46:父親の後悔
兄はきっと、気がついたのだろう。ハーティントン国の王族の、国民を犠牲にする姿勢を見て。ハーティントン国王達の恐ろしい計画を知ってしまった。
スペンサー王国を乗っ取り、兵力を増強し、領土を拡大。自国の国力を増そうとしていたと理解し、兄は書簡をしたためた。その書簡を伝令兵に持たせ、父親へ届けさせたんだ……!
ハーティントン国のために、スペンサー王国は戦う必要はない。ヴィサンカ帝国と対立してはいけない、彼らになりすましたハーティントン国の兵に騙されないようにと、書簡で知らせたはずだ。
信頼する兄からの書簡。両親はハーティントン国の裏切りを確信した。
ハーティントン国の悪巧みは発覚したが、全てが遅かった。
「リンドンは、邪魔になったマーカス王太子を背後から剣で刺し殺した。だがこれで、ハーティントン国の敗北は決まった。ハーティントン国など即落とせるはずだったが、それを阻んでいたのがマーカス王太子。その彼を自ら手にかけたのだ、リンドンは。これで勝敗は決した」
王族が自分達を捨て、逃走を図ったと知り、生き残っていたハーティントン国軍の兵士や騎士の多くが、降参した。武器も持たないハーティントン国の国民は、最初から盾になどならない。彼らもまた、降伏した。
兄を失った時、スペンサー王国軍は既に百人も残っていなかった。だが彼らは最後までハーティントン国の民を守ろうとして、命を散らすことになる。結果としてそのおかげで、ハーティントン国王と王妃、そしてリンドンは秘密の地下通路から逃げのびることになった。
「秘密の地下通路がどこにつながるか突き止め、そこでハーティントン国王と王妃を捕えることはできた。そうできたのは、リンドンが、国王夫妻の乗った馬車の車輪を破壊したからだ。自身の両親を囮にして、自分だけ逃げのびることに成功したんだ、リンドンは。既にリンドンの頭の中では、例の“再起”のためのシナリオが完成していた。その実行に向け、両親は切り捨て、動き出していたわけだ」
つまり両親の死という悲劇を利用し、私を手に入れ、スペンサー王国とハーティントン国の残党を集め、新たなる国を建国し、再起を図るシナリオだ。
「リンドンを追わせ、彼がどこに向かっているのか。彼の護衛騎士をなんとか一人捕え、吐かせることに成功した。再起の計画も分かった。それは伝令のハヤブサを使い、即刻わたしに伝えられた。そこでフローラが暮らしていた王宮を守っていた衛兵に、リンドンの計画を話すことになった。フローラがどこにいるのか、ようやく聞き出すことができた。こうして秘密の地下通路がつながる先に、騎士を向かわせたが……」
ルドン峡谷を目指していた私達の馬車に向かってきた黒装束の服の集団。あれこそが、ハーティントン国から逃げ伸びたリンドンの一味だった。
リンドンが必要なのは、私。よって応戦した騎士は倒され、逃走防止で、御者も矢により命を落とした。あとは馬車に残る私を手に入れようと、リンドンが馬を下りたところで、ガレスが向かわせたヴィサンカ帝国の騎士の登場となった。
先頭を馬で駆ける騎士の手には、ヴィサンカ帝国の旗が掲げられていた。それを見た私は、敵に挟み撃ちにされたと思っていたが。違っていた。リンドンは私を手に入れようとして、でも帝国軍の騎士は、私を助けようとしていたのだ。
既にスペンサー王国の騎士が倒されている状況が分かっていた。
リンドンの沢山の裏切りも。
馬車に近づいたリンドンは、手に剣も持っている。
そこで帝国軍の騎士は矢を放った。
それはリンドンの目に命中。
リンドンやハーティントン国の残党は捕らえられ、馬車の中にいたナタリアも救出されることになった。ただ、ナタリアは自身が第一王女であると主張した。そのことでナタリアは尋問を受けることになり、私の捜索も遅れることになったという。
ここまで話したガレスは、そもそも論として、こんなことを口にした。
「スペンサー王国を滅ぼすつもりはなかった。対立するつもりもない。ゆえにハーティントン国に対し、援軍は送らないようにという書簡も送っている。ではなぜその書簡の中で、リンドン達ハーティントン国の裏切りについて触れなかったのか。理由は二つある」
一つ目は、帝国軍になりすましたハーティントン国の兵たちの暗躍のせいだ。もし書簡でハーティントン国の裏切りについて触れ、その書簡がなりすまし兵の手に渡れば。その書簡は握りつぶされ、絶対にスペンサー王国には届かなかっただろう。
二つ目は、信頼の問題だ。ヴィサンカ帝国の言葉とハーティントン国の言葉、スペンサー王国はどちらを信じるか。それは天秤にかけるまでもない。
長い友好関係にあったのだ、ハーティントン国とスペンサー王国は。そのハーティントン国が帝国から猛攻を受け、助けを求めている。その状態で、帝国から、「ハーティントン国はスペンサー王国を裏切ろうとしていた。嘘ではない、信じろ!」と言われ、私の父親が信じられるかというと……。
