2-01 姫様になりました ①(済)
第二章本編の始まりです。
今回から、今までの文量を2回に分けて乗せさせていただきます。
三~四千文字です。
さて、新しい朝が来ました。希望の朝です。
あの第二次悪魔召喚事件から一年近くが過ぎ、私も後三ヶ月で満五歳になります。
おやつを食べたり、王様であるお祖父様やお祖母様に会いに行ったり、この一年はあまりにも色々ありすぎて、妙にテンションが上がってしまい、挙げ句の果てには、街の夜景を窓から見つめながら『愛してあげる』とか呟いたり……。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああ…っ。
……すみません。
ちょっとベッドの中でジタバタしてきます。
*
さて、新しい朝が来ました。希望の朝です。
あの第二次悪魔召喚事件から一年近くが過ぎ、私も後三ヶ月で満五歳になります。
……ん? 何かありましたか?
それはともかく、私の生活は激変しました。
もっとも元々デロデロに甘やかされて過保護に育てられてきましたので、そう言った意味ではあまり変わりはないのですが、それがさらに増えました。
デロデロに……。そう、ワカメのようにっ。
「ユルお嬢様の為に、料理長が王都で流行の焼き菓子を、沢山作ったそうですよ」
「わーいっ」
人間の食べ物なんて滅んでしまえ。
声を掛けてきたのは、侍女長――お父様がお城にいた時からお世話をしていた人で、公爵になった時には、数十名の侍女達を引き連れてこちらに来た人なのです。
あの執事のお爺ちゃん――“爺や”さんの奥さんで、私は彼女からも“婆や”と呼ぶように強要されている。……何があなた達をそこまで駆り立てるの?
婆やは私の手を引いてゆっくりと歩く。
私ももうすぐ五歳ですし、そろそろ抱っこは卒業ですのよ。
でも、手を引かれると同時に必ずもう一人侍女さんが現れて、反対側の手を引いてくれるのです。
何故か私は、“コートの男性二人に手を引かれる猿”の白黒写真を思い出した。
二人に手を引かれるとほぼ歩かなくても良い。って言うか、足が浮いている。
これは無い。でも嫌がれば抱っこになる。拒否権はない。
わたくし……“お嬢様”ですよね?
余談だけど、お母様に抱っこされて廊下を歩いていると、扉が開いていた部屋の奥でヴィオが若いメイドさん達を集めて、腕立て伏せの特訓をしていた。
それは何のために鍛えているの……?
あなたたちの“愛”が重い。
我が家――ヴェルセニア公爵家の経済状況は非常に良いみたいです。
この国、聖王国タリテルドが土地的に豊かで、宗教的なものか国民は真面目だから、一生懸命働いて喜んで税を納めてくれる。
悪徳宗教的な国家じゃありませんように……。
まぁ要するに、お父様のトゥール領も沢山の税が納められる。
でもそれは公爵家のお金じゃない。
もちろん一部は還元されるけど、儲かっているのは、公爵家でお父様が独自にやっている貿易があるからなの。
王国の西にあるトゥール領。そのさらに西にシグレスと言う国があって、そこは国土の三割が農地という、ちょー農業大国だった。
農業国家だけあってシグレスの国教も、うちと同じく豊穣の女神・コストル様を祀っているし、そこの王妃様は、お父様のお姉様。つまりは私の伯母様なのです。
そりゃ儲かるよね。信用有りまくりだもん。
それでも良く聞くと、以前仕えていて引退した、家令のおじさんが仕切っていた時には、そこそこ程度の儲けだったみたい。
新しく王都の王城から連れてきた、お父様の元部下で、爺やの息子さんの新しい家令さんが教えてくれたけど、色々と【枷】が外れたみたいな事を言っていた。
そんな訳で、うちは貴族家の中でもかなりお金持ちみたい。
お父様もお母様も散財する趣味はないから、その恩恵は私に集中する。
お父様に付いてきた執事さんや侍女さん達は、私をひたすら甘やかして、元の公爵家に昔から勤めていた人達がみんな辞めちゃっても、お母様に付いてきたヴィオ達が新しい侍女さん達を猛烈に鍛えていた。
何か怖いわ。
その恩恵として大量のドレスと豪華な食事もあるけど、その程度では使い切れない。
はっきり言って私はどれもいらない。
どうして私の思惑からズレた物ばかりがやってくるの?
