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異世界召還のリスク  作者: ボナパルト
第二章 魔王領の侵攻
28/33

27 討伐のリスク

 ようやく更新できました。

 戦闘シーンは難しいですね。

 遅くてすみません。

 少年は母に手を引かれて走り続ける。

 村を囲う柵の向こう、少年が走る方向と正反対の位置に、ひどく大きな山が見えた。

 おかしい、そんなところに山なんてない。少年は思う。

 見間違えたのも仕方がない。

 そこにあるのは少年の身長からは山と見るにふさわしい大きさだったのだから。

 違いがあるとすれば、その山が動いている、ということ。

 それも村へ向けて。

 一歩進むごとに巨体は更に巨大に映り、地響きが音となり振動となり少年と母、それに村を揺るがした。

 どこへ逃げればいいのか、どこへ逃げるべきなのか。

 少年には分からない。ただ、母の手に引かれるまま走り続ける。


「走りなさい!」


 母の声は少年にとって初めて聞く声だった。

 振り返る顔には鬼のような形相。少年にとって怖いが、不思議と不快感はない必死な表情。

 どうすればいいのか、誰に頼ればいいのか分からない。

 少年は一つだけ心に誓う。泣かず、母を困らせない、と。

 息は切れ、走るのは苦しいけれど、少年は広がる恐怖の中走り続ける。

 揺れる足元に転んだ回数ももうすぐ十。少年が数えられる最大の数に近い。

 それでも泣かず叫ばず走り続けると、とたんに地鳴りが収まった。

 振り返れば山が止まっている。

 振り返ったまま走れば、先を行くはずの母にぶつかる。

 乱れた呼吸のまま母を見上げれば、そこには母の顔と、真剣な顔をした男の騎士が居た。

 母に何かを喋っていた騎士が、少年の視線に気づきそちらを向く。



「泣かないのか。強いな」

「騎士、様……?」


 息が切れ、ようやく一言だけ。


「ああ。我々はリオラス砦の騎兵隊だ。ここの村人を避難させにきた」


 騎士はそう言うなり、母親を馬へと上げる。そして少年へと手を伸ばし、掴まるように促す。


「たす、かるの?」

「大丈夫だ。あれを見なさい」


 少年が騎士の腕にすがるように掴まると、力強い動作で母親の前、騎士の後ろに座らされ、先程までの山を指さす。

 目を凝らせば、小さな影が山に相対している様子が見えた。


「見えたか? 今この国最大の英雄が、大型魔獣を退治している」

「山……やっつけれる?」

「ああ、もちろんだ。だが少年達がいては全力で戦えない。そうなれば負けるかもしれない。だから避難だ。いいね?」

「うん!」


 その答えに満足したのか、騎士は力強い笑みを浮かべた。

 負けるかもしれない、と言われたが、騎士自体がそのようなことを微塵も疑っていない様子である。

 母親へ向けて一つ頷くと、手縄を操り踵を返し、走りだす。

 落ちないよう、しっかりと母親に抱きかかえられながら、少年は今一度山のような魔獣の方を見る。

 平原で暮らす民の視力は高い。自ら薄く光る剣を掲げた女性騎士が、魔獣を斬りつけている。

 その姿を少年は強く心に印象づけた。恐らくは生涯忘れないだろう、“英雄”の姿を。




   †   †




「ラアァァァッ!」


 雄叫びと共に馬から飛び降り一閃。サラエントの斬撃が魔獣の四本ある内の足一本を捉えた。

 大木よりも遥かに太いその足は、一度の切りつけで倒れるようなやわな作りをしていないらしい。

 深々と切り裂いた筈ではあるが、ほとんど体液を流していないのがその証拠だ。

 それでも侵攻は止まった。村へ入るギリギリのところで、サラエントと騎兵隊は間に合っていた。


「すぐに村人の避難を! こちらは私に任せよ!」

「了解! 全員散開! 一人も残すな!」


 百の騎士が村へと駆け込んでいく。

 それを背後に感じながら、サラエントはマタメナチと呼ばれる大型魔獣と相対した。

 基本は四足歩行で、長い首と尾を持ち、胴体部を鋼よりも硬い甲羅で覆っている。

 その体長は胴体部だけで兵隊五十人が同時に槍を突けるほど。首先から尻尾の先まで並べるなら、百人以上が並べるだろう。

 全高に至っては、城の塔よりも高い位置まで首が上がる。

 尻尾には変形した甲羅がゴツゴツとした岩肌のようになっており、それを凄まじい力で振り回す。一度に百人はなぎ払える力は、当たれば即致命傷となるだろう。

 まさに相対するならば千人の兵隊を必要とする。規格外の魔獣だ。

 だがその巨体による自重は本来四本の足だけで支えるのは不可能である。

 それを可能としているのがマナの存在だ。大型魔獣は体内にマナを生成する核を持ち、その生成されたマナを体中に循環させることにより内部や外部の骨格を強化し自重を支え、移動したり行動したりする力に変換している。


