42:復讐
リンドンは復讐の方法を二つ考えた。一つ目は、私がガレスへ毒を飲ませるという方法。これは私が……遂行せずに失敗している。だが、今、二つ目が成功しているとリンドンは言っていた。
「その顔では、どういうことか分からないようだね。フローラはガレスに寵愛されているのだろう? 愛妾が連れ去れたんだ。どんな気持ちだろうね、ガレスは!」
なるほど。
自分が寵愛されている実感がないので、その視点で考えることができなかった。確かに寵愛されていたら、大変なことになっただろう。でもそうではない。
「リンドン、残念ながら、それはないです。“攫われた”というより、“逃げた”と思われていると思います。このアイマスクも、ガレス皇帝陛下の女避けになるよう、つけていただけです。皇妃が断罪され、その席が空白になれば、そこに座ろうと躍起になる令嬢、娘を座らせたいと思う貴族が、沢山出てきますよね。他国の姫君だって、動くかも知れません。それを陛下は面倒に思い、私が寵愛を受けていると、思わせただけです」
これを聞いたリンドンは、まさに目が点になっている。
こういう表情を見ると、彼の少年時代を思い出し、少しだけ微笑ましくなってしまう。
「そんなはずないと思うけど、フローラ。ガレスの君を見る目は」
「初夜の練習相手として寝所に行き、私は下着もつけない薄い生地の、ナイトウェア一枚という姿でした。ですがガレス皇帝陛下は、私に剣を突き付けたのです。私はあやうく命を落とすところでした。『興が冷めた』と言われ、彼はベッドで寝て、私はソファで一人朝を迎えたのです」
「な……本当にそうなのか?」
コクリと頷くと、リンドンは驚愕している。そして独り言のように、こんなことを言う。
「ではあれは演技だったというのか? 氷を瞬時にとかすような、あんな熱い眼差しをしていたのに……」
リンドンのこの言葉には、笑いそうになる。そんなわけないのに!
「そうか。戦場ばかりで過ごしているから、ガレスは男を好むんだな」
え……そうなの!? でもそう言われると、私にも皇妃にも無反応となると、その可能性も考えられた。
「計画が狂ったな……」
そこはもう「ご愁傷さまです」と言いたくなる。私に価値がないと分かったのだ。これで馬車から降ろしてもらえる気がした。だがその前に、聞いておきたいことがあった。
「ところでリンドン。カードには、お兄様の件についても触れられていましたが、あれはどういうことですか?」
その時だった。
馬車が大きく揺れた。
なんとか手すりに掴まり、座席から落ちることは免れたが、馬車は激しく揺れている。
「何なんだ、オロ、御者に確認しろ!」
そう言いながら、馬車の窓のカーテンを開け、外の様子を窺ったリンドンは、驚愕している。私も左側のカーテンを開け、外を見ると……。
白っぽい髪とマントが見え、ドキッとする。目を凝らし、馬が馬車に並走していると、ようやく理解できた。きっと馬が、黒鹿毛なんだ。馬の姿が見えないから、ビックリしてしまった。
「!」
再び、馬車が激しく揺れ、強引に左に曲がったと分かる。
「リンドン様、騎士です。ヴィサンカ帝国の騎士が、ものすごい人数で、追いかけて来ています。特に左側からついてくる騎士が、しつこいと」
オロが言っているそばから、馬車がまた揺れる。
「フローラ、これはどういうことだい? 寵愛されていないのに、なんでこんなに騎士が追ってくる!?」
それは私が聞きたいぐらいだった。
でもすぐにある可能性に思い当たる、
「私ではなく、リンドンを追っているのではないですか? 私の身分は、一人にしかバレていません。口の堅い方です。でもハーティントン国の王太子は、地下牢から逃げたわけですよね? 目を光らせていたのでは? 髪色を変えても、じっと見れば、義眼だとも分かりますし」
「くそっ。変装は完璧だと思ったのに」
悪態を吐くリンドンに、かつての優しい王子様の面影はない。
戦争が、リンドンを変えてしまった……。
「フローラ」
「はい」
「降りていい」
「え?」
「散々降りたがっただろう? だからいい。許可するよ」
どうして今、この状況で?
と思ったら、また馬車が激しく揺れる。
「余計な荷物がない方が、馬車は速く走れる。それぐらい、分かるだろう? 追われているのは僕だ。僕は可能な限り、遠くへ逃げなければならない。だからフローラ、今すぐ降りてくれ」
言わんとしていることは、理解できる。
でも重量を減らしたいなら、私ではないと思う。
この三人の中で、一番重いのはオロでは!?
というか、まさか……。
重量を減らすだけではない。
女性が一人、馬車から落ちたとなれば、並走する騎士も、後ろを追う騎士も、見過ごすことはできないだろう。それはいくばくかの足止めになるはずだ。
それに今すぐ降りろと言わなかった……?
「馬車が走っている状態で、降りろ――というのですか?」
「そういうことだよ。止まれば、追いつかれる」
これには衝撃で言葉が出ないが、リンドンは「早く!」と急かす。
「……リンドンは、私をまだ好きなのですよね? だから助けに来てくれたのですよね?」
「フローラ、君は鈍すぎるよ。素直で可愛らしく、美しい君は、お飾り妃にピッタリだと思った。だがこういう時は鈍感で、役立たずで、本当に困るよ。……とっと降りろ!」
そこで突然、オロが動いた。
私が座る左側の馬車の扉を開けたのだ。
走っている状態なので、開いた扉は激しく前後に動き、まるでスイングドアのようになっている。
「ほら、僕の従者が気を遣ってくれた。感謝してくれよ、お姫様。早く、飛び降りて」
「そんな、リンドン、本気でそんな」
「フローラ。君といい、マーカスといい、実に面倒だ」
なぜここで兄の名が、と思ったその時。
リンドンが足で、私のことを蹴飛ばした。
「きゃあ」
もう何をどうしたか分からないが、手に触れたものを必死に掴んだ。
それは馬車の窓に付いていたカーテンだった。
「フローラ。地獄へ向かう君に、手土産だ。君の兄であるマーカスを背中から刺したのは、この僕だよ!」
衝撃で手から力が抜けそうになり、懸命に歯を食いしばる。
「王族のための秘密の地下通路で脱出しようとしたら、『国民をおいて逃げる気か!』なんて偉そうに言って邪魔をするから。まさか兄妹、その両方を手にかけることになると思わなかったよ」
リンドンの言葉を理解し、涙がどんどん溢れてくる。
まさか兄が、味方と思っていたリンドンの裏切りで、命を落としていたなんて――。
悔しさと怒りで、リンドンを睨む。
するとリンドンは、さっきまで私が座っていた席に移動し、短剣を取り出した。
何をするつもりなの……?
恐怖で血の気が引く。
リンドンが笑顔で私を見る。
そして私が両手で必死に掴んでいるカーテンを、一気に引き裂いた。






















































