36:ただそれだけだ
毒を盛られたガレスを救った私に、御礼の言葉が伝えられるのかと思った。
だが、伝えられた言葉は……。
「二度とするな」「え」
怒っている……?
「わたしのために、君が命を懸ける必要はない」
「あ、え、その……申し訳ありませんでした」
「謝罪は不要だ。わたしの命より、リリーの命の方が重い。ただそれだけだ。……着いたな」
そこで馬車が宮殿のエントランスに到着した。
既に多くの馬車が行き来しており、エントランスにいる着飾った貴族達は動きを止め、こちらに注目している。今、ガレスに伝えられた言葉の意味を考えたいが、その暇がない。
さらに馬車から降りる時。
御者ではなく、ガレス自らが手を貸してくれる。そして優雅に私をエスコートして、歩き出す。
エントランスにいるのはヴィサンカ帝国の貴族ばかりだ。よってアイマスクの意味をよく分かっている。当然だが、とてもざわついていた。「誰?」となり「もしや離れの……」となって「皇帝の寵愛を一身に受けているということか!?」となる。そうなった瞬間からチクチクと針のむしろだ。
だが。
ガレスが貴族達を一瞥した。
あの冴え冴えとした銀色の瞳を無表情にそちらへと向ける。
その瞬間、周囲の気温が一気に下がったように感じた。
背筋に冷気を覚える。
貴族達のざわめきが、ピタリと止む。
突然シンとしたエントランスホール。
大理石の床を歩く、私のパンプスのヒールの音が、やけに大きく響いている。
さっきまで針のむしろだったのに。全員、視線を床に向けている。誰もこちらを見ようとしない。
そうか。これが冷酷無慈悲な暴君ガレスなのだ。
もう表立って、私へ好奇の目を向けることは、できないだろう。そう思ったまさにその時だった。同時に複数人の男性が動いたのだ。突き飛ばされた令嬢から悲鳴が起き、ノリス卿たち、近衛騎士も動く。
まさか、暗殺者!?
舞踏会への帯剣は許されていない。
よって男達が手にしているのは、隠し持っていたらしいナイフや短剣。
「ガレス皇帝陛下」
「わたしの後ろに」
当たり前のように私の前に出て、ガレスは腰に帯びていた剣を抜く。
帯剣は許されていない。
ただし、皇帝及びその近衛騎士を除く、だ。
「この奴隷女め! 公爵様は貴様のせいでー!」
ガレスの暗殺者ではない。
私の――。
ズブッという生々しい音と、床に響く金属音。
「うぐっ」という男の苦し気な声が、すぐ近くで聞こえた。
間違いなく、ガレスの長剣で刺された男の声だ。
貴族達からは「ひいいぃぃ」と逃げ惑う声が漏れている。
「もし彼女に悪意を向ければ、それはわたしへの反逆とみなす」
凛としたガレスの澄んだ声が響き、「くはっ」と男が叫び、あちこちで「ぎゃあ」という悲鳴が起きている。
「ああああああっ」
男の断末魔のような叫びに、貴族達は声を出すのを堪える。
複数聞こえた悲鳴が収まった。
近衛騎士により、暗殺犯達が瞬時に制圧されたのだと理解した。
断末魔は続いている。一体どのようにガレスが剣を使っているのか、想像できない。
「陛下。始末はこちらでつけます。せっかくのお召し物を汚す必要はございません。どうぞ、リリー嬢と共に、先へお進みください」
ノリス卿の落ち着いた声にガレスは「分かった」と短く返事をする。
「はうっ」という男の声と、シュッと剣を振る音。剣についた血を拭き、鞘に収めたガレスがこちらを振り返る。
「どこも、なんともないな?」
「は、はい」
返事をしながらも声が震えている。
声だけではなく、体も震えていた。
「大丈夫だ。リリーに手出しはさせない」
ふわりと風を感じ、ガレスが私の手をとりエスコートしつつ、もう一方の手で守るように、肩を抱いてくれていると分かった。
歩き始めてしばらく経つと、複数の女性の悲鳴、床に何か転がり、倒れる音がした。
