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第107話 訪問者

 この土地に残留する事が決定した訳では無いが、とにかく色々な物が不足している。一番の問題は食糧だ。

天気の良い早朝に、どす黒く固まった土を引っぺがして作った畑の前に居る。


「生で食べてもいいモノなんだ?」

「塩漬けにしても美味しいわよ。」

「へ~。」


 それはシルヴァニードから貰ったマンドラゴラの種だ。その為の畑を耕して種を蒔くのだが、傍で見ているのはポチとマナだけだ。

 スーと隊長は森の調査に向かっていて、兵士もほとんど残っていない。エカテリーナは自ら家で留守番すると宣言した。留守番と言っても一人ではなく、夜勤明けの兵士がベッドで寝ている。


「ここが終わったら私にもね!」


 世界樹ともマナの木とも呼ばれている・・・あれ、いつの間にこんな大木に?長旅でイロイロとダメージを受けていたから、大分縮んでいた筈なんだが。


「解放感かな?急に伸び始めてるのよ。」

「なんでマナ本人が解らないんだ?」

「木の成長は私自身である程度制御できるけど、今は何にもしてないわ。フーリンの家で根をはってた時も特に何もしてなかったけど、あそこでは伸びなかったのよねぇ。」


 種を適当に撒いて水をかける。畝は有るがこれで正しいのか分からない。何しろ農業知識なんてないからな。

 じんわりと良い汗をかいて作業を終えると、ポチとマナとのんびりと歩きながら世界樹へ向かう。根元の部分は黒い土を捲り上げていて、モリモリに盛り上がっていた。高さは俺の3倍はもう超えたかな。枝葉が伸びていて、射し込む光を遮る。


「青々としていて葉っぱもなんか綺麗だな。」

「ほら、お水ちょ―だい。」

「えっと・・・どっちに?」

「もちろん私じゃなくてこっちよ。」


 なんか言葉だけ聞いているとややこしいが、大木として育ちつつある世界樹の根元にたっぷりの水をかける。何でポチとマナまで水を浴びようとしてるのカナ?


「天気の良い日に水浴びって楽しくない?」

「まぁ、否定はしない。」


 ポチも水を欲しがるのでがぶ飲みさせたら、飲み切れずに鼻から水が出た。ケルベロスでもそんな事あるんだな。激しいクシャミを三連発。俺の顔に飛沫(しぶき)が飛んだ。


「こうしてるとなんか旅が始まった最初の頃を思い出すな。」

「1年ちょっと前よ、そんな昔話をするみたいに言われても。」

「俺にとってはかなり昔だけどな。」

「そういえばポチはあとどのくらい大きくなるんだ?」


 お座りのポーズをさせると、俺の顎に頭が届くくらい大きい。


「最終的には九尾くらいに・・・。」

「そんなに?!」

「成れたらいいなあ、と思ってる。」

「ポチがそんなに大きくなったら食べるモノにも困るぞ。」

「肉ばっかり食べるもんね。」

「美味しい肉を知ってしまったからな・・・。死肉でも生肉でも食べるが。」

「グルメに目覚めたのか。」

「グルメ?」

「美味しい食にうるさい人の事さ。そうなってもらうと流石に困るけど。」

「太郎と一緒に居るから分からない。俺と同じヤツがどう食べて、どう成長しているのか。」


 俺もポチと同じ姿をしているのはポチの親しか知らない。死んでしまったので埋めたのも思い出の一つだ。辛くても悲しくても、忘れてはいけない事は有る。


「ケルベロスという種族自体が想像とは違うからな。」

「どんな想像なんだ?」

「頭が三つ有って凶暴で地獄の番犬って言われてる。」

「頭は三つもいらないが地獄の番犬って響きが良いな。」

「地獄ってなーに?」

「天使がいるし悪魔もいるくらいなんだから、地獄とか魔界とか天界とか、こことは別の世界と繋がってるとかってないの?」

「さぁ・・・?フーリンじゃないとちょっと分からないわね。ただ、少なくとも天使はそこら辺でウロウロしているだけで天界に行くとかって話は聞かないわねぇ。」

「じゃあなんで天使っていわれてるの?」

「空をウロウロしてるからじゃない?」

「そんないい加減な・・・まぁ、無い事も無いのか。」


 変に納得しかけた時、エカテリーナが鍋を叩いている音が響く。


 ぐ~


 俺はまだ、朝飯を食ってなかった。





 スー達は出発前に軽い食事で終わらせていて、残った俺達の分をエカテリーナが作っていた。もう安心して任せてもいいかな。早いかな?


