16:公爵令嬢
真紅のドレスを着た美女は、上から下まで私を検分し、赤いルージュがたっぷりの唇を動かした。
「あらあ、あなたが私の身代わりをしてくださる方? 陛下の性欲処理係ね」
性欲処理係という言い方に、頬が引きつる。
皇妃の夜伽の身代わりは、皇妃が月ものや妊娠中に皇帝の相手をすると言われた。それすなわち、皇帝の性欲処理係と言われてしまえば……そう、なのかもしれない。
そして彼女は、ミリア・アンカ・オールソップ。
オールソップ公爵家の長女で、故皇太子の元婚約者であり、ガレスの現婚約者だ。明日、彼女はガレスと婚儀を挙げ、皇妃になる。
誰であるのか分かった理由。それは彼女の言葉とこの態度だ。
「ふうーん。陛下はあなたみたいな女に興奮するわけ? 瞳はまあ、珍しいわね。体は……ふふ。ここに来てから相当磨き込んだようだわ。でもキスマークの一つもないのねぇ。それに足腰もしっかりしている様子で。まさかあの陛下が、たった一度で終わったの? まさかね?」
公爵家の令嬢だと聞いている。どうしてこんなに下品なことを口にできるのかしら。
「さっきからだんまりね。あ、もしかして口が利けない? それとも言葉が分からないのかしら? 大陸共通語で話しているつもりだけど、もしかして理解できないかしら、奴隷女には?」
「オールソップ公爵令嬢、私はリリーと申します。初めてお目にかかります。礼拝をされる公爵令嬢の邪魔をするつもりはございません。……失礼させていただきます」
「いーえ。私はこちらに陛下がいると聞いたから、駆け付けただけですから。まさか礼拝堂に性欲処理係がいると思わなくて……」
そこでオールソップ公爵令嬢は眉を吊り上げ、瞳を細めて私を睨んだ。
「まさかここで陛下と逢引きなんて、していたわけではないわよね」
「断じてそんなことはございません。私はただ、戦死者のために祈りを捧げに来ただけです」
「敗戦国の奴隷女だったのね。どっちの国、ハーティントン国? スペンサー王国?」
答えたくないと思うが、ここはグッと堪え、スペンサー王国であると答える。
「ああ、平和ボケして、頭の中もお花畑の国ね。あ、でも、昔見たわ。王太子。マーカス王太子。彼は良かったわよね。……死んだのかしらね? 奴隷に出ていないか調べてもらいましょう」
「な……」
「何かしら? 敗戦国の人間よ。野垂れ死んでもいいぐらいなのに。それを奴隷として……この国では奴隷は禁止されているから、使用人として買ってあげるのだから。感謝していただかないと」
兄のことをそんな……。
どうしてこんな侮辱をと一瞬思ったが。
だが皇妃からしたら、皇妃の夜伽の身代わりなんて、気に食わないのだろう。
こんな風に言われても……仕方がないのか。
皇妃の夜伽の身代わりを奴隷女から選ぶ理由。もしかすると皇妃から嫌がらせされても、刃向かうことができないようにするため――なのかもしれない。
「怖いわねぇ。元は貧民街にでも転がっていた子なのかしら? そんなキツイ目で未来の皇妃を見るなんて。……いつか不敬罪で、ここにいられないようにするわよ」
落ち着こう。怒りにまかせてはダメ。同じ土俵に乗ってはいけない。
「そういえばスペンサー王国は、綺麗なお花だけではなく、毒草も沢山生えているのよね? 毒草にも詳しいの? あなたも分かるの、毒がある草かどうかって」
「毒草はとても危険なので、王家の許可なく、扱うのは禁じられていました。……私は平民なので、綺麗な花のことしか分かりません」
「……まあ、そうでしょうね。あーあ。陛下に会えると思ったのに。残念だわ」
肩にかかる髪を手で払い、オールソップ公爵令嬢は結局、自身は名乗ることなく、挨拶なしで去っていく。そう思ったら。
「ヤダわ。臭い匂いがすると思ったら。あなた、陛下の性欲処理係に仕えるメイドなの? 可愛そうに。一体どんな悪いことをしたら、あんな奴隷女に仕えることになるのかしら? あ、あなたも奴隷出身だった?」
祭壇を離れ、慌てて扉の方へ向かう。
オールソップ公爵令嬢はクスクス笑いながら、侍女と共に去っていく。
白百合を抱えたネピは口を結び、頬を赤くして震えている。
