3-09 二年生になりました ②(済)
現状説明回。少し短めです。
ユールシアの同級生達は、日々神経をすり減らすような学院生活を送っている。
始まりは一年時の入学式前。
入学前から【聖女】と呼ばれ、国王陛下の孫娘であり、国の顔となる【姫】となった公爵家のご息女。
聞くだけでも目眩がしそうな雲の上の存在に、平民の生徒達は畏れながらも憧れ、貴族の子息子女達も、親から粗相の無いようにきつく申し渡され、緊張しながらも彼女と共に学べる事を心待ちにしていた。
子供達は憧れながらも信じてはいなかった。
自分達と同じ歳の子供が、大人を唸らせるほどの【魔力】を持ち、大人を怯えさせるほどの【美貌】を持つなど、まるでお伽話のような話だったからだ。
魔術学院入学式当日。
両親であるヴェルセニア公爵とその夫人に付き添われ、女性騎士団と従者達を引き連れて歩く【姫】の姿に、新入生だけでなく在校生達もその場で目を奪われた。
それは幼い頃、お伽話で憧れ、存分に美化された【お姫さま】そのものの姿だった。
誰かが『天使様……』と呟きを漏らし、息を忘れた誰かが貧血を起こしたようにその場にしゃがみ込む。
まだ耐性のない彼らは、彼女が通り過ぎてもしばらく誰も動けず、やっと正気に戻った教師達が、新入生達を会場に誘導した。
新入生代表の挨拶で、たどたどしい挨拶を恥ずかしそうに声に出すユールシアを見て生徒達はホッと安堵の溜息を漏らす。
どれほど完璧な【お姫さま】に見えても、彼女も自分らと同じ【人間】だったのだと心から神に感謝した。
だが【神様】は、彼女を特別に愛していたらしい。
彼女が生徒達に慈愛の瞳を向けた瞬間、とんでもない膨大な魔力が彼女から迸ると、無数の【光の天使】や【光の大天使】が顕現し、生まれて初めて受ける【上級加護】に幾人かの生徒が熱を出し、ほとんどの生徒がトラウマを植え付けられた。
お姫様、怖い。
学院にクラス分けはあるが、授業はカリキュラムによって授業を受けに行くので、クラス分けは、人数によって纏める担当教師を付けると言った意味しかない。
だが低学年時は一般教養の授業が多く、その場合はクラスごとに受けるため、ユールシアのクラスメイトは、必然的に彼女と多くの時を過ごす事になる。
同級生達は比較的早くユールシアの美貌に慣れる事が出来た。
ユールシアは見た目こそ、人形のような冷たい美貌を持っているが、その中身は、かなり“ゆるく”て、真正面から見なければ平静を保てた。
だがそうなると、次は彼女の“肩書き”が邪魔をする。
公爵家のご令嬢に、平民や騎士伯の子供が簡単に声を掛けられる訳もなく、上級貴族のご息女達が話しかけようと頑張ってみるが、同じクラスには、彼女に付き従う二人の従者が目を光らせていたのだ。
ユールシアに近づこうとする者達は、全員、彼女達の“虫けら”を見るような視線と、無言の【威圧】に阻まれた。
中にはそんな視線に頬を染める猛者も居たが、それはごく少数で、大半の生徒は彼女に話しかける事すら出来なかった。
そんなユールシアも授業によっては一人になる時がある。
だいぶユールシアに慣れてきた同級生達は、彼女をこっそり【姫様】と呼び、互いに目配せして話しかけるタイミングを計っていた時、【王子様】が現れた。
ユールシアの従兄弟で、第二王子であるリュドリックが、度々彼女の元に訪れるようになった。
そうなると、今までとはまた違った意味で話しかけられなくなる。
ユールシアは“兄様”と呼んでいるが、二人は兄妹ではない。
見目麗しい【王子さま】と【お姫さま】の、絵本のお伽話のような光景を目撃して、リュドリックに憧れていた女生徒まで悶え、歓喜の声を上げた。
少女が“兄様”と呼ぶ少年が、少女の事を“妹”ではなく“女の子”として扱う様子に妄想が捗ったからだ。
話しかけたいが話しかけられず、ユールシアと同じ教室にいると彼女の【存在感】に圧倒され、授業に身が入らず、それでも【姫様】の学友として成績を落とす訳にもいかず、睡眠時間を削って勉強する日々が続いた。
そんな同級生達にさらなる試練が訪れる。
最初は喜んだ。入学式で植え付けられたトラウマからか、無意識かつ本能的に、ユールシアから受けていた【畏れ】が徐々に緩和しているように感じられた。
彼女の周りにいる人達のように、自分達もようやくその段階に入ったのだと喜んでいたが、それは勘違いだと気付かされた。
本人しか知らない話だが、彼女は二歳の頃、こう考えた。
自分の美しさは『10歳頃から花開けばいい』……と。
ユールシアが他から【畏れ】られる根源は、膨大な悪魔の魔力による【威圧】でも、地位や称号による他から付与されたものでもない。
その【畏れ】の正体は、アンバランスさである。
他を圧倒する美貌や、存在感の圧力、その意思を表す強い眼差し等、ただ愛らしいだけの幼児に詰め込むには、あまりに大きすぎて不自然だった。
極端に例えるならば、大人が調理場で使う包丁を、幼児が公園で振り回しているような状況だったのだ。
九歳近くになって、背が伸びて、身体も柔らかく丸みを帯び、子供から【少女】に変わっていくと、不自然さが解消され、【畏れ】に替わり、眩い【美しさ】が前面に押し出されるようになった。
そんなユールシアの“変化”を一番敏感に感じていたのは、彼女の家族でも友人達でもなく同級生達だった。
話しかけたいが話しかけられない……。その理由は以前とは違う。
畏れが緩和したおかげで挨拶程度なら出来るようになったが、その後が続かない。
彼女に挨拶を返され、微笑みを向けられた瞬間に顔が熱くなり、動悸が激しくなってそれ以上の会話が出来なくなってしまう。
ただ……その微笑みが眩しすぎて。
同級生達は思う。もう慣れるのは無理だ。
慣れる前に、彼女の存在そのものに憧れ、“魅了”されてしまった。
彼女はもうすぐ九歳になる。
去年よりも綺麗になり、これからもっと美しくなるだろう。
学院を卒業するまであと八年。このつらく、苦しく、拷問のような【甘い】日々を、同級生達は過ごす事になる。
彼らは思う。
その時までに……姫様とお友達になれたらいいのに。
同級生は大変です。