にわかには信じられない。
ハーティントン国の裏切りを確信したのは、兄の書簡を読んだ時だろう。そこでガレスの意図にも気が付いたのかもしれない。ヴィサンカ帝国は、スペンサー王国を滅ぼすつもりではないと。
だからこそ父親は「私は……誤った決断をしてしまった。このような事態を招いた責任は、すべて私にある。すぐに皇帝へ書簡を送るが、王妃と第一王女はすぐに避難させろ!」と言ったのではないか。
それに「父さんと母さんは皇帝に会って、詫びなければならない。許してもらえるか分からないが、誤った判断をしたのは、父さんだからな」とも言っていた。
父親はガレスの真意を理解したんだ。援軍をハーティントン国に送るなと言われた時、従うべきだったと。
しかも……。
「帝国軍になりすましたハーティントン国の兵士が、既にスペンサー王国に向かっていた」
ガレスの言葉に驚き、思わず尋ねる。
「それはどういうことですか?」
「援軍を要請しても、わたしが送った書簡がある。スペンサー王国は、すぐにハーティントン国へ援軍を送っていない。このことに苛立ったハーティントン国王は、揺さぶりをかけることにしたんだ。帝国軍になりすましたハーティントン国の兵士に、スペンサー王国の王都を襲撃させた。街に火を放ち、宮殿にさえ侵入させ、先にヴィサンカ帝国が攻撃してきたと思うよう、画策したんだ」
父親がハーティントン国に、兄を総指揮官に任命し、援軍として送り込むことを決意した理由。それはその前日に、ヴィサンカ帝国の兵士五十名が、王都を攻撃したからだ。
やけにスペンサー王国に詳しい帝国軍の兵は、宰相や外務大臣などの重鎮の屋敷に火矢を放ち、騎士団の本部には、爆薬を積んだ荷馬車を突っ込ませた。時計台も燃やされ、あちこちの井戸に毒をまかれている。
しかも宮殿の敷地内にまで侵入し、投石を行い、窓ガラスを割ったのだ。
そのせいで王侯貴族はもちろん、国民には、多大な被害が出ることになった。物の被害もそうだが、心理的なダメージも大きい。戦争を好まない、平和な気質の国民が多いのだ。ゆえにこの奇襲攻撃は、怒りよりも恐怖を皆に、植え付けた。
その一方で、国を護る立場にある国王――私の父親は、恐怖より怒りが勝った。宣戦布告なしで、夜に奇襲をかける悪質さに、父親の心に、怒りの炎が灯ってしまう。
こうしてスペンサー王国は、ハーティントン国へ援軍を送り、ヴィサンカ帝国に宣戦布告する事態になってしまったのだ。
でもこうなるよう仕向けたのは、ハーティントン国。ヴィサンカ帝国の兵士五十名と思ったが、その正体は、なりすましたハーティントン国の兵士だった。つまりスペンサー王国に奇襲をかけたのは、帝国軍ではなかった。スペンサー王国は完全に騙され、戦に巻き込まれることになってしまったのだ。
「繰り返しになるが、スペンサー王国と戦うつもりはなかった。七万の軍を率いて向かったのは、圧倒的な数の軍事力を見せ、降参してくれることを期待したんだ。だが、この数の多さが裏目に出てしまった。わたしの軍の中に、ハーティントン国の残党が交ざり、スペンサー王国の宮殿や王宮への投石、手当たり次第に火矢を放つなど、蛮行を繰り返していた。見つけ次第、粛正したが、結果として、スペンサー王国は焼け野原となってしまった。そこは……本当に申し訳ないことをしたと思う」
ここまでの話を聞いただけでも、ガレスのイメージが完全に変わった。
冷酷無慈悲で情け容赦のない暴君。
宣戦布告もせず、侵攻を行う、恐ろしいヴィサンカ帝国の若き皇帝。
でもそれは違う。
ハーティントン国のスペンサー王国に対する裏切りを知り、帝国の名誉のためと、スペンサー王国を救うために、動いてくれていた。イメージしていた暴君とは違う。ガレスは……氷のような冷たい目をして、無表情であることが多い。でも見た目や噂で言われるような、非情な皇帝ではない。
「どうして……そんなにスペンサー王国のことを気にかけてくれるのですか?」
「スペンサー王国だから、というわけではない。むしろ……。いや、こう言った方が納得できるだろう。わたしは今、ヴィサンカ帝国の皇帝だ。だが、生まれはスペンサー王国で、十三歳まで王都で育った」
その言葉で思い出す。
ガレスの出自は「とある伯爵家の令嬢と前皇帝の落胤だった。だが皇帝が落命する前に、急遽自身の息子であると認知した」として知られている。つまり、ガレスはスペンサー王国の伯爵令嬢と前皇帝の間に生まれた子供だったということ?
そう思ったところで、馬車が止まる。
私が暮らす離れまで、戻って来ていた。






















































