3-00 暗い祈り(済)
第三章の始まりです。
その国は荒んでいた。大地も。空も。人の心でさえも……。
この痩せた土地は“人”が住むのに適した場所ではなかった。その為に、遙かな昔から各国の王達はそこを【流刑地】と定め、【開拓】の名の下に、大量の【人材】を送り込んできた。
罪を犯した者と、罪を犯した“名目”で捕らえられた者がその地へ送られたが、それ以上に多かったのが、異種族との混血児であった。
人とは違う異形の者達。獣の風貌や鱗の皮膚を持つ者。額から角を生やした者や、は虫類の瞳を持つ者。
彼らは“人外”の血を引いていても、片親は人間であり、人の心を持つ者が大半だ。
それでも人間達は彼らを疎み、荒れ果てた僻地へと追いやった。
この荒れた土地で生き残る為に、彼らは同じ境遇の“仲間”を、殺し、奪い、犯して、歪な混血は進み、新たな種族となる。
黒い髪、黒い肌に銀の瞳。……彼らはいつしか【魔族】と呼ばれるようになった。
生まれつき人外の血を受け継ぐ彼らは、魔力が人間より強く。荒廃した土地で生きる為に他を思いやる心を忘れ、争いに明け暮れる彼らの流した血は、怨念により大地を汚し、発生した障気は天に昇って太陽の恩恵さえ遮り、さらに大地を荒廃させていった。
そんな国を古びた王城から見つめ、その男は微かに溜息をつく。
(この国はもう限界だ……)
強い者は弱者を虐げ、弱者はそれを当たり前のように受け止め、奪われることを当然のように受け入れている。
強者も何も考えず、弱者が居なくなれば、国が強くなると思い込んでいる。
このままでは数百年も経たないうちに、魔族は弱体化して滅びてしまうかも知れないと言うのに。
男は荒んだ街から目を逸らし、王城の廊下を一人歩く。
(……強い“力”が必要だ)
今更、魔族達の意識を変えるのは不可能だ。奪うことしか知らない魔族達に、奪わないことを教育するのは普通に考えて無理だ。
従わせるしかない。
強者も弱者もまとめて従わせる強大な“力”がいる。
男が赴いた地下の祭壇がある場所に、巨大な召喚魔法陣があった。
大きさだけでも、悪魔召喚事件で使われた物の数倍の規模を誇るだけではなく、数百人の魔族が、かれこれ10年以上も魔力を注ぎ続けている。
(だが、まだ足りない…)
アレを呼び出すのならば、さらに数年は魔力を込めたほうがいい。
永い時を経た【大悪魔】の中から現れると言われる、三種の【支配者級】……。
その中のひとつでも呼び出そうとするなら、どれだけ準備しても安心は出来ない。わずかでも油断をすれば、その日が魔族の滅亡の日となるだろう。
「滞りなく進んでいるか?」
男が召喚陣に魔力を注ぐ作業中の者達に声を掛けると、その監督をしていた大柄な武将が男の前で跪く。
「現在は最低規定量の七割程かと……。現在の魔力蓄積量でも大悪魔級なら10体程度は呼び出せるでしょう」
「……そうだな」
武将の言いたいことも理解できる。
存在するかも定かではない“伝説級”の存在に頼るよりも、たった一体解き放つだけで人間国家に多大な損害を与える大悪魔のほうが扱いやすい。
知性が高い為に繊細な仕事を任せているが、彼は武人であり、大悪魔を解き放つことで現れるであろう人間の【勇者】と刃を合わせることを望んでいる。
だがそれでは駄目なのだ。
ただ人間を滅ぼし、奪うだけでは問題の先送りにしかならない。
「…………」
男は疲れていた。
人間共の領地を奪って豊かになれば、魔族も争うこともなくなり、きっと穏やかに過ごせるようになると言う期待は、とうに捨てた。
男は魔族自体に期待するのを止めていたのだ。
「作業を続けよ。計画に変更はない」
男は鋭く言葉を放つと、魔族随一と言われる自分の魔力を召喚陣に注ぐ。
その自暴自棄なまでの振る舞いに、幼い頃から仕えていた武将は寂しげに俯き、新たに決意して男の命令を受ける。
「この命に代えて……魔王様」
魔族に崇める神は居ない。魔族の中で最強の存在である【魔王】こそが神であり、それに勝る者はいない。
それでも武将はあえて祈る。
その願いを聞き届けるであろう【悪魔】に、心から祈る。
いつしか彼の心に平穏が訪れることを……。
*
その頃、とある【悪魔】は、学園にある普通の汎用召喚魔法陣に、こっそり無駄に大きい魔力を注ぎ込んでぶち壊し、その時に召喚された大量の【ワカメ】をどうしようかと、従者達と共にワカメを乾燥させながら、日々その使い道に頭を悩ませていた。
読了、ありがとうございました。





