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第62話:課題

どもどもべべでございます!

今から新章です! ちょっと新刊らしく、あらすじっぽい書き方してます。

こういうのも勉強よね!

というわけでご投稿! どうぞ、お楽しみあれ~!

 

 最も贅沢と呼べる空間はどこか?

 最も幸福と呼べる空間はどこか?

 最も無防備になる空間はどこか?

 所説あるが……今俺達がいる空間は、間違いなく候補の1つに挙がるだろう。


 チャプリ――――と、水音が響く。

 周囲には湯気が立ち上っており、空間の全容を把握することは難しい。しかし、狭い所であるが故に、湯気越しに水音の主を探すことは可能だった。


 湯気越しのシルエットは、小柄なものだ。最近はかなり鍛えているはずだが、その線は未だに細さを保っている。

 切れ目から覗くは、白磁が如き艶やかな肌に、瑞々しい銀の髪。光源からの照らしを反射して、それは見事なエンジェルリングを作っている。

 例え濡れていなかったとしても、この天使の輪は消えないのだから素晴らしい質感だと言えよう。

 そう、ここは風呂場。個人用の浴室である。


「ぅぁはぁ……はふぅ」


 風呂場の主から漏れるのは、変声期前の高い声。否、吐息か。

 この世の幸せを噛みしめるかのような、心地よさの絶頂のような色である。

 そいつは改めて肩まで浸かり、そこに近い髪が湯によって広がった。


「ふぁあ……幸せぇ……」


『おうおう、相変わらずだなぁ、ハノンよ』


「そりゃあ……毎日の楽しみですよぉ……」


 湯気逃がしの小窓を開く。

 部屋には透明度が戻ってきて、全容が明らかになる。

 そこにいたのは、鉄貨級冒険者のハノン。俺の契約主、いわゆる御主人様だ。

 中性的……いや、どことなく女寄りの顔立ちをしているが、れっきとした男である。いつもはどこか気弱そうな雰囲気の、小型犬みたいな奴だが、今は完全にとろけ切った様子だ。


 俺達が泊っている宿、【竜の息吹亭】は、この町で唯一個人用の風呂が常備された宿だ。ハノンは冒険者になってから、毎日のように風呂に浸かっている。

 相当な贅沢だよなぁ。最低クラスの鉄貨級がやっていい事ではないんだが……まぁ、ここは俺が情報漏えいを防ぐために借りた宿だし、その恩恵と思うしかないな。


『……けどなぁ……』


「はい~……?」


 俺もまた、ハノンに抱かれるように体を預けて、沈まないように湯船に浸かる。

 かつては金貨級として鳴らした俺も、今はひょんなことから角兎ホーンラビット。角の生えた兎の魔物だ。こうでもしないと風呂場でも立ち泳ぎってんだから、不便なもんだぜ。

 そして、ハノンの幸せを奪うべきではないんだが……今のこいつは、完全にとろけてやがる。少し現実を思い出させてやらんといかんなぁ。


『ハノン、いいか?』


「……はい?」


『そろそろ、風呂離れしないといかんぞ』


「えぇっ!?」


 俺の言葉に、ハノンがざばりと立ち上がる。

 トレーニングは欠かしてないのに、未だに薄い胸板。少しは引き締まったが、全体的に見ると柔らかそうという印象しか浮かばない肉感。

 うぅん、こいつは筋肉が付きにくい体質なのかねぇ。もう少しトレーニングの内容を見直すか。


「ど、どういう事ですかぁっ」


『どうもこうもなぁ……最近お前の風呂好きは、冒険者としても少し致命的なラインだしな』


「あぅ……!」


 そう、ハノンはここに泊まるようになって、すっかり風呂好きになってしまっている。それこそ、一日一回は必ず入ってさっぱりするのが好きってレベルだ。

 これは、冒険者としては留意すべき点だ。依頼によっては長い期間を外で過ごす事もある冒険者は、風呂に入る機会なんてそうそうない。

 風呂に入れないからってポテンシャル落とすようになったら、いつか死ぬ。そうなる前に、風呂離れさせとかんとな。


「で、でも、僕最初に、スラムのトイレ掃除した感覚は覚えてます……! あれを忘れなければ、いざ汚い所で仕事したとしても……覚悟は揺らいだりしません。です、よね?」


『あぁ、確かにそうだな。偉いぞ。あの経験はとても大切だからな』


 だが、その後に「あぁ、お風呂入りたいな……」って欲求は、誰にでもあるだろ?

