第30話:ギルマスの思案(アルバート視点)
どもどもべべでございます!
今回はアルバート視点! こいつが絡むとシリアスにしかならなくて書いてて疲れる!w
まったく違う雰囲気になってしまいましたが、大丈夫かな?
そんなこんなでご投稿! どうぞお楽しみあれ~!
冒険者ギルド。
夜の帳が下りようとも灯りが消える事のないこの空間は、珍しく人っ子一人居ない状態になっていた。
冒険者も、従業員も、まったくいないロビー。暗くないということだけが、建物内に誰かがまだ残っているという証明になっている。
長い一日が終わった。
昼に差し掛かろうかという時刻から、突発的に起こった大事件は、夕方から夜にかけてようやくの収束を見せる。
ようやく? 否、これほどの事件がその日の内に解決したのは奇跡に近いだろう。
ギルド内の、とある一室。羽虫舞うランプの灯をわずかに眺めつつ、エルフの男は凝り固まった手を解す。あと僅かで日が昇る時刻になるだろうが、彼には報告の書類を終わらせねばならない義務があった。
アルバート・エデン。グランアインの冒険者ギルドを治める彼は、疲労の色を無理矢理顔から取り除くように伸びをする。眠気覚ましの黒茶はもうとっくに効果を切らしており、新しく淹れ直す気力も削がれつつある。
現状を打開するためには、一度立って顔を洗って然るべきだ。なれど、エルフの男にはそれだけの体力すらもう残されていない。
ゴブリンの大量発生。グランアインを一昼夜で灰と瓦礫に帰してしまってもおかしくない案件を解決すべく、彼もまた陣頭に立って戦っていたのだ。その結果がこの有様だというのなら、さもありなんと同情するより他にない。
「……銀貨が6と、銅貨が38か……」
先ほど書類に記した数字を反芻し、アルバートは息をつく。
当然、報酬の話ではない。100を超えるゴブリンとの激戦をその程度の報酬で終わらせた日には、ギルドの掲示板が離反の書類で埋め尽くされた後に建物に火が放たれる事だろう。
では、何の数字か? この界隈で銀貨銅貨と宣うのは、金以外で1つしかない。
そう、犠牲になった冒険者の数字である。
総数にして44人。冒険者ギルドが集めたゴブリン討伐隊、総数108名の内のほぼ半数と言える。
不吉の象徴と知られる4が重なるこの結果には、根絶やしにした小鬼共の怨念を感じずにはいられない。
なれど、ゴブリンの群体を相手にしてこの結果ならば、少ない方だと言えてしまう。ゴブリン1体1体は、それほどまでに強いのだ。
運が良かったのは、100という数字に対して、頭以外のほぼ全てがただのゴブリンだった点であろう。
上位種となっているホブゴブリンもほとんどおらず、妖術師に至っては一体も確認されていなかった。
ゴブリン王が支配する群れは、一つの国家の如く変化する。妖術の必要性を説き、力を付けた者に階級を与え、褒美を取らせ自己鍛錬に励ませる。
ゴブリンの最大の特色といえる、数に関しての基盤は既に出来上がっていた。本来ならば、あそこから様々な役職に枝分かれしていたことだろう。
騎兵ならば対処のしようもあるだろうが、兵長や妖術師などが誕生していたら被害は更に拡大していた。早期発見、早期殲滅が功を奏したと言える。
……なれど、今日聞いた話を考えるに、本来ならばもっと早くに殲滅できたはずである。それが出来ていれば、銀貨と銅貨にこれほどの大打撃は受けなかっただろう。
当然ギルドの活動は縮小せざるを得ない。参加させなかった鉄貨級が成長し、穴を補填できるようになるまでの間、町の治安はほとんど領主が管理する兵に任せる事になるだろう。
「憂鬱な顔してるねぇ、坊主」
ふと、ノックもせずにドアが開けられた。無遠慮の極みであるが、アルバートはこの人物にだけは頭が上がらない。
「ほうら、黒茶を持ってきてやったからキリキリ働きな」
「手伝ってくれるとありがたいのだが……パメラ殿」
「ギルマスが書かなきゃならんもん以外は全部終わらせてやったよ。後はその一枚さね」
「……助かる。非常に」
ヴォルフガングが執拗にババア扱いする女、パメラ。
彼女のキャリアは、当然の如くアルバートよりも上である。アルバートとヴォルフガングはこのギルドの初期メンバーだが、パメラはギルドを支えるべく国から派遣された初期メンバーであった。当然、経験も年季も2人より上だ。
「ガジルデの坊やは奥で寝てるよ。見張りも立たせてるし、結界も張ってある。暗殺される事は……まぁ考えたくないねぇ」
「貴女の結界を破壊できる者がこの町にいたなら、彼の命は諦めるより他ないな」
淡白に聞こえるやもしれないが、この言葉は存外的を射ている。
パメラがこの町にいたからこそ、アルバートは金貨級を3人も連れてゴブリン討伐に向かえたのだ。
アルバートを含めて、金貨級4人を投入しての大討伐。なれど、王を倒したのは一部の銀貨級である。
ゴブリンの最も恐ろしい点は、数を用いての圧殺だ。故に。金貨級を最も数の多い地点に宛がい、銀貨級が頭を暗殺する作戦であった。