「タロウ様、あの本の通り作りたいんですが、材料が足りません・・・。」

「それは仕方ないなー。卵とか特に入手しにくいもんね。定期的に食糧を運んでもらえるといいんだけど、それでも新鮮なモノは限度があるから。」

「運んでもらえたり出来るんですか?」

「俺は個人的にならデキるかな。飛んで行けば良い訳だし。」

「この辺りの空って怖い鳥がたくさん飛んでるって言われませんでしたか?」

「よし、諦めよう。」


 あまりにもあっさり言うのでエカテリーナはあっ気に取られて何も追及できず、そのままいつも通りの肉とパンとスープになった。

 節約しつつ食べ終えると、マナはいつも通り俺にべたべたしてくる。最近は俺の膝の上に座って抱き付いたまま動かなくなる。寝ている筈はないのだが、人形のように軽く、呼吸もしないので、本当に人形のようにも思える。熱いワケでもなく冷たいワケでもなく、それでいて柔らかく、抱き心地は良い。エカテリーナがいなければ少しくらいエッチな事もしたくなる。モミモミ。


「タロウ様。」


 皿を片付ける為に近寄ってきたエカテリーナが食器を入れるタライを床に置いて太郎に近寄る。


「なに?」


 椅子に座っている俺よりも低いので、耳元で何か言おうとしてつま先立ちになるのと、俺の腕を掴んでバランスを取ろうとしている動作が可愛い。無節操と言われても、可愛いモノは可愛い。

 マナを横目で見ながら太郎の耳元で囁く。


「私はいつでも良いので、好きな時に夜伽(よとぎ)に呼んで下さいね。」


 胸と股間が熱くなる。

 そんな俺の表情を見て頬にキスをしてからテーブルの食器を片付けると、いそいそと水場へ向かった。

 ・・・誰だ、夜伽なんて言葉を教えたのは!


「うどんさーん、お水お願いしまーす。」


 トレントのうどん。

 何だこれ。

 気に入られてしまったので今更変更はきかない。

 困ったものだ。

 うどんはエカテリーナの要望に応えるように、枝葉から水を出す。まるで水道の蛇口だな。お湯はでないが、そこそこ冷たくてかなり綺麗な水が出るのおかげで、いつの間にか兵士達も愛飲している。その水・・・お風呂で使用した後なんだけどね。俺も試しに飲んだが浄化力が凄いのか、元の水質が良いのか、俺が出す水と遜色ないほど美味しい。

 これだと自画自賛にも聞こえるな。

 うどんから溢れ出る水でタライから零れるほど溜まり、鼻歌まじりでガシャガシャと荒縄を使って皿を洗う。

 遠目で眺めつつ、ふと思いつく。


「マナの魔力はどのくらい戻った?」


 寝たフリをしているだけなので話しかければ返事は直ぐに来る。


「そこそこね。」

「前みたいに植物の成長とか頼んでいい?」

「良いわよ。どれを育てるの?」

「とりあえずマンドラゴラかな。」

「種から発芽させるの?」

「うん。」

「綺麗に並べてないから成長させるとモコモコになるわよ。」

「もこもこ?」

「適当に撒いてたでしょ?」

「一応、畝からはみ出さないようにはしたはず・・・たぶん。」

「大木になる訳じゃないし、蔓芋とも違うから、収穫しにくくなるかも。」

「どうせ全部収穫するし、良いんじゃないかな。」

「わかった。」


 [ぴょん]と効果音が聞こえてきそうな感じで太郎の膝から跳び降りると、太郎の腕を掴んで、皿洗いをしているエカテリーナの横を通り過ぎ、マンドラゴラの畑に向かう。

 

