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異世界召還のリスク  作者: ボナパルト
第二章 魔王領の侵攻
33/33

32 戦場のリスク 4

約一年振りの更新となります。

 空からの突然の矢雨に、リオラス砦軍は混乱状態に陥る。

 兵士単位で見れば混乱している者、冷静に対処する者それぞれだが、冷静な者も混乱の鎮静に手や意識を取られ、軍隊としての役割を十全に担うことができる者はほぼいない。


 放たれた矢の数は三百を超えていた。つまりは最低で三百の飛行する魔物の増援が来たという証明でもある。

 盾を持つ新兵が咄嗟に頭上へと盾を掲げた。だがその行動は悪手。数本の矢が刺さることなど気にもしないオーガが、掲げた盾の下、無防備に晒した脇腹へと巨大な棍棒を振るった。

 意識を外した所へ中型の魔物からの一撃。まともにその打撃を受けた新兵は身体を大きく吹き飛ばされ、首は在らぬ方向へ曲がり。その腰から下は半ば反転するように捻れていた。助からないのは誰の目にも明らかである。それでも漏れる吐息とわずかに上下する肩が生命のあがきを感じさせた。


 同じく新兵の悲鳴にも似た絶叫。古参兵の怒号による戒め。戦場という円の中で、染みのように点在するオーガの場所。そこからじわりと混乱が染み出し戦場を汚染していく。

 魔王軍側のオーガは精々が十前後。矢雨による被害もそこまで大きいものではない。

 だがそれでも、勝利を確信したリオラス砦軍の高揚した士気を瓦解させるには十分な一撃だった。

 盾役には前と上、どちらを守ればいいのか判断がつかず、槍兵では高空にいる敵へ攻撃が届かない。弓兵はほぼ矢を使いきっており、班長は混乱の鎮静へと全力を注がなければならないため、対応策を考える余裕さえ失われた。

 これはつまり部隊としての戦闘力を失った状態である。


 兵力の減少よりも、遥かに早い士気の減少。

 これに歯止めをかけようと各班長や部隊長が声を張り上げる。しかしながら声の届く範囲はあまりに狭い。そしてオーガの咆哮はその声さえ掻き消すほどの大音量だ。

 続けてオーガの更なる打撃。混乱状態の兵士が致命傷、あるいは重症を受け吹き飛ばされる。

 それを見た他の兵士が更なる恐慌へと引き込まれ、混乱は加速していく。

 もう一斉射撃たれれば、右翼あるいは左翼は瓦解するかもしれない。一射目から経過した時間からいって既に二射目はつがえられている。いつ発射されてもおかしくない。そんな状況で異変は起きた。


 緩やかながら流れていた風が止む。

 風の平原の名の通りに常に止むことのなかった風が凪いだのだった。

 時間にすればわずか数秒のこと。

 戦場の混乱が数秒で収まる訳ではない。そもそも、そんな変化を気にしていられる兵士はほとんど居なかった。

 だが、戦局はその数秒を境に劇的に変わっていく。




   †   †




 ――矢が降ってこない?

 弓兵として優れた技術を誇るシリウルが一番初めに気づいた。

 士気崩壊を食い止めるために上空から夜雨が降り注ぐ瞬間を計っていた。幾ら森人の耳が良くても、姿の見えない上空にいる弓矢の発射音を喧騒に巻かれた戦場で聴きとることはできない。ならば経験から推察するしかない。だがそれもシリウルならばという機を外された。絶好の機会を外したのはなぜか。相手は凄腕なのか馬鹿なのか。シリウルには判断を下せる情報がない。

 少しでも情報を集めようと顔を上げ周囲を見渡し耳をすませる。すると風が止んでいることに気がついた。

 肌で感じる風は止んでいるのにも関わらず、耳にはこれまでにないほどの轟音が鳴り響いていた。それは遥か遠くから風が迫っている証である。時間はない。咄嗟に彼女は叫んでいた。


「総員伏せろ! 恐ろしいほどの風が来るぞ!」


 その声はシリウルの周辺、未だ統率されていた者達には届いた。だが戦場の多くは混乱状態にあり、とても命令は届かない。

 彼女は多くの被害が出ると予想し、奥歯が砕けそうになるほど噛み締めて耐えた。

 

 低地から発生したはずの轟風は、戦場の手前でその気流の向きを変え、戦場の上空をなぎ払っていった。

 無論、戦場にも突風は巻き起こったが、その轟風からすれば余波である。

 そして轟風が抜けていったその直後、まったく別方向からの轟風が戦場上空を駆け抜けていく。

 まるで風が生きているように戦場を縦横無尽に吹き抜けていき、それはやがて二柱へと凝縮されていく。俗にいう竜巻であった。




「ふむ。存外細かな制御もできるものだな」




 それは戦場に似つかわしくないほど平常な声。

 青き光に輝く茨を戴冠し、先行した二柱の竜巻の後から勇者ネフルティスが姿を現す。


 その人物の登場に、戦場の混乱は収まっていく。

 それは人でも魔物でも関係ない本能的なもの。あまりに荒唐無稽なものを見た時、現実を受け入れがたいがゆえの逃避行動。

 自然の脅威を従えるなど、人間や魔物の所業ではない。

 ならばあれはなんだろうか?


