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悪魔公女 〜ゆるいアクマの物語〜【書籍化&コミカライズ】  作者: 春の日びより
第三章・獣の花嫁

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3-12 満九歳になりました ③(済)

少しずつシリアスになっていきます

 



「……ユ、ユールシア様」

 気分の良いところを邪魔されたけど、機嫌の良い私は、その声の主を軽い微笑みで迎えた。

「これは、カリスト大司教様、いかがなさいました?」

 以前、隣国シグレスで司祭長をしていた彼が、ここで大司教になっていたとは……。まぁ驚きはしなかったわね。タリテルドに来るって言っていたし、私を大司教が呼んだと聞いた時から予想はしていたわ。

「先ほどのような、お布施を勝手に……して…」

 私がじっとり笑みを向けると、彼の言葉は途中で消えていった。

「問題ありませんわ」

「……はい」

 弱いなっ。こんなんで大司教なんてやっていけるのか心配になります。

 それにカリストさん……、怯えたようにビクビクしながらも、私と視線が合うと頬を赤らめるのは、ちょっとキモいです。

 どうも成長し始めてから、【威圧】が安定しないなぁ……。

 

「そ、それで先ほどの神聖魔法ですが、どれほどの魔力をお使いで?」

「魔力……ですか?」

 気になるのかしら? ひょっとして魔力の大きさで、お布施の額が変わるのかな?

「そうですねぇ……【祝福の宴】三回分くらいですわ」

「………っ」

 カリストさんが目を見開いて私を見た。まぁ、そうよね。教皇様が使うクラスの魔法だからね。

 

「そ……それほどの魔力を……」

 カリストさんは絞り出すような声でそう言うと、意を決したように頭を下げた。

「ユールシア様にお願いしたい儀がございます」

「なにかしら……?」

「あなた様の強大な魔力を、“神”の為に使っていただきたいのです。出来る限りのお礼はいたしますっ。あらゆる面で便宜を図らせていただきますので、なにとぞっ」

「………」

 怪しすぎますわ……。

「郊外にあるカペル公爵家所有の古城で行いますが、警備は、私が“勇者一行”に任せてありますので安全ですっ」

「……なるほど」

 プレゼンとしては落第点ですけど、興味はあります。

 それよりもなによりも、私の目の届かないところで、そんな怪しげな儀式を勝手にされたら困るのですよ。

 魔族が絡んでいることは調査して分かっていますからね。

 カリストや勇者がどのように魔族と繋がりがあるのか、まだ分かりませんけど……。

 

「よろしいですわ。ご協力いたしましょう」

「おおお、ありがとうございます、ユールシア様っ。私めがご案内いたしますっ」

 

 出来れば、その場で私が潰す。

 それに、きっと勇者の側にはお姉様がいるはずだから、久しぶりに熟成具合を確認させていただきましょう。

 

   ***

 

「ルシア……そのカリスト大司教は、本当に信じられるの?」

「俺もそのカリストと言う名は聞いたことがない。大司教になれる実力(・・)があるのなら、名前を聞かないはずがないんだ」

 それまでまったく会話もしなかったくせに、私がカリストの要請を受けたと聞くと、リックとノエルは二人してそんなことを言ってきた。

「聖王国の関係者としては、むやみに国教の大司教を疑う訳にもいかないでしょ?」

 裏は知ってますけど、ここで反対されても困るので綺麗事で纏めてみる。

 

「ユルお嬢様、私も反対です」

「……ヴィオ」

 

 大聖堂から停めてある馬車へと向かう道で、ヴィオの声の固さに私は足を停めた。

 街中に護衛の騎士達を全員連れてくることは出来ないから、今の私達の護衛は半分程度しかいない。

 それでも、リックが連れてきた騎士には、聖王国の主戦力である【聖騎士】が3人も来ているし、私の護衛騎士もブリちゃんやサラちゃんなど、精鋭だけを連れてきた。

 傭兵団は、熊さんやノエルを含めて数人しか来ていないけど、ヴィオが不安に感じるほどの戦力ではないんだけどなぁ……。

「リック、ノエル、先に馬車の所へいってくれない?」

「俺は行くのに納得した訳じゃ、」

「わかりました。行きましょう、殿下」

「おい、ノエルっ」

 渋るリックを、私の声に何かを感じてくれたノエルが連れて行ってくれた。

 ……意外と仲好しだね。

 まだブリちゃん達がいるけど、従者(あくま)達が気を利かせてみんなを少し離してくれた。

 

