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悪魔公女 〜ゆるいアクマの物語〜【書籍化&コミカライズ】  作者: 春の日びより
第三章・獣の花嫁

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51/76

3-15 暗い獣 ①(済)

10/2 多少の手直しを加えました。

 



「ユールシア様っ!」

 一瞬唖然としていたが、従者達は我に返ると傷付いた身体を引き摺るように、倒れたままのユールシアに駆け寄る。

 だが、

「待ちなさいっ、本当に戻られた(・・・・)のですか……?」

「……っ」

 ノアの声に、攻撃を受け続けてきたニアが思わず足を止めた。

 その手にあるのは、【金色の獣】に刀身を砕かれた、かつては魔剣だった柄の部分のみしかなく、次に本気の攻撃を受ければニアでも何度受けられるか分からない。

「……平気よ」

 左腕を再生し、メイド服を自らの髪で修復しながら、ティナが落ち着いた顔で双子の悪魔に軽い笑みを向ける。

「その根拠は……?」

 ノアとてユールシアにすぐさま駆け寄りたい気持ちはある。だがそれと同じく、主である彼女から、従者達を纏める役目を受けており、主を元の状態に確実に戻すためにも全員の行動を管理する責任があった。

 ノアの問いにティナは、フフン、と胸を張り。

「ユールシア様に関することなら、食事の嗜好から日々の健康管理に胸囲の成長具合まで、全てこの目と匂いで、完璧に把握しておりますわ。……舐めればもっと良く分かりますが、今の主様は完全に元に戻っています」

 淡々とドヤ顔で語るティナに、ノアとニアが端正な顔を微妙に歪めた。

 悪魔もドン引きである。

「……そうですか」

 とりあえず理解したくはないが、変態(ティナ)の言うことなら間違いはないだろう。

「ユールシア様、寝てるだけだよぉ」

 その声に三人が振り返ると、すでにファニーが警戒もなく近づいてユールシアを膝枕しており、『すやすやすぴー』という寝息を聴きながら、ニンマリと笑っていた。

 

 湖畔にある歴史のある城は、その大部分が崩壊してお日様の光が降り注いでいる。

 

「ティナ。ユールシア様のお召し物を作れますか?」

 寝ているだけとは言え、野外で主を裸のままにしておく訳にもいかず、ユールシアが着ていたドレスは瓦礫に埋もれて、もし探し出せたとしてもそんな物を着させることは出来ない。

「も、もちろん出来ますわっ」

 ニアのマントにくるまれたユールシアの肌や素足を、物欲しそうに見ていたティナは慌ててノアに返事をする。

「あ~、私もやるーっ」

「……そうですね、ファニーも手伝ってくださいな」

 ティナとファニーは、まだ寝たままの主の側に膝をついて、魔力を自らの髪に流して直接ユールシアにドレスを纏わせていった。

 

 ノアは一応“男性型”として肌を晒す主の側に近寄れない。ぶきっちょスキル持ちの為に手を出せないニアは、羨ましそうに二人のドレス制作を見つめながら、ふとした疑問を口にする。

「どうして、ティナは金髪なのに、衣服を縫うと黒くなるの?」

「……わかりませんわ」

 誰かが『腹黒いから』と思ったが、口には出さない優しさが彼らには存在した。

「不思議だねぇ」

 心底不思議そうに呟くファニーの髪で作られた部分は、綺麗な銀糸となり、数分も経たずに黒地に銀糸の装飾がなされた、美しいドレスが仕上がった。

 

   *

 

「……むぅ」

 私が目を覚ますと、広がる青い空と嬉しそうな従者(あくま)達の顔があった。

「ユールシア様っ」

「主様、大丈夫ですかっ?」

「……私、なんで寝ているの?」

 

 従者達から私が意識を失った後のあらましの出来事を聞いた。

 私の人間部分にあれほど毒が効くとは思ってもなかったけど、まさかそのせいで魔獣(ネコ)に戻ってしまうとは……。

 私が元に戻れたのは、みんなが私の人間部分に魔力を注いでくれたのと、悪魔に完全変身したおかげで毒を無効化できたからだと思う。

 

「ところで、他の人間(ひと)達は?」

「はい、リュドリック様とノエル様、そして姉君は、城から離れた湖の近くに寝かせております。ヴィオを含めた侍女や騎士様は薬で眠らされていましたが、そちらへ全員移動させた後に起こし、事情を説明した後、ヴィオに殿下達の解毒をお願いしました」