「ごめんなさい。私のせいで、辛い気持ちにさせてしまって」
「いえ。リリー様は何も悪くありません。……私も元は敗戦国の奴隷として、ここに来ました。通常、宮殿や皇宮では、奴隷出身者がお仕えすることはできません。ですが私は元王族の一人だったので……。それでも下級メイドからスタートして、ようやく中級メイドになれました。でもそこから先は、奴隷出身では絶対に無理と言われて……」
そうだったのね。ネピも元は敗戦国の王族だったんだ……。
一瞬、私も自分のことを打ち明けたくなった。
でもここで急にスペンサー王国の第一王女がいると分かることで、どんな波紋が起きるか分からない。しかも私は今、皇妃の夜伽の身代わりなのだ。
何より身分がばれたら、ガレスに殺される……。
生きる気力がないと思っていたのに。人間の本能は生を渇望する。
ガレスに殺されると分かると、そこに恐怖を感じるなんて。
ともかく開きかけた口を閉じる。
「リリー様はすごいですよ。尊敬しています。どんな形であれ、あのガレス皇帝陛下の寵愛を受けたのですから。しかも朝までずっと一緒だなんて。私はこれまで宮殿付きのメイドだったので、噂で聞いただけです。でも陛下は眠りが浅く、熟睡されることも滅多にないと聞いています。その陛下が『熟睡できた』と、今朝はあの寝所から出てきたと聞いています。きっと陛下の心は、リリー様により、癒されたのでしょうね」
これには「えっ……」と絶句するしかない。
でも確かに私のガレスのイメージは、寝ない男だった。ある意味、それは正解だったと、今のネピの言葉で判明した。でも私がいるのに平気で熟睡していたことから、枕が変わっても、どこでも眠れるタイプなのかと思っていたのに。
違っていたの……?
でも同時に解決した。ガレスが私で「満足できた」は睡眠のことだったのだ、きっと。自身の血まで流して私を引き留めたかったのは、私がいるとなぜか熟睡できるからだろう。
私の体を見て無反応。でも熟睡できた。
ガレスの生理的メカニズムが、全く理解できなかった。
ただこれで謎は解け、ある意味スッキリした。
「ガレス皇帝陛下が睡眠で悩んでいる件を教えてくださり、ありがとうございます。それに元は王族の方に付いていただけるなんて、恐れ多いことです。本当に、私なんかでごめんなさい。でも未来の皇妃にあれだけキツイことを言われたのに、私のことを尊重いただけて……嬉しいです。これからもよろしくお願いいたします」
「まあ、リリー様、敬語なんて使わないでください。私はあくまでメイドですから。それに……リリー様がずっとひどいこと言われているの、聞いていることしかできなくて……。悔しかったです。自分がお仕えするリリー様が、あんな風にひどく言われることが。陛下は、自分の欲求で動くような方ではないと思います。心からリリー様のことを、必要とされていると思います」
これには胸がジーンとしてしまう。ヴィサンカ帝国で、こんなにいい人に出会えるなんて。私はついていると思う。
「ありがとう。……この白百合、とても綺麗ね。この咲き具合も、摘むには丁度いいわ。これより前のものを摘んでしまうと、少し早かったわとなるけど、これぐらいがベストよ」
「さすがスペンサー王国出身ですね。リリー様はお花についてお詳しい!」
「ふふ。草花は大好きだから。では祭壇に行ってもいいかしら?」
「勿論です」と微笑むネピと共に、白百合を受け取り、歩き出す。
オールソップ公爵令嬢にかなりひどい言葉を投げかけられ、心が傷ついたと思った。でもこうやってネピが一緒に怒ってくれて、悔しいと言ってくれて、その上で、私を尊敬すると言ってくれたのだ。
嫌なことをくよくよ覚えている必要はない。ここで祈りを捧げ、心を落ち着かせて、忘れよう。
祭壇に向かい、そこで白百合を並べ、ネピと共に跪く。
お父様、お母様、お兄様、そして弟と妹たち。聞いてください。
私、ヴィサンカ帝国で暮らすことになってしまいました――。






















