 魔獣、というよりも生物兵器と言った方が正しいその姿は、見る者の心を砕くに十分な威圧感を備えている。

 それに相対してなお、サラエントは村人救出に間に合ったことを喜び、目元は真剣に口元には笑みを残したまま、魔導剣を起動させた。


「焦らせてくれたな。マタメナチ」


 目の前にいる小さな存在をマタメナチは顔にある八の目で睥睨した。

 本来十の目を持つと言われているが、二つは潰されている。

 この事実は二つのことをサラエントに情報として教えた。

 一つ、この大型魔獣は人との戦闘をこなしたことがある、ということ。

 二つ、言葉は通じずとも、このマタメナチは理性を宿し、サラエントをこの場の最大脅威と認めているということ。


「私はサラエント。戦闘前の礼は略式さえ省略させてもらう。すまないな。この戦場、貴様さえ通過点に過ぎないのだ」


 言葉の意味は理解していないだろうが、応じるようにマタメナチが大きな口を開けて咆哮した。

 それが戦闘の始まりを告げる。




「往くぞ!」




 初撃は当然のようにサラエントだ。

 マタメナチに向かい、真正面から仕掛ける。

 先程斬りつけたのは後右足、今は前右足だ。加速したサラエントの機動力は、人が斬り合う程度の距離であれば、一瞬でその視界から消えるほど。

 だが、それが遥か高みから見られているとなれば、捉えることは可能だ。

 マタメナチが斬られた足を持ち上げ、サラエントを踏みつけようと一気に振り降ろす。

 サラエントはゆうゆうと回避行動を取り、距離をあける。

 決して踏み潰されることはない安全な距離。


 しかしマタメナチの右前足が地面を捉えると、それは地震となりサラエントの足元まで響き渡った。


 サラエントの魔導剣の起動には音速を越える理が必要である。地震の中でそんな速度を得ることができるはずもない。

 結果としてサラエントは最大の武器である速度を失う。

 そこへ地についた右前足を軸足にした、右回りに反転するマタメナチの尻尾が襲いかかる。


「くっ!」


 地響きからの尾による一撃。自身の巨体を理解した上での攻撃だ。

 サラエントは距離を取っていた。それは必然、尾の先端部分が襲う部分となる。

 鞭は先端こそが最速であるように、襲いかかる大木のような尾もまた高速。


 受け止める、受け流すなどは不可能。圧倒的質量の前には回避するしか手段がない。

 だが円を描いて振り回される尾に対し左右への逃げ場はない。

 足場の揺れからジャンプで回避するには遅い。

 ならば、とサラエントが選んだのは下。


「いきなり賭けだなっ!」


 尾の先端はあらゆる生物がそうであるように、細い。

 大木のような尻尾であろうとその理は曲げられていなかった。

 自ら尾に向かい走り、滑りこむようにして尾の下をくぐり抜ける。

 屈んだりその場に伏せて避けるれば、尾がもたらす暴風により身体を持ち上げられ巻き込まれてしまう。

 勢いをつけることで、くぐり抜けることを可能としたのだが、常人の神経では考えつくことも実行することも不可能だったに違いない。


 最初の危機を脱したサラエントは、再び大地に立つ。

 尾の振り回しは強烈であるがゆえに、その後には体勢を戻すために隙ができる。

 サラエントは首の付根へ向け、魔導剣を振ろうと加速した。

 サラエントの現在位置はマタメナチの左わき腹辺り。

 そこから首の付け根へ斬りつけるのに掛かる時間は敵にもう一度攻撃を許すほどもない。

 だが、そこに待ち構えるようにマタメナチの顔があった。

 大きな顎を開き、サラエントを食わんと待ち構えている。


 合計三回。それがこの大型魔獣の一つの攻撃パターンだと気づいたのは、危うく食われかけたところから無理やりに飛び退いた位置でのこと。

 幸いなことに魔導剣が起動していたため、足への負担もなかった。

 敵の攻撃パターンを見極めるのは、対大型魔獣戦の必須条件とも言える。

 そのことをサラエントは思い出す。長らく戦場へ出ていなかったことの弊害が早速現れた。




「フー……」


 まるで仕切りなおすように息を吐くサラエント。

 立ち上がり呼吸を整えている間に、マタメナチも再び相対の状態へと体勢を戻す。

 サラエントの一挙一投足を見逃さないよう八の目が睨み続けている。


「私は何を思い違いをしていたのだろうな……」


 サラエントは自身へ嫌悪をあらわにしながら独りごちた。


