4-11 悪魔の詩 ②(済)
決着。少し短いです。
魔王領……特に魔王城周辺に住む魔族達は怯えていた。
魔王城の一部を吹き飛ばして天に昇る、黄金と漆黒の二柱の光。
晴れることのなかった、ぶ厚い怨念の雲を貫き、魔族達の大部分が初めて見る青空を呆然と見上げた。
だが、その後に続いたのは、雲の上で瞬く黄金の輝きと、黒い稲妻と嵐……。
そのうちの一つが落ちただけで、山の一部が砕け、丘が消え、森は障気溢れる腐海と化した。
魔族達は恐怖した。それはまるで物語で聞いた神々の戦いを思わせた。
魔王領に残された全員が外に出て、雲の上で行われている“天上の戦い”を一言の声も漏らすことなく見上げていた。
そして、魔王城の上空の雲が全て黒く染まり……魔族達はその光景に絶望の表情を浮かべ、世界の終わりを予想した。
***
何者も見通せない“黒”の中を、私は黄金の翼を広げて黒い嵐を突き抜ける。
ただ【彼】の元へ……。
私の想いを伝えるために。
『…ッ!』
黒嵐と黒光を突き抜けて現れた私に、【彼】が咄嗟に牙を剥く。
【彼】はまだ私の【魔神】の力を警戒している。
接近戦のほうが得意なはずの【彼】が遠距離戦をしていたのは、“人型”しか取らない私に【魔神】で接近された時、何をしてくるのか分からなかったからだと思う。
私もそれを望んでいた。【魔神】の力は魔法戦に特化しているように思えたからではなく、私自身の力で【彼】に迫れることを見せたかったから。
それに、私は別の理由で【魔獣】モードを温存していた。
『ッ!?』
【彼】の牙が私に振るわれた瞬間、私はネコに変わる。
ごめんね。魔界でずっと【彼】と共に過ごした懐かしい姿に、振るわれた牙が一瞬だけ躊躇するように震えた。
その一瞬の間に【彼】の懐に飛び込んだ私は“人型”に戻り、そっと獣の鼻先を両手で包んだ。
少しだけ息を吸う。真っ直ぐに【彼】の瞳を見る。
「……私はあなたのモノよ、……【凜涅】……」
出逢った時からそう思っていた……。
凛凛しい涅色……。それが私が贈った、【彼】の名前。
『!』
名を付けられた衝撃で【彼】……リンネが硬直している。
彼に【名付け】出来るのは、【人】の属性と【悪魔】の魔力を持つ私だけ。
悪魔に名を付けることは互いの魂に名を刻むこと。リンネほどの悪魔に【名付け】たために、私の全身に激痛が走った。
それでも今、気を失う訳には行かない。
私だって、こんな状況の今しか言う機会がないっ。
私の時間に“永遠”があるのなら、それをリンネにあげる。
……だから、
「……リンネ……私のモノになりなさい」
その瞬間、荒れ狂っていた黒い嵐と黒い光が、消し飛ぶように消えた。
ゆっくりと……上空数千メートルの青空の中を、力尽きたように私達は落ち始めた。
『……お前は…とんでもない奴だな。……ユールシア』
思っていたよりも長く硬直していたリンネが、呆れたような……優しい声を漏らす。名前を呼ばれることが少しだけくすぐったい。
「~~……ごめん」
勢いに任せて、とんでもないこと言っちゃった気がする。
今更ながら顔がすっごく熱いです……。
『無茶をする……。何故、人型に戻った? 悪魔の本体のままなら、それほどまで衝撃は受けなかったはずだ』
「……うん」
今も身体中が結構痛いです。でもね……。
「リンネには知って欲しかったの……。私は悪魔だけど、【人】の心と身体も持っているの。どちらも“私”だと分かって欲しかった」
どちらも本当の私だ。どちらかなんて選べない。
……まぁ、人の身体のほうが慣れているから便利なんだけど。
そんなことを考えていた私を、リンネはジッと見つめて軽く息を吐く。
『そうだな。……お前は【魔神】……。もっとも自由な悪魔だ』
何者にも縛られない悪魔とリンネは言った。……でも偶になら拘束してくれてもいいのよ? 急に物わかりが良くなって戸惑ってしまう。
言えば調子に乗りそうだから言わないけどねっ。
でも【魔神】って何なんだろう……。感覚的には分かるようになってきたんだけど、なんか……しっくりこないな。
『……俺はお前のモノだ……ユールシア』
それは【名付け】と同時に魂に刻まれた“誓い”の言葉。
「私はあなたのモノよ……リンネ」
その言葉は私の魂にも刻まれた。
空が明るくなる。ぶ厚い雲が晴れていく。
怨念と障気で生み出された雲は、私達に畏怖するようにほころび、消耗した私達に吸収されてすべて消えていた。
***
魔王の拠点……直轄国ギステスに残された住人達は、全員が空を見つめていた。
黒い嵐が消えて、黒く染まった雲が元に戻り、魔王城の上空に開いた雲の穴から、暖かな太陽の光が柱のように降り注いでいた。
魔族達は目撃する。
その光の中をゆっくりと降りてくる、巨大な黒い獣を従えた、黄金の翼を広げた一人の【天使】の姿を。
『……………………………………………………………………』
魔族達は呆然として【天使】を見つめる。
それが雲より降りた時、数千年も晴れたことのない雲が、浄化されるかのように消えていった。
初めて見る、遙か彼方まで続く青い空。
無限の恵みを与えてくれる、暖かな太陽の光。
魔族は人間に裏切られ、僻地に捨てられ、祈っても救ってくれない【神】を呪って生きてきた。
人間も【神】の名の下に魔族を“悪”として、憎しみと暴力を向けてきた。
魔族にとって、神は“敵”でしかなかった。
神は存在しない。そう信じていた魔族達は、この日【天使】を目撃する。
魔族の老人が、無言のまま静かに涙を流していた。
魔族の子供が誰に教えられたのでもなく、天を仰ぎ跪いた。
魔族達はこの日……待ち望み諦めていた、【魔族の神】が降臨したのだと悟った。
『え……私、あく』
『魔神だろ?』
『………』
ここまであげたかったのです。では、また。
ツッコミお待ちしております。





