番外 心配している男
調査は手分けをして行い、特に見る必要の無い所まで全てが終わった。蜘蛛は何処にも存在せず、安全は確認された。唯一隊長が睨み続けている場所にはどのくらいの蜘蛛がいるのか。慌てるほどではないが急いで戻ると、微動だにせず、隊長がそこにいた。
「・・・一時間か。」
低く鈍い声だ。相当疲れているのだろう。
「何か変化はあったんですか?」
カールが言うと隊長は小さな火の玉を放つ。その先にの薄暗い空間が明るくなった。
「うわ・・・。」
「きもちわる・・・。」
声も出せない兵士がいる。それは障壁に張り付いた蜘蛛でビッシリだからだ。
「交代しろ。」
カールが隊長の前に出て障壁を張り直すと、隊長が姿勢を崩した。倒れなかったのは流石だと思う。なにしろこの一時間、一人で障壁を張り続けていたのだ。マナの消費も激しかっただろう。カールは少しこの隊長を見る目が変わったが、個人の力量が優れているからと言って、隊長になる器とは関係がない。
兵士が隊長にマナポーションを渡すとすぐに飲み干した。
「これを片付けんと終った気がしない。」
「確かにそうですが、どうするのです?」
「物理障壁で押し返す。」
なるほど。
「マナポーションはまだあるか?」
「予備で2本持ってきました。」
「上出来だ。一つはあいつに渡してやれ。」
障壁を張る俺にマナポーションが手渡される。片手でマナをコントロールして障壁を支え、片手で受け取る。
「いいか、交代で張りながら蜘蛛共を奥に圧すぞ。」
「隊長はマナの総量に自信がおありのようですね。」
「お前ほどじゃない。」
戦闘関連は優秀なのは事実かな。
これは後日知る事だが、隊長は指揮能力が無いのではなく、指揮するより自分でやった方が早いのと、武勲を独り占めして稼ぎたがっていたのだ。疑問は有るがそんな事は聞く気も無い。
足元をちょろちょろと通り過ぎて良く小さな蜘蛛を無視して進む。小さいのが漏れてしまうのはマナの消費を節約するためなので仕方がない。
「よし、小さいのはお前らに任せる。」
それは後ろに控えている兵士達に言った事で、小さい蜘蛛なら拳程度なので足で踏み潰せるが、それを態々剣で突き刺している。多分足が汚れるのを気にしているのだろう。
交互に障壁を前に圧し出し、蜘蛛を圧し続け、奥の大きな空洞の手前まで来ると、あの気持ち悪いほど太い足が見える。巨大蜘蛛の身体には小さな蜘蛛が纏わり付いていて、常に動き回っている。
巨大蜘蛛の全てが見える様に火の魔法を放つと、それは一体だけではなかった。
「1…2…3…4、5、6匹・・・。」
それは絶望に近い声で、豪胆で鳴らしていた隊長も、困難さと悔しさで歯ぎしりしつつ唸り声を出した。
「流石に無理だ。1匹ならまだ対処の仕方が有ったがなあ。」
カールの口調はあまりにも軽すぎて、事態の重さとはマッチしていない。
「こちらに来れないのだから少しずつ引き寄せて攻撃すればいいだろう。」
「その間に子蜘蛛にやられますよ。」
「うぐぐぐ・・・。」
「しかも地中蜘蛛じゃないですからね、あいつら。」
「土蜘蛛はまだ解るが砂蜘蛛は砂漠に棲んでいる筈だろ、それがどうしてここに。」
「しかも共存しているとは珍しい。普通なら居住権を争って戦いになる筈だが。」
「砂蜘蛛も土蜘蛛も、元は地中蜘蛛なんですから不思議はないでしょう。」
カールが当たり前の様に言う。
「落盤させて地中に埋めてもあいつらは穴を掘ってどこかに出て来ます。このまま放置するのもあまりヨロシクは無いが・・・。」
「一匹だったらどう対処するつもりだったんだ。」
「足を切り落としますね。」
「どうやって?」
「どうやってって・・・接近して剣で斬りますよ。俺の魔法じゃちょっと斬れないんで。」
「蜘蛛って動きが早い筈じゃ・・・。」
「横の動きは僅かに鈍いから回り込んで一本ずつ。まぁ、今そんなことやったら囲まれて捕食されて終わりますけど。」
「捕食?」
「レッドボアでもオークでも関係なく喰いますよ。村人が全て喰われた事件とかあったなぁ・・・頭蓋骨以外全て喰われてて、気持ち悪かったな。」
