28 戦場のリスク 0
時間がかなり空いてしまいました。
申し訳ありません。
リアルの都合と折り合いをつけるのは大変ですね。
『戦場のリスク』の序章部分になります。
パチッと鳴る音に、とっさに反応を返してしまう。
反応したのは、まだ青年と呼ぶには早い年齢の星人新兵である。
焚き火が弾ける音さえ、新兵には緊張を強いていた。
彼が昼の進軍している時から感じていた不安は、陣地の中に居てなお強まっていった。
陽が落ちた後、魔獣の時間帯だということが恐怖感をさらに煽った。進軍中には敵襲がほとんど無かったことも不気味だった。
新兵は普段彼らが守っているリオラス砦が、いかに強固なのかを初めて実感していた。
石造りの頑丈な城壁。たっぷりの武器と明かりに、小さく見える魔獣たち。
ベッドの硬さと埃っぽさに辟易としていたが、今では粗末なはずのそれらさえ恋しかった。
彼にはいくつか疑問が生じていた。
なぜ頑強な砦を出て戦うのか。どうして危険な位置にわざわざ出ていくのか。
訓練はしたはずなのに、心細く孤独を感じるのは彼自身の命が散ることに現実感があるから。
司令官からの訓示により、取り残された村人を助けるための囮役だとは聞かされていた。
その為に城に駐屯している二千の兵隊の内、五百もの兵力を動員している。
勇者とか呼ばれているうさん臭いおとぎ話の主人公も参加しているとかいないとか。
使命感も安心感も期待感さえも十分にあるはずなのに。それでも心に染みこむ恐怖を駆逐できないでいた。
そんな新人に明るい声がかけられる。
「よう新人。そんなにビクつかんでも今は安全だよ」
声をかけたのは中年の兵士だ。新兵の父親程度の年齢で、彼と同じく星人である。
一見継ぎ接ぎだらけに見えるが、実用性に特化し急所部分の防御を強化した革鎧や、急所以外に幾つもある傷跡は、歴戦をくぐり抜けてきた古参兵のみが持ちうる独特の雰囲気だった。
新兵の様子を見て、このままでは戦闘前に消耗しきってしまうと古参兵は判断したのだ。恐慌一歩手前の新兵がいるならば、それらをフォローするのは、古参兵の役割である。
規律、階級を重んじる騎士にはない、あくまでも同じ視点からの声かけ。ただ自分が先にいるからと後輩に手をのばすそれは、慣習と呼ばれるものだ。互いに背中を預ける兵隊ならではである。
「あ、はい。でも、なんだか不安で……。平原の夜ってこんなに暗いんですね」
「そりゃ今は人が住んでる訳じゃねぇからな。でも森とかよりはマシだぞ? 星明かりや月明かりは十分だし、今は篝火もあるしな」
そう言いながら新兵の横に腰を降ろす古参兵。どっこいしょ、の掛け声は極めて自然だった。
小さめの酒瓶を懐から取り出し栓を緩めて一口。息を吐いて古参兵は続ける。
「……にしても不安か。うん。まあそんな時は顔を上げてみるといいぞ」
「顔を上げるんですか?」
「いいから」
古参兵の言うように顔を上げ周囲を見渡す新兵。
彼の視界に映るのは、三種類の人族だった。
人種がどうこうではない。今の新兵と同じように恐怖し苦悩する新兵。まったく物怖じせずに笑っている古参兵。そして平静を保っている中堅兵だ。
「見たか」
「え? あ、はい……」
訳が分からず曖昧な返事を返す新兵。
「魔獣、いたか?」
「いるわけないですよっ!」
「そうだな。いるわけないわな」
「なにが言いたいんですか?」
古参兵の言葉に思わず怒気の混じった声を返す新兵。頭の片隅では、八つ当たりだと自らを恥じているのに止まらない。
古参兵はすぐにそれには答えず、酒瓶に口を付けた。
いらだった新兵が再び口を開こうとした瞬間に合わせ、古参兵が口を開く。
「代わりになにがいた?」
「どこ見たって自分たちと同じ兵隊しかいませんよ……」
「そうだな。兵隊は沢山いるな」
「何なんですか?」
周囲を見渡してもいるのは兵隊ばかり。
明日には死ぬであろうに、笑っていたり平静でいるのが新兵には理解できないでいた。
疑問を投げてもすぐに返事をせず、催促をするように行動を取ると返答がようやく返ってくる古参兵の態度に新兵はいらいらしていた。
古参兵にとっては会話の技術であったのだが、新兵はそれに気付かない。
