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異世界召還のリスク  作者: ボナパルト
第二章 魔王領の侵攻
32/33

31 戦場のリスク 3

お久しぶりです。

再開告知からいきなりの遅刻ですみません。

これからも可能ならばお付き合いいただければ幸いです。

改めてよろしくお願いします。

 リオラス砦軍と魔王軍が開戦してからしばしの時間が経過した。

 朝霧は晴れ、戦場に吹き込む風が次から次へと生まれる血臭を散らしていく。

 そろそろ陽は高くなり中天に差し掛かろうとしていた。


 通常これほどの時間が経てば武器は損耗し、陣形は崩れ乱戦になってしまう。

 だが、それを人族の兵士達は耐えていた。

 ゴブリンの数が減ったということもある。オーガの攻撃のみならば大振りで対処がしやすいからだ。

 このままで戦況が進めば、人族の損耗は二割に届かずに魔物達を殲滅できるだろう。


 ここまで差がついたのには偏に戦闘開始直後の斉射によるものが大きい。更にその後の戦いにおいて、リオラス砦軍と魔王軍は最初こそ横陣部分同士のぶつかり合いだったが、人族は戦術に勝っていた。

 

 左翼を徐々に下がらせ、右翼を徐々に押し上げるという行程を経て横並びだった陣を階段状に変化させたのだ。

 そして右翼と中央の左側から、側面攻撃を加えたのである。

 魔物側も自然階段状に三分割されたが、攻撃面は分割された前面の三面のみ。対して人族側は前面三、側面二の合計五面である。

 三分割された内、中央と左翼に対する魔物側は挟撃を受けることになりその数を著しく減らしていった。

 ただでさえ斉射を受け数の拮抗もできなくなった魔王軍は対処することさえ難しい。


 下がりながら戦う左翼。留まり続けタイミングを見計らった中央。そして戦線を押し上げながら進んだ右翼。

 新人混じりとは思えぬ奮戦を各陣が見せた結果である。

 これに本陣の戦力はほぼ使われていない。三班が右翼の押し込みに加勢したのみである。




   †   †




 中央の陣から指揮を取るニオダイアは戦況報告を耳にしていた。

 興奮気味に戦況報告をする兵士の言葉を聞きながら、ニオダイアはため息混じりに苦笑し呟く。


「報告ご苦労さまです。オーガの数が減りませんね。いやはや恐ろしい生命力です」


 魔物側の残数は初期数からして二割を切っている。油断をしなければ既に負ける要素はない。大勢は決しているのだ。

 直接的な戦いを続けている兵士は今この瞬間も死にかけながら必至で武器を振るっているが、指揮をする立場の者には戦況が見えている。


 ニオダイアにとって気になることと言えばネフルティスの予言染みた忠告だが、朝霧が晴れ見渡す限りの地平に魔物が潜んでいる様子はない。ここに至っては、規模の小さな増援では意味が無い。


「魔物側が時間稼ぎをしているって本当かしら? ま、もっともこの戦況じゃそれも失敗したのだろうけどね」

「おやシリウルさん。どうしました?」


 初手で収束用の魔導矢を放ったシリウルが、ニオダイアの近くに戻っていた。何か状況に変化があったのかとニオダイアが確認すれば、彼女は気軽に答える。


「矢の補充に」

「大分射ちましたか」

「ええ。それはもう山のように。乱戦にならなかったのがありがたいわね。技量の低い者が撃っても誤射の可能性がぐんと低くなるから」


 弓兵は乱戦になってしまえば真価を発揮できない。それがこの終盤まで撃ち続けることができたのは彼らにとって十全以上に力を発揮できたということである。気分が悪いわけがない。