隊長以外の兵士はその話を聞いて鳥肌が立ったようで、腕を手で何度も擦る様子が見られた。
物理障壁で侵入を防いでいるのもそろそろ限界が近い。諦めるという選択肢しかないカールにとっては無駄な時間が続いている。僅かな隙間から入り込む小さな蜘蛛を剣で突き刺している兵士は、色々な意味で既に限界だった。
足の踏み場が無くなりそうなほどの死骸の数に、気持ち悪く響く音、そしてドロドロと死骸から流れ出る体液が異様な匂いを発する。
「やはりこの辺り一帯を崩落させて、一時的な侵入を防いだ後に専門家に任せた方が・・・。」
それを聞いた隊長が怒鳴る。
「お前は馬鹿か。俺達がその専門家だろうが。」
それはその通りだとカールは思ったが、気が弱っている兵士の言う専門家とは冒険者達の事だろう。蜘蛛退治のエキスパートはそれなりに存在する。
ここは兵士の為にも助け船を出す事を考えたカールがその言葉に添える。
「専門家に任せる前に兵士が傷つき倒れたら隊長の責任問題になるのでは?」
意外な程、その一言が隊長に重く圧し掛かった事で、行動は決定した。
とにかく侵入させないためにも坑道の一部を封鎖―――崩壊させる。蜘蛛連中に他の通り道が有るのなら態々掘り進めてくる事はないだろう。
残念だがそれ以上のことは出来ない。
本来なら、安全であることが証明された後に再び鉱夫達が仕事をする予定なのだから、破壊して使えなくしてしまうような事が有ってはまずいのだ。
巨大蜘蛛が何処の穴から侵入して行動の近くまでやって来たのか、それを調査する必要もあるだろう。
塞げば終わりではなく、その後の事も考えているのはカールだけではないようだ。
「他にも鉱山が在るとはいえ、ここは主力だ。少しでも可能な手を打っておく必要が有るな。」
隊長が呟くように言ったのは、手柄を立てられないまでもマイナス査定になる原因を減らしたいのと、このまま帰る訳にはいかないという宣言でもある。
「大きいのが入ってこないというのも塞ぐだけで済むというのは有るが・・・。」
ブツブツと独り言の様だがその声は大きい。
結局、隊長が指示したのは、居住区まで後退して、坑道を小石で埋めるという、至ってシンプルなものだった。しかし、隙間なくビッシリ埋めるには意外と時間が掛かる。補強する為に持ち込まれた支柱の木材も使って意外と綺麗に組み込む兵士達を手伝いながら、蜘蛛が近寄らないように魔法で何度か吹き飛ばす。
洞窟内の所為で時間は解らないが、小腹が空けばだいたいの時間が分かる。すでに4時間近い時間が経過していて、活動するのも限界が近い。穴を塞いだ所為で蜘蛛は近寄れないが、空気の通り道は無くなってしまうのだから、息が苦しくなる。
「隊長の存在が余計息苦しいな。」
と、思わず呟いてしまったが聞こえなかったようだ。作業を腕を組んで見ているだけの隊長は、終わるまでは動かない様子で、少なからずとも責任を感じているようだ。
穴を塞ぐ作業をした兵士は4人で、他の兵士は既に外に出る様に指示している。狭いので大人数の意味は無いのだから、ハッキリ言えば何もしていない隊長がここに居る意味も無い。
30分かけて穴を塞ぎ、足やスコップで固める。
もうここに用は無いが監視の為の人員も必要だろう。一人を残して・・・独り残されそうに成った兵士が隊長に目で訴える。
「ワカッタ、分かった。今日はお前らの事が良く分かった。」
そう言って二人残し、交代用の人員も指示し、見回りの為の人員まで細かく指示した。あまりにもテキパキとした指示だった事に兵士が驚いている。
「何なんだお前ら・・・。」
坑道の外に出ると素晴らし過ぎる晴天に思わず深呼吸する。風も心地よい。
不機嫌な隊長が何も言わずに兵士達を一睨みして、一列に並んで撤収となった。
その後の鉄鉱山がどうなったか俺は知らない。報告の義務は隊長にあり、まだ一般兵と言う下っ端の俺には関係のない事だ。
関係ない事なんだが、何故俺はココに呼ばれたんだ?
