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 ドルセットレポート   作者: とにあ
森の少女 
10/12

 サーラはポキッと枯れ枝を手折る。

 仮眠をとりはじめているオスク王子。

「サーラ、少し休んだら? オレが起きてるから。」

 サーラは枝を火の中に放り込むと頷いて力を抜く。

 その様子は糸の切れた操り人形のようにも見えて慣れたはずのアレイドにとっても気味が悪く映る。

 火を小さくしないようにアレイドはこまめに枯れ枝を手折って入れる。

 時間が過ぎ、生き物すべてが眠りにつくほどの時間。

 風も無い中木々がざわめき、焚き火の火が微かに揺れる。

 アレイドは数本の枝を放り込み立ち上がる。

「まったく。何処に来いって?」

 森の木々が動いて道を開けるのをアレイドは呆れた表情で眺めていた。

 静けさの中、蠢く木々はアレイドに何の驚きももたらさないようだった。

 アレイドは長く森で暮らし、森の『声』を聞き、精霊の『声』を聞き、理解できる能力を生来持っていた所為で多少のことでは疑問も抱かないし、驚くこともない。

「こなけりゃ人質があるってか? たちの悪いヤツだな。ああ、気にしない。気にしない。些細なことだし、はじめに気がついてやれなかったオレも悪かった。火を消さずに彼らの安全は確保してくれよ。そのぐらいの代償はかまわないだろう?」

 木々はまるでアレイドの言葉に返答を返すかのようにざわりざわりと蠢く。

 タッと駆け出したアレイドの早さに追い付くように道は開き、返り道を閉ざしていく木々の動きは大地に根を張るものとは思えないほど素早かった。

 アレイドの存在が焚き火の位置から消え二呼吸、小さく欠伸をしながらサーラは身動ぎ、ちらりと閉ざされた森を見やり、呆れたような吐息を洩らした。

「困った奴」

 普通の早さで洩らされたサーラの言葉を起きて聞くものは誰も居なかった。





 どれほどの距離を走った頃か、アレイドは空を見上げた。

 思ったとおり月も星も雲に隠されていて場所の特定も時間の特定も出来なかった。

 確かに、四人で森に入った時から異変には気がついていたことだった。

 ただ意識から外れていただけだった。

 黒い雲がずっと空に立ち込め、何度、オスク王子が道を踏み外しそうになったことか、彼は決して方向音痴ではないし、幼い頃からこのあたりを庭として過ごしてきてるはずだったのだから。

