3-06 悪魔達の華麗な日常 ①(済)
残酷な表現が含まれます。
シグレスでの【姫】としての仕事を終え、私がタリテルドに戻ってから数ヶ月が過ぎました。
昼間の生活はあまり変わっていません。馬車で学院に赴き、学生達に遠巻きに見つめられながら、四人の従者を引き連れて歩く。
……あれぇ? お姉様方と“お話し”している時も何となく感じたけど、今の私って、“悪役令嬢”っぽい感じですか?
リックとも偶に会ってお話ししている。教室に来るからどうしようもないし、私が彼を避けていたせいで、少し機嫌が悪い。
そう言う態度を取られると、どうも性格的に【彼】とダブって見えるのよね……。
だいたい、彼の態度がはっきりしないからいけないのですよ。はっきり言われても、私も困るんですけど、今はティモテくんも会いに来るから『従姉妹に気を使う、優しい王子様』で済んでいるけど、そう度々会いに来られると“怪しい噂”が立ちそうで怖いのですよ。
まぁそんな感じに愚痴がだだ漏れる程度の学院生活を送っていますが、私もそんなに暇ではありません。
貴族としてお茶会に参加したり、魔術の勉強をしたり、ノエルから来る手紙にお返事を書いたり、シェリーやベティーと護衛をぞろぞろ引き連れながら買い物をして、お店を困らせたりしていますが、それは“公爵家令嬢ユールシア”としての忙しさであって、私は人と魔の“姫”である“悪魔の公女”として気になることがあったのです。
私の従者達は、ちゃんと動いてくれるかな?
***
「……報告は以上です」
「うん、ありがとーっ。飴ちゃん食べる?」
八歳の少女に差し出された【黒い飴】を、その執事吸血鬼は苦笑して……それでも嬉しそうに受け取り、街の闇へと消えていった。
その場に残されたのは、真っ白な髪でメイド姿の小さな女の子。
聖王国の信心深い住民が寝静まる夜遅く……、暗い路地に似つかわしくない、明るい笑顔で吸血鬼を見送ったファニーは、ポケットからまた【黒い飴】を取り出して、美味しそうに口に放り入れた。
人間の食べ物を美味しく感じない悪魔や吸血鬼が喜んで食べる物など、碌な物ではあり得ないので、“原材料”は気にしないほうがいいだろう。
ファニーが主であるユールシアに命じられたのは、コストル聖教会の調査である。
性格的に子供っぽいファニーの為に、ユールシアはミレーヌにも協力させて、吸血鬼達に人の噂も調べさせていた。
子供っぽいと言っても、それは性格なだけで、実務レベルで支障はない。
ファニーは吸血鬼から情報を受け取り、そこから重要な事柄を抜粋して、王都の聖教会のみならず、シグレスまで赴き、司祭長であるカリストの動向も調べていた。
ファニーの悪魔としての【戦力】は、四体の大悪魔の中で一番低い。
だが能力として劣っている訳ではなく、力の使い方が直接戦闘向きではないと言うだけで、【格】が劣っている訳ではないのだ。
ファニーは【能力】を使い、見知っている人間の魂を目印に【空間転移】を行う。
多少の転移なら他の悪魔も使えるが、ほぼ何の代償もなく長距離の転移を使えるのはファニーだけで、諜報活動にはおあつらえ向きな能力だった。
何の能力もなく、ただバカデカい魔力しか取り柄のないユールシアのほうが、悪魔としては少数派である。
「なんか、変なの……?」
王都の聖教会に不自然なものは無かった。多少の不正や横領は見つかったが、それは主の求めている情報ではなく、そちらは主にミレーヌが処理を任せられている案件で、ファニーの知ったことではない。
だが主が気にしていたシグレスのカリスト司祭長は、表向きは何の問題もないように見えたが、例の“勇者様ご一行”に不自然なほどに“仕事”を依頼していた。
依頼内容はまともなモノで、仕事内容も勇者達は真面目にこなしている。
だが人の魂を【感知】して【悪夢】を見せるファニーには、それがとても不自然に思えた。
「どうして、少ない方を助けるの?」
勇者達が依頼を受けて、捕まっている少数の子供達を救う。
でも依頼を受けた日には、必ず他の場所にも捕まっている大勢の人間達がいたのだ。
「ん~~…」
考えてみたけど分からない。そこでファニーは自分の好奇心に従い、現場を直接見ることにした。
シグレスに転移したその場所にいたのは、子供一人と大人が三人。数カ所あるうちでファニーがそこを選んだのは適当だ。
強いて言えば、そこが“美味しそうだった”からとしか言えない。
農園の外れにある物置か休憩所のような小屋を覗いてみると、
