4-10 悪魔の詩 ①(済)
今回はみんな真面目です。
私の目の前にあるのは、金属製の大きな扉。
まるでゲームのラスボス前にあるような、レリーフが彫られた両開きの大扉だけど、「ていっ」
たぶん魔術で封印されていたみたいだけど、指で弾くとパチンと静電気のような音がして向こう側にゆっくりと倒れていった。
「………」
そこに広がっていたのは、巨大な地下空間。
左右を削ったようなさらに下に続く階段……。その階段が続く数百メートル先に大きな大きな魔法陣が見えた。
その魔法陣の上に………
カツン…カツン…と、岩の階段を黒のローヒールが踏む音が響く。
慌てずに……ゆっくりと歩く。慌てる必要はどこにもない。私達を邪魔できる存在なんて、この地にはいないのだから。
階段を下りながら、私の視線は魔法陣を見つめる。
『…………』
魔法陣の上から、身を起こした、夜よりも【暗い獣】が無言のまま私をジッと見つめていた。
カツン……ッ。
階段の最後の一段を下りて、私は【彼】にそっと微笑みを向ける。
「もう身体は平気……?」
私の声が生き物がいない空間に響くと、【彼】の銀色の瞳がわずかに細くなる。
『……悪魔に肉体など関係ない。そんなことさえ忘れたか?』
「そうね……」
私は再び歩を進めて、魔法陣に足を踏み入れ。
「久しぶりだから、忘れていたわ」
ニッコリと笑みを浮かべると、【彼】がわずかに牙を剥きだした。
笑っているのか、怒っているのか……きっと両方。【彼】の表情を理解できるのは、たぶん私くらいじゃないかな?
彼の周りには魔族の物に見える複数の衣服が、まるで中身がそのまま消えたかのように散乱していた。
食べたんだ……。私が近づいてくることに気付いて、この地下空間にいた者達の魂をみんな喰らったんだ。
魔族の魂なんて、美味しいのはあまり居ないのに……。
やっぱり、……“本気”なんだね。
『お前を俺のモノにする』
きっぱりと【彼】は自分の“欲望”を口にする。
「………うん」
私は【彼】の欲望を否定しない。悪魔の欲望を否定しない。
ここまで真っ直ぐに求められる言葉を聞くと、胸が熱くなる想いがした。
「私は、私の好きにする」
私は【彼】の瞳を真っ直ぐに見つめながら、自分の“欲望”を言葉にした。
【彼】の欲望は、私を自分のモノにして魔界に連れ帰ること。
『私』の欲望は、人の世界で自由に生きること。
どちらの欲望も身勝手で、私達は互いに妥協点を探ろうともしなかった。
なぜかって……?
「悪魔同士の“我が儘”に、……その是非に言葉はいらないわ」
私の白目の部分が“黒”に浸食され、瞳の色が血のような真紅に染まる。
紅水晶の牙と爪が迫り出し、背中から黄金のコウモリの翼が広がる。
それに応じるように、ローヒールが先の尖ったピンヒールに変わり、脹ら脛丈のドレスが足下まで広がって防御力を高めた。
『お前を喰らい殺してでも連れ帰るぞ、……ユールシアっ!』
人型の悪魔に変じた私に、【彼】の【言葉】が神霊語の圧力となって襲いかかり、それを私は正面から受け止める。
「あなたが勝てば、私を引き裂き、首を引き千切って魔界に帰りなさい。でも……私が勝ったら、好きにさせて貰うわ」
その言葉を皮切りに、私達二人から迸るように“魔力”と“障気”が溢れて、巨大な地下空間を振るわせると同時に、腐り果てた【魔界】へと変えた。
「さぁ、はじめましょう」
悪魔同士の愚かな意地の張り合いを。
その時……私の浮かべていた表情は、これまでで一番、悪魔らしい晴れやかな笑みを浮かべていたと思う。
***
「ウ、ホ!?(な、なんですの!?)」
魔王城を中心に起きた“地震”は衝撃波のように広がり、魔王領全てを振るわせた。
