第107話:彼女の願い
どもどもべべでございます!
今回はまぁ、あれだ。
この作品ではあまり発生しない、ヒロインイベント回です(嘘)
『そうですか……冒険者だなんて、素敵なお仕事ですね』
『お、おう……』
『そんなお方と、私のような身分の女が、こうしてお話しできるなんて……光栄です』
『そうかよ……』
単調な会話が続く。しかし、それもさもありなんというもんだ。
なんたって、こっちは発情状態を抑え込んでの会話なんだからな。
今俺たちは、兎抱きの屋台のカウンターに座っている。
柔兎と角兎の仲睦まじい光景って名目で、店主から宣伝目的の場所提供をお願いされたのだ。
俺としては断りたかったが、同じ兎と会話がしてみたかろうというハノンの変な気配りのせいで、結局ここに座ってしまった。
「相方の兎さん、離れてても良いのかい?」
「ずっと僕の世話してくれてましたから、たまには自分の時間を作って欲しくて……」
串焼き親子と会話しながら、相変わらずの気遣いを見せるハノン。
ありがたい話だが、今の俺にはこの状況、結構ヤバい感じだからな?
『失礼しますね? こうしておかないと、多分店主さんが怒りますので』
『っ……気にするこたぁねぇよ』
俺の横腹に顔を埋め、スリスリと体毛を絡めてくる柔兎。
毛皮越しにもわかるそいつの柔らかさに、内心で悶えながらも素っ気なく返す。
そう、こいつは仕事でこういう甘えた仕草をしているに過ぎん。いわば誘い込んだ客を法外な値段で揺する為の美人局的な立ち位置。
そいつ相手に油断する事など、万が一にもあってはならない。
『やっぱり、鍛えていますのね? とても筋肉質で……逞しい体です』
『仕事柄、どうしてもそうなるってだけだ。俺だけが特別じゃねぇよ。野生の角兎だって似たようなもんさ』
『いやだわ、謙遜なさって。このしなやかで強靭な後ろ脚……ドキドキしてしまうわ』
『やめろよ、そういう目的で座ってるんじゃねぇだろ』
『……そう、ですね。ごめんなさい? 同系統の種族とお話しするの、初めてなんです』
言いながらも、俺の体に擦り寄るのは止めない柔兎。
道行く人々は、そんな俺たちの姿を微笑まし気に見ている。見た目だけならカワイイ2匹だからな、集客効果で結構な人だかりができている。
……いや、なんでこの悶々とした状況を人に見られながら過ごさにゃならんのだ!?
『お話し、聞かせてもらえます? 外の冒険活劇、是非とも胸に刻んでおきたいのです』
『あんたも、ダンジョンで契約して外に出た口なんだろ? 冒険とか飽きてるんじゃないか?』
さっきも言った通り、柔兎は基本的にダンジョンで生まれるモンスターだ。
見た目が手足のない饅頭兎という見た目は、狭い洞窟内などで身を隠すための進化だと言える。ダンジョンの隙間に潜り込めるよう、長い時間をかけて進化した口だな。
『ふふ……残念ながら、私は生まれてから、町の外を見た事がないのです』
『あん? 柔兎はダンジョンで生まれるモンスターだろう』
『そう聞き及んではいるのですが……私の場合、盗賊ギルドが管轄していたモンスター牧場で生まれましたの』
へぇ、裏ルートの柔兎だったか。
モンスターが町で過ごすには、いくつかの資格がいる。1つは、俺のように契約獣としての立ち位置でいる事。
特定の施設で繁殖し、調教を行った個体であると認められる認定書をもらう事。
そして、裏の世界で繁殖させ、偽造された認定書を持つ事。
裏の場合は、人間に対してさしたる被害も出せないような弱い個体を繁殖させる傾向が強い。まぁ愛玩目的の需要を満たす方向だろうな。
そして、この柔兎は見事に裏の存在らしい。ダンジョンから持ち帰った柔兎を繁殖させるなんて、ここの盗賊ギルドはかなりやり手だな。
『てこたぁ、後ろの男はアンタの契約者じゃねぇ訳だ』
『はい。この頭についている飾りの効力で、逆らう気力を奪われているのです』
小さな宝石のついたサークレットを見せながら、柔兎は小さく微笑む。
どこか憂いを孕んだその笑みは、俺をじわりと熱くさせる。
『どことも知れぬ天井の下で生まれてから、好きでもない者達に抱かれるだけの毎日です……ですが、餌の取り方も学んでいない私には、ここでしか生きる術はありません』
『そうかい。大変なこったな』
『……あぁ、すみませんね? 湿っぽい話しちゃって。私の事なんかより、貴方のお話しを聞かせてくださいな』
ふむ、話しね。
まぁ、こいつはこの町から出た事がないんだ。確かに、冒険の話は大層な刺激になるだろう。
俺も、この衝動を誤魔化したいと思ってた所だ。話くらいはしてやってもいいな。
『よぉし、じゃあ俺が、こんな体になっちまった経緯から話してやるよ』
『こんな体?』
