150話 天使少女の現代旅行記・その1『転移』
「……あら?」
最強種の一つ、天族の少女イリスは、気がつけば見知らぬ場所にいた。
周囲はたくさんの人間。
それと、石造りの巨大な建物が建ち並んでいる。
足元は固く、石と似た、妙ななにかで固められているようだ。
そして、その道の上を妙なものが高速で通り過ぎていく。
一つではなくて、数えきれないほど。
妙な煙を後ろから吐き出しているところを見ると、生き物なのだろうか?
はて? と、イリスは小首を傾げた。
「わたくしは、確か……そう。レインさまやみなさんと一緒に、のんびりとお茶を楽しんでいたはずなのですが、突然、妙な光が現れて、それに飲み込まれて……」
強制転移だろうか?
イリスは慌てて周囲を見る。
……仲間の姿はない。
いるのは見知らぬ人間だけ。
しかも、なぜかイリスをじろじろと見てくる。
「なんですの、この人間達は……? 不躾ですわね」
イリスは不機嫌そうにするが、しかし、周囲の者達の反応は仕方ない。
突然、どこからともなく現れた銀髪の美少女。
しかも、とても目立つゴスロリ……ゴシックロリータの衣装をまとっている。
コスプレなのか?
しかし、妙に似合っている。
彼女ならばそれ以外の服はいらないというかのように、とてもしっくりとくる。
「もし」
このまま呆然としていても仕方ないと思い、イリスは近くにいた男性に声をかけた。
「えっ、俺?」
「そう、そこのあなたですわ。少し聞きたいのですが、ここはどこですの?」
「どこ、って……秋葉原だけど」
「アキハバラ?」
聞いたことのない地名だ、とイリスは小首を傾げた。
「あれは家ですの?」
「いや、ビルだけど……」
「ビル?」
「ビルはビルだよ」
「……そこで高速で過ぎ去っていくものは?」
「どこからどう見ても車でしょ。あ、バイクとかバスもあるけどさ」
「クルマ? バイク? バス?」
次々と知らない単語が飛び出してきて、イリスは混乱してしまう。
「キミ、大丈夫?」
「……ええ、問題ありませんわ。それでは、ごきげんよう」
イリスはスカートを軽くつまみ、優雅に一礼して立ち去る。
もっと色々な質問を重ねて、現状を理解するための情報を手に入れたいところではあったけれど……
しかし、多くの注目を浴びていた。
どのような状況かわからない以上、目立つことは避けたい。
そう判断して、イリスは、一度、人気のないところに移動した。
「ここは公園……ですわね?」
ビルと呼ばれている高い建物に囲まれている中、小さな公園があった。
よくわからないものがいくつか設置されているものの、それでも、緑や遊具があることで公園と判断することができた。
「ふむ?」
イリスは改めて周囲を見た。
ビルと呼ばれている建築物だけではなくて、それ以上の巨大な『なにか』がある。
その中には、見たことのないものを販売する店が多数入っていた。
その上を見ると、縦横に長い通路が遥か遠くまで伸びていた。
空中回廊だろうか?
それにしては大きく、とても頑丈そうだ。
さらに観察を続けると、人間達もおかしい。
まず、見たことのない衣服を身に着けている。
派手なものだったり、質素なものだったり。
それだけではなくて、妙なものを手にしていた。
冒険者カードよりも少し大きなサイズの……通行証?
さっぱりとわからないが、道をゆく人間達は、その通行証のようなものに指で触れて、じっと見つめている。
「なにがなにやらさっぱりわかりませんが……どうやらここは、わたくしの知る世界ではないようですね」
イリスはため息をこぼしつつ、自分が今、異世界にいると判断した。
気がついたら異世界にいた。
訳がわからない。
人に話したら笑われてしまうだろう。
特に、精霊族の双子の妹に話したら、爆笑されてバカにされること間違いなしだ。
しかし。
イリスは、数多の異世界が存在することを知っている。
彼女の使う魔法は、異世界からありとあらゆるものを召喚して、己の世界に顕現させる、というものだ。
故に、異世界の存在は当たり前のように認識していた。
「レインさまや他のみなさんの姿は見当たらない……ということは、わたくしだけが意図して転移させられた、と考えた方がよろしいですわね。しかし、いったい何者が……?」
イリスは、最強種と呼ばれている規格外の力を持つ存在だ。
その中でも、トップクラスの力を持つ天族。
そんな彼女に直前まで察知されることなく、強制転移させてしまうなんて、普通に考えてできることではない。
何者かわからないが、主犯は相当な力を持つだろう。
「まったく……穏やかなティータイムを返してほしいですわ。このような厄介事、ごめんですのに。さて……これからどうしたものか?」
召喚魔法の応用で、それなりに大変な準備をすれば、自力で世界を渡ることは可能だ。
ただ、敵の意図がわからない。
妨害してくるかもしれないし、元の世界に戻れたとしても、再び強制転移させられてしまうかもしれない。
まずは、この世界に留まる。
そして調査を進めつつ、敵の思惑を探るしかないだろう。
そう判断したイリスは、この世界についての情報を集める手段を模索して……
「やめてくださいっ!」
ふと、悲鳴じみた声が聞こえてきた。




