中
「昔々、あるところに一本の大木がありました。いったい幾度、魔王の出現と滅びを見てきたのか誰も知らないほど古い木でした。いつの頃からかその木を手入れする青年がいましたが誰も彼のことを知りません。いつ、何処から来たのかも。」
お茶を飲みながらオスク王子とサーラもその話を大人しく聞いているのに気がついたアレイドは言葉をとぎれさせた。
「君にそんな特技があるとは知らなかった。ささ、気にせずに続けてくれたまえ。」
王子の言葉に咳払いを一つしてからアレイドは昔話の続きを紡ぎはじめた。
「大木の生えるそばにある村の老人が彼に声をかけたのはほんの気紛れでした。
『あんたはなんでそんな事をしとるのかね?』不思議そうな老人の言葉に青年は笑いました。優しく包み込むような笑顔に老人は怪訝そうに首を傾げます。ほんの少し焦らすような沈黙の後、青年は語ります。
『貴方はこのきが好きでしょう? 皆がこのきを好きでいてくれるのならこのきだって綺麗でありたいと思ってるのですよ。』その青年の答えに老人はやっぱり首を傾げました。
『あんた、いったい何処から来て、なんて名前なのかね?』老人の質問は青年を笑わせるだけでした。『ずっとココにいて、名前はエルトリアですよ。エッジ。』老人は自分の名を呼ばれ、驚いて青年を見ます。青年はにっこり笑うとその姿を空気に溶かすかのように消してしまいます。
その村は古い大木と共にひっそりと滅ぶことなく続いてきた村でした。
道が分断されても、大木と村はひっそりとあり続けたのです。それがどれほど貴重で稀な事なのか、村から出た事のない老人は知らなかったのです。
その大木、精霊の宿る大木がそこに生きるものに優しく加護を与えていたから村はあり続けたのです。
樹齢千年を越える老木は精霊を生じさせることがあるという、その木の精霊の事を同じような精霊達によってエルトリアと呼ばれると言われています。樹精エルトリアは大地に根付く人々の安らぎであるというお話。」
本来はもう少し長い話をはしょりながらアレイドは切り上げます。
アレイドの知る精霊は気まぐれです。とても優しくて残虐です。
人は、違う感性を持つ違う生き物と折り合って生きていかなくてはいけないのです。
老人の村は今はどこにもありません。世界には伝えられていることも、伏せられていることも多いのだから。