 そして、これほど深い森ならば当然いるであろう『森の民』の姿、気配すら感じられない。

 そう、フォートシィアのまわりはその地に住む人々が思うより多くの種族が潜み、住んでいる。

 エデル大陸の中でフォートシィアはあくまで内陸の国に過ぎない。

 フォートシィア国は大陸の十分の一の面積を治めているに過ぎない。

 エデル大陸、現在においてこの世界最大の大陸。

 アレイドは立ち止まり靴の底にあたる感触を確かめた。

 そこに触れた感触。それは地面ではなく腐れかけた木。

 ギシュッ

 必要以上の力、重みを加えれば今にも崩れ落ちそうな音にアレイドは力を込めるのを止め、あたりを見回した。

 蔦に覆われているが壁の跡のようなものが有り、此所が古い街の跡らしいことを仄めかしている。

 足場が安定してない泥らしく、靴に粘りつくような感触にアレイドは眉を寄せる。

 聞こえざる呼び声に近付いていることを確信し、開けてきた場所をアレイドは街の中心部に向けて進む。

 ズブズブと足が沈みそうになることは既に気にしていない。

 あたりにはえる木々はどれもこれもが枯れている。

 アレイドは廃墟の中心部にそびえ立つ大木の前で足を止めた。

「助けて。って、何からなの? ヴィージード。」

 答えるものは何もない。ただ、大木が風に揺られているだけだ。

 それなのにアレイドは軽く頷いた。

 そう、アレイドには聞こえざる声が届いていた。

「わかった。望みのままに……」

 ふわりと身体をそらし、手を伸ばす。

 何処からともなく空中に現れた剣をアレイドは握ると、ゆっくりした動きで大木を背にし、庇うような姿勢でかまえた。

 振り返った先には腐った枯れ枝を含んだ子供の背丈ほどの泥人形が数体、アレイドの退路を絶っていた。

 アレイドが黙って見ているうちに泥人形はずるりと成長し、身長を頭一つ、二つ分ほども越える大きさになっていた。

 アレイドは剣を握りなおし、面白そうに舌で唇を湿らせる。

「いくぜっ!」

 タンっと大地を蹴り、泥人形に剣を振り下ろす。

 枯れ果てているはずの木々が枝を伸ばしアレイドの命を奪おうと蠢く。

 アレイドはたやすく泥人形を二分し、伸びてくる枝を切り落とす。

 崩れ落ちた泥人形はノロノロとした動きでまた形をつくりあげてゆき、切り落とされた枝は矢となりそれぞれにアレイドを、大木を、襲う。

 打ち払い、避ける。

 始めのうちは余裕が有ったそれも泥人形が増え、矢が増える度にアレイドは追い詰められ、避け難くなってゆく。

「チッ!」

 舌打ちしたアレイドはその剣を地面に突き立てた。

「うまくいくといいんだがな……」

 小さく呟いた後、アレイドは呼吸を整え泥人形の後ろにいるであろう存在を睨み付ける。

 泥人形がいきなり炎を吐き、燃え落ちてゆく。


「木々の眠り  光うち消す闇 

 闇うち消す光 従う者 従わす者 

 力有りし者 力無き者 我が言葉を聞け 

 我 従わす者を従わす者なり 

 『浮島』シリスの第3の者 我が命 我が真実の名をうけ 

 我が命に答えよ 魔王の中の魔王 その名において命ずる

 真闇に属する者よ その姿を現し 

  その力を我が為に揮うがいい!」


 泥人形の吐く炎がアレイドの言葉に合わせ小さくなり大きくなり、炎の結界を創り出す。

 剣が赤く、青く闇色の輝きをあたりに振り撒く。

 その光に照らし出されたように枯れ枝のような老人が結界の外に現れた。

「出て来てさしあげましたよ。最近よく人に会うことです。」

 温厚そうな声が老人から洩れた。

 アレイドはにっこりと術の成功に笑う。

「さっさとヤルことしろよ。」

 総てが終ったとばかりにクルリとアレイドは老人に背を向け、大木に向かい歩き始める。

「なっ?」

 地面に突き立てられた剣が二人の間を遮っているという状況しか老人の目には映らない。

「愚弄するかっ?!」

 老人は魔を呼ぶ招来術によりこの場に引きずり出されたのだ。使役術、拘束術ではなかったことが警戒なく姿をさらした理由。

 干からびた老人の声にアレイドは振り返りもせず大木に向かい手を差し伸ばす。

「ヴィージード。もう、何も怖くないよ。もう何も君を傷つけたりしない。君を殺そうなんてしない。君は自分で自分を守れるだろう? 侵された土を元に戻しさえすれば。もう、終ったから。遅くなってごめんね。ねぇ、姿を見せてくれないの? オレはもう、二人のところに戻るよ?」

 アレイドの優しい声を聞く大木は何も答えない。

 いや、答えてるのかも知れない。枝を揺らしざわめきを作り出しているのだから。

 老人が焦れたようにゆっくり腕を振り上げる。

 黒い炎の矢が幾本もアレイドと大木を狙い放たれる。

「滅してしまうがよろしい。」

 老人のひび割れたような口が笑みの形をつくりあげた瞬間、驚愕に変わった。

 黒い炎の矢は剣を境に総て消え去り、青き焔と化して自らに跳ね返ってきたのだ。

「うるさい。」

『るっさいわねぇ。文句言うんなら自分でおヤりなさいよね。他人任せにしてないでね。』

 アレイドの言葉に少女の声が返る。

 耳と共に精神に響きくるとげとげした『声』。

 答えたのは十歳ぐらいの外見を持ち、生意気そうな少女。

 紅い飾り紐を使い結い上げられた水色の髪。白く薄いレースの下から透けて揺れるヒラヒラとした真紅のドレス。

 長い睫毛に縁取られた大きな瞳はころころ色彩を変える。

 その少女は剣の丁度、上あたりにふわりと立つように浮いていた。

 少女は初めてアレイドから魔物である老人に目を向け鮮やかに微笑んだ。

『ごめんなさいね。そういうコト、なの。大丈夫。痛くないように消してあげるからね。ゼノ。怖くないわね。妾が消してあげるんですものね。おやすみなさいね。』

 少女は言い聞かせるように畳み掛けるように言葉を紡ぎ、微笑む。


 カシャぁン


 空間に響くガラス玉の砕ける音。老人、ゼノは堪えることなく崩れ落ちていく。

「我が君? 我が神。我が母たるお方よ。な……ぜ…………」

 現実が、何がおこったのか信じられない老人の虚ろな声が崩れ去り、一塊の塵が泥に混じり消えていった。

 少女は満足そうに指にはめている指輪の壊れた紅い石を撫で、その指輪を泥の中へ放り投げた。

 クルリと悪戯っ子ぽく笑って振り返る少女の面差しは何処かアレイドと通じるところが有る。

『終ったわよ。…………あんたねぇ……』

 得意気な少女の目に映った彼は丁度、大木に触れ、話しかけているところだった。

「ほら、終った。彼女は大丈夫。君を傷つけたりしないよ。ミリエーラ。竜の国の木の精。カドア領の人魚。フィレン自治領の星精。……此所は竜の国だったんだね。竜の国のヴィージードは有名な童話にも、唄にもなってるからね。会えて嬉しかったよ。ミリエーラ、また、会おうね。ミリエーラ、枯れた森を元に戻すのは君の仕事だよ。頑張って。さようなら。いずれ、また。」

