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思いつき放り込み所。  作者: くもま
顔無し聖女は塩対応。
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顔無し聖女は塩対応。2


「聖女様」


 慌てて追いながら呼び止めるが、彼女の足は止まらない。そのまま部屋の外へ出てしまった。部下達も後を追って来るが、惑っているのか、声は上げない。


「どうかお待ち下さい。私がこれから、国王陛下の元へご案内しま」

「はっ」

「……」


 鼻で嗤われた。初めての経験だ。

 クリスフトファーはちょっと胸を高鳴らせる。生まれの善さから、人から雑な扱いをされた事がない。特に女性からは、不思議な程丁寧かつ甘く接せられて来た。

 だから、クリストファーを見もせず、肩で風を切って颯爽を歩く彼女に対して、いわば「キュンとした」のである。

 自分にもそんな感性があった事に、まず驚いたのだけれど。


「あの、どちらへ」

「ここから出ます。確認したい事があるので」

「それでしたら案内を……」


 彼女が望むなら、城の外へ案内などいくらでもする。気が済んでから、こちらの要望に応えてくれたら善い。

 しかし彼女は迷いなく歩いている上に、その道順が合っていた。

 儀式の間から出ればそこは赤い絨毯が敷かれた廊下で、目の前が壁、道が左右にある。それをまず右へ行き、階段を二階分降りれば西の宮の一階だ。そこから東へ進むと渡り廊下があり、そこを進んだ先が城の中央。後は南方向へ進めば王城正面の大門へ辿り着くのだが。

 それを知るはずのない彼女は、確実に外へ出る道を進んでいる。時折足を止めて迷うように周りを見回しているが、再度歩き出した時は正しい道を行くのだ。


「……もしや、外への道をご存じで?」

「知りません。勘です」

「勘……」


 勘と云うには、余りにも迷いがなく、それでいて正確だ。しかし彼女の言葉に嘘はない。本能でわかる。

“彼女は本当に、勘で正しい道を歩いていた”。


(これは、もしや――)


 思い当たる理由は一つだけだ。

 知らない事を知り得る、あり得ない事があり得る。

 それは、まさに。


「聖女様」


 呼びかけるが、彼女は答えない。

 聖女と云う呼称が彼女にとって甚だ不本意だと云う事は、先ほど部屋で叫ばれたので知っているけれど。名を知らないので、それ以外の呼びかけ方が分からない。


(間違えた。最初に名乗るべきだった)


 急いで隣りに並び、横から彼女の顔を見る。はためくベールに覆われて、横顔すら見る事は出来ないが、焦燥感は伝わって来た。


「私の名はクリストファー。国王陛下より主席護国騎士の位を賜っております。貴方様のお名前を伺っても宜しいですか?」

「……トバリです。占い師をしています」

「占い師のトバリ様」


 名を知れた喜びが、声に出る。弾むような明るい声など、戦場以外で初めて出した。

 トバリ。口の中で転がすと、甘い味がする。人からは錯覚だと云われるだろうが、クリストファーにとっては事実だった。


「様付けをされるような身分ではありません」

「いいえ。貴方様は今、この世界において最上位に座すお方です」

「……」


 小さく舌打ちが聞こえて来る。「忌々しい」と云わんばかりに。

 女性と、いや、人と会話している最中、舌打ちをされた事も初めてだ。無作法を咎めるべきなのだろうが、クリストファーにその気は全く起きない。むしろ、取り繕わない態度で接せられて嬉しくすらあった。

 もっと話したかったが、既に大門前である。王城の正面玄関とも云うべき場所なので、いつものように――いや、聖女召喚成功の報が既に流れているのか、普段よりさらに人が多かった。

 礼服を着た男性貴族も、ドレスをまとう女性貴族も、みな浮足立っている。浮かれながらチラチラこちらを見ている者も多い。

 クリストファーが視線を貰うのはいつもの事だが、見慣れぬ存在である黒衣のトバリも同じくらい衆目を集めていた。だがそれも好奇心の視線であり、トバリが聖女だと気付いているものは居なさそうだ。

 彼女は視線を黙殺して大門へと歩み寄って行く。当然、クリストファー達もそれに続いた。

 森の国シルワから輸入した上等な木材で作られた大門は、来訪者に畏怖を、住まう者に安堵を与えてくれるものだ。クリストファーの背丈二つ分以上ある門前には、いつものように警備兵が六人並んでいる。近づいて来るトバリを筆頭とした一団に、驚いた顔をしていた。

 トバリを見た後にクリストファーの存在に気付き、戸惑ったように問いかけて来る。


「閣下、何事でございましょう? そちらの方、は?」

「せい」

「おい」

「ぐっ」


「聖女様であらせられる」と告げようとしたら、どてっ腹に肘鉄を入れられた。かなり勢いよく。

 久々に感じる痛みに腹を押さえて呻くが、やはり悪い気はしない。

「勝手な呼称を広めないでくれます?」と低い声でトバリが云うので、クリストファーは咳払いをして云い直した。

 トバリが聖女なのは事実とは云え、本人が厭がっている以上仕方ない。あまり不興を買うのは良くないだろう。


「……こちらのお方が、外出を望んでいらっしゃる。門を開いてくれるか」

「え、あ、は、あの、も、申し訳ありません、閣下。本日は聖女様召喚の儀がある故、国王陛下から御許可が下りるまで開門出来ぬのです」

「あ、そう云えばそうだったね」


 うっかり忘れていた。不必要な人の出入りを増やし、不穏な輩を城内へ入れるのを防ぐため、そうした勅命が出ていたのだ。今ここに居る貴族たちは、開門が許されていた午前中に入城したのだろう。恐らく次に開くのは夕方辺りだ。


「トバリ様、申し訳ありません。外出はまた後程……」

「国王陛下は貴方がたに対して、「門を開くな」と御下命なされたのですね?」


 クリストファーの言葉を遮って、トバリが警備兵たちに問いかけた。

 目の前にいた警備兵がぎょっとした顔になり、こちらを窺うように見て来る。彼女の質問に答えるようにと視線で促すと、彼はまごつきながら頷いた。


「さ、左様でございます」

「それは、こちらの門だけでなく、例えば通用口や裏門なども同様ですね?」

「はい。城の全てで出入りに制限が掛かっております」

「そうですか……」


 トバリはしばし黙り、宙へ視線をやったようだ。ベール越しに頬をとんとんと指先で叩いてから、もう一度警備兵へ顔を向ける。


「有難うございます、お仕事中お騒がせ致しました」

「い、いえ。勿体ない……」


 頭を下げたトバリに、慌てて警備兵たちも礼を取った。彼女が何者か分からなくとも、クリストファーが上位の者として扱う以上、王侯貴族の類だと思っているのだろう。丁寧な彼女の対応に戸惑っているようだ。

 元の姿勢に戻ったトバリは、踵をくるりと返す。また颯爽と歩き出した彼女の後を追うクリストファー達の後ろでは、貴族たちがまだざわついていた。宮廷雀に余計な餌をやった気がしないでもない。まぁ、どうでもよい事か。


「トバリ様、次はどちらへ?」

「適当なバルコニーです」


 そう云った彼女は、確かにバルコニーの一つへ向かっている。


「何故バルコニーへ?」

「……とにかく、外へ出たいので」

「それでしたら、こちらの階段を上ると空中庭園に行けますが」

「そうですか。では、そちらへ向かいましょう」


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