「どのくらい大きくするの?」

「兎獣人の所で見た畑ぐらいで良いんじゃないかな。」

「りょーかい。」


 マナがどうやって植物を急成長させているのか、理解できるはずも無いが、そのポーズは必要なのかな?元の世界で見たアニメのように、腰を上下に動かしながら、その動きにリンクさせて両腕を上げたり下げたりしている。

 あれ、いつの間にかサンダルのようなモノを履いている。そんなの持ってたっけ?


「これ?これは私の魔力で生成されたモノだからワンピースと同じよ。」

「へ~、便利だねぇ。」

「太郎だって出来るようになるし、太郎が作ったモノは太郎の魔力が途切れても残り続けるんだから、太郎の方が凄いのよ。」

「そう言われればそうなんだけど、今のところ水と泥しか残ってないからなあ。」 


 そんな会話の間に、マンドラゴラが土の中で膨らんでいるのだろう。畝がもこもこしてきた。


「ホントにもこもこだな。」

「だから言ったでしょ。規則正しく種を蒔かないとこうなるのよ。」

「普通は発芽しない種とかも有るから、同じところに何粒か入れるんだけど・・・そうか、全部発芽するんならこうなるワナ。」


 小さい畑に蕪のような葉っぱが茂っている。繁り過ぎ!


「生で食べてもいいんだよね?」

「うん。」


 葉っぱの付け根には白いモノが見える。掴んで引っこ抜くと、大根と人参と蕪を足して3で割ったような不思議な根菜が出てきた。


「ホントはもっと痩せ細った感じなんだけど、ちょっと成長させすぎちゃったかな?」


 マナの説明を聞きながら自分で出した水でマンドラゴラを洗う。綺麗になったのを確認して・・・がぶり。


「結構甘みがあって美味いな。」

「マナの回復も感じる?」

「ん~・・・全く。」

「やっぱり加工しないとダメよね。」

「でも、このままデモ美味いって凄いな。」

「あっちの世界でも野菜も生で食べてたけど不味かったの?」

「手塩にかけて育てると美味しくなるんじゃないかな。ドレッシングも種類が沢山あるし。これ切って細かくして塩かけてもいいかもね。」

「うん。」

「でも・・・。」

「でも?」

「こればかり食べたら流石に飽きるかもね。」

「私は平気だけどねー。」


 その時、緩やかな風が俺の周りに纏わり付くように流れたのを感じた。


「あ~、この風の流れはシルヴァニードね。」


 スルスルっと風が一ヵ所に集まる。小さなつむじ風が出来るとそこには上半身だけのシルヴァニードが現れた。


「世界樹様の復活おめでとうございます。」

「最初から復活してるんだけどね。」

「そうでしたね。太郎様も・・・お元気そうで。」

「元気というか・・・なんか疲れにくい身体になったみたいで。」

「魔力が漲ってますね。」

「漲ってるの・・・?」

「マンドラゴラももうこんなに・・・色々とありがとうございます。」


 なんか・・・妙に見詰められる。


「なんでそんなに太郎を見ているの?」

「それはですね、太郎様が数千年どころか一万年以上ぶりの到達者になりましたので。」

「到達者?」

「はい。」


 いったいどういう事だろう・・・?

 何に対して到達したのだろう。

 上半身だけのシルヴァニードが俺の目の前に手を差し出す。それが何の意味なのか、まだ分からない。






マンドラゴラと言うと・・・


根っ子が人の形をしている・・・


と言うのが主流っぽいですけどこの世界ではほぼ蕪の仲間みたいな感じでお願いします\(^o^)/


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― 新着の感想 ―
[一言] トレントのうどんから水が出る… こうまとめてみると… 「トレントのうどん」が「トレントの(作った)うどん」なのか「トレントの(ような見た目の)うどん」なのかわからなくなるが名前とは想像しに…
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