第103話 目指す先は
出発した太郎一行は、先頭がダンダイルに選ばれた兵士達30名。列の中間より後ろに、太郎、ポチ、マナ、エカテリーナ、スーの順番で続き、最後尾はこの小隊の隊長だ。そして兵士全員が犬獣人で、約半数は太郎に訓練でボコボコにされた経験を持っている。
その所為も有って、太郎殿と呼ばれていて、何も知らないエカテリーナは軍隊さんに尊敬されている自分のご主人様を素直に喜んでいた。ハズかしいからやめてね。
出発を前に集められた兵士達はフーリンの家の真正面で整列していて、何をするのにも軍隊式でビシビシと動いていたが、町を離れて周囲の人がいなくなると少しだらけてきた。訓練してた頃の感じに戻ったという方が正しいかもしれない。
「一応他の者がいる前ではダラ気ないように訓練していますが、いつもそんな調子では疲れてしまいますよ。」
と、隊長の説明。
この隊長、実は初めて会う。訓練していた当時は別のところに配属されていたのだが、ダンダイルが引っ張ってきたという。茶色と金色が混ざった様な髪の色をしている、名前はカール・チャライドン。なんでも元冒険者だというのだ。そういう理由なのか面識は無いがスーの事を良く知っていて、ワンゴとの関係も全てではないが少し知っていたらしく、あの事件を調べていたがなかなか情報が得られなかった事まで話している。
「詳しく知りたいんですかー?」
「今はもう諦めているが、あのワンゴの処刑は行なわれていない。しかも、ずっと牢屋に閉じ込めていて外に出る事も許していないとか。」
「そうなんですねー、それにしてもチャライドンって名前どこかで聞き覚えが。」
「そりゃあ、あんたより長く冒険者やってたからな。勇者討伐の依頼の時に名前はあったはずだ。」
「あー、女性を3人くらい連れて歩いてた人でしたかー。」
「変な覚えかたされてるなぁ・・・。今はもう真面目にやってるんだ。」
「そうそう、思い出しました。女性とギルドでよく口論になってた人ですねー。見るたびに違う女性を連れていたような気がします。」
「それ、もう十年以上前の話だからな。」
え、この人の年齢って・・・三桁ですか。見た目の若さはジェームスさんとそれほど変わってないのになあ。しかし、考えてみればスーも三桁か。
「俺の話題より、ダンダイル様に言われたから食糧関係を一切持ってこなかったんだが、どこにあるんだ?」
荷物らしい荷物と言えばスーが背負っているリュックのようなモノと、エカテリーナがそれの2サイズぐらい小さい背負いカバン、カジノで手に入れた魔法の袋と、俺の背負う大きな袋だ。今回はちゃんと帯剣していて、スーとエカテリーナも剣を身に付けている。もちろんエカテリーナの剣術は未経験に近い。持っているだけという割には高級品過ぎる。
ポチは武器が必要ないし、マナなんて持ちたがらない。身が軽いのでいつの間にか俺の肩に座っていた。
兵士達はきっちり着込んでいるが長旅用の軽鎧で、軽量化が施された半分木製半分鉄製の盾もハーフシールドより少し大きいぐらいだ。しかも腕にではなく背負っている。剣は魔王国軍で配給されている普通の鉄の剣で、これはエカテリーナが持って歩くには重い。兜は最初から身に付けていなかった。
「なにが食べたいですか?」
「何がって・・・あぁ、あの店で以前に売り出していたリンゴを食べてみたいが今あるのか?」
「ありますよ。」
「・・・そのくらいの大きさなら魔法袋で十分ですよー。」
「ん?・・・あー、これカジノの目玉商品じゃないか。」
「大勝ちしたんで手に入れたんですよー。」
「あぁ、ちょっと前のワンゴ事件の時の原因になった奴か。」
「これが主な原因って訳では無いですけど、まあ大体そんな感じです。」
会話のおかげで歩き疲れるという感覚は鈍く、これほど長く歩くのが未経験のエカテリーナはポチの背に乗せた。マナならスーの肩に乗ってるよ。流石にあのカール・チャライドン隊長の頭の上に移動はしなかった。しようとはしてたけど。
昼食は無く、陽が沈む前に到着してしまったが、初日なので計画している森の入り口手前で野営をする。こんな大勢で野営をするのはダンダイル達と移動したときにも経験しているが、今回は馬車が無い。
どうするのか不思議そうに見ている兵士達の目の前で、太郎は袋の中からあり得ないほどの量を出している。
「なんじゃこりゃー?!」
もちろん魔法袋というモノを知らない訳では無いが、34人と1匹の一回分の食糧をゴロゴロと出しているのだ。受け取る兵士達が驚いている。
「これ乾パンじゃないぞ、柔らかい。干し肉じゃない、調理済みの肉だな。水も魔法で?どうなってるんだ・・・。」
事前にダンダイルに言われた事は、包み隠さず行動しろという事だった。兵士達は信用できる者を選んでいて、むやみやたらに口外する連中ではない事と、知っている人が少しでも増えた方が太郎の心の安定につながるそうだ。
まぁ、隠し続けて生きるって結構大変だもんな。
「閣下が太郎殿を信用する理由が分かる気がするぞ。」
俺ってそんなに信用されてたんだ・・・そうか、そうだよなあ。今の状況は信用とか信頼がなければ成立しない計画だもんな。
スープを作っているのはエカテリーナで、鼻歌まじりに料理をしている。スーが後ろで腕を組んで見ているが、なにやら複雑な感情が入り乱れているようだ。
