26:最期まで
この声は、まさか、本当に……?
「リンドン王太子殿下、なのですか?」
声が震えた。
「そうだよ、フローラ。そこにいるんだね? 僕のことを、ここから出してもらえるかい?」
「! 待ってください。鍵がないか、探します」
オールソップ公爵が連れてきた兵士は、牢屋の鍵を持っていた。鍵束を持っていたはずだ。
近寄りたくないが、再び自分がいた牢屋に戻り、兵士の手元を探る。
まさか、リンドンが生きていたなんて。
もう絶対に亡くなったと思っていた。
嬉しくて涙がこぼれる。
こんな奇跡もあるのだ。
もしかしたら兄だって……!
兄がどうなったのか、聞いてみよう。
「あった!」
ベルトに鍵束がついた金具を留めていた。それを外し、急いでリンドンのところへ向かう。
「殿下、鍵がありました! でも鍵束なので、この牢屋の鍵を見つけます。もう少し待ってください」
「さすがだよ、フローラ、ありがとう」
「……殿下、お一人ですか? その兄は……」
鍵を探しながら、リンドンに尋ねる。
するとしばらく沈黙があった。
嫌な予感がして思わず、鍵を探す手を止めてしまう。
「マーカス殿下は、さすがフローラの兄君だ。……立派だったよ。最期まで勇敢に戦ってくれた。感謝しかないよ」
あああああ、お兄様……。
思わずその場で座り込んでしまう。
リンドンが生きていたから、もしもと思った。
でもナオからも教えてもらっていた。
やっぱり兄は……。
涙がこぼれそうになるが、もたもたしていると誰かが来るかもしれない。
「殿下、教えてくださり、ありがとうございます」
「すまない。僕だけ助かってしまい、フローラの兄君が……」
「そんなことは言わないでください。殿下だけでも助かって、本当に良かったと思います」
そこで鍵を見つけ、すぐに穴へ差し込む。
ガチャンと音がして、鍵が開いた。
ドキドキしながら、扉を開ける。
「あ……」
そこには懐かしいリンドンと彼の従者だろうか。もう一人、男性がいた。
だが……。
「殿下、その左眼は……」
「フローラ、鍵を開けてくれて、ありがとう。……左眼はね、矢を受けてしまって。でも命は助かったから」
「でも、殿下……」
涙がボロボロとこぼれ落ちる。
金髪は伸び、顔には髭も伸びていた。
左眼を隠すように包帯が巻かれ、グレーのシャツにズボンというその姿は、とても王太子とは思えない。こんな扱いを受けて……。
「僕は大丈夫だ。それより、ここでずっと聞いていたけど、フローラは、その……」
ここにずっといたということは。
私が皇妃の夜伽の身代わりの役目を与えられていることも、知っているのでは……?
「いや、今はそれはいい。ともかくここから出してもらえて助かるよ。オロ、武器を探そう」
リンドンはオロという従者と共に牢屋から出ると、あの倒された兵士から武器を奪い、その装備一式を外し、自身が身に着けた。
「よし。これで兵士っぽくなった。脱出しよう」
二人の後についていこうとすると……。
「フローラ、君までいなくなると、騒動が大きくなりそうだ。だって君は皇帝の……」
ドキッとして、全身が熱くなる。
皇妃の夜伽の身代わりという役目を負っているが、実際のところ、ガレスとの間には何もない。でもリンドンが言おうとすることは分かる。現状、私は皇帝の所有物だ。それがいなくなれば……。
「フローラ、必ず君のことを迎えに行くから。僕達が逃げられるよう、協力してもらえるかい?」
「分かりました」
そこでリンドンがいた牢屋の扉を閉じ、鍵を掛け直し、私は自分がいた牢屋に戻った。そしてそこでリンドンに気絶させてもらうことになったのだ。
「ごめんよ、フローラ。でも打ち合わせした通り。君はそこの卑劣な公爵に襲われそうになり、そのソークという黒装束の男に助けられた。でも今度は別の一味が現れ、気絶させられてしまった。駆け付けたヴィサンカ帝国の兵士に起こされるまで、意識を失っていた。だから何があったのかは分からない――ということで」
「はい、分かっています」
リンドンを助けるため、何者かがここへ現れた。その一味に私は気絶させられたとなれば、大勢で逃げていると思われる。捜索の目を、攪乱することもできた。
「では、気絶させるよ?」
ベッドに座った私の背後に、リンドンが回り込んだ。
「はい」の返事と同時に後頭部に痛みを感じ、私はすぐに気絶した。
◇
目覚めるとそこは、離れの自分の天蓋付きのベッドだった。
白の寝間着を着ており、体や髪からいい香りがする。