「大変だったようだな。」
「上司に対して・・・という事でしたら。」
「蜘蛛のことだ。」
「あの蜘蛛が地上に出たら大変な事になると思いますよ。」
「・・・地上なら戦えるか?」
「冒険者に任せた方が良いと思います。」
「そういう訳にもいかんのだ。」
「あの鉱山周辺は民家など無かった筈ですが?」
「鉄の価格が変わってしまうのを避ける為だ。」
「・・・確かに、そうですが・・・。」
「冒険者側で考えればお前の言う方が正しいのを理解しているつもりだ。」
「ダンダイル様の指示ですか?」
「俺にそんな権限はない。ただ、言えば影響は出るだろうな。」
「俺、特別扱いされてませんよね?」
「特別に大変なところへ行ってもらう。」
「・・・。」
カールはダンダイルに気に入られるようなことをした記憶は無いが、確かに扱いは特別だった。本来ならどこかの部隊に所属し、そこで数年はのんびり(?)と活動する予定なのだから、出動予定の部隊に直接配属されるのは出向と似ている。
「数年ぶりの大型新人だからな。すでにあちこちで話は出ていて欲しがる奴も多いのだ。」
「俺を、ですか?」
「そうだ。」
「確かに魔物退治は得意ですけど、俺よりも活躍している連中は五万といますよ。」
「軍人としても訓練はしているが、得意分野が有ると軍人に成りたがる奴は少ないのだ。」
「そんなに酷いので?」
「はっきり言うと酷い。魔物退治もそうだが、勇者対策が全く進まない。」
「もしかして、いずれは勇者に俺をぶつけるおつもりですか?」
「戦った事が有るのかね?」
対勇者のギルドからの募集で参加した事は有り、当時のカールは遠くからダンダイルを見ていた。ダンダイルが一人一人把握している事は無く、そこに居たとしても気付かないのは当たり前だろう。
「全力で逃げます。」
「まぁ、そうだろうな。」
「傭兵を何度も募集するくらいですから・・・それにしても、そんな話を俺なんかにしてもよろしかったのですか?」
「良くはないな。だが、お前は末端の兵士にしては強過ぎる。それは自覚できただろう。」
テーブルの上にある紙を一枚、カールに見せる。
「お前を欲しがる部署と、やってもらいたい任務の数だ。」
その紙にはびっしりと文字が書き込まれていて、目の前の人物の名前も署名されている。
「冒険者として十分活躍したお前だ。こうなることぐらい想像できただろう?」
「暫く辺境に居たかったんですけどね。」
「辺境は同時に最前線だと思うべきだったな。」
「た、確かに・・・。」
「とりあえず上から一つずつ潰すとしようか。」
拒否権などある筈の無いカールの行き先は決まった。
魔王国領内を7日毎に場所を変え、行く先々で魔物退治の最前線に立たされた。ダンダイルの期待を裏切る事なく活躍している報告が届き、その中にはいくつかの問題も含まれていた。
それはカールが所属部隊の隊長の命令を何度も無視している事で、結果的にカールが正しかったとしても、それでは規律も統制も取れなくなってしまう。カールが活躍していると言う噂ではない事実が兵士達に広まると、カールが来た部署では隊長の話を兵士達が聞かなくなっていた。部隊を抱える隊長からその上司に話が伝わり、消極的に苦情がダンダイルに届けられていた。
そんな時に魔王国では大事件が起こる。
帰還して休暇を貰ったカールが軍用酒場で仲間と呑んでいて、いつの間にか大人数の呑み会と愚痴合戦の中、新しくやってきた兵士の言葉に驚きを隠せない。
「ワンゴが捕まっただと?!」
カールにお近づきになりたいと思っている兵士が、酒の肴として持ってきた話題に、予想以上の反応が返ってきて驚いている。
「ああ、何でも以前にかなり有名だった美人の冒険者が捕まえたらしいぞ。」
美人に反応したのは一緒に呑んでいる兵士達だ。
「そんなに美人なのか?」
「ちょっと我儘そうだが美人は間違いないゾ。」
「ほう~。名前は解るのか?」
「流石にそこまでは・・・でもダンダイル様が関わっているという・・・これは噂だがな。」
「ワンゴ級の大盗賊が捕まったという事は生きて捕まえたんだよな?」
「城の一番奥の特別収容所と言うところに居るらしい。」
「そんなのが在るのか。」
「過去の犯罪者の殆どがそこで死ぬまで閉じ込められるって言う場所だ。」
「結構な国家機密じゃないのか、それ。」
「下っ端の俺達には関係ないさ。」
「むしろなんで知ってるんだ?」
「ワンゴが捕まったのは街中で大騒ぎになったぞ。大捕物になって、ワンゴだけじゃなく手下も沢山捕まったしな。」
「それは参加したかったな。」
帰還したばかりで話しか聞けないカールは本気で悔しがる。ワンゴは冒険者達にも悪名が轟く超有名人で、何故か普通の魔物退治もする変わった男だった。
そしてその腕も間違いなく一流と言われる男が、誰に捕縛されたのか・・・。
酒の席とは思えないほど真面目な表情になったカールは、酔いも綺麗に冷めてしまい、せっかくの休暇を利用して事件について調べる事にした。しかし、緘口令が布かれてしまい美人の冒険者がスーという事を知っただけに留まる。
スーは引退した筈だ。借金で首が回らなくなって奴隷落ちした事までは知っている。貴族の玩具にされていた事も。ついでにスーを買って抱いた事も有るが、その時のスーは既に自覚を失っていて、人形の様な存在だったが。
道具屋で働いているスーを知って遠くから見ていた事は誰にも言わない秘密で、その時に謎の男が一緒に居る事も知ったが、その男については全く分からなかった。
道具屋は美人のフーリンと言う女性が経営していたが、この人も素性が解らない。
「なんかこれ以上調べると身の危険を感じるな。」
カールが休暇を潰してまで得た情報は、冒険者の時代と比べるとはるかに少ない。ギルドに行っても得られなかったのは軍人になったのを知られて嫌われたからかもしれないと思ったが、実際は誰も知らないという事だった。
ただ、水で溺れたとか、草に捕まったとか、意味の分からない情報まである。フーリンと言う女性については知らなければ良かったと後日後悔する事になる。
番外編は続きます...




