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 ドルセットレポート   作者: とにあ
反乱軍の英雄
7/12

事後処理

 

 《6》


 戦いが一段落つき、ケガ人や再会を喜ぶもの達が集まって居るらしい所に着いた時、シェリューズはいきなり知らない男に呼び止められた。

「こんにちは。君がシェリューズ君? ケガとかはないですか? シャフトさんはむこうの方へ行ってるから私が診てるんですが、君、まだ診てもらってないでしょう?」

 二十代半ば頃の黒髪の魔導師風の青年が、にこにことやつぎばやにシェリューズに尋ねる。

 青いシャツとスカーフが紺のマントの下に見え隠れしている。

「あ、大丈夫です。」

 シェリューズは半分、上の空で答え、くるりとあたりを見回した。

 焼け跡らしく焦臭く煤で汚れた瓦礫、ケガ人は焼け残ったらしい目前の兵舎に集められてるらしい。

 崩れた壁にもたれていた反乱軍の別部隊の兵士達はシェリューズに気がつくと手を振ったり声をかけてきた。

 彼らはボロボロな格好とは裏腹に晴々とした今までで一番明るい表情をしていた。

 人に囲まれる。

 それはシェリューズにはあまり経験のないことだった。

 そのことにシェリューズ自身は気がついていない。

 人懐っこい笑顔で本心からの心で気遣い、真剣に答えを返しつつ、軽く小突いたり小突き返されたり冗談も言い笑わせる。

 その様子を見て魔導師風の青年は微笑ましそうに笑みを浮かべる。

 リルとカルナンも同様だ。リルなど自分のことのように威張って話の輪の中に溶け込んでいる始末だ。

 レオトが人々に囲まれているシェリューズの姿を見つけ歩み寄ってきた。

 気がついたカルナンは少々気まずそうな表情になる。

「リューズ、彼はラッド。旅の魔法医様でご迷惑をおかけしている。リューズ、ケガは?」

 レオトの言葉にシェリューズはあらためて首を横にふる。

「大丈夫。レオト、マドラスは?」

 レオトは軽く首を横にふる。

「ラーバとイレルはどうしたのだ? リューズ。」

「もうじき戻ってくると思う。ほら。」

 シェリューズの指先、彼らの元へと歩いてくるメンバーの中で笑ってるものにシェリューズは違和感を感じた。

「イレル、何、笑ってるんだろう?」

「えっ! イレルが笑ってるって?」

 急にどこからともなくマドラスが現れ、シェリューズの指先を探す。

「マドラス?」

 驚いたシェリューズの表情にマドラスは軽く照れたように笑った。

「勘違いしないで。あいつはようやく戻ってきたんだ。一つであるべきものが一つに戻っただけだよ。死んだわけじゃない。精霊ってそんなもんだからね。んー、ほんとだ。笑ってる。」

 途中でマドラスの表情が変わってゆくのをぼーっとレオトは観察していた。

「よっ、やっぱ呼んでるのはリューズだけじゃなかったってトコかぁ?」

 けらけらとラーバは笑う。どうもから笑いのふしがある。

 そして重々しく頷くレオトの態度にわざとびびったフリをする。

「わりぃ。」

「で、その方はどなたです?」

 レオトは無関心そうに頷くとアレイドを見て誰ともなしに尋ねた。

「アレイド。レオト、で、これからどうするの?」

 にっこり笑って回答拒否を示したシェリューズにレオトは小さく溜息をついて関係者を個室へと案内した。

 その前にレオトはシェリューズに血で汚れたものを着替えることを強制した。

 血生臭いのは樹精である彼の好むところではないらしい。

 そこはカドア将軍の燃え残った城の一部。

 防音に気を遣っているらしい厚壁に囲まれたこぢんまりした部屋には人数分の椅子が用意されていた。

 既にシャフトが席についているが落ち着かないらしく、何処かそわそわしている。

 深緑の詰襟衣装に身を包んだレオトが議長席に座り、後は適当にラーバ、イレル、カルナン、リル、マドラス、そしてルドを欠いてこそいるがいつものメンバーが揃っていた。

「冗談だろっ!! レオトっ!」

 席についていきなり切り出されたレオトの言葉にシェリューズは立ち上がって叫んだ。

「民衆に自由をもたらした勇者の勤めですよ。シェリューズ……。皆さん、よろしいですね。ちなみに他の部隊の皆さんの賛成は取り付けております。この件につきましてはこちらが言い出す以前に皆さんから言い出してくださいましたからね。」

 レオトの諭すような言葉にシェリューズの声は無視されることが決定した。

「さんせー。どーしてヤなのぉリューズ。リューズが王様になった方がぁ、みんなぁ落ち着いた生活が送れるようになると思うけどなぁ。たとえ二、三年苦しくたってね。リューズ、みんなに信用されてると思うよ。レオト達が補佐するんだし、ボクもお手伝いするし、マドラスだってフィレン公爵領で領主まがいの事してたんでしょ? ほら、ねぇ、みんなそうでしょう?」