 だがその機嫌の良さも補充の矢束を見るまでだった。


「あら? たったこれだけ?」

「すみません。ここまで弓兵が活躍するような一方的な戦況はさすがに予想していませんでしたので」


 弓兵が大活躍する、ということはそれだけ射数が増えるということであり、矢が足りなくなっていた。

 その分敵の被害を受ける速度も通常の戦闘よりも早く、まさに圧倒したと言える。


「しょうがない、か。帰りの行軍もあるし、多少抑えるわ」

「お願いします」


 シリウルが持ち場に戻ろうとしたその時、ニオダイアはふと湧いた疑問を口にした。


「ちょっと待って下さい。シリウルさん。貴方の射が早いがゆえに矢が足りなくなるというのは理解できます。ですが他の弓兵はどの程度の矢が残っているのでしょうか?」

「えっと、今補給に来てもこの数しかもう矢束が補給されないってことは、一人頭十は割っているのではないかしらね」

「……それは応射に十分な量でしょうか?」

「応射? 何を言っているの。あいつらの誰も弓なんか持ってないじゃない。それに応射って言っても相手の規模もわからないんじゃ答えようがないわ」

「そうですね。相手の規模は今の私達の半分、というところではどうです?」

「弓兵の規模、腕が同程度と考えるなら、こちらの歩兵が乱戦覚悟の全力突撃で接敵するまでどうにか、ってところかしら」


 シリウルの弓兵としての腕前、判断をニオダイアは全面的に信頼している。

 今の予測は正しいのだろう。だとすれば今はギリギリのタイミングに違いない。

 今の状況から考えるに敵の狙いは明らかである。看破自体は間に合ったのだ。


「魔物側は弓矢を損耗させるために一軍を囮に使った、か。発想力の違いですね」

「……ちょっと、それどういうこと?」


 ニオダイアが呟いた言葉は小さなものだったが、総じて森人は耳が良い。シリウルは周囲に慌てた様子を伺わせることなく小声で尋ねる。だが思考に没頭しているニオダイアには届かない。


「しかしだとすればどこから? 今だに敵影さえ見えないというのは不可解……隠匿、偽装……いや……」

「ちょっと! ニオ!」


 いらだたしげにニオダイアの名を強く呼ぶ。


「あ、ハイ。なんです?」

「あ、ハイ、じゃないわよ。一体何? なにが起きてるの?」


「敵の戦術が分かりました。奴らはこちらの矢を消耗させた後、遠距離攻撃による一方敵な打撃を狙っています」

「ちょっ。それ本当!?」


「対処はまだ間に合います。シリウルさん。弓兵として相手に一方的な打撃を与える場合、どのようにすればいいでしょうか?」

「……そうね。敵から遠い所から撃つなら、威力が高くて精度が良い矢を使うわ。魔術が使えるなら広範囲系ね。これなら多少外れても余波で影響が与えられるわ」


「視界や斥候が見つけられない距離からの攻撃というのはありえますか? またその際の威力は」

「隠れるのが完璧なら距離は無視できるわね。威力もその場合はさほど大きなものではないでしょう。近くから撃てるのだし」


「では純粋に距離が遠い場合は?」

「距離を届かせるだけの威力が必要ね。これは距離に比して威力も強くなるわ。と言っても人間が使えるような弓ならば視界より外から、というのはまず無理ね。平原ならまず見つけられる。高威力を出すためにはそれだけ大きな物が必要になるわけだし」

「ですよね……。だとすると……距離を伸ばす射法ってどんなものがあるでしょうか?」

「強い弓を使う、射角を最適化する……高いところから撃つ!」


 シリウルの声が響き渡ると同時、ニオダイアは空を勢い良く見上げた。

 空には眩しく輝く太陽。そしてその太陽には、幾つかの影が穿たれている。


「空からの射撃です、か。総員に通達! 二班結合! 盾を持つ者は空にも気を配れ」

「間に合うかしら?」

「無理です。それに空だけに気を配っているわけにもいきません。上に手を挙げた瞬間、腹をオーガに殴られます」

「空と地上からの挟撃とか、どんな反則なのよ」

「幸い地上は圧倒的戦況です。オーガやゴブリンによる被害は少ないでしょう。問題は空です。シリウルさん。空から弓を撃ってくる敵に対し応射って可能ですか?」

「私なら。一般兵には無理。上級兵でも狙ってやるのはキツイわね。新兵は論外。相手は高所だからよほど強い弓じゃないと届かないし」

「撤退も難しそうですね。相手の矢が尽きるまで耐えるしかありませんか」


 一方的に攻撃を受けるだけの戦闘。

 これまでの防衛戦ではされることがなかった戦術だ。

 ニオダイアは思う。おそらくは使えなかったのだ、と。なぜ、という疑問は今は意味をなさない。リオラス砦をここで再現するのは不可能であり、シリウルの射だけで魔物を押し返すのは不可能だ。


「……仕方がありませんね。こちらも奥の手を切りましょう」

「奥の手? ……気になるけど、私は迎撃に向かうわね」

「お願いします」


 シリウルがありったけの矢束を運ばせながら駆けて行く。


「勇者様へ伝令! 殲滅をお願いします!」




   †   †



 本陣に伝令が駆け込む。


「伝令! ニオダイア司令官より『殲滅をお願いする』とのこと!」

「了解した」


 ネフルティスは言葉を返し、動き始める。

 僅かな時間瞳を閉じ考える。


 ――思ったよりも時間が掛かるものだな。この世界の戦争というのは。


 頭外領域でシミュレーションした内の一つの流れを沿う今の戦況。

 掛かる時間にのみズレが生じていた。

 後々修正しようと思い、今はゆっくりと腕を上げた。

 そして指を二回高く鳴らしたと同時、天空より百を遥かに超える矢雨が降り注いできていた。




ここまで読んでいただきありがとうございます。

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