 ハノンの場合、このままだと「お風呂入らないと耐えられない……!」になる可能性がある。それは駄目だ。

 それに……


『それにな、ハノン? お前がここに泊まれるのは……あと十日だ』


「…………はへ?」


『風呂離れは必須だぞ。十日後には、基本風呂の無い安宿になるからな』


「えぇぇぇっ? そ、そん、カイル君救出の報酬は……!?」


 あぁ、あれな。

 俺とハノン、そしてパーティメンバーで、攫われたスラムの少年、カイルを救出する事になった依頼。

 あの時は、親玉が悪魔デーモンなんざ召喚したせいでかなり苦労した。お陰で、危険手当も相当な額が入ってきたのはわかる。

 鉄貨級なら、それこそ目を丸くするような報酬が転がり込んできたのは確かだ。


『でもなハノン。その報酬があったとしても、そろそろこの宿に泊まるのは辛くなってきてる』


「えぇ……」


『そもそも、お前の生存能力を高めるためには、装備を整える必要がある。それはこの前、依頼の後に言ったよな?』


「は、はい。だから、報酬はほとんど装備に回すって……残りは、宿泊費、なんですよね?」


『いや、残った金額じゃあ、この宿だと数日分にしかならん。それじゃあジリ貧だ。いつか必ず路頭に迷う』


「そ、そんなぁ……」


 あの事件から数日過ぎて、宿泊期間残り十日と言った段階。

 この期間は休暇と訓練、そして潜伏期間に当てられた。カイルというか、実質ハノンを狙っていた貴族をどうこうする為に、ギルド長のアルバートが動いてくれていたからな。


あの事件の後、貴族は拘束したらしいのだが、後釜や協力者がいないとは限らない。そのため、調査を入れる間は活動を自重してくれと言われていた。

 結果、ズルズルと宿屋暮らしが続き、現在。

 ハノンは、住み慣れたこの宿に残り十日しか居られないという現状に立たされた訳だ。


 そもそも、この宿はかなり高級だからな。いずれは居られなくなるのは確定していた。

 フロキアやオリアンティといった、信頼できる仲間もできた事だし、ハノンと俺だけでビクビク過ごす必要もなくなった。

 頃合いとしては良い方だろう。そう思って、今こうして相談を持ち掛けたわけだ。


『つう訳で、残った金は他の宿を長く借りる為の金だ。竜の息吹亭には落とさない! お前もあと十日で風呂断ちできるように努めること!』


「うぅ……わ、わかりました……」


 ハノンは、名残惜しそうに一度湯船から出て、体を洗うために置かれた椅子に腰かける。少年の肉体は天然の滑り台となり、水滴が背中のラインを走って行く。やがてその水滴も、桃色に染まった臀部でんぶの谷間に消えて行った。

 濡れタオルで軽く体を拭くと、湯の水滴とは別にぽつぽつと汗も浮き出て、小窓から入り込む風で蒸発。体を冷ましていく。

 これはハノンが、長く風呂を楽しむためによくやる手段だ。熱く火照った体を冷まし、また浸かりまた冷ましを繰り返す。

 もう残り少ない風呂。そしてそれを言い渡された今日くらい、じっくり入りたいのだろう。それを止めはしないさ。


「……決めました……ヴォルさん」


『あん?』


「僕の、冒険者としての目標です」


 おぉ、マジか。

 ハノンは、自分の故郷の情報を知りたいという目的を持って行動している。本当に全て滅んでしまったのか、はたまた生き残りがいるのか……それを知って、今後どう動くのかって具合にな。

 だが、冒険者になったのはなりゆきだし、行動理念は主に恩返しがほとんどだった。そんなハノンが目標をもって冒険者稼業ができるってんなら、それは素晴らしい事だ。


「僕……お風呂付の、家を買いますっ」


『へぇ? っはは、そう来たか』


「その家で、誰にお金を払うでもなく、お風呂に入ります! それが僕の、今出来た夢ですっ」


 そりゃあいい。

 ハノンの風呂好きは、夢になるまでに至っているのか。

 夢を持った人間ってのは、強くなる。一軒家なんてかなりの目標だ。これは、今後のハノンに期待だな!

 それに……グランアインの町に家を建てるとしたら、それはハノンにとって【帰ってくる場所】になる。それは、なによりも大事だと思うぞ。


『それなら、より一層鍛えてやるから覚悟しろよ?』


「はいっ、よろしくお願いしますっ」


 その後。

 結局ハノンは、じっくり三回は湯に入り直して、ようやく風呂から上がった。

 現在は、もう夜。

 ご飯時ギリギリまで湯に浸かるのは、俺にゃあ理解できないなぁ……。先に上がって、のぼせてないかチョコチョコ覗いてたわ。

 

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