24 戦術のリスク
約一週間振りの投稿になってしまいました。
お待たせしてすみません。
ネフルティスが勇者として立つことを決めた翌日。
サラエントにも決定は伝えられ、離宮から王城へと場所を移されることになった。
粛々と従うサラエントには、国から引き渡されると告げられた時にも動揺は見られなかったという。
元々王族としての意識が希薄な第一王女である。しかも今回は全て私心で動いてのこと。何一つ疑問に思うこと無く受け入れようと覚悟を決めていた。心残りは数多あれど、それを口にすることもしてはならない。
せめてその程度の矜持は保つ必要があった。受け渡されるまでは、王国の第一王女なのだから。
サラエントが王城へ上がると、すぐにネフルティスの下へと案内された。
そこはゲストルームではなく、資料保管庫。
扉をノックし、返事を確認して室内へ入ると、うず高く積まれた本の山の中、サラエントにとっての新しい主が読書にふけっていた。
動植物や鉱物の図鑑、歴史書やこれまで変遷されてきた地図が幾枚、魔道具や魔術など魔法の基本、戦争や外交ならびに税収などの各種記録、魔物や魔族の特徴を纏めた貴重な資料。他には料理のレシピ本など、書籍という形で情報をまとめた資料を端からチェックしている姿がある。
物によっては機密に当たるものもあるだろう。だが、ネフルティスはそれらを区別しようとしていない。
次から次へと読破していく本の内容がちゃんと頭に入っているのか不安になるような速度である。速度は素晴らしいが、それでも王国五百年の記録を消化するにはまだまだ時間が掛かりそうだった。
一段落するまでサラエントは待とうと思っていたが、読む速度はそのままにネフルティスが声をかけた。
「おはよう。ここに来るまでに説明は受けたか?」
「一通りは。私の身柄はネフルティス様に引き渡されたそうで」
「目的は聞いているか?」
「共に魔王を倒すため、と」
「大まかなところは説明されているようだ。サーランド王国は“勇者”であるこの身が庇護することになる。忠義などは望むべくもないだろうが、力を尽くしてもらいたい」
「はい。心得ています」
「では最初に言っておく。公の場以外では敬語、謙譲語は不要だ。あくまで“勇者”と“英雄”という関係であり、基本的には同列として扱われるからだ。また戦闘時には指示を仰ぐこともあるだろう。言葉少なに会話することに慣れておけ」
「了解した。ネフルティス様、は正直呼びづらい。ネスと呼んでもいいだろうか?」
ページを捲り続ける手を止め、サラエントの方へ意外そうな顔を向けるネフルティス。
彼自身は性を持たず、名だけを持つ神だ。まさかそれが略されることなど夢にも思っていなかった。
不敬罪に該当することだが、戦場に於いて言葉を尽くしている間に殺されたのでは堪らない。
「ふむ。公の場では控えてくれ。気にする者も多いだろうからな。代わりにこちらもサラと呼ばせてもらうぞ」
「問題ない。ではこれからよろしくお願いする。勇者ネフルティス」
「こちらこそと言おう。英雄サラエント」
拍子抜けするほどトラブルは起こらなかった。
二人は不満と利益、それに目的をきちんと理解していた。仕事であるならば、個人に対する不満など飲み込むのが当然だからである。
早速とばかりにネフルティスが資料について足りない部分を質問する。
「サラ。ここには戦術や戦闘における体術などの教本が無いようなのだが、それらはどこにある?」
「おかしなことを聞かないで欲しい。そのような物、ここにはないぞ」
「……どういうことだ?」
訝しげなネフルティスの言葉に、サラエントが答える。
恐らくは常識が違うのだ。戦闘に於いては可能な限り齟齬を埋めておきたい。
「勘違いしないで欲しいのだが、戦術が無い、ということではないぞ。
決まった戦闘展開など存在しない。毎回戦う相手は千差万別で使用される魔道具も新しくなる。ノウハウよりもアドリヴの方が重視される、というお題目がある」
実際には騎士団内での規律を絶対にするためだ。自身が生き残るためには、戦術の知識や戦闘方法を頭と身体で覚えなければならない。実力はともかく戦術を習得するには先輩騎士からの教えが絶対に必要だ。命令違反者を出さないために、これは徹底されなければならない」
「なるほど……」
個人の技量は訓練や実戦で身に付くが、戦術の基礎はそうもいかない。誰かに導かれてこそ習得可能なものであり、一から戦術理論を組み立て挙げられるのは天才と呼ばれる者達だけだ。気に入らない奴には教えなくていいとなれば、気に入られるためには上役の騎士からの命令は絶対的な権限を有すようになる。
「戦術は指揮官に集約し、部下はその命令に絶対服従か。なるほどな。だとすると、指揮官の突発的な死などは戦力に度し難いほどの影響を与えると思うのだが、その辺り何か対処はしているのか?」
