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異世界召還のリスク  作者: ボナパルト
第二章 魔王領の侵攻
27/33

26 作戦のリスク

 大変遅くなりました。

 申し訳ありません。

「城門を出てすぐに魔物に遭うのかと思ったが、敵はある程度退いているのか?」

「はい。リオラス砦から攻撃可能な範囲には、なかなか入って来ませんね。何度か攻撃はあったのですが、どうも射程や防衛力を試されているようです」


 風の平原、馬上にてサラエントが疑問を投げると、側にいた騎兵の一人が答えた。


「今は都合がいいな。一刻も早く目的を果たすとしよう」

「はっ!」


 現在時刻は日が昇る直前、朝靄の中をサラエントと百人の騎兵が駆けている。

 ネフルティスの姿は無い。別の行動についているためだ。

 サラエントと百人の騎兵は、ネフルティスが用意した作戦ではなく、突発的に発生した別の作戦行動に当たっていた。

 本来ならば、サラエントはネフルティスの護衛を務めるはずであったが、見過ごせないと判断したネフルティスからの要請により、こちらの作戦へと参加している。


 サラエント達は今、風の平原内に取り残された村人の救出へと向かっていた。


 道中、魔物の斥候であろうと思われる十匹の影が見えた。

 人族よりも全体的に小さい体、それに引き換え一回り太い手足。二足歩行で歩いている。体表は薄緑色であり、目と歯は黄色く濁っていて、人族の価値観では凶悪な顔つきに見える。ゴブリンと呼ばれる特徴を持つ小型魔獣の一団だった。


 ゴブリン達が手に持つのは、刃の欠けた鉄製の剣や、矢が刺さったままの木で組んだぼろい盾、投げても使えそうな石斧などバラエティに富んでる。サラエント達にとって幸いなことに、弓を持った相手はいないようだった。胴体にはそれぞれ体格に合わない革鎧を無理やりに着込んでいる。この先の砦や、これまでの戦闘で人族が作った物をそのまま流用しているのだろうとサラエントは予想した。

 騎兵が移動する音を聞きつけて出てきたのだ。そのため全員が最初から戦闘態勢である。遭遇戦ということになる。


 サラエント並びにサーランド王国騎兵隊は、移動を続行したまま各々武器を抜く。

 このまま突撃し、一気呵成に粉砕するつもりである。


 今は残された村人達を救出を行うのが大事であり、その為には一人の騎兵も脱落させるわけにはいかないとサラエントは判断した。


「先行する! 後に続け!」


 サラエントは馬の腹を軽く蹴り手綱を握る。

 馬群の先頭を走っていた彼女が、更に速度を上げてゴブリンの群れへと突撃した。


 ゴブリンの対処は馬の前で足を止める係に一グループ四匹、残りの六匹は左右に三匹ずつとなり合計三グループへと分かれていた。

 ゴブリンにとって戦力比は十対一。しかも三方向に分散している万全の構え。


 それでもなお、馬の足は止まらない。


 サラエントへ最初に飛ぶのは、正面から手斧が四つ。

 馬めがけて投げられたそれは、止まっている対象に投げる速度こそ弓矢に及ばないが、馬の全力疾走との相対速度を考えれば、弓矢に劣らない速度を出す。当然、人も馬も殺傷するには十分な威力を秘めていた。


 「はっ!」


 サラエントは息を吐き、手綱を使わず足で馬を操った。わずかに駆けるルートをずらし、走る速度はそのままに飛んでくる手斧の二つを回避する。

 さらに魔道剣で一つを叩き落とし、最後の一つはそのまま空いた手で掴み取り、投げ返し正面の一体を屠る。ゴブリン残り九体。


 ゴブリンが驚いているのは、言葉が通じなくても雰囲気で伝わった。

 その動揺のタイミングで、サラエントは群れの中へと駆け込む。


 ゴブリンは左右に三体ずつ。

 武器を振り回すのではなく、馬の走るコースへと剣を刺し込んでくる。

 誰か一人でも攻撃を当てればいいという、犠牲が出ることを前提とした戦い方だった。

 並の騎兵にはそれで十分通じただろう。

 だが、ゴブリンの目の前に駆け込んでくるのは、魔道剣を起動させた英雄である。

 ゴブリン達の武器が馬に、騎手に届くよりも速く、向かってくる武器を一つずつ弾き飛ばし、更に首を刎ねていった。つまりは一度攻撃される間に十二回剣を振るったということ。目にも留まらぬ早業である。残りは三体。


