第106話:チェックインと運命の出会い
どもどもべべでございます!
10日間も空けてしまい申し訳ない! 仕事がちとあぶあぶだったもので!
ではでは、お楽しみあれー!
『ここが、その宿屋か』
「落ち着いた雰囲気ですね」
「……だね……」
活気溢れる祭りの只中を歩いた先に、お目当ての宿屋はあった。
ここに来る前に通りかかった宿屋は、随分と豪奢なのが多かったが……目の前の建物は特にそんな事はなさそうだな。
とはいえ、町全体の雰囲気に溶け込んでいるくらいには見栄えも良い。グランアインの町なら、貴族街にありそうな宿って感じだ。
名前は、【家妖精の手伝い亭】か。随分と可愛らしいな。
ナローから貰ったメモと見比べても、間違いないようだ。俺とハノンは頷き合い、早速中に入る事にした。
「し、失礼します……」
「おや、いらっしゃい」
そこには、口ひげを生やし丸々とした体形の親父さんがいた。カウンター席でくつろいでいる所を見るに、従業員で間違いなさそうだな。
一回は地続きで食堂スペースが広がっており、酒場としての経営もしているみたいだ。時間帯的に客がいてもおかしく無さそうだが、食堂に人はいない。
今日は祭りみたいだし、ここで食べるよりは屋台で何かを食べる人のが多いんだろう。随分とまぁ暇そうだな。
「あ、あの、これ……ナローさんから……」
「ほう、ナローからの紹介だね。読ませてもらうよ」
ナローからの紹介状を受け取った親父さんは、しばらくの間それを黙って読んでいた。
時折小さく微笑んでいるようだ。盗賊ギルドに協力してる割には、温和な雰囲気が強いな。……まぁ、そういう人物ほど怖いってのもあるんだが。
「ありがとう、君はナローの代わりに宿泊してくれるって事で、いいんだね?」
「は、はい。よろしければ……」
「もちろんだよ。彼は律儀に部屋代は払ってくれてるんだけど、どうにもここで食事はとらないからねぇ。実質、部屋一つが埋まってる状態で経営する事になってて、少し苦しかったんだ。助かるよ」
ここはナローにとっての隠れ家みたいなもんだからな。部屋の維持費は払ってたんだろうが、確かに食事までは頻繁にこれはしないだろう。
つまるところ、泊めるからご飯も食べてねって言外に言われてるんだが……まぁそこはしょうがないと思おう。
「あらためて、ようこそ家妖精の手伝い亭へ。ここは基本的に普通の酒場兼宿屋だから、寛いで行っておくれ。私が一応店主だけど、料理は今出てる妻が作ってるから期待してて良いよ」
「はい、よ、よろしくお願いしますっ」
「これ、部屋の鍵ね。貸し切り部屋だけど毎日掃除はしてあるから、安心してほしい。私物もあるけど、別に触って使っても気にしないらしいから遠慮はいらないよ」
後は、部屋の鍵を紛失した際の届け出とか、守って欲しいルールなどを何点か聞かされただけだった。
ハノンはペコペコしながら二階の宿泊スペースに向かう。その間も、親父さんはニコニコしながら手を振っていた。
一番奥の角部屋みたいだが、そこにつくまでに通った個室は全て使用中。どうやら、ナローが貸し切ってる所以外は全て埋まっていたらしい。
こりゃあ、ナローに感謝だな。本当に宿が無くて野宿するところだったかもしれん。
「わぁ、結構広いですね」
「フスッ」
室内は、用意された最低限の家具で無難にまとまっていた。
目を引くのはいかにも柔らかいベッドだが、多分あれがナローの私物だな。普通の宿屋にあんなベッドがある訳がない。
なんたって、竜の息吹亭でも使われている最高級ベッドなんだからな。言っちゃ悪いが、この宿屋が各部屋にあのベッドを置いているとは考えにくい。
「……使っていいんです、よね?」
『遠慮なく使おうぜ』
「……ハノン、さん。荷物……置き、ます?」
「あ、そうだね」
ベッドを使って良いものかと思案していたハノンだったが、ヘナの指摘でとりあえず行動に移す事にしたらしい。
抱えていた荷物を鍵付きの私物入れの中に入れ、施錠する。普通の宿屋には、こういった盗難防止の棚が用意されている。
その間に軽く部屋を見てみるが、どうやら別のスペースはトイレだけみたいだ。
いや、共用じゃないだけここはかなり潤ってる宿屋だな。個室ごとにトイレが用意されてるなんて、そうそうないからな。
風呂が個室別にある方がおかしいんだよ、普通。
「これで良し……後は、ここでご飯食べて行きます?」
『いや、あの親父さんは料理しないって言ってたろ。多分、奥さんが祭りに屋台を出してるんじゃないか? そこに食いに行けば売り上げの貢献になるだろ』
「なるほどっ。えと、じゃあ……お祭り、見ても良いんです、かね?」
指を重ねていじいじしながら、ハノンが聞いてくる。どうやら、余程祭りを見に行きたいようだな。
ま、かく言う俺もそうなんだよな。
『あぁ、行こうぜ!』
「は、はいっ。ヘナさん、行きましょう」
「……か、隠れてる、ね」
ま、部屋で待ってるって言わないだけ成長か?