「ガキが、うるせぇっ!」
そんな怒鳴り声が響いて、大柄な男が小さな子供を蹴りつけていた。男も本気で蹴りはしないだろうが、ファニーより小さな幼女は痛みに蹲り、怯えるように身体を丸めて声を殺して泣いていた。
「ふ~ん……」
ファニーが漏らした声に意味はない。悪魔である彼女に、人間に同情するような心はなく、ただ幼女や他の大人から流れる感情が、ファニーの好みではなかったので、特に興味がなかっただけだ。
「……誰だっ?」
だが微かに漏れたファニーの声に気付いた大柄な男は、瞬時に警戒し、厚刃のカトラスを抜いて、ただ一つの出入り口に向かう。
森や僻地での戦闘経験がある傭兵団くずれであろう男は、手練れではあったが。
「……ひゅ…」
扉から外に出て、“何か”と目が合った瞬間、息を吸い込むような悲鳴を上げた男は、数万回の【悪夢】の中で命の灯火を消した。
「こんばんわー」
見張り役だった誘拐犯が外に出て、代わりに入ってきたメイド服の少女に、捕まっていた男女は、戸惑いと怯えを含んだ瞳を向ける。
だが、その少女は小屋の中を見回すと、蹲って泣いている幼女に近寄り、優しくその頭を撫ではじめた。
ファニーは何も喋らない。でもただ髪を撫で続けるその行為に、泣いていた幼女は怯えながらも涙に濡れた顔を上げる。
「……だりぇ?」
そんな舌っ足らずな声を漏らした幼女に、ファニーは明るい笑顔を向ける。
「飴ちゃん食べる?」
「……たべりゅ」
ファニーはポケットから【黒い飴】を取り出し、幼女に差し出すが、幼女はそのまま動かず、その瞳も濁ったようにファニーを映してはいなかった。
「目が見えないの?」
「うん……」
「じゃ、口開けてー」
どうやら盲目らしい幼女が素直に口を開くと、ファニーは飴を口の中に入れてやり、ついでにその身体を縛っていた縄を、指先で簡単に千切った。
「……おねーちゃん、ありがと。……でも、へんなあじ?」
「美味しくない?」
「ううん……おいしいけど、へんなあじ」
「えへへ、そっかぁ」
幼女の素直な感想にファニーは嬉しそうに笑った。
飴の“原材料”は気にしてはいけない。
そんな少女と幼女のゆるい光景に、捕まっていた男女はやっと気を許したのか、突然騒ぎはじめた。
「おい、嬢ちゃんっ、あの男が戻ってくる前に、俺達の縄も切ってくれっ」
「そんなガキは放っておいて、私の縄を切ってよっ! 早くっ」
そんな男女をファニーは煩そうに振り返る。
「この子の親じゃないの……?」
「違うわよっ、そんなガキは知らないわっ」
「そうだ、嬢ちゃん、早くこっちの縄を切ってくれよっ」
「ふ~ん……」
騒ぎ叫く男女に、ファニーは一瞬で興味を無くし、また幼女の髪を撫で始める。
「お、おいっ?」
「ちょ、ちょっと、なにやってんのよっ」
「……ひ、」
そんな大人達の声に幼女が怯え、ファニーの笑顔がわずかに歪む。
「……煩いなぁ」
ファニーが立ち上がって男女の所まで歩くと、やっと言うことを聞いたファニーに、男は喜びながらも苛立ちを隠せずに顔を歪めた。
「さぁ、はや…びゅ」
何か言いかけたところを、ファニーの手が一瞬で男の頭部を殴り潰した。
飛び散る血肉が隣の女の顔を真っ赤に染めて、
「ひっ、」
悲鳴を上げる寸前、ファニーに首を引き千切られ、一秒ほど声にならない悲鳴を上げると、女の瞳から光が失われた。
「……おねーちゃん、どうしたの? ほかのひとは?」
「う~ん……寝ちゃった?」
「そっかぁ……へんなにおい」
「これはねぇ、“死の匂い”だよー」
漂う血臭を、『私、上手いこと言った』とドヤ顔するファニーに、目の見えない幼女は首を傾げて「そうなんだ?」と呟いた。
別にファニーはこの幼女を助けた訳ではない。ただ近所の野良猫を見つけた時のように、柔らかそうなその毛並みを撫でてみたかっただけだった。
そこにいたのが人間の子供でなく、子猫だったとしてもファニーは同じ行動をしただろう。なので、無駄に煩い人間がいなくなったから、もう一度ファニーが幼女の髪を撫でようとすると。
「その手を放せっ!」
小屋の入り口から何者かの声が響き、飛んできた複数の火弾の魔法を、道化師の仮面を付けたファニーが受け止めた。
「その子供を放せ、魔族めっ!」
そう叫んだ黒髪の男は剣先をファニーに向け、その後に入ってきたエルフと、剣士らしい人間の娘が、怒りと警戒の入り交じった視線をぶつけてくる。
(あれは確か、“勇者”……だっけ? でも魔族ってなんだろ?)