「そっかぁ……あれ? 勇者達は?」

 すっかり忘れていたけど、ふと思い出して聞いてみる。

「一応、一緒に移動させておきましたけど……拙かったです?」

「ううん、……まぁいいけど」

 何かを背に隠すようにしているニアの報告に、私は適当に答えながら、すっかり崩壊した古城跡を見渡した。

 あの人達を巻き込んだら死んでいたかもね。心は痛まないけど。

 ヴィオ達は心配しているかなぁ……。詳しい事情も分からないし、私も居ないし、今頃、向こうは大わらわだね。

 私もいつの間にか、黒と銀のドレスにお着替えしているけど、異常なまでに着心地が良いのが逆に怖い。

 

「でも、せっかくカペル公爵の魂を食べたのに、その味を覚えていないとは……」

 勿体ないことをしたなぁ。良い具合に熟成されて食べ頃だったのに……と、私がそう呟くと、ノアがニヤリと悪魔の笑みで笑う。

「問題ありません。ユールシア様をニアが受け止めた際に、全てではありませんが魔力と魂の一部を回収してあります。カペル公爵の魂は本日の夕食に使用しましょう」

「おお~」

 さすがノアだね。仕事にそつがない。でもねぇ……。

「ニア、その剣を見せなさい」

「……うっ」

 ニアが受け止めたと言っていたから、魔獣(ネコ)の攻撃を剣で受けたのでしょう。壊したから私に怒られると思っているのかな? ……こんな優しいご主人様なのに。

「ノア。私の魔力とカペルの魂で、剣を修復してちょーだい」

「……よろしいので?」

「うん」

 私だって自分の食欲より、みんなのほうが大事なのです。

「修復しました」

「はやっ」

 

 いつもながらに早い。って言うか、今度はいつ直したかも見えなかった。

 しかも今回の魔剣は……なんですかコレ? 以前は真っ黒な剣だったのに、キラキラ金色に輝いて、持ち上げただけで金色の粒子が残滓のように後を引く。

 ……派手だなっ。

「ニア……あげる」

「うわぁ……いいんですかっ、ありがとう、ユールシア様ーっ」

 派手すぎてアレかと思ったけど、ニアはすごく喜んでくれました。

 ニアがおニューの魔剣を構え、試し切りで城の瓦礫に斬りつけると。

 

『ニャ』

 

 ………は?

 ニアが立て続けに魔剣を振るうと、

『ニャ』『ニャ』『ニャ』

 一振りごとにそんな“斬撃音”がして、石の瓦礫をプリンのように切り裂いていた。

「「「「………」」」」

 なんでこうなった……っ?

 私のせい? 私の魔力のせいですか? しかも私の“声”に聞こえるのは気のせいですかーっ?

「すっご~い、ユールシア様、これ、すっごく気に入りましたーっ」

「いやいやいやいや、待ちなさいっ」

 一人喜んでいるニアに思わず、待ったを掛けた。

「他にも作ってみるから、ちょっとそれを返しなさい。……ね?」

「ええ~~……」

 ニアが魔剣を抱きかかえて涙目で首を振る。……くっ。私の命令に逆らうほど気に入ったのですか……。

 

 その後、城で見つけた剣を素材に私の魔力と神聖魔法で調整して作った魔剣は、普通の【黄金魔剣】として完成したんですけど、ニアはどうしても交換をしてくれませんでした。……私の羞恥心が試されています。

 

 

「ユールシア様ぁ……何か来る」

「……え?」

 ファニーがのんびりした口調で大雑把な警告(・・)をしてきた。

 私が彼女の言葉を【警告】と受け取ったのは、それを言ったファニーの顔が道化師(クラウン)の仮面に変わっていったから。

 ファニーの感知能力は私達の中でも群を抜いている。ちなみに私はほとんどありません……。そんな彼女が最初から戦闘形態に変わったことで、他の従者達も即座に悪魔の正体を現した。

 インキュバス。サキュバス。ゴルゴン。ナイトメア。

 私が中二心満載で“設定”したのだけど、こうして真面目な顔で並ぶとなかなか壮観なのです。

 でも……この子達、悪魔なのに、どうして私みたいに身体が成長しているのかしら? 私と同調(リンク)でもしているのかな。

 

「……っ!?」

 ようやく私も“何か”を感じた。……いいえ、“何か”どころの話じゃないわ。暴力的で荒々しい、この“俺様”気配は……。

 

『グァォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 暴風が吹き荒れ、湖の水を巻き上げ、巨大な獣の咆吼が響き渡る。

 

『見つけたぞっ! 【金色の獣】ぉおおおっ!』

 

 やっぱり【彼】でした……。魔界での恩人にして私の飼い主様。

 獣の悪魔――【(くら)(けもの)】。

 