意気揚々と部屋を出た俺たちは、親父さんに屋台が出てないかを聞いてから出る事にした。
案の定、奥さんが息子と2人で屋台を出しているらしい。エールに串焼きという黄金パターンの屋台らしいから、後で売り上げに貢献する事にしよう。
「いってらっしゃい」
「は、はい、いってきますね」
「フシッ」
ハノンは一度深呼吸すると、俺を抱えて口元を隠しつつ、扉を開けた。
先ほど俺たちが通ってきた喧騒が、改めて出迎えてくる。沢山の人、そして活気ある風景。
この人の波に足を踏み入れる事に、ハノンは一瞬躊躇する。
しかし、俺を抱いているからか、わりとすんなり第一歩を踏み出した。ここに来るまでに、一度通った道だ。気にする事もないんだが、少しおじさん感動。
「さぁさぁ、的当てはいかが! 1発命中するごとに、エールか果実水を1杯もらえるよ!」
「世にも珍しい生き物の数々! 2つの首を持つ男、東方より来る蜥蜴娘! 信じるか信じないかは貴方次第! さぁ、覚悟がおありの方は門をくぐりたまえぇ!」
「魚の香草焼きはいかがっすか~。内陸で味わえるなんて珍しい、貴重な海の魚だよ~。食える機会なんてめったにないよ~」
街道を進むと、数多の出し物が誘惑してくる。
思わずハノンも足を止め、興味深そうにそれらを眺めているようだ。しかし、まずは奥さんの屋台を探そうとその場を後にする。なんとも律儀な奴だ。
そうしている内に、お目当ての屋台が見つかったらしい。妙齢の女性とその息子らしい青年が、串焼きとエールを売っている。
「いらっしゃい。家妖精のお手製串焼きはいかが? まぁ、本当に家妖精が作ってるって訳じゃないんですけどね?」
「あ、は、はいっ。いただきます」
「毎度! 坊やはエールじゃなくて、果実水にしときなよ」
「あ、ありがとうございます。あの、僕……」
と、ここでハノンはこの2人に対し、部屋を借りた者だと自己紹介を始めていた。
彼等もその挨拶に好感を持ったのだろう。にこやかに挨拶を交わしている。
そんな様子にほのぼのとしていた俺だが……その2つ横の屋台から聞こえてきた声に、つい耳を奪われてしまった。
「さぁ、可愛らしい柔兎を抱いてみてはいかがかな? 抱きしめるとそりゃあもう、幸せな気分になれるよぉ!」
その言葉に、つい。
本当につい、見てしまった。
その瞬間、時間が止まったような感覚を覚える。
カウンターに乗って、物憂げな瞳を揺らす兎がいた。
その姿は、手足がどこにあるかもわからないほどのモチモチだ。まるで発酵させたパン生地みたいに楕円形を描いており、まるで雪玉に兎の顔が付いているかのようだ。
長い耳は肉厚で、重さに負けて垂れており、角度によっては表情を隠してしまう。それがなんとも、秘め事でも持っているかのようで、妖しく周囲を誘っているように見えた。
背中から尻尾にかけてのライン。身体構造上やや薄めの胸板。全身、余す事なく柔らかさの塊のようなフォルム。
まさに、理想的な良い女。飾りのつもりで付けられたサークレットが、なんとも無粋と言える美しさだった。
『……って、違ぁぁぁぁう!!』
「わひゃあ!?」
「? どうしました?」
「い、いえ、ちょっと契約獣の念話がですね……」
何を言ってんだ俺!? 相手は兎! 兎だからね!
そう、柔兎。時折ダンジョンで姿を見せる、レアモンスターだ。
戦闘能力は壊滅的だが、逃走する為の能力に長けた存在! また、種族に問わず共にいると多幸感を相手に与える力を持っており、他者に守ってもらい共生する事で生きて行く! そんな類のモンスター!
そんなモンスターに、中身人間の俺が、ついつい酒場ですげぇスタイルの娼婦見つけた時みたいなノリで「ヒュゥ♪」って思うなんておかしい事だからな!?
「あ、あの、ヴォルさん?」
『そうとも違う、あんな柔兎に俺の中の男が反応するなんてあってはならない。そうとも違うんだこれは……!』
「柔兎? ……あぁ」
ハノンは何を思ったのか、母子が串焼きを作っている間に少しだけ店を離れ、あの柔兎の元へ。
店主に金を払うと、柔兎を抱いて目を見開く。その肉体に顔を埋め、幸せそうに頬ずりなんぞし始めた。
なんて羨ま……しくない! 俺は兎だけど中身は人間なんだからな!
「少し離れますね? ……はい、ヴォルさん」
「……フス?」
「同じ兎と、お話ししたかったんですよね?」
「……フス」
「……フス」
いや、あの……ハノン、違う。
なんで、俺の混乱を更に深めようとしてくるのん?
俺の目の前には、例の柔兎。ハノンに降ろされ、モチモチと近づいてくる。
なんでか、喉が鳴った。