 リルが楽しそうに言って周囲に同意を求める。

 抗議しようとしたシェリューズを推し止めて口を開いたのはラーバだった。

「少し、考える時間が必要みたいだな。リューズ、何が最善か頭を冷やして考えてみな。何時だってみんなお前の味方だからな。」

 そう言うとラーバはシェリューズをじっと見つめた。

 いや、ここに集まった者全ての視線がシェリューズに集まっていた。

 シェリューズはガタリと椅子を傍にどけ、その小会議室を後にした。

 はっきり言って、彼らに『人』の生活に好奇心を持ってるかと聞けば、種族的には『否』個人的には『応』であろう。結局、彼らが積極的に『人間』に関わることはあまり、考えられないはずで、彼らが何故この部隊に居るのか、なぜ、これからのことに関わろうとするのかはシェリューズの理解の外であり、思考が止まりそうな気分で扉を押し開けた。

「あ、終ったの? シャフトに会える? 話があるんだけど。」

 ラッドと呼ばれていた青年魔法医がアレイドを押え込みながら、扉から一番先に出てきたシェリューズに、にこにこ愛想よく尋ねた。

 彼の青いスカーフはアレイドの髪を束ねるリボンと化けている。

 いきなりの展開にシェリューズは首を傾げ、正直に頷いた。

「だからっ! オレが取ってきてやるって言ってるだろっ! 要るもん、言えよ。」

 アレイドの怒声にひょっこりと呼ばれたような気がしたシャフトが会議室から顔を出す。

 不貞腐れてるアレイドを前にしてラッドはちっちっちっと口元で指を振る。

「アレイドみたいな危険人物から目を離すよーなマネはしたくないね。ほら、なんとかに刃物ってゆーだろ。お前、どっか常識かけてるし、技にたけただけのバカを解放しとく気にはなれないね。」

「褒めてくれてありがとー、師匠。」

 アレイドのうんざりした口調にラッドは彼を睨み付け、溜息を洩らす。

 何時の間にか出ようとして出れない状況に見物人は増えている。

 気がついてるのかついてないのか、ラッドは呆れたように続ける。

「才能は褒めるよ。でもね。」

 アレイドは拗ねてこそいるがいつもの会話らしく、アレイドとラッドの仕草には慣れとだれたところがある。

「子供の、したことじゃないか、そこまで、しつこく言うことないじゃないか。誰でも一つや二つ間違いってもんは有るわけだしさ。」

 ぼそぼそっとアレイドの拗ねたような口調にラッドはやっぱり溜息。

「言うな…と? それと子供のしたこと、若げの至りで村一帯を半壊させる奴が普通そうそう、そこら辺にいるか? 普通、無いと思うがな?」

 お決まりのセリフらしい言葉に、アレイドは完全に沈黙した。

 ラッドはシェリューズがいたことを思い出したのか、くるりとそちらに目をやって小会議室にいたメンバー全てが見ていたことに気がつく。

「気が、ついてなかったの?」

 ぽつりと洩らしたアレイドの言葉は気がついていることを示していた。

 ラッドは無視してシェリューズに微笑む。

「シェリューズ君、私がシャフトと話してる間この子を見張っといてね? よろしく。怪我しないように気をつけてね。させられたら言いつけてくれてかまわないから。」

「そいつにだって用があるかも知れないだろ。ラッド。」

 アレイドの多少の悪足掻きをラッドは黙殺する。

「いいけど。」

 特に状況を理解できていないシェリューズの答えにラッドは満足そうに頷き、

「シャフト、話があるんだがいいか?」

 そう言うとシャフトを連れて行ってしまった。

「あのさ、アレイド、話があるんだけど。」

 俯きボソボソ言うシェリューズに、アレイドは少し顔をしかめたが頷いた。

「うん、森でかまわないか?」



 ようやくアレイドが足を止めたのは森の中。

「あのさ、アレイド。」

「ん~?」

 シェリューズの呼びかけに振り返りもせず、アレイドは木の葉や草の芽、小さな実を集める手を止めない。

 シェリューズにはそれが何なのか解らない。

「王様になれって言うんだ。」

「だれがだれにぃ?」

 シェリューズは無関心なアレイドの答えにむっとして睨み付けるがすぐ目をそらす。

「レオトとかシャフトとかリルとかラーバとかがオレにだよ。」

「なればぁ。問題、ないだろぉ? 統率者がいない方が問題だと思うね。別に特に良い王様になる必要ないんだし。確かに、敵将を倒した相手にこういう話しがくるのは妥当なところだろ。簡単に予測できる。自信、ない? はっきり言って気にするこたぁないぞ。事は自分の意思に関係なくポンポン進んでくもんだし、国政なんて考えるのは十年はたった頃になるんじゃねーの。それとも自分で自分に期待してるのか?」

