第11話 不慣れな街で。洋食屋のお子様ランチ (後編)
お子様ランチ。メニューに書かれたその文字を見つめながら、俺はふふと微笑んだ。
当然、頼むことは出来ない。当時は妙なプライドが邪魔をしていたが、今は年齢という絶対的な壁が存在する。
それでも、まぁ。懐かしくて頼みたくなったと言えば、おそらく作ってはくれるだろう。しかし、そこまでして食べてみたいかと言われれば、答えはノーだ。
興味はある。写真がないため予想の域は出ないが、おそらくハンバーグとチキンライスは付いているだろう。チキンライスの上には、小さな旗なんかが立っていたりするかもしれない。
「……懐かしいな」
食べたことはないが、見たことは勿論ある。ハンバーグを食べている自分の横を、お子様ランチを持った店員が横切るのを目で追ったりしたものだ。今になって、頼んでおけばよかったと少し後悔してしまう。
「いらっしゃいませー」
幼き日の記憶に思いを馳せている俺の耳に、カランコロンと店の扉が開く音が聞こえてきた。お昼時は過ぎている。喫茶の客だろうかと、俺はちらりと入り口の方に目をやった。
「おひとりさまですか?」
「んー。ちがうちがう。……おっ、いたいた。おーいっ!」
あれは何だろう。ゴスロリを身に纏った外国人の少女が、俺の方へ向かってにこやかに手を振っている。
店長がお連れ様ですか? と俺の方へ視線を動かし、それに返事もせずに少女は俺の方へ近づいてくる。そして、そのまま俺の対面の座席に到着した。
「よいしょっと。今回は何を食うんだ」
「おいおい。ちょっと待て」
当然のように椅子に腰掛けるリリスに、俺はちょいちょいと指を折る。どうしたと、リリスが不思議そうに俺の顔を覗き込んだ。
「いやいや。びっくりするだろ。何で普通に入ってきてるんだ」
「はぁ? この前あんたが言ったからだよ。わすれたのか」
俺の表情に、リリスは呆れを通り越して怒ったように眉を寄せた。そういえば、この前のバーのときに色々と注意したような気がする。
「うぅむ。……まぁ、いいか」
確かに、この前のように店長はリリスの存在に首を傾げてはいない。いや、俺のような男とゴスロリ美少女の組み合わせは奇妙に思っているだろうが、リリスがここに居ること事態は変に思ってはいないだろう。
「ふふふーん。……って、あれ? あんたはもう食べたのか?」
ちゃっかりとメニューを取って、リリスは鼻歌交じりにそれを見つめる。しかし、写真が付いていないメニューはお気に召さなかったようだ。リリスはほいと俺にメニューを渡すと、俺の前の空になった鉄板を見て首を傾けた。
「ああ。俺はもう腹一杯だ」
「えっ? あれ、おかしいな。呼ばれたと思ったんだけど」
確かに俺が食事を終わらせているのを確認して、リリスは不思議そうにこめかみに指を当てる。こいつが出現する基準は細かくは知らないが、まぁ俺には今回の理由には当たりがついていた。
「いや、あってるよ。ちょうどお前に食べて貰いたいものがある」
「あたしに?」
俺の発言に、リリスがきょとんと顔を上げる。それもそうだろう。今まで一度も、俺は自分が食べる目的以外でリリスを呼んだことはない。……おそらく、今回は例外中の例外だ。
リリスから受け取ったメニューを広げ、俺はことりという音に顔を向けた。店長が、リリスの分の水のグラスを持ってきてくれたらしい。丁度いいと、俺は念願のメニューを注文した。
「この子に、お子様ランチを。大丈夫ですかね?」
「ええ、構いませんよ」
俺のオーダーに、店長はちらりとリリスを見つめる。流石にお子様という歳ではないが、それでも店長はにこやかに頷いてくれた。更に俺の分のコーヒーを追加して、俺はぱたんとメニューを閉じる。
「お子様ランチ? ……オコサマって、なんだ?」
「そのまんまだよ。子供、お子様が食べる料理ってこった」