「や、やっほー、久しぶり~」

 相変わらず気配が半端無い【彼】に、私は冷や汗を流しながら軽い調子で手を振る。

 ふと気がつくと、隣にいたはずの従者達が私より数歩後ろに下がっていた。……あなた達、後で覚えてなさい。

 

『……【金色の獣】……か? 何故、人間の姿をしている……?』

 私をジッと睨むと、【彼】は苛立たしげに盛大な【威圧】をぶつけてきた。

「……種族名で呼ぶのはやめて。私は“ユールシア”よ」

 【彼】の威圧に、私も【威圧】で対抗して笑顔を浮かべる。

『なんだと……お前ほどの悪魔が、人間などに【名】を付けられたというのか……』

 

 驚くのも無理はない。私も最初は分からなかったけど、強大な悪魔に『名』を付けると自分の【存在】に“負荷”が掛かる。

 それに耐えるためには強い魔力が必要で、お母様が私に名を付けて平気だったのは、魔力が強い魔術師だったのと、名を考えたのはお父様であり、当時の私は本当に赤ん坊並の力しかなかったせいだ。

 

『……とりあえず、それはいい』

 【彼】は突然穏やかな声を出すと、私の前に降りてくる。

 かぷ。

「ちょ、」

 そしてまた唐突に、【彼】は私の肩に噛みついた。……ちょっと痛いけど、思ったよりも痛くない。

「………」

 その優しい甘噛みに懐かしい思いがして、私も【彼】に手を伸ばして胸元のモフモフに指を絡ませた。……顔でモフりたいけど我慢する。

 ほんのりと甘い酩酊感に私が目を閉じると、【彼】のざらついた舌が私の首筋をチロリと舐めた。

「コラ、調子に乗るな」

『………』

 本当に懐かしい……。魔界にいた頃は、よく二体(ふたり)でこうしていたね。

 

『……どうして魔界から出て行った?』

 ぽつりと呟いた【彼】の気配が強くなる。

「……光の世界を見てみたかったから」

 誤魔化したくなかったので私が正直に答えると、【彼】の私の肩を噛む力が少しだけ強くなった。

『人の姿をしているのもその為か……?』

「そうね……偶然の結果だけど、今は気に入っているわ……、えっと……あなたは、どうやって物質界に……?」

 噛んでいる力が強くなって、痛くなってきたので話題を変えてみる。

『お前の魔力を感じた……』

『ちょ、ちょっと、……痛いっ」

 魔力で防御しているのに、【彼】の巨大な牙がじりじりと私に食い込んでくる。

「……は、放して…」

 

『駄目だ。お前は魔界に連れて帰る。……その人間の身体を壊して』

 

 ……え? とんでもないことを言って【彼】の牙がさらに食い込んできた。

 こいつ……本気だっ。

「……『光在(ひかりあ)れ』っ!」

 私は魔力を解き放ち、最大出力の【聖光】を【彼】の顔面に叩きつけた。

 

『ぐおぉ……聖なる光だと。お前、逆らうのか……っ!』

 

 眩しげに眼を細めながら【彼】が低く唸り、私に【威圧】を放つ。

 悪魔の【威圧】は、自分の悪魔としての魔力を【気配】に乗せて解き放つ。この世界の普通の生き物なら、受けただけで消滅しそうな【彼】の【威圧】だけど、今の“私”ならそれほど苦でもない。

 

「……ごめんね。そこまで我が儘は聞いてあげられない」

 

 私はコウモリの翼を広げて【彼】と距離を取る。いつかは魔界に帰ってもいいけど、それは今じゃない。

 私は【彼】の言葉を“我が儘”と言ったけど、私が人の世界で生きたいと思うのも、私の我が儘だ。

 なんて【悪魔】らしい戦いの理由なんだろう……。

 だからこそ私は“本気”で行く。私の“想い”を【彼】に伝える為に。

 

「『貫きの光在れ』っ」

 神霊語を使った悪魔の魔法に神聖魔法を合わせて、巨大な“光の槍”を作り出す。

「『輝聖槍(きせいそう)』っ!」

 その最後の言葉で光の槍は“黄金の槍”になり、【彼】に向けて投げ放たれた。

 空を切り裂き飛来する黄金の槍に。

 

『グァォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 瞬時に察した【彼】の咆吼が巨大な闇の竜巻を生み出し、黄金の槍と激突すると対消滅し、その余波だけで残っていた古城を吹き飛ばした。

 

『莫迦な……っ、【魔神(デヴィル)】の力だとっ!?』

 