わずか数秒……地震とは思えず、殴りつけられたような衝撃が過ぎると、魔王領に生きる全ての生き物は、おぞましいまでの悪寒に身を震わせる。
人間だったら家に閉じこもり“神”に救いを求めたかも知れない。だが、神に見捨てられたような魔族達は、外に出て本能的に魔王城の方角へ顔を向けた。
鉄姫フランソワも、魔王城の庭で騎獣である愛ゾウと手を取り合い、そのおぞましい気配に怯えていたが、新たに友人となった“ひ弱”な少女のことを思うと、逃げ出すことを躊躇った。
フランソワは……魔王城周辺に住む魔族達は、恐ろしいモノを見る。
轟音と共に地盤が砕け、魔王城の上部が吹き飛び、晴れたことのない“怨念の雲”に穴を穿ち、【黄金】と【暗黒】の二柱の柱が天を貫いた。
***
「……これは…っ」
魔王ヘブラードは遠くで感じたおぞましい気配に顔を上げる。
ヘブラードはこの魔物の森で、数ヶ月も足止めをされていた。
黒姫キリアンの消失。それを探索させた部隊もほとんどが戻らず、戻ってきたギアスから【大吸血鬼】と、それを上回るかもしれない【敵】の存在を聞いて、迂闊に軍を動かせなくなっていた。
これ以上停滞すれば、兵の士気がもたない。
速やかに人間国家を侵略し、解き放たれた【魔獣】を倒せる軍勢を用意しなければ、魔族どころではなく世界そのものの危機となる。
人間に復讐しようとした自分が、世界を救おうとしているとは……と、ヘブラードは自分の愚かさを嘲る。
どこから間違ったのだろうか……?
人間に魔力を求めたからか? 呼び出そうと画策していた、比較的理の分かると記されていた一柱の【悪魔公】が呼び出せなかったせいか?
【悪魔公】の替わりに【魔獣】が無理矢理現れたせいか?
なにか、得体の知れないモノを見落としているのではないのか……?
そんな不安に苛まれていたヘブラードは、不意に遠くでおぞましい気配を感じた。
「くそっ」
ヘブラードは小さく吐き捨てると【飛行】の呪文を唱えはじめる。
感じたのは魔王領の中心。おそらく【魔獣】が目覚め、活動を始めたのだ。
ヘブラードの計算では、あと半年は猶予があったはずだったのに……。
「どこへ行く、ヘブラードっ!」
配下の仮面を捨て、ギアスが慌てた声でヘブラードを呼び捨てる。
「ギアスっ、あれを感じなかったのか!?」
「分かっておる! だが、いまさら見捨てたあの地に戻ってどうすると言うのだっ!」
魔王は魔族を滅亡させないために、魔王領を見捨てた。
でも……それでもヘブラードは、あの地に一つの希望を残していた。
彼が行った領地改革。そのほとんどは失敗したが、地方の村ではそれがわずかに根付き、生産性を増していた。
そして……数年前に拾ったドワーフの少女。生まれながら屈強な英傑だった故に疎まれ追放された少女。もし彼女が力を振るえる機会を得ていたら、違った人生を歩めていただろう。
ヘブラードは彼女に“知識”の一部を与えていた。もし、魔王軍が人間に敗れ、全滅したとしても、彼女が逃げ延びて残った魔族を導いてくれるかと希望を残していた。
「あの地はもう駄目じゃ、諦めろっ。……それに、いくら【魔獣】が暴れ、あの地の者を喰らおうと魂は得られん。魔王城には気付かれるので出来なかったが、魔王領の各地に儂が特別な魔法を施してあるのでな」
珍しく饒舌になったギアスは、ニヤリと気味の悪い笑みを浮かべた。
「…………」
ヘブラードは“同郷”であるギアスが、何かの目的があって動いていることを知っていた。それでもヘブラードの目的を知りながらも協力してくれるギアスを信じていたのだが、ギアスはヘブラードに協力はしても、魔族のことは何も考えていないのだと、ようやくヘブラードも理解した。
「……俺は行く」
「ヘブラードっ!」
瞬時に空に浮かび、魔王領へと飛ぶヘブラードの背中に、ギアスは声を上げることしか出来なかった。