「個人で培った戦術を魔道具に記憶しておく、という手段を取る騎士は多いらしい。有能な指揮官の騎士子息などがそれを持って参陣することはしばしばあったようだ。もっとも、使いこなせるかと問われれば否と答えざるを得ないが」
「それは無理もない」
知識だけがあっても意味はない。ゆえにこのような制度になっているのだ。
そこを曲げて知識だけ持ち込んだとしても、結果が残ることは少ない。
無論、知識を受け取った側に使いこなせるだけの能力があるならば話は変わるのだが。
「しかしそれでは騎士団内は派閥争いの温床になりそうなシステムだ」
「派閥争い云々は私には分からない。縁がなかった」
「ではサラは戦術を知らないのか?」
「集団、大集団における戦術は知らない。幾つか参加した戦場では常に一人で魔物と対峙していた」
「ふむ。規格外な戦力は大きい脅威に当てておく、か。魔王と戦う前には幾つか戦術パターンを組み立てておこう」
魔道剣を振るうサラエントは出せる速度が騎士とは違う。連携もなにもあったものではない。戦う限り一人で戦わなければならなかった。
あえて連携させるなら、弓や魔術を射掛けて隙を突く、という方法になるだろうが、味方の遠距離攻撃に道を阻害される可能性もあってその作戦を取れる集団は存在しない。近くに居ても遠くから撃っても機動の邪魔になってしまうがゆえに、サラエントは常に一人の戦いを強いられていたのだ。
「私の方で速度を合わせようか?」
「それは愚策だろう。状況によってはしてもらうこともあるだろうが、戦術が纏まるまでは好きに戦え。こちらがそれに合わせて戦術を考えよう」
「わかった。それで、いつまでここで読み物をしているんだ? まだしばらく掛かるのだろうか」
口にはしないが、退屈そうなのは見て取れた。
もう少し読み込んでおきたいが、知識ばかりではダメだと話したばかりである。
時間もあまりない。魔王領の侵攻が再度行われる前に、楔を打ち込んでおきたい気持ちがあった。
「そうだな。本来は全ての記録を読み込んでから出発したいところだが、そうもいかないだろう。まずは勇者の異名を轟かせる必要がある。幾つかの戦地を巡って領土を奪還するぞ」
いとも容易く言われた「領土を奪還する」という発言に常人ならば驚きの表情を見せただろう。
だがサラエントはその言葉に更なる無茶を要求した。
「いきなり魔王を倒してはいけないのか?」
「確実性がない。魔王の位置も分からんのでは時間が掛かるのは明白だ。魔王に到達する前に王国が擦り切れてしまえば意味は無いからな。まずはある程度の防衛ライン構築が必要になる。とはいっても騎士団および王国の力は頼れん。最初の一回は二人で行う必要がある」
王国は“勇者”の庇護下にある。共に戦うことは当然になるのだが、その前に一手“勇者”の実力をみせる必要があった。
「ネスは可能と判断したんだな」
「ああ。ここの資料はそれを行うために読み込んだ。そしてこの身はそれを行うのを可能と判断した。本来は一人でも行えることだが、さすがに危険を水準以下まで引き下げることはできない。サラの護衛があれば危険を極力減らせるだろう」
「ん。ならば言うことはないかな。一体何をするのか見当もつかないけど」
「面倒でなければ、後で説明するが?」
「いや、今はいい。それよりも早く動こう。父さ……国王の許可も得なければならないしな」
「そうだな。向かうとしようか」
言いかけた言葉をネフルティスは流した。こんなものはミスとも呼べないだろう、と。
サラエントは胸の内で感謝の言葉を告げ、口では別のことを尋ねた。
「そうだ。肝心なことを聞き忘れたな。どこを奪還するつもりなの?」
その言葉にネフルティスは手に持った地図を広げ指差した。
その位置は首都から西に徒歩で二十日ほどの距離にある平原。平原自体が踏破に数日掛かる程広く、平原の終わりには陥落された砦があった。
平原の入り口にも砦があり、こちらはまだ陥落していない。最前線の戦場である。
平原には畑が広がり本来ならばかなりの収穫量を見込めたのだが、今はもはや荒地となっているだろう。
最新の報告では、数千の魔物の逗留地になっているという。
身を隠すような場所もない、間違いなく危険度が高い地域である。
「風の平原。ここを奪還の狼煙にするぞ」
人によっては薄ら寒く聞こえる声と笑みを浮かべながら、ネフルティスは言う。
サラエントは思った。自分の勇者は間違いなく楽しんでいる、と。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
来週はちょっと忙しいので、また週末までに一本進められればいいなと思っています。
お待ちいただければ幸いです。
7月21日 誤字修正




