61:一つの区切り
ガレスは私との婚儀を一年後に挙げることを宣言し、会場にいた騎士と兵士達をさらに喜ばせた。そして兄はスペンサー王国改め、スペンサー州の初代ローズ辺境伯に任命され、その復興を任せられることになった。
「わたしは、脱獄した極悪人リンドンを再び捕えることになった。リンドンは先日行われた舞踏会で、フローラ皇妃を攫った上、走行する馬車から突き落とした」
これには多くの騎士と兵士達から怒りの声が沸きあがる。ひと際大声で聞こえるのは「リンドンを処刑しろ!」の声だ。バラバラだった声は、一つにまとまり、「罪人には正義の裁きを!」という大声の唱和となった。
ガレスはそれを受け、宰相に命じてリンドンの罪を読み上げさせる。
「……以上でございます、ガレス皇帝陛下」
「ありがとう。これだけの罪を犯したリンドンは、裁判を経るまでもない。皆も極刑を望むであろう?」
これには一斉に「極悪人に死の鉄槌を!」と再びの声の唱和が起きる。
「分かった。皆が望み、わたしも望む。そしてローズ辺境伯、フローラ皇妃も、罪人リンドンへの極刑を望んでいるということで、よろしいだろうか?」
これには兄と私が同時に深く頷く。さらにガレスがひな壇のテーブル席に座る要職者に目を向けると、全員が同意を示した。
「ではこの戦勝慰労の宴において、皆の総意として、罪人リンドンへの刑を執行する」
ガレスが合図を送ると、宴の会場から離れた西側の城壁の上で、花火が上がる。さらに城壁にずらりと松明が灯された。そしてその城壁の屋上に、首にロープをかけられたリンドンが現れる。
今、リンドンは何を思っているのだろう。
自身がどれだけの人を犠牲にしたか、自覚しているのだろうか。
彼が道を誤るきっかけは、彼の両親、ハーティントン国王夫妻だったかもしれない。だがリンドンは自身の両親の死さえ利用し、そして兄だと思い、替え玉として動いていた従者のページも殺害している。味方のはずなのに、背中から襲うという非道な方法で。さらにルドン峡谷を目指した私を狙い、騎士や御者の命を奪った。
スペンサー王国を戦に巻き込むため、帝国軍になりすまし、王都を攻撃。結果的に私の両親も、幼い二人の弟と妹も、多くの騎士や兵士、国民が、ハーティントン国とリンドンのせいで、命を落とすことになった。
ナオやイーモが奴隷になったのも、ハーティントン国とリンドンのせいだ。
二つの国の滅びに自身が関与していることを、多くの人々の命を奪ったことを、リンドンは自覚しているのだろうか?
ガレスがヴィサンカ帝国の国旗を宰相から受け取り、大きく振る。それは城壁にいる兵に伝わり、そして――。
リンドンの体が城壁から落下し、ロープが揺れ、それは次第に動きを止める。
会場からは「正義の裁きが下された!」「ヴィサンカ帝国に栄光あれ!」という声が起きていたが、「スペンサー王国に哀悼を!」という声が起きると。
騎士と兵士、全員が、ガレスが指示するまでもなく起立した。
楽団が、スペンサー王国の国歌の演奏を始める。
兄と私は失われた故郷と家族、国民を思いながら、国歌を斉唱した。
斉唱の最中は再び涙が溢れている。
そんな私の肩を兄が抱き、励ましてくれた。
演奏が終わると同時に、ガレスが「黙祷」と告げる。
松明の薪が爆ぜる音だけ響き、静かな祈りの時間が流れた。
黙祷を終えた後、ガレスはリンドンの遺体を見せしめとして一週間、城壁にさらすと宣言。これでリンドンの処刑が終わった。
これが一つの区切りだ。
兄と顔を見合わせた私は、これからは前を向き、未来のために生きて行くことを誓った。過去を振り返り、恨み言で時を止めるのではなく、前へ進もう――そう思えた。
「ヴィサンカ帝国は、悪に屈することはない。極悪人は徹底した刑を処す。だが、温情がないわけではない」
ガレスの凛とした声が、宴の会場に再び響き渡る。
「新たなる皇妃を迎えるにあたり、恩赦を実施することを決めた。心優しいフローラ皇妃は、慈悲を与えるという。実父に騙され、犯罪に加担することになり、そしてフローラ皇妃に濡れ衣を被せようとした元皇妃ミリア・アンカ・オールソップに。恩赦の一人目として、オールソップ嬢に予定していた死刑の実施時期を、無期延期とする」