「なにが“英雄”か。なにが通過点だ」


 傲慢にも程がある、とサラエントは続ける。


「どんな勝ち方でもいいから勝つことこそが重要だったのに」


――なにを、忘れていたのか。

  背後には救助を待つ村人たちがいる。それを助けに来た騎兵隊がいる。

  これは負けられない戦いであるというのに――


 サラエントが魔導剣を両手で握り直し、


「なにを人間らしく勝とうとしていたのだろう」


 呟きサラエントは走りだす。

 応じるように、マタメナチは前足を上げる。

 だが今度は片足ではない。両の前足を持ち上げ、後ろ足で全体重を支えて立ち上がった。

 見る間に後ろ足が地面へとめり込んでいく。それでも立っていた。


 自然サラエントとマタメナチに距離が開く。

 だがサラエントは構わず走る。


 襲いかかる両の前足。これはサラエントを潰すために振り下ろされるものではない。

 その両足が地面に設置した瞬間、凄まじい振動が辺りを襲った。

 村の民家は半分以上が倒壊し、救助に当たっていた騎兵もその振動に救助の中断を余儀なくされるほど。


 マタメナチは自身の反動で、今度は後ろ足が地面から浮き上がっている。

 そして更に勢いを付けた尾で今度は横ではなく縦にサラエントを叩くつもりでいた。


 だがその場にサラエントはいない。自身の前足が地面を揺るがしたその瞬間だけは、自身の首が地面に落ちぬよう支える必要があったため、視界に制限ができてしまったためである。




「どこを見ている」




 後ろ足と尾が地面を叩く爆音の中で、凛とした声だけはいやにはっきり響いた。


 サラエントは、マタメナチの背にいた。

 それは身体の中央、即ち核がある部分の直上である。

 そして甲羅へ向け、機動させた魔導剣を全力で振るう。


 かあんという空洞音と金属音を同時に感じさせる音が辺りに響く。

 そしてそれはリズムを早めながらさらに加速していく。


 かあん!かあん!と繰り返し響き渡る快音は、やがてかん!と一つ一つの音が短くなり、

最後には、かかか!と残響を消すほどの連続音に変わっていく。


 最後にひときわ高い音を立てて、穴があいた。

 ひと振りふた振りで穴をあけることなど到底不可能であろう大型魔獣の背甲羅。

 だが、それが耐える物である以上、それ以上の攻撃を加えられれば破れるのは道理。

 問題は、一箇所に対してそれだけの連続した打撃力を加えることが困難だという一点だ。


 サラエントは最初人間らしく、“斬る”という行為で勝とうとした。

 相手の体躯を削り、体力が尽きるまで斬りつけよう、と考えていた。

 それを“潰す”ことで勝とうと戦闘方法を切り替えたのだけのこと。

 潰す位置は頭でも足でもどこでも良く、一つずつ破壊していくつもりだったという。偶々核が近かっただけ。


 音速を越える連続打撃を加えられることを想定した生物などいない。

 手に返る衝撃や疲労および刃こぼれなどは、魔導剣が起動している間は全て無視できる。

 力づくで甲羅に穴を開けた後は、核まで一直線に斬り刻んでいく。

 マタメナチが振り落とそうと身体をどれだけ振ろうが、がっちりと内部に足を踏ん張り剣を振るうサラエントは揺るがない。

 首を回しても尾を立てても、届かない位置というのは存在してしまった。

 大きな、これまでで最も大きな絶叫を上げるマタメナチ。

 それは核を抉り破壊された証。自重を支えられなくなったことで、後はゆっくりと死んでいくだけの存在になっていった。


 サラエントは大きく息を吸い込み、叫ぶ。




「大型魔獣マタメナチ! ここにサラエントが討ち取った!」




 背後には避難が完了している村。既にある程度の距離を取っている騎兵隊と村人たちに聞こえるはずもないのだが。

 一人には慣れているサラエントは、それでも勝鬨を上げる。それが勝利者の義務だと思っていた。


 誰もが結果しか知らない、誰かに語ることもない。

 ただ孤高に在る“英雄”の勝利である。



 ここまで読んでいただきありがとうございます。

 今回は英雄vs魔獣でしたが、次回は軍隊vs軍隊の形になると思います。

 再び時間は少し掛かると思いますが、ご了承ください。


8月23日 誤字修正

9月 2日 誤字脱字表現修正

1月21日 脱字修正



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