 サラエントから見て正面、手斧を投げたゴブリン達が盾を構えて突進を止めようとしている。

 太く短い足を杭のように地面に踏ん張らせ、かつ三匹の力を寄り集めて頑強な塊となっていた。


 サラエントは魔道剣を納刀し、手綱をしっかりと握る。それでもゴブリンの攻撃が来ないことを確認し、さらに速度を上げて一気にその塊を飛び越えた。


 慌てたゴブリン達は後ろに振り返り、サラエントに向けて相対した。

 だが、真後ろにいるサラエントに相対するということは、追いついてきた騎兵に背を向けるということ。それが敗因となり、背中を、首を槍で串刺しにされ命を断たれていた。全滅である。


 サラエント達が十体のゴブリンを瞬く間に片付けた後、騎兵の被害がゼロであることを確認。


「損害はありません!」

「よし、それでは急いで村に向かおう。大型が見えたら知らせよ。私が相手をする」

「はっ!」


 英雄の戦いを目の当たりにし、騎兵達は疲れ知らずに士気を上げた。

 村までは、今しばらくの距離がある。


 サラエントは一つの戦闘を終えて、ネフルティスの側にいるはずの自分が、ここにいる理由を思い出していた。


 しばし時間は遡る。




   †   †




 ネフルティスとサラエントがリオラス砦に辿り着くと、王城から魔道具による連絡が入っていたらしく、すぐに砦入りは許可された。

 リオラス砦は岩人の目利きにより選び出された硬度の高い石材を中心に組まれた堅牢な城塞で、その城壁は長城として南北に伸びている。

 また長城という建築物を維持するために、リオラス砦には資材が豊富に備蓄されていた。

 そしてその長城を維持運営するために、星人主体の国としては珍しいのだが、司令官は岩人だった。


 ネフルティスとサラエントが最初に足を運ぶことになったのは、司令官室である。

 会議室辺りで持ち込んだ作戦案を説明することになるだろうと思っていたネフルティスであるが、面倒なことになりそうだという嫌な予感がこの時からしていた。


 案内人の元気な声に、「入ってください」とトーンはやや高いが冷静な返事が返る。

 扉を開けて中に入れば、そこにはネフルティスから一回りほど上の歳の岩人が椅子に腰掛けていた。

 人種も違い、いくら優秀とは言っても、司令官を勤めるにはまだ若い年齢である。

 王国兵士の質低下をネフルティスは危惧した。


「ようこそいらっしゃいました。サラエント姫様。それと異世界の勇者ネフルティス様。此度の救援、まことに頼もしく。歓迎させていただきますよ」


 椅子から飛び降り、駆け寄ってくる岩人の男性を見て、ネフルティスは面食らっていた。

 笑顔と言葉から、まさに歓迎という雰囲気しか伝わってこなかったためである。

 作戦案を持参し、戦力的にも優れた騎士であるサラエントを連れてきたとはいえ、ここまで歓待される理由が分からなかった。

 何かしらの狙いがあるのだろうと、ネフルティスは警戒を一段強める。


「あらためて。ここリオラス砦の司令官を務めますニオダイア・ハルベルスと申します」


 着席を勧められ、三人はテーブルを挟むように席に着く。他に人の姿は見えず、部屋の周囲にも気配はない。


「この身はネフルティス。既に存じているようだが、“勇者”を担っている」

「サラエントだ。丁寧な挨拶ありがとう。よろしく頼む。複雑な事情があるので、今は王女としては扱わないでもらえれば嬉しい」

「了解しました」


 サラエントの声に応じるニオダイア。


「早速ですまないが、確認を」


 ネフルティスが口火を切る。


「なんでしょうか?」

「風の平原の敵は壊滅に追いやろう。その為に数日間大きな軍事行動はしないでもらいたいのだ」

「分かりました」


 即答。元よりニオダイアには自ら打って出るような戦術を取る気はない。

 多少の戦は必要だろうが、砦を維持することこそを至上命題としていた。


「……しかしそうなると少々困ったことになりました」

「なんだろうか?」

「ええ、実は。……風の平原には逃げ遅れた民がまだおりまして」


 ニオダイアの表情は沈痛な面持ちで言った。

 ネフルティスは嫌な予感の正体を知る。舌打ちしたい気分でさえあった。


「馬鹿なッ!? 報告では風の平原にはもはや民はおらぬと……」

「お怒りはごもっともです。ですが事実なのです。幸いにして彼らが居る位置は戦略拠点にはなり得ません。しかし我々の戦力だけでは救出に向かうのは不可能だったのです。それゆえ報告には上げませんでした」