注文の名前に、リリスが思案顔で眉を寄せる。お子様が、そのままの意味ではないとふんだのだろう。残念ながら、本当にそのまんまの意味だ。
「はぁ? あんた舐めてんのか? あたしの方が年上だぞ」
「んー。そう言われてもなぁ」
お子様と言われ、明らかにリリスの目がつりあがる。流石にここは悪魔と言うべきだろうか。美しいその顔は、怒りの表情も美麗に伝えてくれていた。
しかし、どう見ても年上には見えない。実際には何百歳と年上のはずだが、正直なところ精神年齢も見た目相応に俺は感じる。
「大人は食べれないんだ。凄く美味い、子供だけの特権だぞ」
「……なら、まぁ。いーや」
どうやら、数百年を生きる悪魔様は怒りが静まるのも簡単らしい。俺の説明に、ふむと腕を組んで納得してくれた。
「しかし、人間ってのは変な奴らだなー。こどもだけの特権なんて」
ぷらぷらと足を動かしながら、リリスはぽけっと店内を見渡す。俺は、リリスの発言になるほどと頷いた。
確かに、子供だけのっていう飯はあまりない。酒は勿論、コーヒーも。歳によっては炭酸だって大人の味だ。食べ物だって、大人だけが食べるものばかりな気がする。
「だからこそ、なのかもな」
ぽつりとした俺の発言に、リリスが何か言ったかと視線を向けた。それに何でもないと呟いて、俺はゆっくりとグラスを持ち上げた。
ーー ーー ーー
「ふ、おおおっ……」
きらきらと光るリリスの瞳に、俺は思わず吹き出した。
怒られるかとも思ったが、リリスはそんなことは無視して目の前のプレートを見つめている。
「すげぇーっ! ちょーすげーっ!」
嬉しそうに俺に顔を向けるリリスに、俺はにこりと微笑んだ。それを見て、再びリリスはプレートへと視線を戻す。
「はははっ。なんだこれ。走らねぇぞ」
赤い車型のプレートを、リリスは楽しそうに手で押した。車輪もないためテーブルの上を滑るだけだが、それでも随分と楽しいらしい。
「たくさん乗ってるなっ! なっ!」
「そうだな。俺はいらないから、全部食っていいぞ」
同時に持ってこられたコーヒーカップに口を付けながら、俺は椅子の背にゆったりともたれた。俺の言葉を聞いたリリスが、本当かと嬉しそうにフォークを握る。
「へへへ、旗付いてる。ここはあたしの支配地だな」
チキンライスの上の旗を見つめ、リリスがにこにことそれを摘んだ。頑張ってフォークでチキンライスを口に運ぶが、さっそく支配地とやらが崩れてしまっている。
「どうだ、美味いか?」
「うめぇっ」
もぐもぐと、リリスはハンバーグとフライドポテトも摘んでいく。多少ハンバーグが熱そうだが、まだまだ全部をフォークで食べる気はないらしい。
ハンバーグ以外の味は俺は知らないが、見た目からして美味そうだ。案外手が込んでいると、俺は赤い車のプレートを見つめる。ナゲットとゼリーだけやけに安っぽいのも、ご愛敬だ。
「お子様、ねぇ……」
何となく、様付けなのが理解できた。この料理を前にしているときは、子供がその食卓の主役なのだ。
はぐはぐとお子様ランチをがっついているリリスを見つめながら、俺はくすりと笑ってしまった。勢い余って、鼻の上にデミグラスソースが付いてしまっている。
「あんた、本当に食べないのか? ちょっとならやるぞ?」
「……いや、俺はいいよ。いいから食べな」
コーヒーを飲むだけの俺に、リリスが不思議そうな表情を送ってくる。今までなら、リリスの分も一口くらいは味を見ていたからだろう。手を着けない俺に、リリスははてと首を傾げた。
しかし、まぁいいかと食事に戻る。あれだけあったお子様ランチも、すでに大半がリリスの中だ。俺は、くいとコーヒーカップを傾けた。
そういえば、親父もこうやってコーヒーを飲みながら待っていたっけ。よく噛まずに食べるから、食べるのが早いんだ。いつも、俺が食べ終わるのをコーヒー片手に覗いていた。
「……美味いか?」
「うまいっ」
確か、こんな会話をしていた気がする。