その一つとして、私が外に出掛ける時の【護衛騎士団】が設立された。まぁ普段は普通の騎士さんだけど、私がお出掛けする場合は十数名の女性騎士さん達……あのヅカ?さん達が、ガッチリ警護してくれる訳です。
女騎士……いい響きだよね。
ところがその護衛騎士団結成の裏には訳があったのです。
「ほれ、ユールシア。ここから城が見えるぞー」
「おしろー」
気を抜いて喋ると勝手に幼児語が出てくる。それはどうでもいいけど、私は今、国王陛下とご一緒に馬に乗っております。要するにお祖父様と一緒です。
外見は悪くないんだけど、どうもお祖父様は繊細さが足りない。可愛がってはくれるんですけどねぇ。
お祖父様と同じでお父様のお兄様である伯父様も“荒い”。繊細さがない。
良かった。お父様がお祖母様似で。
それはさておき、本日はお祖父様と遠乗りに来ています。
そうです、私は王都にいるのですよ。あの護衛騎士さん達は、私が王都まで来る為の護衛として、国王陛下の命令で集められた人達なのです。
滞在三日。行き帰りで一週間。月に一度は必ず登城して顔を見せよ、との仰せです。
面倒くさいわ……。
お祖父様は私をとても可愛がってくれる。
私みたいな怖い見た目の子供を何でこんなに……と思っていたけど、どうやら伯父様の子は男の子ばかりで、お祖父様はベロベロに可愛がれる、女の子の孫を待ち望んでいたらしい。ペロペロではない。ベロベロである。
あのぉ………私の二人の“お姉様”は?
「ユールシア。今日はあの森で“雉”という鳥を狙うぞっ」
「とりさんー」
私は適当に相づちを打って、どこにいるのかと鳥を捜す。あの“夢の世界”でも狩りなんて経験したことはなかったから楽しみではあるのです。
……おや? 森に【獣】の気配がする。
もちろん王都近くの安全な森でも、森なんだから獣さんくらいは居るんだけど、悪魔用語で【獣】とは、同族でも貪り喰らう悪鬼のような存在を言う。
……つまりは“私”のような存在だね。
まぁ今感じている気配は、そこまで酷いものじゃない。
せいぜい『食べる為に殺す』のではなく『殺す為に喰らう』程度の、可愛らしい気配なのです。
本当に可愛らしい……。
私の中にある【悪魔】の力はある程度使えるようになったけど、慢心はしていない。誰かにそんなことを言われた気もするし、国の戦力がどの程度なのかも分からない。
まぁ敵対はしませんよ? 私は【人間】が“大好き”ですから。
でもねぇ……この程度の気配で“私”を喰らおうだなんて……。
「………」
私は意識して、その気配の方角へ視線を向ける。
ただそれだけで、微かに動揺する気配がして“小物”の気配は消えていった。
「……どうした? ユールシア」
「う、うん……りすー」
お祖父様にそう問われ、私は、先ほどの余波で固まっている“リスさん”を指さす。
視線の余波だけで硬直しなくてもいいじゃない……。
「おう、可愛いな。あれが欲しいか?」
「う~~ん、捕まえるの可哀想……」
怯えられてるし。
「ユールシアは優しいんだねぇ」
そんなのんびりした声が隣から聞こえた。
視線を向けると、ほんのり桃色ハニーブロンドの男の子が、ほんわかした顔で私を見つめていた。
彼はリックのお兄ちゃん。第一王太孫、ティモテくん13さい。私の従兄弟。
そのストロベリーハニーの髪と同様に、彼の外見はめちゃくちゃ“甘い”のです。
エレア様似のそのお姿は正に絵本の【王子さま】なんだけど、ティモテくんは中身もふわふわの甘々で、リック同様、心の中で“様”を付けて呼んだことはない。
でも“君”はつける。リックは『ガキんちょ』で良い。
今回は従兄弟との交流ということで、ティモテくんが来てくれた訳です。
お父様や伯父様やエレア様は、国王であるお祖父様が遊んでいるからお仕事だ。
ちなみにリックは学校に行っていて来ていない。ティモテくんはいいのかと思ったけど、逆にリックは新入生の立場だから抜け出せなかったみたい。
私は勘違いしていたけど、学校に入学するのは小学校と同じ、その年度に七歳になる子供ではなく、入学時に七歳になっている子供――つまりは小学二年生からの入学で、魔術学院は17歳で卒業になります。
「やさしくない…よ?」
「リスさんもぉ、ユールシアの優しさが分かればいいのにねぇ」
そう言ってティモテくんは甘い笑顔で、私の髪を撫でてくれる。
話し方もエレア様そっくりだ。王家男子としては頼りないけど、十歳近く歳が離れているので、ただ甘えるには良いお兄ちゃんだね。私にも怯えないし。
「…ふふ」
それがちょっと嬉しくて、髪を撫でられながらニンマリ笑うと、それを見たお祖父様がガシガシと頭を撫でてきた。ちょっと痛い。
「ユールシアっ、あの鳥を狙うぞっ!」
声がデカいですよ、お祖父様。
私を側に控えた女性騎士達に手渡し、キリキリと弓を引き絞ったお祖父様は、一撃でピンクの鳥――あれが雉?――を射貫いた。
おおおおおおぉ……と、背後の騎士さん達――お祖父様とティモテくんの護衛32名と私の護衛騎士15名が感嘆の声を上げる。
でも私には『社長、ナイスショットっ』と幻聴が聞こえた。
「どうだっ」
「おじいさま、すご~い」
うん、褒めないとね。そんなドヤ顔されたら褒めないとね。
こんなところは、お祖父様はリックと良く似ている。そしてお祖父様に似ている伯父様もそんな感じでしょう。
そして、あの【彼】とも似ている。
どうやら私は、この手のタイプに縁があるのかも。