「ヴィオ……。そう言えば、昔から教会が嫌いだったよね」

「……良く覚えていますね。お話ししたのは確か二歳くらいだったと思いましたが」

「ヴィオは家族だから……」

 私の言葉にヴィオは少し驚きながらも、優しげに微笑んだ。

「何があったの……って聞いちゃダメ?」

「お話ししたら、考え直していただけますか……?」

 ヴィオの少し不安げな……それでも真っ直ぐな瞳を見て、私は正直に答える。

「う~ん、聞いてみないと分かんない」

 私が笑いながら言うと、ヴィオは小さく苦笑した。

「ユルお嬢様。以前にリア様とのご関係をお話ししたと思いますが、覚えていらっしゃいますか?」

「うん、覚えてるよ」

 

 ヴィオはお母様の後輩で、彼女の実家が傾いた時や、勉学が遅れそうになった時に、お母様のお世話になったらしい。

 

「私はユル様と同じく、幼い頃より神聖魔法が使えました。その他にも水と風魔法の適性があり、魔力も高かったので聖教会の目に止まり、何度も誘いを受けました」

「そうなんだ……」

 何か少し引っかかる。

「当時、司祭だった男が何度も勧誘に来まして、実家の商売の手伝いがあったので断りましたが、それから悪い噂が立ち始めて……。私もその頃は小さかったので詳しく聞けませんでしたが、リア様が懇意になされているモルト大司教様が、一人の司祭を教会より追放し、それ以来、実家に対する悪い噂はなくなりました」

「その司祭はどうなったの?」

「どうやら、教会内で身内を庇う動きがあったらしく、司祭位を剥奪されずに隣国シグレスに渡ったと聞きました」

 それで教会自体が信じられなくなったのね……。

「名前は……わかる?」

 自分でも少し不機嫌な声が出て、ヴィオは少しだけ躊躇したけど、私の視線に負けてその名を口にした。

「覚え違いがあるかも知れませんが、確か……カリストールと」

「ふ~ん……」

 私の口が自然と笑みになったのが自分でも分かる。

 多分……まともな“人間らしい”の笑みはしてないんじゃないかな。ヴィオの顔が若干引き攣っていたから。

「それじゃ、向かいましょうか」

「ユルお嬢様っ!?」

「そんな話を聞いて、私が引き下がると思ったの……?」

「………」

 あきらかな悪意とは言えないけど、自分の思いを優先する、身勝手で我が儘なタチの悪い子供を、立場的にも個人的にも、悪魔的にも放ってはおけない。

 ヴィオは諦めたように溜息をつきながら、ジッと私の命令を待つ。

「ヴィオ。聖王国に寄生する害虫の巣を調べに行きます。付いてきなさい」

「はい……っ」

 

 ヴィオは私を生まれた時から知っている、私の家族だ。

 彼女の心の澱を取り払おう。

 それが終わったら……そろそろ、彼女のお婿さんでも見つけないとね。

 

   ***

 

 馬車に揺られること数時間。私はカリストの乗る馬車の先導で、カペル公爵所有の古城に到着した。

 馬車の中では、またもやリックやノエルに挟まれて、両手を掴まれていましたけど、二人の表情は真剣で、わずかに【威圧】を放っている私を、違った意味で本気で心配してくれている。

 ……私の身の危険の心配ですよね?

 

 古城の周りは森があり、湖があり、とても綺麗なんだけど、城の周りが雑草だらけで手入れがなされていないから色々台無しです。

「さぁっ、ユールシア様、こちらですっ!」

「……わかりましたわ」

 やけに元気ハツラツなカリストが、数名の神官を連れて私達の前を進む。

 リックは私の隣を歩き、ノエルは逆に数歩離れて、傭兵達の配置を指示していた。

「…………」

 何か、みんな真面目だなぁ……。

 

 

「ユールシア様っ」

 古城の大広間に案内されると、誰かが私の名を呼んだ。

 大広間だった、と言うべきかな? 以前は夜会が行われていただろうその場所には、様々な種類の魔法陣がいくつも配置してあった。

 少なくない数の神官や司祭が作業している間をすり抜けて、声を掛けてきた青年が、小走りに駆け寄ってくる。

「ああ、麗しの姫君、お久しぶりですっ」

「……そうですね、アルフィオ様」

 出てきましたね、勇者(笑)アルフィオくん。

「おおお、この一年でさらにお美しくなられた。このアルに、あなたの手に口付けする栄誉を……」

 やばい病気でしょうか。前回とは比べものにならないほど赤い顔で、鼻息荒く私の手を取ろうとするアルフィオを、リックとノエルが即座に遮る。

「タリテルドのリュドリックだ。貴公は、挨拶する順番を間違えていないか?」

「………」

 さすがにタリテルド王子の名は知っていたのか、アルフィオはわずかに貌を歪ませながらも引き下がり、リックに少しだけ頭を下げた。

「……これはすみませんね。俺は貴族様でも、この国の人間でもないので……」

 

 うわぁ……態度悪いなぁ。自分の強さに自信があるのでしょうね。でもさすがに不敬すぎて、聖騎士さんの一人が剣に手を掛けましたが、リックはそれを片手で止めた。

 