 なんか知らない単語が出てきた。……魔神(デヴィル)? あの光の世界の知識で、適当な魔法を組んだだけなんだけど、今はそれどころじゃない。

 空を雷のような速さで迫り来る【彼】に、私は自分の全身に魔力を込めた。

「『魔獣(ネコ)』モードっ」

 私は身体を全て悪魔体に【顕現】させると、魔獣(ネコ)になって【彼】の猛攻をひらりと避ける。

『その姿にも戻れるのか……っ』

 

 着ていた黒と銀のドレスは脱げちゃうかと思ったけど、同じ色のリボンになってネコの首に巻かれていた。

 今まで怖くて完全変身は出来なかった。けれど、ちゃんと人に戻れるのなら魔獣(ネコ)モードは物理戦にかなり強いので役に立つ。

『ならばその魔獣(すがた)のまま、無理にでも連れ帰るぞっ!』

「………、」

 城跡から離れて、私と【彼】は高速の空中戦を繰り広げる。まぁ体格差があるから、ほとんど一方的な追いかけっこだけど……。

 魔界では【彼】の速度は私とほぼ同等だったけど、空なら翼のある私のほうが自在に動けた。

『シャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』

『グァオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 互いに咆吼を上げて、金色の暴風と、漆黒の嵐がぶつかり合って天に昇る。    

 

 はた目からは良い勝負をしているように見える。それでもやっぱり、まともにぶつかれば【彼】の力は馬鹿らしいほど強大だ。

 【彼】の攻撃で森のいくつかが消滅して腐海になってしまったけど、あれって私が後で【浄化】しないと拙いんだろうな……。

 それでも【彼】は本気で攻撃していない。私が消滅しないように無意識に威力を抑えてくれている。

 ありがとう。今はそれに甘えさせて貰うね……。

 

「『射貫く光在れ』っ」

 私は上空で【人型】モードに戻り、光の弓矢を構えた。

「『輝聖弓(きせいきゆう)』っ!」

 人型(ひと)モードのほうが魔法は上手く使える。と言うか、魔獣(ネコ)モードでは神聖魔法が上手く使えない。

 私が放った百本以上の“黄金の矢”が、全方向から【彼】に襲いかかる。

 

『グァォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 【彼】の咆吼が『黒い雷』を呼び出し、黄金の矢を迎撃した。

 一本一本の矢は、黄金の槍の百分の一しか威力はないけど、【彼】はデヴィルとやらの力をまともに受けるつもりはないようだ。

 そのせいで意識を分散させすぎですよ。

 

『ニャ』

 

 気の抜ける斬撃音と共に、ニアが【彼】の背後から全力で斬りつけた。

『ぐ……っ、お前は…』

「お久しぶりでございます」

 【彼】がニアに意識をさいた瞬間、さらに背後から声を掛けたティナが、無数の金の蛇で【彼】を絡め取った。

 

『お前らまで逆らうかっ! この程度の縛めで…』

 

 確かにティナ達ではわずかな時間しか【彼】を抑えられない。でもそれで充分。ニアとティナが稼いだ、そのわずかな時間で、私はノアから【解放】で力を受け取り、魔法を唱える。

「『輝聖槍』っ!」

 撃ち出す全力の“黄金の槍”にファニーが幻影を掛けて、数百本の槍が【彼】に向けて襲いかかった。

 

『ぐぁああああああああああああああああああああああああああああっ!』

 

 幻影を躱すことが出来ず、本物の直撃を受けて、【彼】が大地に落ちる。

 ……やりすぎたかな? と思ったけど、ちょうど良く城跡に落ちた【彼】は、ダメージはあるけど、まだ元気に私を睨んでいた。

 私達も【彼】の側に降りて、人の姿に戻り【彼】と対峙する。

「……あなた、やっぱりまだ【顕現】していないのね……」

『………、』

 無理矢理魔界から出てきたので、生け贄も依り代もなかったのか、【彼】はこの物質界に【顕現】していなかった。

「ホントにごめんね……。そんな状態では【顕現】を果たして【名】を持つ私達に勝つのは、さすがのあなたでも難しいわよ」

 

 そうは言ったけど、やっぱり【彼】の力は飛び抜けている。

 穏便に帰ってほしいけど、逆に肉体を持っていないせいで、精神生命体である悪魔は心が折れなければ引き下がらない。

 私達(ペツト)に負けた程度では心が折れないとすると、どうしようかしら……

 

 

「ユールシアっ!」

「ルシアっ!」

 

 その時、遠くから私を呼ぶ声が聞こえた。

 あら~……とんでもないタイミングで、彼らが戻って来ちゃいましたか。



 

今まではすべて蹂躙でしたので、初めての戦闘になりました。

ご感想、お待ちしております。

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