「それは民を見捨てたということか!」


 サラエントが続けざまに声を荒げた。

 護るべき民を見捨て、砦に篭る。騎士として恥じるべき汚点であり、なおかつそれを報告しないとは何事か。

 サラエントの怒りは正しい。だが、正しいだけでもあった。

 ニオダイアはサラエントの激昂に対し、真正面から非難を受け止め答える。


「はい。その通りです。しかし百の民を救うために必要とされる兵は千人を越えると試算が出たのです。砦の半分の戦力を当てれば、一大決戦を引き起こす可能性もありました。ましてや挟撃の可能性、兵力が半減している間に砦が攻められれば陥落は必至。これ以上領土を失う訳には参りません。自分の無能を晒しますが、百の民は見捨てるしかありませんでした」


 サラエントは理解した。

 ニオダイアは自らの失態を隠すために報告をしなかったのではない。むしろ最後に全ての責任を背負うために報告をしなかったのだと。

 百人を見捨てたのはニオダイアの判断であり、上層部はそれ以上を何も知らない。ゆえに恨みは全て彼自身が引き受けようとしていた。

 危険な考えではある。軍隊としては正確な報告は義務だ。


 だが、恐らく報告を行えば、戦争が終わった後に遺恨が残り、戦後の状況次第では国が割れるだろう。そのような危険を残すくらいならばいっそ自分が背負う方が国のためになる、とニオダイアは考えた。


「いや、私が怒るのは筋違いだった。声を荒げて申し訳ない」


 サラエントは恥じ入り声を小さくした。

 ニオダイア自身の考えを全て理解しているわけではないが、彼が自己保身のために行ったのではないことを感じ取ったためである。


「そう言っていただけるとありがたい。――ですが、その試算を“英雄”殿のお力を借りられれば覆すことができそうなのです。これは民を救う最大の好機だと考えました」

「千という兵隊を必要とするということは……大型魔獣か」


 ネフルティスが口を挟む。

 “勇者”である以上、百人の民を見捨てるという選択肢は選ぶことはできない。当初の計画を変更するしかなかった。

 早速“勇者”という立場がネフルティスを縛り始めていた。


「その通りです。大型魔獣が道を塞いでおり、これを撃破できれば百の兵隊で民を安全に逃すことができます」


 大型魔獣が居座っているのは、村とリオラス砦を繋げる街道沿いで中点よりもやや村よりの位置にいるという話を聞いた。

 大型魔獣がいることが村近辺の魔獣の数を減らし、逆に村は壊滅に到っていないのだという話は皮肉な結果だ。

 だが大型魔獣が村へと興味を示せば、その時点で村は壊滅するのは確定。一刻も早い討伐と救出が必要だった。


「“英雄”サラエント様。なにとぞ力をお貸し願えませんでしょうか?」

「ん。いや、それは……」


 サラエントはネフルティスを見る。


「……民を見捨てては“勇者”などと名乗ることはできない。サラはそちらで救出を行うといい」

「分かった。ネスがそう判断するならばその判断を信じる」

「おお。ありがとうございます!」


 ネフルティスから出たのは絞り出すような声だった。

 リスクとリターンで、今回はどう考えてもリスクが高い。

 常にハイリターンの作戦ばかりを取れるわけではないが、最初の作戦行動からして泥がついてしまった。

 だが、とネフルティスは思考を即座に切り替える。


「ただし、こちらの条件も飲んでもらう」

「はっ。なんなりと」

「難しいことではない。こちらの作戦も同時に進めさせてもらう。つまりは陽動を行なってもらいたい。これは逃げ遅れた民を安全に逃すためでもある。救出には騎兵を使うことになるのだろう? 軍事行動になれば敵も動くだろう。そちらへ向かう敵の数を少しでも減らしておきたいのだ。民の足は遅いだろうと予想できるので、長時間の陽動になると思うがお願いできるかな?」


 自身の“勇者”という立場を確固たるものにするため、この戦いの勝利はネフルティスとサラエントの二人で行う必要があった。

 だが“民を救う”という目的が追加されたことで、リオラス砦との共闘が可能になっていた。

 戦局は絶えず変化していくもの。当初の目的に固執するよりも流動をこの時のネフルティスは選んだ。


「分かりました。一度は見捨てた民を助けられる最大の好機です。兵士達の士気も上がりましょう」

「ならばそれでお願いする。万事上手くいくといいのだが」


 陽動、救出、そして殲滅。

 三個の作戦行動が、同時に始まろうとしていた。


 ここまで読んでくださりありがとうございます。


8月19日 全面修正

8月23日 誤字脱字修正

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