「貴公の名は?」

「……シグレスで勇者と呼ばれております、アルフィオです」

「なるほど、シグレス王家にいる伯母上からは、何も聞いてはいない(・・・・・・・・・)が、まぁいいだろう。もう下がっていいぞ。仕事に戻るがいい」

「っ、………失礼するっ」

 どす黒い顔で来た道を戻っていくアルフィオを、勇者ご一行様が心配そうな顔で出迎えていた。

 その中にお姉様方がいて、もの凄い顔でアタリーヌ姉様が睨んできたけど、私が満面の笑みで手を振ると、ギョッとした顔で視線を逸らされた。

 とても素敵な反応ですわ、お姉様。

 

 国家から認定された【勇者】でない限り、どれだけ民にそう呼ばれようと、他国としては“自称勇者”と変わらない。私も似たようなものだけど。

 アルフィオがいなくなり、リックが振り返ると、私を守っていたノエルと一瞬目配せをして小さく頷くと、二人して私の両側に戻った。

 何でしょう……今の遣り取りは。

 数時間前までギスギスしていたのに、何か通じ合っていらっしゃる。男の子達の関係は良く分からないです。

「ユールシア。ああ言う、怪しい男の接近を簡単に許すな」

「……うん、ごめん。でもリックがあんな事を言うのは珍しいね。まるで“王子様”みたいでしたよ」

「……お前は俺を何だと思っているんだ?」

 呆れた顔をしながらも、リックは少し顔を赤くしてコツンと私の頭を叩く。

 痛くはないんですけど、軽い非難を込めて頭を擦りながら頬を膨らませると、ノエルが私の頭をそっと撫でて、私が顔を向けると真っ赤な顔で慌てて手を戻した。

 

 なんか、リックもノエルもカッコ可愛いわ……。

 ブリちゃんがまた“腐り神”に取り憑かれていないか心配です。

 

 

 大広間の奥に進むと、研究員みたいな人達と話をしているカペル公爵がいました。

 さすがにこの人数で移動していると気付いたようで、私と目が合うと視線を逸らされましたが、リックを無視できないのか向こうから来てくれた。

「これはこれは、リュドリック様。お出迎えせずに申し訳ありません」

「構わない。ところでここは何の施設だ?」

 リックが軽い詰問口調で問うと、カペル公爵はニヤリと笑う。

「これは、女神コストル様の【眷属】をお呼びするための、神殿でございます」

「神殿……? 神を召喚するとでも言うつもりか?」

「それは最終段階です。まずは神の眷属を現世にお呼びして、神がこの世に存在することを世界に知らしめれば、このタリテルドは真の聖王国として、神と共にある素晴らしい国になるでしょう」

「………」

 

 本当に神様がいるのならね……。ところで私は、蔑ろにされている気がするんですけど、気のせいですか?

 

「カペル公爵様……?」

 私が声を掛けると、カペル公爵の肩がビクッと震えた。

 ……なぜ怯えるのでしょう?

「ユ、ユールシア嬢には、その素晴らしい魔力でお手伝いしていただけると、カリストから聞いておりますが……」

「間違いありませんわ。ところで、私は学院で召喚術を学んでおりますので、是非ともその召喚魔法陣を見せていただきたいのですが」

「そっ、……それが、まだ準備は出来ていませんので……、そうそうっ、先にお食事はいかがですかな? それまでに準備いたしましょうっ」

「そうですか」

 

 作るのに時間が掛かる召喚魔法陣を、食事の間に準備するなんて、学院の先生方が聞いたら何て言うでしょうね。

 でもせっかくカペル公爵が“悪い顔”になっているので、それを受けましょうか。

 

「それでは、ご厚意に甘えさせていただきますわ」

「そうですかっ。では……ここの食堂はあまり大きくありませんので、ユールシア嬢の従者達も含めて、若者達だけでいかがですかな? 他の皆様も、別室で歓待させていただきます」

 若者達……? 私とリックとノエル。それと従者4人かぁ。子爵である熊さんも呼ばないとか、カペル公爵ってやることが大胆ですね。

 リックとノエルも不審を抱いているけど、断る理由がなく、私が受けてしまったのでまた不機嫌そうな顔をしていた。

 ごめんね……二人とも。

 

 汗を掻きながらも機嫌が良さそうなカペル公爵は、何を企んでいるのでしょうか。

 焦っているのか、それとも計画通りなのか……。

 彼はこれから何を見せてくれるのでしょうか。



 

そして次回、空気を読まずに閑話挿入です。

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― 新着の感想 ―
公爵サマと大司教サマがこれからどのような無様を見せてくれるのか、とても楽しみ。 今でも十分以上に情けなく、かつ無様だけど。
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