どうやらタオルで綺麗に汚れをふき取り、髪については寝ている間に洗ってくれたようだ。しっかり乾かし、いい香りがする状態にしてもらえたことに、感謝の気持ちがこみ上げる。
とりあえずちゃんと目覚めたということで、ベルを鳴らすと……。
「「「リリー様!」」」
部屋にやってきたのは、ナオ、イーモ、ネピの三人。
ネピはまだしも、なぜ宮殿付きの使用人であるナオとイーモまでここにいるのかと思ったら……。なんと今朝から離れの、つまりは私付きのメイドに転属になったのだという。
これにはもう、ビックリだ。
私付きのメイドになったことで、主である私のことは「リリー様」と呼ぶことになったというのだ。これまでずっと、人の目を気にしないでいい時は、「リリー」だったから、そのままでいいのに。
……本当はフローラと呼んで欲しかった。
「それにですね、離れには一応、警備の騎士が二名いましたよね? そこがなんと十名に増え、さらにリリー様専属で、近衛騎士二名が付くことになったのですよ。今、廊下でその近衛騎士二名が、待機しています」
近衛騎士が専属で付くなんて、皇族以外ではあり得ないこと。警備兵が五倍に増えたことも、異例だった。このことに、ネピは大喜びで、今の発言をしたのだと思う。でも王族だった私からすると、警備や近衛騎士が増える=監視されている!というイメージが強いので、あまり嬉しくない。
「リリー様、朝食には遅く、昼食には早いので、ブランチをご用意しますか?」
イーモに言われ、空腹をちゃんと感じた。
どうやら気絶させられ、ぐっすり休んだことで、毒の影響も和らいだみたいだ。毒耐性をちゃんとつけておいて良かった。
「そうね。ブランチでお願い。一応、さっぱりと軽めのものでお願いできるかしら?」
「「かしこまりました!」」
イーモとナオが出て行き、ネピは寝起きの水分補給も兼ね、紅茶を淹れてくれた。
「ねえ、ネピ、私はどうやってこの離れに戻って来たのかしら?」
「! そうですよね。何があったのか、知りたいですよね」
昨晩から私が目覚めるまでの間、何が起きたのか。
ネピが知る範囲で教えてくれた。
話を聞いている間に、紅茶は飲み終わり、ドレスへの着替えも出来てしまった。
そのネピが聞かせてくれた話は、こんな感じだ。
公式発表はまだされていない。だが皇帝毒殺未遂事件の犯人は、オールソップ公爵と皇妃であると、断定された。皇妃が全て自供し、彼女は今、ミルト塔へ身柄を移されている。
オールソップ公爵は、私に濡れ衣を着せるため、地下牢を訪れた。「死人に口なし」と私に手を下そうとしたが、そこで地下牢に収監していた囚人が、逃亡を図った。その逃亡劇に巻き込まれ、オールソップ公爵と私兵二名は死亡。その場にいた私は、その様子からも、また話し声も聞こえていたので、囚人だと逃亡犯も分かった。同じ囚人のよしみなのか。私は気絶させられただけで、害されることなく、そのまま放置された。
一方の囚人二名とその仲間は、地下牢を出て、宮殿から脱出。地下牢に駆け付けた近衛騎士と警備兵が、現場の収拾をはかった。無罪の私は地下牢から出され、近衛騎士の手で、この離れへ運ばれた。
ドレスもボロボロ、髪もボサボサと、あまりにも悲痛な姿だった。そこでネピがメイド達を呼び、私が安心して休めるよう、身支度を整えてくれたのだ。
私を休ませた後、皇宮と宮殿の様子を確認したが、ずっとバタバタしていたという。それでも今は、ひと段落したようだ。宮殿の廊下を往来する人の数も、いつもよりやや多めぐらいで、収まっているという。
ちなみに囚人の逃亡があったことで、宮殿からの貴族の出入りを押さえる必要があった。舞踏会から屋敷へ戻る貴族に紛れ、逃亡犯が宮殿から出て行く可能性があったからだ。その結果、舞踏会は明け方まで続いた。
そう言った意味では、楽団や宮殿の厨房スタッフは、もうグッタリだろう。それではなくても皇帝の婚儀があったのだ。今頃みんな、爆睡中と思われた。
「ガレス皇帝陛下の容態について、何か発表はあったのかしら?」
私が丁度、ネピに尋ねた時。
扉がノックされ、ナオとイーモがワゴンを押して部屋に入って来た。ソファに向き合って座っていた私とネピは、思わずワゴンを凝視してしまう。なぜならそのワゴンからは、とても美味しそうな香りがしていたからだ。






















