ギアスも【飛行】は使えるが、最大の魔力を持つ魔王には追いつけない。
そして【魔獣】が目覚めたなら魔王領に戻ることは自殺に等しい。
同郷でもある彼を、ギアスは息子のようにさえ思っていたが、ギアスにはその思いを殺してでもやるべき事があった。
「魔王軍は、儂が使わせて貰うぞ……」
***
お日様の光が溢れる青い空。眼下には海のように広がる黒い雲。岩盤を突き破り、飛び上がった雲の上で、私と【彼】は対峙する。
「『輝聖弓』っ!」
『グァオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
数百本の黄金の矢を、黒い稲妻が迎撃する。
黄金の矢をすべて打ち落としながらも、黒い雷は私まで迫り【輝聖盾】の護りを剥がそうと荒れ狂っていた。
でも私だって、ただ暢気にすごしてきた訳じゃない。
「…『いざなう暗き光在れ』…」
イメージするのは【暗い扉】……その向こう側。
「『開け、黒門』」
私の【言葉】に、何も無い空間の門が開く。光も、闇も、空気もない、何も無い空間は、黒い雷を吸い込んで、【黒門】は砕けて消えた。
はっきり言って、この魔法はやばい。
精神界の一部だと思うけど、あんな場所と繋げっぱなしにしていたら、魔王領が丸ごと消滅する。……その前に私の魔力が尽きるけど。
そんなやばい魔法を使わないといけないほど、私と【彼】には力の差がある。
切り札はいくつか用意した。
さっきの【黒魔法】もそうだけど、一番大きな切り札は一度しか使えない。しかも、使い時を誤ればそのまま私が窮地に立たされる。
ギリギリだと予想はしてたけど、思ったよりもしんどいな。
『ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
【彼】が天に吠えて、黒い嵐を召喚する。常に稲妻と暴風が吹き荒れるこの場は、中級悪魔程度なら存在することも許さない。
実際私にも少しずつだけどダメージが蓄積する。
……本気で私を逃がすつもりが無いみたい。
私が【彼】に言葉ではなく“戦い”で決着を望んだ理由は、【彼】に勝てると思ったからじゃない。
例え力の差はあっても、私が“対等”の存在だと思って欲しかったから……。
そうでなければ、私の【言葉】は【彼】に届かない。
最後の“切り札”を使うために……
私の“言葉”を伝えるために。
「『羽ばたく光在れ』……『輝翼』っ!」
私が【彼】と張り合えるのは、速さしかない。
私のコウモリの翼に光が集まり、黄金の羽毛を纏った天使のような羽根に変わる。
伊達や酔狂で天使の羽根にした訳じゃない。
……伊達や酔狂や趣味で天使の羽根にした訳じゃないっ。
『なにっ!?』
【彼】が驚き声を上げる。私が消えたように見えたのでしょう。
これは羽ばたく為の羽根じゃない。夢の世界での知識を使い、羽毛の一枚一枚から魔力を吹き出し、一時的に速度を増大させた。
私自身、自分の速さに対応できなくて、雷に当たりまくっているけど気にしない。
『グァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
即座に【彼】が黒い竜巻を広範囲に放ち、
「『黒き光在れ』っ!」
その轟音に合わせて私が【黒光】を放ち、【彼】の聴覚と視覚を同時に塞ぐ。
その瞬間に私は【彼】に向け黄金の翼を広げ、速度の限界を超えて突入する。
私の……最後の“切り札”を使うために。
一つに纏めきれなかったので明日続きを上げたいと思います。
※戦力分析の結果、魔王軍の数を調整しました。
※ユルと彼は、称号は同格ですが年月によるレベル差があります。
それでは、ツッコ…もとい、ご感想をお待ちしております。





