11:遂にその時が来た
遂にその時が来た。
夜二十一時に皇帝ガレス・エゼル・ヴィサンカの寝所へ向かうように。
ということだったが、夕方から準備が始まった。
入浴、マッサージ、髪の手入れ、軽いストレッチ。
その後、これまでの白の綿の寝間着ではなく、白の透けるような布で作られたナイトウェアを着せられた。胸当てなどの下着はない。
この姿で寝所まで向かうの?
警備兵も沢山いる廊下をこれで歩いて行くの……!?
さすがにそれはなかった。明るいグレーのローブを渡され、それを羽織るように言われた。
ローブを着れば、正直その下に何を着ているかは分からないが……。それでもなんだか気恥ずかしく感じる。どうにかならないかと思っていたが「お時間でございます」と声をかけられ、「!」と驚く。私を呼びに来たのは、ナオだったからだ。
下級メイドに支給されている黒のワンピースと白のエプロンも、サイズがピッタリなようで、よく馴染んでいる。何より、丁寧な会釈や声掛けなど、きちんとスマートにできていた。それでも、ナオのそばを通り過ぎる瞬間。「緊張せず、リラックスで。痛いときは『痛いっ!』って思いっきり、言ってやるといいわ」とナオが耳元で囁く。これには思わず笑ってしまい「ありがとう」と応じた。
廊下で見送りをする下級メイドの中には、イーモの姿も見えている。こちらを見たイーモの瞳は「がんばれ」とエールを送ってくれていた。
敵の本拠地である宮殿にいるのに、仲間がいる。
なんだか心強かった。
彼女達にまた会えるかしら? もしもの逃亡の時、二人のことも連れて行ける?
「こちらでございます」
先導してくれるメイドのネピの言葉に、慌てて歩き出す。
皇宮には、初めて向かうことになる。
皇宮の敷地内に入ると、長い渡り廊下が続いていた。通路の左右には、柱が等間隔で並んでいる。柱のその先には、皇宮の庭園が広がっていた。そこに咲いているのは、アイリスの花だ。本来は紫なのだろうが、廊下を照らす明かりを受け、青っぽい色に見える花弁が、沢山目に飛び込んできた。
「こんなに沢山のアイリス。驚きました」
「ガレス皇帝陛下がアイリスを好まれるので、陛下が通ることも多いこの辺りは、すべてアイリスを植えています」
暴君が花好き? 意外だった。
戦場で花を見つけても、気にせず踏みにじって侵攻しそうなイメージしかない。
「……アイリス以外にも、好きな花はあるのですか?」
「いえ。もっぱらアイリスばかりです。確かその色がお好きだとおっしゃられていました。そう言えば、リリー様の瞳、紫ですよね」
そう言われるとそうだが、瞳の色が、暴君の好む花の色と同じだったとしても。それで花同様に好かれるのかと言うと……それはないだろう。
でも花と緑、自然を愛するスペンサー王国の人間だからだろうか。
花好きに悪い人はいない……と思ってしまうが、暴君ガレスについては例外だろう。彼は極悪人だ。
私の大切な家族をみんな死に追いやり、婚約者のことも国ごと滅ぼした恐ろしい男。
どうしてそんな男にこの身を捧げなければならないの?
違う。
復讐。
これは復讐のためなのだから。
髪にはあの簪がある。大丈夫。
頭の中で、いろいろな想いが交錯するが「これは復讐!」と一点集中し、歩みを進める。
まだ皇宮の入口に着かないの?
敷地内に入ったが、ずっと渡り廊下だ。
まだ皇宮の建物に着かないの?――そう、つい口に出そうになった時、ようやく皇宮のエントランスに着いた。
ヴィサンカ帝国は国土も広いが、宮殿もとても大きい。そしてこの皇宮もきっと広大に違いないと思ったが。
「こちらでございます」
皇宮に入り、そう歩いていない場所で立ち止まることになった。
「ここが、皇帝の寝所なのですか?」
エントランスに近いことに驚いてしまう。
「ここは皇宮に用意されている来賓用の寝室の一つです。ガレス皇帝陛下の寝所は……特定の使用人しか知りません。安全上、明かされていません」
「なるほど。では皇帝はその……全てが終わったら、この寝所を出て行かれるのね?」
「そのはずです」
歯切れの悪い返事に首を傾げると。
「その、先代の皇帝は朝まで……そちらがお強い方でしたから」「へっ」
思わず自分がスペンサー王国の元第一王女だったことを忘れ、間の抜けた声を出してしまった。乙女相手に朝まで抱きつぶしたというの、先代皇帝は!? 婚儀まで猶予はあったとしても、やり過ぎでは!? というか男性側も初めてでそんなに何度も可能なものなの!? 慣れないから二回とかせめて三回ぐらいではないのかしら?
とにかく分からないことばかりで、なんとも言えない。
「……お入りいただけますか?」
「失礼しました」
開いている扉から中に入ると、そこは小さなホールになっている。寝所なのに、こんなホールまであるなんて……。これでも私は元王族。そうであっても国のスケールの違いを実感してしまう。
パタンと音がして振り返ると、扉が閉じられている。
案内はないの……?
そう思ったものの。
見ると今入って来た扉以外には、もう一つ扉があるぐらいで、迷いようがない。案内は不要なのだろう。
その目についた扉を開けると、今度は廊下だ。
床に置かれたランタンで照らされる廊下を進むと、甘い香りを感じる。自分のバニラの香油かと思ったが違う。この廊下に、ほんのり香りが漂っている。
突き当りの扉を開けると――。
ようやく寝室だと理解する。
抑えられた照明の中、天蓋付きのベッドが浮かび上がっていた。
その瞬間、急激に心拍数が上がり、足が震える。
安易に引き受けてしまったが、私でできるのだろうか?
キラリと何かが光り、立派な椅子のそばに、長剣が置かれていることに気づく。
鞘やガードに宝石が飾られているようで、それが淡い光を受け、煌めいたのだと理解する。あんなに宝石が飾られ、輝いたらすぐに剣があるとバレるだろう。だからあれは飾りよね? まさか真剣ではない……でしょう? ここは寝所なのに。まさか気に入らなかった女性をあの剣で……。
「初夜の練習相手としてここにいるんだろう? さっさとベッドに行け」
声にギクリと全身が固まる。
若々しく、澄んでよく通る美しい声だった。
宿敵がすぐ後ろにいる――。
その瞬間、深呼吸をして、感情を捨てた。






















































