60:戦勝慰労の宴
今、この大陸で、とても貴重になりつつある薔薇を両手いっぱいに抱え、礼拝堂へ向かった。オフホワイトの袖が長いドレスは胸元、袖、裾に金糸による豪華な刺繍があしらわれている。
私の隣にいるガレスは、薔薇と同じ真っ白なセットアップに、パールシルバーのマントを着用していた。
祭壇に薔薇を置くのを手伝うと、ガレスは私を見て木漏れ日のような優しい笑顔になる。
きちんと薔薇を並べた後、祭壇の前でガレスと二人、跪き、祈りを捧げた。
亡くなった両親と、兄弟姉妹に報告をした。
ハーティントン国の裏切りには、ガレスが鉄槌を下してくれたこと。リンドンも裁かれ、全ての真実が大陸中に知らされること。そして私はヴィサンカ帝国で、ガレス・エゼル・ヴィサンカの皇妃となり、スペンサー王国の血を絶やさないつもりでいることを報告した。
静謐な祈りを終えると、礼拝堂の入口で待っていたノリス卿が、破顔で私達を迎える。今日もブル―ラベンダーの近衛騎士隊長の隊服が、よく似合っていた。
「いよいよですね。戦勝慰労の宴で全てが明かされます。そうなれば堂々と、フローラ嬢とお呼びできます」
ノリス卿の言葉に実感する。もうミドルネームで名乗る必要はなくなるのだ。スペンサー王国の王女だったことも、明かすことができる……!
「ノリス、フローラは皇妃になるのだから、フローラ皇妃殿下と呼ぶように」
「!」
改めてそんな風に言われると、頬が熱くなる。婚儀は各国を招き、盛大に上げることになるため、一年後の予定だ。ただヴィサンカ帝国は、平民、王侯貴族の区別なく、婚姻はスピーディーに成立する。よって既に午前中、婚姻届けにサインは済んでいた。戦勝慰労の宴で、私を皇妃に迎えたと発表した後、ガレスは皆に私を“フローラ皇妃”と呼ばせるつもりのようだ。
「フローラ皇妃殿下ですね。御意」
ノリス卿が恭しく頭を下げ、私はガレスにエスコートされ、礼拝堂を出る。
戦勝慰労の宴は、宮殿の建物の外、野外大ホールで行われることになっていた。今の季節、日没の時間も遅く、寒くもなく暑すぎることもない。よって野外での宴は、最適だった。野外で行うことになった理由は、気候のためだけではない。
十二万もの軍が動いたが、その全員が、この宴に参加するわけではない。それでもなるべく多くが参加できるようにとなると、宮殿内のホールでは、収まりきらなかった。そこで野外での宴となったわけだ。
宴は十九時からの開催だが、十五時過ぎから、会場は慌ただしい。もはや宮殿の厨房での調理では追い付かないので、会場に肉を焼くコーナー、アルコールを提供するコーナーなども設置されている。もはや宴というより、フェスティバルの会場だ。
宮殿付きの使用人は勿論、離れからもナオとイーモが手伝いで参加している。公爵家や伯爵家からも、手伝いで使用人が駆け付けていた。
「ではフローラ、会場に入る。これを」
皇帝の寵愛を示すアイマスクを、ガレスがつけてくれる。
白の下地に黄金の装飾が施された仮面舞踏会用のアイマスクには、白い羽の飾りもついていた。今日の白いドレスにもピッタリだった。
「今日の宴は、騎士や兵士で男ばかりが集まる。フローラのことを自慢したい気持ちが半分、隠しておきたい気持ちが半分。……いや、隠しておきたいが七割か」
ガレスがなんともアンニュイな表情でそんなことを囁き、甘い吐息を漏らす。
これでは暴君ガレスの名を、返上しなければならなくなりそうだ。
だが、用意されたひな壇に上ると、ガレスの顔からすうっと表情が消える。眉がキリッとして、銀色の瞳には、氷のような冷たさが宿る。サラリと揺れるアイスブルーの髪にさえ、北風を感じた。瞬時に自身の持つオーラを、ここまで変化させることができるなんて……。
ガレスがシルクの白い手袋つけた手で、自身の顔を覆う。
「フローラがそばいると思うと、理性を保つのが……」
澄んだ声に甘さが加わり、腰が抜けそうになる。
だが丁度、椅子に着席したところだったので、事なきを得た。
「陛下、ノルトハシュ辺境伯の騎士団から順に、入場が始まります」
ノリス卿の言葉に、ガレスが姿勢を正す。
私達が着席するひな壇のテーブルには宰相、外務大臣、法務大臣などが、続々と着席している。
楽団が勇ましい曲の演奏を始めた。
ノルトハシュ辺境伯家の騎士団が、紋章の描かれた旗を持つ騎士を先頭に、入場を開始する。
いよいよ、戦勝慰労の宴のスタートだ。
◇
十七時から二時間かけ、戦勝慰労の宴に参加する騎士や兵士が入場した。見慣れた舞踏会とは違い、着飾った令嬢や貴婦人の姿はない。歴戦猛者から吟遊詩人の語りに登場しそうな騎士まで、戦場を舞台に活躍する男性達が、宴の場に着席した。
ガレスによる乾杯の合図では、そこに集結した男性達の声が揃い、思わず鳥肌が立つ。