 やっぱり薬草らしきものを摘み取るアレイドの手は止まっていない。

「ないんだよ……自信なんて……、で、何してるの? 若芽や、実や、根っこなんて集めてさ。」

 アレイドは集めたものを選り分けながら答える。

「ん? これ? 薬草とかだよ。ま、何にしても最初はそんなもんだろ。馴れるって、やってみたら? 象徴さんになっちゃえば?政治は人任せしちゃえそーな環境だろ? お前。やっちゃったことの責任は取らなきゃな、お前。反対者見事なほどいねーもんな。」

 くすくすとアレイドが笑いを洩らす。

 シェリューズにとってはラーバの方が好かれやすく人のことを思いやることに長けていると思うし、レオトの方が冷静な判断に長けているし、イレルには威厳が有るし、マドラスはきついところはあるがその予知、判断は的確。シャフトは自分にかなりの自信を持って正しい道を選ぶ。リルはああ見えて非常にしっかりしてるし、手順もわかってる、カルナンはきっちり自分の思うように周囲を動かす。そんなにいる中で、自分にその役割が回ってくること自体信じられないことだった。

 グルグルと巡る、立ち寄った村々の人々の嘆き。力を貸すことが何もなく自分の非力さを呪ったあの日。

 初めて部隊での戦いに参加し、庇った相手が自分をどんな目で見上げていたか。

 変らずに接してくれるラーバ、自分を必要としてくれているリルの存在がどれほど自分を救ってくれたことか。

 シェリューズにとっては自分で出来ないことの方が多い。

 人に心配をかけまいと笑うことの出来るリルの方が強いと思う。

「自信、ないよ。」

 ぼそりとシェリューズが洩らした瞬間、バサバサとその頭上にものが落ちてきた。

「いい加減にしろよ。リューズ、カドア将軍はあんたを認めてたろ? みんなにも信頼されてるんだろ? 村のおばちゃんもおっさん達もお前なら安心できるって言ってるし、カドア将の娘だって父を討った奴なら認めるつもりみたいだし、これがいい子なんだけどねー。ともかく、そんな人達をあしげにして裏切るつもりなら好きにしたらいいさ。ただし、魔王軍を倒したわけじゃないし、近隣諸国だって存在する。フィレン公爵自治領、フォートシィア王国、魔王軍領に囲まれてるんだぜ、このカドア将軍領はな。時間はないんだよ。たく、なんでオレが慣れない説教なんざ、しかも、年上に、まったく。」

 苛々とした感情を隠すことなく言い切った後、アレイドは不愉快そうに溜息を吐くと、ぶち撒いた薬草や木の実をまた、集め始めた。

 しばらく、おされていたシェリューズは、やっぱり父親像を彼にだぶらせ見ていた。

「ねぇ、アレイド、これ?」

 シェリューズは一本の草の芽をアレイドに見せる。

「違う。」

 これ? 違う。というやり取りが数回繰り返され、先に切れたのはアレイド。

「ちがうっ! 邪魔するんじゃない。」

 しゅぅんとした雨の中の迷子の犬のようなシェリューズを見てアレイドはしかたなそうに溜息混じりの笑いを洩らす。

「ま、いいや。怒鳴ったりして、悪かったな。いいよ。後で採りにくるから。さて、戻るか。」

 そのあっさりした様子にシェリューズは、くすくす笑いを洩らした。

「アレイド、薬草には詳しいの?」

 シェリューズには、ただの根っこや葉っぱとしか思えないものを眺めながら尋ねた。

 彼の養父も特に妙なことに博識だった。

「まぁな。」

 つまらないことを聞くとばかりにアレイドは笑いながら答えた。

 燃え落ちた城が見えるあたり、ラーバがシェリューズを待つように立っていた。

「リューズ!」

 ラーバがシェリューズの姿を確認して声をあげる。

「ラーバ! 迎えに来たの?」

 シェリューズは手を振って、足を少し早める。

「ラーバ、みんな助けてくれるんだよね。」

「当たり前だろう。」

 ラーバはそう言ってシェリューズを軽々と抱き上げた。

 アレイドはなんとなく(やっぱり)と思いながら空を見上げた。


 見上げた空は青かった。

 日の光に負けて薄白く輝く月はまるで幻。

 月の中にたゆらうように流れる幻想郷。

 遥か遠くにかすれ見える故郷の姿。

 業の重い種族(血族)の暮らす世界。

 アレイドは視線をじゃれあう恋人、いや、シェリューズとラーバの方に向け、笑った。







 



    <1>反乱軍の英雄

             --終り--

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