23:真意
来た。
気持ちの悪さ。嘔吐。足の痺れ。
そうね。間違いない。何の毒かは分かった。
「すみません。レストルームへ」
立ち上がった足がふらつくと、ノリス卿が抱えてくれた。
そのまま抱き上げられた状態でレストルームへ連れて行かれ、ノリス卿まで入ってこようとしたので、それは阻止した。レストルームに入り、水で口の中を何度もすすぎ、なんとか胃袋に収めていたウェディングディナーの料理たちと、さよならをする。
そこでロケットペンダントから解毒薬を取り出した。
調合する時間が勿体ない。これを飲ませるが、一粒はいらない。三分の二でいい。
爪でうまくスライスし、ハンカチにくるむ。爪に残った解毒薬をなめ、急いで寝室へ戻ることにしたが、ここはノリス卿にだけ打ち明けることにした。
「お気づきかもしれません。ノリス卿なら。私はスペンサー王国の」
「言わなくても結構です、リリー嬢。あなたは……自ら毒を口にしてまで、仇と思っているであろうガレス皇帝陛下を、助けようとしてくれました。心から感謝します。ありがとうございます」
「そう言っていただけると……。私はもしもの時に備え、解毒薬を持っています。この解毒薬で、ガレス皇帝陛下は助かるはずです。ただ、いきなりこれを持っていると、疑われると思います。薬は私が調合した……ということにしていただいて、いいですか?」
ノリス卿はこれを快諾し、皇宮内で薬を保管している薬剤庫へ連れて行ってくれた。そして改めて、ガレスの寝室へ戻った。
「解毒薬の調合は終りました。ガレス皇帝陛下に使われていた毒草は、ヘムロックです。ある程度の毒耐性を陛下がお持ちだったこと、摂取された毒の量が少なかったことで、重篤にならずに済みました。ですが何もせずにいたら、呼吸が荒くなり、上半身の麻痺から、呼吸が困難になり、死に至る可能性もあります。急ぎ、これを飲ませてください」
ノリス卿が解毒薬を受け取り、従者に水を持ってこさせる。
これでもう、大丈夫だろう。
「偉そうに言っていますが、そもそも毒を用意したのはあなたですから。悪女のくせに、聖女みたいなフリをして! 治療も終わったので、地下牢へ戻っていただきますわ!」
「皇妃殿下、待っていただきたい。解毒薬を飲ませたばかりなのです」
ノリス卿が「待った」をかけ、皇妃は眉をくいっと上げる。
警備兵に両サイドを挟まれた私は、既に地下牢へ連行されるつもりだった。
なぜならここで「私が解毒薬を調合しました! 私がガレス皇帝陛下を助けました!」と手を挙げても「悪女が何を言っているの!」と皇妃から言われることは、想定内。むしろ地下牢で大人しくして、ガレスが目覚めるのを待つつもりだった。
なにせ私も毒を口にしている。耐性もあり、解毒薬は口にしたものの、休みたい。地下牢に放置してもらい、ガレスの回復を待つ間、私も休もうと思っていた。
「ノリス卿、何を寝惚けたことをおっしゃっているのかしら? この女が陛下に毒を盛った犯人なのです! 悪女なんですよ!」
あくまで毒を盛ったのは私とするため、皇妃も必死だ。
でもガレスが目覚めたら、すべて皇妃の仕業だとバレるのに。
「皇妃殿下、お気持ちは分かります。ですが容態の急変があるかもしれませぬ。リリー嬢にはまだここにい」
「何を言っている、ノリス卿! 貴様はそれでも皇帝陛下の近衛騎士隊長なのか? どんな平和ボケだ。とっとその悪女を地下牢へ戻せ。まったく。知らせを受け、慌てて駆け付けたら、このざまだ。毒を媚薬と偽り、皇帝に飲ませた悪女。それはリリーという、陛下の性欲処理係の奴隷女だと聞いている。なぜそんな罪人がここにいるのだ!」
突然寝室に現れた中年の男性は、見るからに高位貴族だ。上質な黒のテールコートを着ている。タイの飾り、カフスボタンの宝飾品。相当な高価な宝石だ。もしかしてこの人は……。
「お、お父様……!」
なるほど。皇妃の父親、オールソップ公爵。
暴君に盾ついて娘を婚約者に仕立て、皇妃にまで昇り詰めさせただけある。皇妃より黒みがかったルビーの色の瞳には、とてつもない力強さがあり、その完璧に整えられたモーブ色の髪にも、公爵の頑固さが反映されている気がした。
「それで、皇帝は死んだか?」
「な、お父様!」
「オールソップ公爵、さすがにそれは」
皇妃とノリス卿が、青ざめている。
周囲にいる重鎮も、ざわざわしていた。
「なんだ? 毒を盛られたのだろう? もう三時間近く経つ? なんだ?」