それが功を奏し、最短で相手の群れを瓦解せしめることに成功した訳である。
「……今回の一件、根は非情に深刻だ」
「だろうねぇ。貴族が関わってるってんなら、さっさとケリをつけないと外堀埋められちまうよ?」
「わかっている。故にこうして報告の義務を優先しているんだ」
今回の一件で何よりもアルバートの胃をリンチしたのは、このゴブリン騒動の裏に貴族が絡んでいた事である。
領主に対する責任追及のためか、はたまた敵国のスパイだったのかはわからないが、この情報を握ってうやむやにした人物がいたのだ。
その人物の情報は、既にガジルデから聞いている。故に、アルバートはこの情報を明朝にでも領主に報告するために書類を作成していたのだ。
ヴォルフガングを元に戻す方法を探さねばならないという大事な時期に、かなりの足止めを食らってしまった。その事実が、彼の走らせるペン先を荒々しくさせていく。
「……で、あんたはどのくらい期待していたんだい?」
「……何が」
突拍子の無いパメラの質問だが、2人の間ではこれで会話は成立している。
その上ですっとぼけるアルバートを見て、パメラは方眉を吊り上げてニヤリと笑って見せた。
「あの坊やが死ぬ可能性さ」
「…………」
あの坊や。ここで話題が出てくるならば、該当する人物は1人しかいないだろう。
この一件の立役者。ゴブリンの情報を拾い、貴重な証言者を守り抜いたという、鉄貨級の冒険者。
名をばハノンとなむ言いける。
「4割ほどと見ていた」
時と場合によっては、名探偵と犯罪者のような立ち位置での会話でさえ、アルバートは狼狽えない。
あっさりと、少年の死を望んでいた自分を肯定してみせた。
「あの子が死ぬ可能性があったから、アンタ的にはどっちを依頼しても良かった訳だね?」
「いや、どちらでも良かった訳ではない。ヴォルフガングにはゴブリンの討伐をして欲しかった。たとえ角兎でも、アイツの実力は疑っていない。アイツさえいれば、もっと被害を抑える事が出来ていただろう」
「だから、あの子の死を望んだと?」
「今回の一件に貴族が絡んでいた可能性は推測できていた。それならば子飼いの暗殺者くらいはいるだろうとは思っていたが……それでも、ヴォルフガングが失敗するとは思っていなかった。あの子の死は副次効果として考えていたが、当てが外れたな」
「ヒドイ男だねぇ……あんな子供に対して」
「あの少年は、ヴォルフガングにとっての楔だ。排除するに越したことはない」
英傑の死に、偶然直面した少年。
か弱く、寄る辺なく、脆い。大人の気まぐれで、良いように出来る存在。
そんな少年が重大過ぎる秘密を共有してしまった。この事実は、アルバートにとって非常に都合の悪い話だ。
立場上、排除するわけにもいかない。ヴォルフガングもそれを許さないだろう。
結果として、秘密の根源である角兎を付けてこちら側に引き込むことにしたのだが……どうせなら、いなくなってもらった方が後々の都合には良いのである。
「あの少年が素直で、律儀で、義理堅いのはわかった。出来る事ならば、立派な冒険者になって欲しいとも思う。……しかし、いるだけでこちらのデメリットになるのは変わらないんだ」
「暗殺者を退け、証言者の信用を掴み、こちらに有利な状況を作り出しても?」
「偶然も実力であり、優れた状況判断能力をもっていた事実は認めよう。彼は見所のある有益な存在だ。……しかし、彼の握る秘密はそれ以上に重い」
唇を湿らせるために、黒茶を飲む。
独特の苦みと、眠気覚ましの成分が彼に今しばらくの冴えを与えてくれる。
「あの子の存在はジョーカーだ。こちらでも敵でも利用できる、不安要素の塊だ。……ギルドと町を守る。その為ならば、私は鬼にも悪魔にもなる。あの子が危険だと言うのであれば、消えてもらいたいと思っている」
まるで機械のように冷徹だ。そう思う者も多いだろう。
彼に何かしらの信念があったとしても、許容できる人格ではないだろう。
しかし、彼は真っすぐに人類であった。
いなくなって欲しい人物に、自分が最も信用する者を護衛に付ける矛盾。
報告を聞いた時の感心。少年の成長を見てみたいと思う葛藤。
その上で、危険な依頼の中で命を落とすならばやむなしと思える残酷さ。
あらゆる感情を抑え込み、彼はギルドと町の為に行動する。
「損な性分だね」
「自覚はしている」
二人は、それ以上の会話を続けようとはしなかった。ただ、エルフの操る羽ペンの、紙を切る音だけが響いた。
わずかに、空が白む。もうじき夜が明けるのだろう。
帰って泥のように眠った者。傷の痛みに呻く者。友人の死を惜しんで飲み明かした者。全ての人々が活動を始める時間となる。
そして、件の少年と角兎も、また動き始めるだろう。
願わくば、と、エルフは思う。
願わくば、少年に礼を言いたいと。
しかし、その前に覚悟は必要だろう。
自分と出会った瞬間、あの角兎が殴りかかってくるだろうから。
久しぶりに喧嘩もありか。そう思って、彼は皮肉な笑みを浮かべた。