この後、ガレスは毒殺未遂事件がどのようにして起き、黒幕が誰であったのかを明かした。まさか初夜の場で、皇帝に皇妃が毒を盛るなんてと、さすがの歴戦の猛者たちも震えあがる。だが毒を盛られたガレスを助けたのが私であると分かると……。
スペンサー王国の国歌のリクエストコールがかかり、今度は全員で大合唱だった。皆、細かい歌詞は分からないので、鼻歌状態。でもこの人数での鼻歌。圧巻だった。
これで大きな発表も終わったので、後は飲んで、食べて、そして踊り出す人もいる。
戦場での宴会はこんな感じなのかと、はしゃぐ騎士や兵士を、興味深く眺めることができた。
その一方で、席が隣になった兄とは、これまでどうしていたのかを聞くことになる。するとしばらくは生き残った近衛騎士と共に、ハーティントン国に潜伏。その後、スペンサー王国に向かった。そこでヴィサンカ帝国の騎士達が、元はスペンサー王国の国民だった人々に、手を貸す姿を目撃する。王都の復興のため、ヴィサンカ帝国の騎士や兵士が土木工事を始める様子を目の当たりにした。
さらにここぞとばかりに集まる奴隷商人を、ヴィサンカ帝国軍が取り締まっている。それだけではない。両親を……元国王夫妻を、霊廟に埋葬しようとしている話を耳に挟んだ。しかもその指示を出したのは、ガレスだと知ると、兄は自身の身分を明かすことを決めた。兄が、スペンサー王国の元王太子が、生きている――この情報は、あっという間にガレスに伝わった。
敗戦国の王太子は、諸刃の剣。だが兄は完全に降伏を示している。再起を図るつもりはない。ただヴィサンカ帝国の騎士や兵士が紳士的であることから、自分も両親の埋葬に付き合いたいと、申し出たのだ。
ガレスは兄の真意を知り、スペンサー王国の亡き国王と王妃の埋葬に立ち会うことを認めた。だがそんな兄は、どこかの国の諜報員に、命を狙われることになった。
ヴィサンカ帝国に取り入りたいと考える、いずれかの国が、兄の首を手土産にしようとしている。それが分かったので、兄は変装=女装することになった。
女装してからは、狙われることもなくなる。無事、両親の埋葬に立会い、その後――。ガレスから、ヴィサンカ帝国へ来ることを提案された。そこで私を保護していることも、明かされたのだ。
妹である私が生きている。それを知った兄は、私に会うために、ヴィサンカ帝国へ行くことに同意した。こうして兄は船に乗り、ヴィサンカ帝国へやって来たのだ。
昨日、ガレスが宮殿で周囲を気にしながら一緒にいた令嬢。あれは……兄だった。
まさか兄が女装しているとは思わず、そもそも兄が生きていると思わず、そしてガレスと一緒にいるとは思わなかったから……。私は多いなる勘違いをして、ガレスに「あの令嬢は誰ですか!?」と詰め寄る事態になっていた。
私が指摘する令嬢は兄だった。でも兄だと把握しているのは、ガレスとごく限られたメンバーのみ。一人すべてを知るガレスは……きっと執務をしながら、詰め寄る私のことを思い出し、笑っていたと思う。
でも執務をしながら怒るより、笑える方がずっとましだ。
この件はもうこれでいいだろう。
何よりもガレスのおかげで、兄とは無事、再会できたのだから。
こうして兄ともじっくり話すことができ、さらに暗い過去とも決別することができた。新しい皇妃として、宴の場にいた騎士と兵士には、受け入れてもらえている。それに明後日の夜には舞踏会があり、そこで残りの貴族にも、私のことが発表されることになっていた。
リンドンに攫われることになった舞踏会で、既に皇帝の溺愛ぶりを示す、アイマスクをつけている。皇帝が私にゾッコンというアピールは、十分にできていた。何せ襲撃された際、「もし彼女に悪意を向ければ、それはわたしへの反逆とみなす」と言ってくれていたのだ。よって明後日の舞踏会で改めて発表したところで、反対されることはないだろう。
夜空に星が広がり、松明の炎が勢いよく燃えている。
戦勝慰労の宴の夜は、更けて行く――。






















