「オールソップ公爵、ガレス皇帝陛下はたった今、解毒薬を飲みました。必ず助かるはずです」
「何!? 解毒薬だと!?」
ノリス卿の言葉に、オールソップ公爵の頬が引きつる。だがすぐに「皇宮の侍医は優秀だな!」と笑顔に変わった。
「皇宮の侍医ではありません。そちらのリリー嬢が、解毒薬を調合してくださったのです。彼女はスペンサー王国出身で、薬草にも詳しいですから」
オールソップ公爵は「何……?」と驚きの表情だったが、すぐに鋭い目つきに戻り、私を睨む。
「毒を飲ませておいて、今度は解毒薬を飲ませ、皇帝に自分が助けたと媚びを売るつもりか! 奴隷女のくせに、皇妃の夜伽の身代わりに選ばれたからと、いい気になるのではない! お前はただの悪女だ。悪事はバレている。とっと地下牢へ戻れ。どうせお前は死罪だ!」
「オールソップ公爵、まだリリー嬢が犯人だと、決まったわけではありません!」
「黙れ。近衛騎士隊長ごときが私に意見するではない。ミリア、この悪女をとっと地下牢へ連れて行け!」
ミリア……皇妃の名前ね。
オールソップ公爵にとって、皇妃になろうと、娘は娘だ。だからこそミリアと呼んだのだと思うけれど……。
この後、ノリス卿は「オールソップ公爵、彼女はもう、皇妃です。そのように臣下の前で、名前で呼ぶのはお控えください。ご家族団らんの場ではないのです」と噛みつき「うるさいぞ、この皇帝の犬め!」とオールソップ公爵も負けない。どうやらこの二人、犬猿の仲のようだ。
皇妃は青ざめた顔で、警備兵に「地下牢へ連れて行くわよ」と声をかけた。
寝室を出て、廊下を歩き始めたところで、オールソップ公爵が飛び出してきた。そして皇妃に何かを渡している。この親子は仲が良いのか。悪いのか。少なくとも私と父親のような関係ではないと思った。
何だろう。
私も王族で第一王女だったので、自分の結婚は政治的に利用されると思っていた。でも最終的に私は、リンドン王太子が大好きだったので、政略結婚ではなく、恋愛結婚になるはずだった。そのおかげもあるのだろう。父親が私を駒のように扱っていると、感じたことはない。
でもオールソップ公爵のあの言い方。娘の婿なのだ、ガレスは。例え暴君であったとしても。しかもオールソップ公爵の粘り勝ちで、この結婚は決まった。それなのに、新婚の皇妃に対し、「それで、皇帝は死んだか?」と問うなんて。「お前の夫はもう死んだか?」と尋ねているようなものだ。しかも皇妃はガレスを愛しているのに。
そこでもしかして、と思う。
限りなく正解だと思った。
オールソップ公爵は、野心家だ。
亡くなった皇太子の婚約者だったミリアは、本来、彼の死と共に、表舞台から去るはずだった。でもミリア自身が、新たなる皇太子ガレスを好きになってしまう。そしてオールソップ公爵は、是が非でも娘を皇妃にしたいと思っていた。父娘の思惑が一致し、そして見事ミリアはガレスと婚儀を挙げ、皇妃に収まった。
夢は叶った。これでハッピーエンドと思いきや、そうではなかったのだ。
ミリアが皇妃にさえなれば、ガレスは不要。ガレスを排除し、皇妃を女帝に据え、オールソップ公爵は、自らの傀儡政権を作り出そうと考えたのではないか。そこで皇妃に滋養強壮に効く媚薬だと言って、あの小瓶を渡した。皇妃はそれが毒だとは思わず、父親の言葉を信じ、寝所のガレスのワイングラスに毒を盛った。
だが、あのガレスのこと。
隙が無い。
よって皇妃は本来、あの小瓶一本分をグラスに入れるべきところを、ほんの数滴しか入れられなかったのではないか。それにあの毒は、元々の毒草の香りを引き継ぎ、独特の匂いもある。ワインを数杯飲むなら、分散して入れることができれば、その暗殺は成功したかもしれないが……。
結局、致死に至らぬ量の毒を盛ったワインを、ガレスは飲むことになった。
あとは想像した通りだろう。
まさか毒だったと思わず、ガレスが急変した時、皇妃は焦った。どう考えても自分が毒を盛ったと思われる。そこで私を犯人に仕立てた……。
待って。
最初から私のことが、計算に含まれていたと思えない。私のことが眼中になかったとなると、皇妃が犯人として疑われ……。
違う。
オールソップ公爵は、皇妃共々、皇帝と一緒に葬り去るつもりだったのでは?






















