人間の子供のような姿をして奇妙な仮面をかぶったファニーを、一目で【大悪魔】と見抜ける者は少ない。
そもそも魔族とはこの世界に住む異形種の総称で、悪魔とは何の関係もない。
そんな勘違いに本気で首を傾げるファニーに、勇者が猛然と斬りかかる。
「死ねっ、魔族っ!」
その近くに幼い子供がいるとは思えないほどの剣速で振られた剣を、ファニーはあっさりと躱して、小屋の壁を砕いて外に出た。
「………」
突然の謂われのない批難と暴力に、ファニーは腑に落ちない思いを抱いた。
また泣き出した幼女を、剣士の娘が抱きしめ、『もう大丈夫よ』とか言っているが、ファニーにしてみれば、可愛がっていた“子猫”を横取りされた感覚しかない。
「……人間のくせに」
そのまま感情にまかせて皆殺しにしようかと思ったが、主であるユールシアからは、本気の戦闘は避けるように言われている。
それにユールシアは“勇者”の戦闘能力も気にしていた。
ファニーからしてみれば本気を出さずとも問題ない相手に見えたが、創造主であり母であるユールシアの言葉なのだから、きっと意味があるのだと思った。
「……『ヒカリあれ』っ!」
エルフの娘が、発音の良くない言葉で神聖魔法を使い、仲間達に防御や加護の魔法を掛けていく。
主に比べたら無様な魔法に思わず気を取られていると、魔術で強化したのか、勇者が人間を超えた速度で剣を振るい、ファニーがそれを避けた瞬間、幼女をあの場に置き去りにしたらしい剣士の娘が横手から飛び込んでくる。
「もらったっ!」
突き出されたサーベルを、ファニーは指先でつまんで、パキンッとへし折った。
(へぇ……連携してるのかな?)
暢気にそんなことを考えていたファニーに、背後から。
「「火炎球っ!」」
重なるような声が聞こえ、二つの火球が飛んできた。
面倒になって、魔力で術者ごと吹き飛ばそうと思ったが、
「……っ!?」
それを見た瞬間にファニーは思わず硬直して、火球をまともに受けてしまった。
「やったわっ!」
「でかした、アタリー、オレリーっ」
「まだよっ、気を抜かないでっ!」
喜ぶ二人の少女を褒める勇者。それを諫めるエルフの娘。
「簡単に剣を折られたわ……。こいつ、魔王の側近クラスなんじゃない?」
エルフの娘から予備の剣を借り、剣士である人間の娘が冷や汗を流しながら爆炎に包まれるファニーに構えた。
「………っ」
その炎と煙の中から、わずかにメイド服を焦がしただけのファニーを見て、全員が息を呑む。
だがファニーはそれどころではなかった。
先ほど火球の魔法を放った赤毛の少女、二人……。
主であるユールシアから、『私の獲物に手を出したら、お仕置きするからねー』と言われていた人間で、彼女達を傷つけたら叱られてしまうかも知れない。
「……帰る」
お仕置きは怖い。
元々戦う予定もなかったので、ファニーは一瞬だけ名残惜しそうに幼女に視線を移した後、あっさりとその場を後にした。
「…………逃げた……のか?」
勇者達は、強力な“魔族”が撤退し、しばらく経ってからやっと息を吐いて、その場に座り込む。
「……強かったね。子供みたいだったのに……」
「魔族だからな。あんな小さい種族もいるさ」
「あ、子供っ」
剣士の娘が放置した幼女に駆け寄ると、泣いていた幼女はしきりに『おねえちゃん』と呼び続け、小屋の中に女性の遺体があったのを見つけた勇者一行は、彼女がとても優しい人だったのかと、その死を悼んだ。
勇者は明け始めて白みだした空に誓う。
「あの魔族め、次に会ったら、必ずあの子の“お姉ちゃん”の仇を取ってやるっ」
その後、親元に帰った幼女の盲した瞳が、わずかながら光を取り戻し、それを不思議に思った両親に幼女は、
『やさしい、おねーちゃんから、ふしぎな飴をもらったの』
と話していたけれど、それはまた別のお話。
元々三人称しか書いたことがなかったので、今回は捗りました。