太郎に褒めて貰えた事がとても嬉しかったのは、初めて料理を作ったあの日。太郎はどんなに不味くても笑顔で食べると心に決めていたが、そんな心配は全く無く、むしろ料理に慣れた人のような味だった。具の大きさには多少のばらつきが有ったが、気にするレベルではない。そして、その日の夜にエカテリーナは太郎から貰った物を今も大事に持っている。それは―――
「凄く綺麗な絵ですね。見ているだけでお腹が空きそうです。」
「これは写真って言うんだ。レシピも書いてあるけど、こっちの世界で日本語が読めるのはマナぐらいだしなあ。」
太郎が日本語を読み上げると、それは勝手にこの世界で理解される言語に変換される。エカテリーナは太郎に言われるままに聞いた言葉を文字にしていた。食材や調味料など、入手困難どころか存在しないものも有り、もちろん奴隷時代の所為で解らない言葉も多かったが、そこは太郎が丁寧に教える。太郎の個室のベッドでマナとポチが寝ている横で二人は夜明け近くまで作業を続け、一冊のノートに纏めた。そして、原本となるその料理レシピ本はエカテリーナの、大切な、大事な、宝物と成った―――
スープは兵士達の心も体も温めている。そのスープはスーとエカテリーナの二人が兵士達に配っているのだが・・・何故かエカテリーナから受け取る兵士達は笑顔が多かった。スーは事務的に渡しているが、エカテリーナは笑顔で渡しているからだ。お代わりも受け付けていて、スープはあっという間にカラになった。
食事が終わればまったり休憩タイムだが、兵士は交代で見張り番をする。火は消して、七つのテントを用意する。もちろん出発前にダンダイルから受け取った遠征用のテントで、組み立ては簡単で雨風さえ凌げればよい。テントの一つは太郎達専用で、兵士達から見れば男一人に女が3人もいる贅沢なテントだ。
「火を消してよかったの?」
「明るいと魔物が来る可能性も有りますからねー。まぁ、マナ様が居るので問題ないと思いますが。」
そんなもんか。
兵士達は周囲を見回り、その日の夜だけでなく、その後の数日間も魔物に遭遇する事は暫く無かった。森の中は大きな木が多く、その中を進むと少しずつ道は登り始めた。前方に大きな山が見えてくると、ここでやっと道中の半分くらいだそうだ。
「ここから先は我々も滅多な事が無ければ行く事の無い領域です。」
「魔物が出るからですか?」
「いえ、行く必要が無いからです。遠征訓練で来るのもココ迄で基本的には引き返します。ある意味未知の領域ですね。」
世界樹が無くなってからこの先の道を行く冒険者もいなくなり、整備をする必要も無くなった為に、どこが道なのかも良く分からなくなっていた。
このルートを使って移動するとハンハルトにそのまま行けるし、ガーデンブルクにも行ける。ただし中間に休憩するような場所はどこにもなく、山頂付近は雪も降る。魔物の種類も豊富で、魔物同士でも争ったりするような危険極まりない場所だから、世界樹の有ったところに存在した町はかなり重要だったのである。その所為で旅人が世界樹を目指すようになったのだが、それも今は昔の話である。
低木が増え、草は減り、土の露出する場所が多くなる。その日の天候は最悪で、雨も冷たく、風も強い。フーリンに作って貰った地図では、山の中腹に横穴が有り、横穴の中に小川が在るのでそこで休憩できるらしいが、直線ルートで目指すにはかなり外れるそうだ。それでもこの天気の中でテントを張るのは無理が有るので、そこへ向かう事になった。道中巨大熊や爬虫類のような魔物とも遭遇したが、この冷たい雨で相手も敵意は無く通り過ぎていく。
やっとの思いで到着した洞窟は、既に巨大蛇が棲みついていたが、兵士達が強引に引き摺り出し、何故か3枚に下ろされていた。何故に?
洞窟の奥は数メートル進むと行き止まりになっていて、その壁からは水が滲み出ている。ひんやりと冷たい水で蛇の肉が綺麗に洗われている。え、これ食べるんですか?
びちゃびちゃに成った服を乾かすには火が足りないので人数分の着替えを出しているのだが・・・。
「先に飯にしてくれないか。とにかく腹が減ってしまって。」
元々風呂に毎日入る感覚の無い世界だ。特に冒険者とも成れば一ヶ月風呂に入らないとか普通だ。スーでもそれは普通の感覚らしく、なまじ綺麗にし過ぎると臭いが気になって困るといわれるのは、なんとなく理解できるが。
蛇の肉の塩焼きは凄く美味かった。ただ塩で焼いただけでも脂がのっていて鰻を食べている感覚に近かった。隊長の説明ではかなりの高級品で滅多に食べられないとのこと。
「必死で捕まえてただろ?滋養強壮にも効果が有るから、人気の食材なんだ。まぁ、この人数だと・・・もうないのか。」
全長10メートルぐらいあった蛇は、兵士とエカテリーナの手でコマ切りにされた後、串を刺して焼いた残骸だけが残っていた。
腹が満たされれば着替えて、テントを張る必要が無いので入り口だけに見張りを置いて、洞窟の外はものすごい風と雨が吹き荒れているが、内部では皆がのんびりと休憩している。目的地までは目で見える距離らしいが、この天気では見えない。
暴風雨は丸三日続き、休憩も充分過ぎるほどに回復したが、それは魔物も歩き回る危険な場所となった。
快晴の夜明けに見おろした景色の先には、黒ずんだ平地が見える。
「あれが目的地だ。」
隊長の指し示す先は、まだはるか遠くにあった。




