。
「そんなに気になるのであれば、溜め池に魚を飼うと良いぞ。悪食の魚がおるでの。」
「なんて魚?」
「ササガキと言う小魚じゃ。成長が遅い魚なんじゃが、大きくなると水草に卵を産み付けてどこかへ行ってしまう不思議な魚じゃ。」
「聞いた事の無い魚だけど、溜め池だと何処にも行けないんじゃない?」
「その場合は卵を産まぬ。どういう訳か川と繋がっておらんとダメなのじゃ。」
野生動物の嗅覚か、それとも水の流れを知っているのか。生態の謎は俺の居た世界でも多かったから気にする事じゃないかな。むしろ考えるだけ無駄な気もする。
「とりあえずすぐ捕まえられるのかな。」
「川に行けば簡単に捕まるから、暇な時に子供を連れて獲りに行くとよい。」
そんなこんなであっという間に数日が経過する。その間ずっとナナハルは滞在していたが、流石に自宅や畑などの手入れをする為に戻らなければならない日が近づく。
「雨が降らなくて良かったのう。子供達もすっかり太郎に懐いたし、わらわも安心して帰れるぞ。」
昼食にはナナハルが持ち込んだコメを炊いておにぎりを作ってくれた。懐かしい味に思わずホロリ。まだ名前の無い子供たちも集まって食べている。
兵士達にも好評で、狩りに出かけるときに一人一つずつ持たせると喜んで受け取っていた。唯一不評だったのはポチだが、これは仕方がないと思う。何しろボロボロとこぼしてしまうので食べにくかったのだから。
「これで味噌汁と魚と漬物が有れば・・・。」
「贅沢を言うでない。ぬか漬けであれば今度持ってきてやろう。」
「マンドラゴラのぬか漬けかぁ・・・。」
「それも贅沢な漬物じゃの。」
いつの間にか仲が良くなったエカテリーナとグリフォンが仲良くおにぎりを食べている。マナは珍しくポチの面倒を見ていて、普段はスーがやっている事をマナがやっているのを見て、やはりお姉さんなんだなって思う。見た目は何故かどんどんロリ化していくんだが。俺、別にロリコンじゃないぞ。違うぞ。
天気が良すぎるので昼食は世界樹の作る日陰で食べている。世界樹が成長して自然に黒い土が剥がれているので、むき出しの土には雑草も生えていて、そこにレジャーシートを敷いている。これは俺が元の世界から持ってきた奴だ。
「そういやなんで雨が降らないんだ・・・?」
晴天なのは当たり前で、この時期だからなのか、雨の少ない土地なのか、スーが不在だと不明な事が多い。
そこに、スルスルっと不思議な風が発生した。
「何奴じゃ!」
「何者だ!」
ナナハルとグリフォンがほぼ同時に気配を感じ取って警戒する。
「呼んでないのに現れたね。」
「そんな冷たいことをおっしゃらずとも。」
「シルヴァニードではないか・・・。そう言えばわらわの家に現れた時も不思議な感じがしたのじゃ。」
「何だコイツー?」
そう言いながら自慢の爪でシルバの身体を切り裂こうとして、腕ごとすり抜けている。いや、そんなに何度もやらなくても。途中から遊んでるな?
「風の精霊じゃ、お主程度では勝てんよ。わらわも勝てぬが。」
「初めて見たぞ。コイツがそうなのか。」
敵意は感じないので警戒を解くと、子供達を自分に寄せた。その半分は太郎に寄っている。
「今は太郎に従属してるもんねー。」
マナの言葉にナナハルが驚いている。あの時のフーリンさんそっくりの表情だ。こんな顔は見たくなかったな。それを無視して話し始めたのはシルバだ。
「早速ですが、雨が降らないように風で雨雲の位置をずらしていました。」
「え?」
「それはもの凄くマナを消費するような事ではないのか?」
「太郎様から頂いておりますのでマナに不足はありません。」
「お主は本当に無尽蔵じゃな。」
そう言われても減った気がしないから困る。もっとすごい魔法を使えば減るのだろうけど、そんなすごい魔法は想像したくない。
ナナハルはいきなりの事で理解が遅れていたのか、優秀な男との子をもうける事が出来た事を、じわじわと、しみじみと、実感していた。
「・・・やはり、太郎の子を産めたのはわらわにとって最高の出来事じゃ。」
「すっごい照れるんだけど、優秀かどうかは保証できないよ。」
「じゃが、産まれた時にどれだけ潜在能力があるかはとても重要じゃよ。」
「成長力とかも重要でしょ。」
「確かに成長するかどうかも重要じゃが、結局は伸びしろが無ければ意味は無いでの。」
また話が脱線した。
もぐもぐと食べているおにぎりも数が減ると遠慮するようになる。そうしたら子供達が食べれば良いと思っているのだが、子供達は指を咥えているだけで食べない。
こういう事は俺の常識では知らないが、気が付いてやらないと今後とも困るだろう。親の許しを必要としている時を。
ナナハルが何も言わなかったのは、立場がどちらが上であるかを態度で示す為だ。既に教育は始まっていたのだ。
「子供達で食べていいよ。ちゃんと仲良く分けてね。」
一斉に手が伸びる。残り僅かのおにぎりを子供達がどうやったら正確に10等分できるか悩んでいる。太郎は見ればわかる事だが、こういう時に教えるのも教えないのも、教育だ。・・・こんなに難しい、子育てと教育は。
「しかし・・・なんて言うか、これほど父親って言う実感が無い父親ってなんだかなあ・・・。」
するとナナハルが両手を広げてこちらに見せる。何の合図かと考えようとしたところに、子供達が一斉に押し寄せた。
「父に沢山甘えておくのじゃぞ。」
「はーい。」
10人が一気に飛びかかってきて太郎はもみくちゃにされた。
誰だ耳舐めた奴!
口に指を突っ込むな・・・。
ご飯粒が付いたままで・・・べとべとになるぅ・・・。
股間を踏むなぁぁぁぁ!
太郎は誰にも邪魔される事なく、たっぷりと子供の愛情を受け取った。
ちなみに、子供が3人増えていた事に、太郎は気が付かなかった。