乾杯が終わると、ガレスによる戦への労をねぎらう短いスピーチがあり、食事がスタート。
まずは飲んで食べて満たされ、会場が温まってから、各種報告が行われる。そこは参加者が快適に宴を楽しめるよう、配慮されていた。
ガレスは絶妙なタイミングで、今回の戦の功労者の名を読み上げ、彼らにスピーチさせ、そして――。
「ここで重大な発表がある」
立ち上がったガレスに、居並ぶ騎士や兵士の視線が注がれる。
「本来、滅ぶ必要のなかったスペンサー王国は、わたしの力が及ばず、またハーティントン国の暗躍もあり、焼け野原となってしまった。この結果に、わたしは満足していない」
ガレスの言葉に、騎士と兵士達の顔が引き締まる。
「わたしはスペンサー王国の、美しい薔薇を愛していた。あの国の薔薇の香りを楽しんでいた。できればヴィサンカ帝国の一部ではあるが、かの地にはスペンサー州という名を与え、花と緑あふれる西方の地として、復興することを望んでいる。その役目に相応しい人物を、昨日、この宮殿に招くことができた」
「どうぞ、こちらへ」とガレスが言って声をかけると、そこにはアイスブルーのフード付きローブを着た人物が、ひな壇の方へと歩いてくる。フードを被り、こちらへ向かうその背格好から、昨日、ガレスと一緒にいた令嬢では?と思い至った。
だが、ドレスを着ているようには思えない。
堂々した歩き方、その歩幅。
それは男性そのもの。
ついにひな壇に到着した謎の人物に、ガレスが声をかける。
「ここはヴィサンカ帝国。もう命を狙われることはない。そのフードを外し、ローブはお取りいただいて大丈夫だ」
「そうですね。ガレス皇帝陛下、ありがとうございます」
聞き覚えのある声に、思わず席から立ちあがったまさにその瞬間。
ローブを脱ぎ、その場に現れたのは、キャラメル色の軍服に黄金の宝飾品、エバーグリーンのマント、ブロンドにヘーゼル色の瞳。
「お兄様……!」
思わず駆け寄る私のことを、兄であるマーカスがぎゅっと抱きしめる。
「フローラ、無事でよかった。心配をかけたね」
「お兄様、どうして、本当に、お兄様……!」
こぼれる涙が止まらない。
兄は取り出したハンカチで私の涙を押さえてくれる。
「フローラ、替え玉だよ。フローラにとってのナタリアのように、従者のページが私の替え玉だった。彼が……私の代わりに、あのリンドンの手で、その命を奪われたんだ」
兄の瞳も潤んでいる。
ページは確かにブロンドで、兄と同じ瞳の色をしており、背格好も似ていたと思う。ただ、髪は長く、結わいており、眼鏡もかけていた。普段からそばにいたが、替え玉と分からないようにしていたのだろう。きっとハーティントン国に着いてから、髪を切り、眼鏡もはずし、時と場合に応じ、兄と入れ替わっていたのだと思った。
ページの犠牲にも涙が止まらない。
「ここにいるのは、スペンサー王国の王太子だった、マーカス・リム・スペンサー。極悪人リンドンの裏の顔を暴くため、自身と瓜二つの従者と入れ替わり、行動していた。そのことで、奇跡的に一命を取り留めることができたのだ」
今は亡きページに捧げるように、兄が自身の胸に手を当てる。私も涙をこらえ、手を当てると……。ガレスもそれに従い、宴にいた全員が、ページに哀悼を捧げてくれる。
静謐な時が流れ、ガレスがゆっくり口を開く。
「さらに、ここにいる私の最愛。彼女はフローラ・リリー・スペンサー。フローラもまた、心優しい侍女の助けを得て、我が国に迎えることができた。一時は奴隷に身をやつすこともあったが、間違いなく、彼女はこのマーカス殿下の妹であり、スペンサー王国の元王女。……わたしはこのフローラを、新たなる皇妃として迎えることを決めた」
これには一斉に会場にいる騎士と兵士から、拍手が沸き起こる。
兄の無事を祝い、私を皇妃として迎えることを、喜んでくれていた。
「マーカス殿下、妹君を皇妃に迎えることを、お許しいただけるか?」
「勿論ですよ、ガレス皇帝陛下……と言いたいところですが、これは妹の意志を尊重したいと思います」
兄が私から体を離し、ウィンクする。
フライングで、既に婚姻届けにサインしていたので、反対されたら……と不安だった。でも兄も、この場にいるみんなも、私を皇妃と認めてくれた。もう嬉しくてたまらない!
喜びのまま、私は笑顔で答える。
「ガレス皇帝陛下の皇妃となり、ヴィサンカ帝国のために、尽くしたいと思います」
駆け寄ったガレスが私を抱きしめ、先程以上の拍手喝采が起きた。
お読みいただき、ありがとうございます!
筆者都合でごめんなさい。
明日は1話公開のみとなります。






















