そして再び新兵が声を出そうとした所で、古参兵が別の話題を絶妙の間で挟み込む。
「お前が思ってたこと、当ててやろうか。夜の暗さにビビって、自分が魔獣に食い殺されるのがすげぇ現実的に思えた。砦に帰りてえってのも一緒にな」
「そ、そんなこと……」
ない、と断言することは新兵にはできなかった。虚勢を張っても見破られる。そんな気がした。
「その顔は、なんでわかったのか?ってか。初陣でしかも夜営中ってんなら大体そんなことを思うもんさ。その恐怖に心へし折られて脱走する奴もいるくらいだ」
「俺は脱走なんて!」
「わかってるよ。第一脱走してどうなんだって話だよ。それこそ頭で考えてた展開そのままになるね。夜は魔獣の時間だ。そんな中砦まで走って戻る? 無謀通り越して自殺志願だわな」
新兵は自分が脱走した姿を想像した。逃避は甘美な誘惑だったのは間違いない。
だが、砦まで帰れる自信はかけらも無かった。魔獣に襲われ、泣き叫びながら喰われ殺される様しか想像できなかった。
「……」
「お? また怖くなってきたってか。まあ、そこでおじさんの話を少し聞けよ」
「……なんですか」
「さっき顔を上げろって言ったのがここで分かるわけだ。お前も言ったじゃねぇか。兵隊がいる、ってな。」
「そんなの当たり前じゃないですか」
古参兵はニヤリと口元を笑みの形にして言う。
「いいや違うね。聞くが、お前の空想では、魔獣と対峙してるのは何人だった?」
「……自分一人、でした」
「だろうな。でもお前言ったよな? 兵隊がいるって。そりゃ一緒に戦う連中がいるってことじゃないんかね」
「!」
その言葉は新兵に強い衝撃を与えた。
新兵が感じていたのは恐怖。そして強い孤独感からくる不安だった。
単独では小型魔獣にさえ勝てないという現実。そして総数は不明だが、こちらよりは確実に多いであろう魔獣。
一対一では勝てないのに、数でも負けていることが絶望を新兵に感じさせていたことに気がついたのだ。
だが、仲間がいれば魔獣に打ち勝つことができる。そのことを思い出した瞬間、どうあがいても勝てない想像の怪物は、心の中から雲散霧消していた。
魔獣は恐ろしい、夜もまた恐ろしい。しかし絶対無敵の怪物ではない、と新兵は恐怖を一つ克服する。
「一人で戦うんなら、俺だって小型魔獣くらいが限界だがよ。仲間がいるんなら大型魔獣だって狩れらーな」
「……大型は、ちょっと遠慮したいです」
心に少しの余裕を取り戻したのか、新兵が軽口を叩く。
古参兵は生意気だとばかりに新兵の頭を小突いて軽口にのった。
「初陣で大型なんて逆に幸運だと思えよ。まあ、そういうの相手は“勇者”殿にがんばってもらえやいいじゃねぇか」
「そうですね。……ありがとうございました。もう大丈夫そうです」
「お? そうか? なんだよこれから俺の武勇伝が十は語って聞かせようと思ったのによ」
「朝になっちゃいますよ」
「おお、そりゃ大変だ。ま、今日は夜襲はねぇと思うからよ。酒でも飲んで寝とけ。ただしブーツは脱ぐなよ」
「履けなくなるから、ですね」
訓練は真面目にやっていたのか、と古参兵は思う。
古参兵は、だが考えてみれば、と冷静になる。敵と自分の戦力差を理解できる力があるからこそ不安になったのだ。立ち直り死ななければいい兵隊になるかもしれない。思わぬ拾い物になるかもしれないな、と頭の中に新兵の顔を記憶した。
しかし態度に可愛げがなくなったのが癪に障ったので、
「馬鹿。臭いからだ」
と意地悪な返し方をした。
それに対して新兵は生意気にも、
「了解しました」
と笑顔で敬礼をした。
このようなやり取りは陣中のあちこちで見受けられた。
新兵を育てるには厳しい戦場である。この風の平原は最前線なのだから。
だがそれでも古参兵や中堅の育った兵隊ばかりを連れてくることは情勢が許さなかった。
新兵の内、何人が生き残れるかなと古参兵は冷徹とも言える感情を殺した思考を行う。
結局はその冷徹さが、多くの新兵を中堅へと押し上げて命を助けることになるのを知っているからであった。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
続きは一週間以内に上げていきます。お待ちいただければ幸いです。