振り返ろうとすると、ガレスが「見る必要はない。見る価値もない」と短く呟く。ただ、なんとなく想像はつく。ノリス卿が暗殺者のとどめを刺したのだと。それを見た貴族達が震撼したのだと思う。
「怖い思いをさせてすまない。公爵家の残党が忍び込むとは。警備が甘いということだ。警備主任を」
「ガレス皇帝陛下、もう落ち着きました。守っていただき、ありがとうございます。警備の目をかいくぐって潜り込んだのでしょう。決して警備の怠慢ではないかと。警備主任を責める必要はないと思います」
「……リリーは心が優しいのだな」
この時初めて、ガレスの声に感情を感じた気がした。
そこでエントランスホールを抜けた。
宮殿内の広い廊下が見え、後ろから足音が聞こえてくる。チラッと見ると、ノリス卿だ。ブルーシルバーの長髪を揺らし、何事もなかったような、いつもの表情だ。
なんというか、皆、動じず、冷静で手慣れている。
きっとこういった暗殺の場面に、何度も遭遇しているのだろう。
改めてガレスが置かれている環境の過酷さを実感することになった。
実感し、また暗殺者が現れるのではという不安が続いている。しかしガレスは「何があっても守るから」と繰り返し口にした。それを聞いていると、緊張は少しずつ緩む。
結果的にその後は問題なく移動でき、ひとまず控え室に到着できた。
気持ちを静める配慮からか、ラベンダーティーが用意された。
こんな時、温かい飲み物は、心身を和ませてくれる。
ラベンダーの香りにも、なんだかホッとした。
対面のソファに座るガレスの元には、続々と報告があがっている。
どうやら先程の暗殺者の情報のようだ。
聞き耳を立てるのもよくないだろうと思い、窓の外を見る。
カーテンが引かれていない窓には、室内の様子が映りこんでいた。
そうなると自然にガレスへ目が行ってしまう。
初めてその瞳と目が合った時には、恐怖しかなかった。
しかも初対面の一言目で告げられたのは……。
――「初夜の練習相手としてここにいるんだろう? さっさとベッドに行け」
そんな侮蔑の言葉だったのに。
さっき馬車でかけられたのは、気づかいの言葉ばかり。
――「わたしのために、君が命を張る必要はない」
――「謝罪は不要だ。わたしの命より、リリーの命の方が重い。ただそれだけだ」
ガレスの命より、私の命が重い?
まさか、そんなわけがない!
それに暗殺者と対峙した時も、沢山の貴族の前で……。
――「もし彼女に悪意を向ければ、それはわたしへの反逆とみなす」
その後も私のことを心配し、何度も声をかけてくれた。
――「大丈夫だ。リリーに手出しはさせない」
――「怖い思いをさせてすまない」
――「何があっても守るから」
なぜ、そんなに私のことを大切にするような言葉をかけてくれるのか?
しかもあんな言葉まで……。
――「……リリーは心が優しいのだな」
解毒薬で助けたから、こんなに気にかけてくれるのかしら?
ガレスの暗殺の危機は、なくなったわけではない。
そうなるともしもの時に、薬草や毒草、その両方に通じる私は役に立つ=価値があると認められた。よって大切にしてくれる……?
「……!」
窓ガラスに映るガレスの銀色の瞳と目が合う。
その目は、いつもの周囲の気温を下げる冷たさで……。
違う。
何かを問いかけるような、求めるような、なんだかとても切ない想いが、その瞳に宿っているように感じる。吸い込まれそうなその瞳から、目を離すことができない。
「陛下?」
ノリス卿の声に体がビクッと反応してしまう。だがガレスは動じることなく「そろそろ時間か」と応じている。一方の私は、鼓動が落ち着かなかった。
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