 アレイドはそう言って剣のところへと向かう。

 ただし、不満げに佇む少女とは目線を合わせない。彼は少女が見えないかのようにふるまう。

 グイっと剣を引抜きざま少女を二つに切り裂く。

『あんた、ねぇえええ……』

 怒りの篭る少女の声もアレイドは無視し、剣についた泥を振り払う。

『ちょっとぉ!』

「実体でもあるまいし……」

『そう言う問題じゃないわよっ! 妾のことを一体なんだと思ってるのっ!』

 ムキになって怒る少女を冷たくアレイドは見据えると興味なさそうに剣をもう一度ふるう。

「過去の亡霊。生き霊。人柱となったご先祖様。魔物を初めて『大地』に持ち込んだ大魔王。取敢えず、うるさいから剣の中に戻って。頭が痛くなる。」

『罰あたり。』

 少女はそう呟くとその姿を剣の内側へと消しさる。

「感謝してるよ。ラフィーネ。君には。」

 アレイドはそう言うと微笑みを浮かべ剣に口付けする。

 キィイイ

 と剣から耳障りな音があたりに響いてアレイドは顔をしかめる。

「さよなら。ミリエーラ。」

 アレイドはそう呟くとタンっと地面を蹴り、開き始めている迷路の出口に向かい走り始めた。

 その耳に木の葉のざわめきに混じり頭の中に、心に直接聞こえる声。

『……ありがとう……』

『……わたくし達は貴方様に感謝いたします。いずれ、お訪ねいただけるその日をお待ち申しております……』

 途中まで走っていたアレイドは途中で空間を歪め、空間を跳んだ。

 焚き火の炎はちっとも小さくはなってはいないのがわかる位置に出る。

 時間がたっていない訳ではないのは直ぐにわかった。

 時折サーラの腕がかなり素早く動いて薪を火の中に放り込むのがアレイドには認識できた。

「ごめん。サーラ、オレ、どのくらいいなかった?」

 サーラは細い指を二本立てた。

「そんなもんかぁ……、もっとたったかと思ってたのにな。」

 サーラの指がアレイドの泥のついた靴を指さす。

「残念ながら人魚姫に会ってた訳じゃないんだよ。」

 アレイドは軽く笑って握っていた剣に紐を付けて背中に背負う。

「あと、ちょっとでカドア領だね。師匠、むこうに永久就職するつもりなのかなぁ。うん。我らが師匠殿さ、むこうになんか居着いちゃってるみたいなんだよねー。居心地いいのかもしんない雰囲気だったけどさ。公然の秘密とはいえ、一族はフォートシィア王国にお仕えしてるわけだから彼が就職しちゃうとそこそこ国交は良くなるのか? はたまた関係無いのかって思っちゃっただけ。平和が一番だからねぇ。」

「そうだね。」

 オスク王子は焚き火の炎を見ながら微笑みを浮かべた。

「平和が一番だよ。出来るだけ多くの人が幸せなのが一番だからね。」

「いつから、起きてたの? オスク王子。」

「平和が一番だからねぇ。ってあたりからだよ。ところで何時の間にミリエーラちゃんは剣に化けちゃったんだい?」

 アレイドは軽く笑って話をそらすように空を見上げる。

「あの子はエルトリア、樹精。女性体だったからヴィージードかな。エルトリアっていうのは総称だからね。」

「ふぅん。珍しい子だったんだね。貴重な経験だったわけか。知ってたら色々質問したのにね。残念だ。」

「すぐ会えるって、カドア解放軍にはでしゃばり樹精がいるから。オレ、あそこまで表だって行動する樹精って初めて見たよ。他にもいろんな種族がいたしね、なにしろ純血種ではないみたいだけど、滅びし銀翼の民までいるんだもんなー。」

 オスク王子は目を輝かせ、楽しみだと呟くと身軽になったわけだし、先を急ごうと提案をした。

 頷いた二人は手早く焚き火の始末をし、カドア領に入り込んだ。




   彼女は迎えられた。

 目的を果たし、新たにはじめる為に。

  力を貸してくれた彼。

 彼に感謝の念を抱きつつ、彼女は眠る。

 いずれ戻るであろう親愛なる友である種を待つが為に。

 ゆっくりと彼女らの感覚は『森』へとかしてゆく。

 それは甘い喜びだった。

 何も見ず、総てを見、何も聞かず、総てを聴く。

    何も知らず、総てを知る。

 彼女らは、しばしその身を完全なる『森』へと移した。

     森を、傷ついた森を癒すために。




〈2〉森の少女

         ――終り――




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