33:考察
部屋に籠り、私は今日の出来事を振り返る。
今日、ガレスと初めて、まとも(?)な会話をした。
礼拝堂でバッタリ会った時は、邪魔をしてしまったと、ひたすら謝罪。私の中で、会話したという記憶はない。昨日はスイーツに関して多少の接点を持つことになったが、こちらも会話というより、手を取られた時のインパクトの方が大きかった。仕草だけだが、手の甲へキスをする動作を見せられ、心臓が止まるかと思った。
そして本日。
昼食を摂りながら、よどみなく話すガレスに、暴君要素は感じ取れなかった。さらにノリス卿の際どい質問にも、気分を害することなく、きちんと受け答えをしていた。
対して私は……。
許可なく話してしまい、また余計なことをしゃべってしまったと、勝手に青くなっていた。
一方のガレスは、あの初夜の練習の時のような怖い言葉は、一切口にしていない。むしろいつ話しかけてもいいと言われ、リリーと呼ばれた。なんだか冷酷無慈悲な暴君のイメージを、自分の中で維持できなくなっている。
地下牢に突然入れられ、そこに皇妃が現れた時。
自分がひどい目に遭わされるかもしれない。
そんな状況だったのに、ガレスを助けようと必死だった。
そうまでして助けた彼のことを、なんだか変に意識し始めているような……。
さらに皇妃との初夜と自分を比べ、落ち込んだ。
でも結局、皇妃が言うような甘い雰囲気はなかった。そのことに、安堵している。
これはどう考えても……おかしい。
そこでピスタチオのマカロンをパクリと食べる。
落ち着くのよ。
ガレスは仇なのだから。命は助けたものの、仇であることは変わらない。今後も彼と関わりながら生きることになるだろうけど、気にしてはいけない。どうせ現皇妃の件が落ち着いたら、新たな皇妃を迎えるだろう。その女性と今度こそはよろしくやってもらい、私はただの……私は……私は、なんなのだろう、このヴィサンカ帝国において。
皇妃の夜伽の身代わりの役目を、果たすことはないと思う。では熟睡を求め、ガレスが離れへ来る……? それもないと思う。
私は何のために離れにいるのかしら?
考えたところで、答えは出ない。
ため息をつき、窓の外を見る。
ソークに会いたいと思っていた。
こんな風に気持ちがぐらぐらするのは、今一番会いたいはずのソークが、なんの連絡もくれないからだ。あんな形で別れることになったのだから、連絡の一つ、くれてもいいのに。
きっかけはキスであり、そこから異性として意識したのだとしても。ソークには何度も助けられ、感謝の気持ちもある。それに彼が一度だけ話してくれた「もしも」の世界に、私は憧れていた。
――「……大丈夫だ。ちゃんと助け出す。ヴィサンカ帝国は広大だ。帝国軍の力が及ばないエリアも、まだ若干だが存在している。そこで小さな家を手に入れよう。そこで菜園を作り、川で魚を捕り、暮らせばいい。自給自足の生活は、慣れないと大変だ。だが慣れれば、日々生きていることを実感でき、楽しいぞ」
もう一度会えたら、ソークに聞いてみたい。
一緒に帝国軍の力が及ばない場所に行かないかと。もし「イエス」の答えをもらえたら、ノリス卿に相談しよう。私は別にこの国に、特別に必要な人間ではないはずだ。ただの奴隷女に過ぎない。そして求められている役目があるとも思えない。私の代わりなど、いくらでも用意できると思う。
この国に迷惑をかけるつもりはない。身分を明らかにし、反乱軍を作る気持ちもない。ただ静かにひっそり生きて行きたいだけだ。
だから、ソーク。お願い。碧い鳥を寄越して。連絡を頂戴。
そう願ったところで扉がノックされる。
まさか早くも願いが叶い、ソークから連絡が来た……とか?