 戦場が活気を取り戻すまでのわずかな間。その少しの時間で、戦争の流れは再び切り替わる。

 二柱の竜巻は不安定に揺れながら、しかして力強く戦場の周囲を巡り上空に居るであろう魔物達を排除していた。

 さらに、ネフルティス自身がオーガと一対一で相対する。

 彼の姿を見ても誰も不安を抱かない。それは勇者への期待なのか、ネフルティス自身への畏怖なのか。

 確信という言葉を体現させる存在がそこにある。


 ネフルティスは無言で持ち込んだ短剣を片手に踏み出した。

「グオォォォッ!」

 オーガの咆哮。そして振るわれる丸太のような右腕に持たれた棍棒。

 ネフルティスは上体を反らしてその場でバク転を行い、棍棒を回避する。オーガの腕が通り過ぎるのと同時、ネフルティスはバク転の勢いそのままに、魔物の腕に追撃の蹴りを放ち振りぬく勢いを加速させた。結果、オーガは体勢を大きく崩し、ネフルティスは先ほどの位置からほとんど動いていない。

 ネフルティスは流れるような動きで振り子の要領で現れたオーガの左腕を掴み、下方へと引きこみながら足を蹴り払う。

 するとオーガが巨体にも関わらず足を上にして浮かび上がった。オーガは自身に何が起こったのか理解もできていない。

 落下する直前の僅かな浮遊状態の間、オーガは自身の真下へ用意された短剣の輝きに目を奪われ、そして頭上から落下し串刺しにされた。

 オーガとネフルティスが相対してから極僅かな時間しか経っていなかった。

 決して目で追えない速度ではない。そして力の流れを把握できるならば、不可能でないことも理解できる戦闘の流れである。

 相手の力を利用し、更に増幅させて勢いにより重心をずらし、力の要点である足を払うことで勢いが掛かる方向を制御してオーガの体そのものを空中に転ばせた。

 オーガの体が跳ね上がったところで勢いはゼロになり、落下による自重でオーガは頭から串刺しになったのである。


「ゆ、勇者殿がやったぞ! 続けーっ!」


 どこからともなくあがった声は、辺りに響いた。

 一気に回復した士気により、リオラス砦軍は軍隊の動きを取り戻す。そして上空から降り注ぐ矢も消えた今、魔王軍は最後の一匹まで駆逐されたのである。




   †   †




「我々の勝ちです! 皆さん! 勝鬨を!」


 ニオダイアは勝利を得たことを戦場に知らせるように剣を突き上げ、勝鬨をあげた。

 戦いの後、帰還のさなかに彼の元に集まった報告から、自軍の被害は新兵を中心に二割程度と推察した。これは死者と兵隊として再起不能の怪我人を合計した数だ。五百の歩兵と三百の空飛ぶ弓兵を相手に戦ったにしては少ない。大勝と言っていい結果である。

 しかしニオダイアには幾つか懸念があった。

 勇者であるネフルティスをもっと早く戦場に投入すれば被害は更に少なく完勝できたかもしれない。その投入を遅らせた原因が目の前に広がる光景であった。

 二つの竜巻により戦場は滅茶苦茶になっている。死骸は散乱し、地面は抉り取られ、風は強く吹きすさんだまま。風が強いままということは、地中に埋まっている筈の地形改善用の魔道具が機能を果たしていないことを示している。

 詳しい調査をしてみなければ分からないが、長い年月をかけて作り上げた穀倉地帯である風の平原は、開拓する前の風の平原に戻った可能性が高い。再び穀倉地帯とするためには、長い年月が必要となるだろう。

 勇者の力は戦闘前に聞いていた。『国土を使い潰し、強大な力を振るう』というにわかには信じられないもの。魔道具によって地形改善が行われたのであれば、魔道具を止めることで地形効果を元通りにすることができるという発想。理屈はニオダイアにも分かる。だが幾つもの地形改善魔道具を操作し、気流を操作して竜巻を作り出すなどとはもはや馬鹿げているとしか言いようがない。

 国を守る勇者が国土を削って力を発揮するというのは皮肉であるとニオダイアは苦笑する。

 王国は風の平原を、一時的にではあるだろうが失う。その代わりに魔王軍に対して明確な勝利を収めたという実績を手に入れることができた。リオラス砦は兵士の損耗を減らすことができ、新兵に経験を積ませることができた。勇者は自らの力を証明し、王と民の期待に応えた。そして魔王軍は戦力を減少させはしたが、情報を隠すことに成功した。


「四者四様。この結果を受けて他の二国はどんな動きをするのでしょうね。一介の現場指揮官にはあまり関係がないことではありますが」


 ニオダイアの声に答える者は周囲にいなかった。

 風は益々強さを、荒々しさを増していくばかりである。数日もすれば風の平原に人も魔物も立ち入るのは難しくなるだろう。

 彼には、それがまるで見えない城壁のように感じられるのだった。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

なんとか生きています。

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