『あぁ、何を隠そう俺ぁ、元人間なのさ。今はこんなちんちくりんだがな?』
『まぁ、本当ですの?』
契約者がいないってんなら、どこかから情報が洩れる事もない。
せっかくなら、奇想天外波乱万丈な話しをしてやろうじゃねぇか。若くして苦労してる嬢ちゃんに、せめてもの慰めだ。
『そもそも、俺は別の町ではちったぁ名の知れた冒険者でな? ある日、ダンジョンに潜ってたのさ』
「フス、フスッ」
『その日は、俺一人での冒険だった。その道中で、この屋台よりもでかい兵隊蟻の群れに出くわしてなぁ』
『まぁ!』
俺の拙い語りにも、彼女は一喜一憂してくれた。
多分、何を聞いても初めての事ばかりなんだろう。冒険者に抱かれたこともあるから、戦いの匂いくらいは覚えてそうだが、それだけのはずだ。
戦闘の話では耳で顔を覆い、宝を見つけた所を語れば体全体で興奮を伝えてくれた。
人間の肉体が死んで、角兎から戻れなくなってしまった所を語った時なんかは、ウルウルと目に涙を溜めていたくらいだ。
そして、ハノンとの出会い。あいつとの冒険。
柔兎は、呆けたようにその展開に聞き入っていた。
『……とまぁ、こんな感じで、俺とハノンは相棒になったって訳だ』
『凄いです! 私、こんなに興奮したのは初めてですっ。あぁ、謎の暗殺者だなんて、怖いのにドキドキしちゃう!』
『そうかい。それならまぁ良かったよ』
ピョンピョンと体を弾ませる柔兎は、次第に落ち着いてきたのか深く呼吸を繰り返す。
やがて、恥ずかしくなったらしい。『ごめんなさい……』と顔を覆ってしまった。可愛い……って違う!
落ち着け俺。いかんぞ、相手は結構な年下だ。人間で言えばおそらく十代、あまり入れ込むと大変な事に……ってそもそも兎だからね相手は!?
『……貴方は、不思議な人ですね』
『は!? あ、な、なんだ?』
改めて、柔兎が俺の毛皮に顔を埋めてくる。
今度は、結構深い。俺に顔を埋めるというよりは、まるでこいつの肉感に呑まれそうな勢いだ。
……い、いかん。せっかく忘れかけてたのに、またぶり返してきた……!
『私にとって人間は、私を抱く人と、叩く人と、餌をくれる人でした。でも、貴方は私とお話ししてくれた。……初めて、人間を素敵だと思えましたわ』
『…………』
ん~、まぁ、なんだな。
こいつだって、毎日カワイイ可愛いと言われて抱かれているんだろうから、人間全てが邪悪ではないと解ってはいるだろう。
しかし、人に危害をくわえぬよう調教された経験はあるはずだ。
人間には逆らえない。人間とモンスターは対等ではない。そう学んでいる。
しかし、人間の俺が角兎で、こうしてこいつと会話し触れ合っている。その上、ハノンという対等な相方まで一緒と来たもんだ。
今、こいつの中で色々な価値観が、揺らいでいるのかもしれないな。
『あぁ、私も……外に出られたら、どれだけ心躍ることでしょう』
『……少なくとも、後悔する事の方が多いぜ。痛いし、苦しいし、救いもない事ばかりだ。あんたの親だか祖母ちゃんだかも、そういったヤバい場所から逃げ出したくて、施設に入ったんだろうし』
『そう、なんでしょうね。でも……憧れてしまうの。あの壁の向こうに……檻の寝床以外の毎日に。何かを与えられるだけでなく、何かを掴んでみたいのです』
そして――――と、彼女は俺を見上げる。
顔を埋めたまま、目だけでこちらを見上げつつ。
『素敵な殿方との、逢瀬を迎え……種を繋ぐ。これほどの本懐が、どこにありましょう』
「っ……!」
『きっと、私に当てられる雄は、どこかから調達してきた存在。愛も無く、ただ子を成す為だけの雄。……いえ、雄がくればまだ良い方。向こう隣りの檻にいた娘は、子種だけを差し込まれたとも聞きました。……なんと、恐ろしい』
柔兎の耳が、俺の角を撫でる。
俺の背中を、脚を撫でる。
『もし……もしも……貴方のようなお方に、巡り合えたならば、幸せでしょうに』
『……冗談が過ぎるぜ。俺ぁ酒と金と女に狂ったろくでなしだ。嬢ちゃんは初めて会った兎だから、変な勘違いをしてるんだよ』
『っ……ふふ、そうかもしれません、ね? ごめんなさい』
耳が、離れる。
俺の返事を、拒絶と取ったのだろう。
『私、楽しかったです』
『あぁ』
『これでまた、我慢できます。……ありがとうございます』
『あぁ』
『……また、いらしてくださいますか?』
『…………』
『……さようなら、優しい貴方』
俺は、カウンターから飛び降りた。
振り返ったら、何か言ってしまいそうだった。
だから真っすぐに、ハノンの元へと帰って行った。
「さぁさぁ! 仲睦まじい兎のやり取りに目を奪われていた方々! 今ならばこの柔兎をぎゅっと抱きしめる時間をご提供!」
店主の声が、妙に不快だったから、耳を畳んだ。