胸がドキドキするが、部屋を訪ねてきたのはネピだった。
しかも――。
「ノリス卿の使いからのお手紙です」
「ノリス卿から?」
受け取った手紙を開封し、早速内容を確認する。
ガレスの意識が回復した時。
宰相がすぐにしたことは、宮殿で開催する舞踏会の告知だ。
婚儀があったばかりで、本来、三日三晩の舞踏会が行われるはずだった。だがそれは、中止になっている。そこで明後日、ガレスの回復した姿を披露する意味合いを含め、舞踏会を行うというのだ。その場で、オールソップ公爵と皇妃の件も、大々的に発表するという。つまり毒殺未遂の首謀者と実行犯が誰だったのか。その罪と刑を、国内外に知らせるということだ。
いろいろと激震が走るかと思ったが、既に宣戦布告なしで二つの国を滅ぼしたり、国外の招待客なしで婚儀を挙げたりしている暴君ガレスなのだ。どこの国も「またあの皇帝が……」ぐらいの反応だけかもしれない。それに今回起きた出来事は、ヴィサンカ帝国内で起きた問題。諸外国からしたら、結局ガレスは未遂で生きているわけで、あまり関係ないと静観だろう。
ともかくその舞踏会について、私がとやかく言うつもりはない。
皇妃の処遇が気になるが、過去のガレスの粛清を思えば、死刑は免れないと思えた。最後に心を入れ替え、私に短剣を渡してくれたことを思うと、死刑は……と思ってしまう。だが私がそれをガレスに伝え、刑が変更になるかというと、ならないと思えた。奴隷女の意見なんて、聞かない。
……もしかしたら、聞いてくれるかもしれない。聞いてくれるかも知れないが、聞くだけだ。以上、終了、で?ということ。
しかしノリス卿は、なぜこの舞踏会のことを、わざわざ手紙で伝えるのだろうと思ったら……。
「……ということで、その舞踏会に、陛下は当然出席するのですが、本来そこは皇妃をエスコートするわけです。でも皇妃は今、幽閉中の身。そこで皇妃の夜伽の身代わり役であるリリー嬢に、早速身代わりをお願いしたいのです。つまりは陛下にエスコートされた上で、舞踏会に参加いただきたいと思っています」――そう書かれていたのだ!
これには驚き、ネピに確認してしまう。
「み、身代わりって、夜伽だけではないのかしら!? このノリス卿の手紙に、皇妃に代わり、ガレス皇帝陛下にエスコートしてもらい、舞踏会へ参加するようにと書かれているのだけど!」
するとネピは「あー」と言う表情になり、少し考えた後、こんな答えを提示してくれた。
「先代皇帝は、皇妃の夜伽の身代わり役であった女性を伴い、よく宮殿の舞踏会へ参加されていたそうです。皇帝には専用の控室もあります。舞踏会へ顔を出され、ダンスを踊り、気分が盛り上がったらそのままその控え室で……ということがあったそうです。お役目を果たす意味もあり、エスコートされ、舞踏会に参加するのは……おかしなことではないですね」
「そ、そんな理由で……」
どう考えても今回の招待に、その意味はないと思う。単にエスコートするに丁度いい女性がいないから、私にした……ぐらいの気がする。しかもノリス卿の発案で、決まったような気がした。ガレス自身が、私をエスコートしたいと思っているわけがない。
皇妃の夜伽の身代わり役は、体面のいい呼び方で、実際は愛妾みたいなもの。それなのにエスコートされ、舞踏会に顔出すなんて……恥ずかしくて仕方がない。
阻止だわ、断固阻止!
今から体調不良を装えばいい。
「私、なんだか熱っぽいような気がするわ」
「かしこまりました。では皇宮から侍医をお呼びしますね」
「な、どうして!?」
「皇妃の夜伽の身代わり役となりますと、お子様ができる可能性もあります。その場合、当然、皇子や皇女となりますから、健康面には気を配られることになりますよね。今後は基本的に陛下と同じ侍医が診察くださるので、いろいろ安心です」
全く以てして安心などではない。というか、ガレスとの間に子供!?
初夜の練習相手にすらならなかった私に、子などできるはずがないのに。
子どもの件はともかくとして。
仮病は看破される。
何せ相手が皇宮の侍医ならば、騙しきれないだろう。
そうなったら……。
そう、そうよ!
「私、舞踏会に着ていけるようなイブニングドレスも、宝飾品もないわ」
「本当ですか?」
「え」
「クローゼット、ちゃんとご覧になっていますか?」
ネピの言葉に、背中に汗が伝う。
実際のところ、クローゼットの中は確認していない。
ネピたちメイドがドレスを出す際に、チラッと見たぐらいだった。
「ご覧になっていませんよね。お見せします」
自信満々のネピに案内され、クローゼットを見て、驚愕する。
そこにはドレスがズラリと並んでいた。
「こ、こんなにどうして……!」
「おそらくスペンサー王国の奴隷市場で、初夜の練習相手はリリー様と決めた瞬間、必要となるドレスや靴、宝飾品を揃えるよう、連絡されたのだと思います。リリー様が宮殿に入る前日には、この離れはこのように既に整えられていました」
「待って頂戴。そうなると初夜の練習相手をする前から、この離れに私が住むことは、確定していたのかしら?」
「そうとも言えますね。そういうこともあるのでしょう」
そうなのですか?
つい聞きたくなるけれど、ネピが答えられるわけがなかった。
ならば。
ノリス卿に聞くまでだ。
舞踏会には行きません――は無理だろう。行くしかない。恥を忍び。
行きますから、いろいろ教えてくださいよ、ノリス卿――ということで、夕食までの時間を使い、手紙の返信を書いた。






















































